炭やきは地球を救う

脱サラして10年。炭やき・木こり・木挽きを生業としています。

山の恵み・・・

2012-07-22 | 環境問題 地球を救う真面目な話

今、ほぼ毎日山仕事をしている。伐って、出して、運ぶ。今回の現場は、伐った木を市場へ出して、その収入で僕たちの日当と経費を出そうというもの。実際、何十年もやってきたベテランの山師とは違い、仕事は遅い。なかなか思うように捗らない。それでも時には歯を食いしばって頑張っているつもりだ。

市場価格は下落し続け、今回の市場では、スギが平均で立米あたり8000円だった。元で80cm近い真っ直ぐな50年生でも4m材で立米14000円。3番玉の枝払い材(末口で18cm)は立米5000円。出した材は4mだったので、その木は800円弱。これが現実だ。

遠い市場へ運んで、少しでも値が付くような動きもできるが、経費と時間を考えると、現場から近い足助の市場へ出すしかない。

最近、ある人から「素材生産だけでは食ってけないだろう。付加価値を自分の手とアタマでくっつけないと生き残れない」と言われた。まったくそのとうりだ。山の木々は、何十年も前に「いい木になれよ」と願いを込めて植えられ、手入れされてきた。そんな木が1本数百円とは。

僕らの経費を計算すると、立米あたり10000円必要になる。それでも、日当は安く、経費もギリギリ。一番残念なのは山主さんに1円も返せないということだ。

付加価値を付ける。言うは易しだ。でも、そこを乗り切らないと未来は無い。儲けようとは思っていない。日々暮らすだけの最低の稼ぎがあればいい。実際、大学生のアルバイトの方が金になる。でも、僕は山の恵みを頂いて、それを糧に生きてゆくと決めている。いまさら街には戻れない体だ。

伐った木は、建築資材とエネルギー、紙の原料に分けられる。僕が関わるのはこの全て。本業の炭やきはエネルギーを造る仕事。誇りと自信を持ってやっている。けれど、残念ながら収入が少なすぎる。相手にするのは天然林の里山。広葉樹たち。

一方、建築資材として伐るのは人工林のアオキたち。太くていい値が付く木はまだいいとして、細くて値が付かない間伐材をどうにかしたい。末口14cmあれば、3寸の柱が獲れる。僕の近くにはまだ稼動できる製材所が3軒もある。製材したとしても、一番の問題は乾燥。一般に含水率を最低でも20%まで落とす。だから、今は人工乾燥がほとんど。短い時間で数値だけはクリアできるから。

けれど、人工乾燥はリグニンを溶かし、木の細胞を死滅させ、強度を落とす。水分と一緒に油分まで飛ばしてしまう。そうじゃない人工乾燥の方法もあるんだろうけれど、結局莫大な費用がかかる。炭窯を利用した薫煙乾燥にも挑戦しているけれど、まだまだ先は見えない。

けれど、一昔前は全て天然乾燥だったはずだ。天然乾燥の問題は時間がかかること、含水率が高めになること。でも、この二点は乗り越えられる。施主が家を建てるのに、3ヶ月ではなく、2年の歳月をかけてくれること。乾燥に関しては、柱にして、家を建ててからゆっくりと乾くような施工をすることだ。

それでも、3寸角の柱のゆく先はほとんど無いに等しい。末口14cmなら、市場へ出しても経費で相殺される。だから、あえて集成する。環境負荷の無い接着剤を使い、思い切ってボルトで締める。ホリオハウスの手法だ。これで小径木を使える。だいたい、30坪の家で3寸~3寸5分の柱を1000本使う。壁も、床も、屋根も。建具だって作れる。大きめに作った独立基礎の上に、骨格になる柱を乗せ、床を置く土台を乗せる。その接合はできれば木組みで。これは仲間の杉浦さん(基礎工事の専門)のアイディアだ。

この家を造るのに、僕が思う最低条件はまず、間伐材を使うこと。1000本の3寸5分・3m材を用意するのに、最低でも1町歩の山が必要になるだろう。そして、その材を壁や柱に使う場合、縦使いにこだわる。これは僕の大好きな大工、河合定泉さんのこだわりでもある。「木は、山で立っていたように使うもんだ」と。定泉さんは言う。当然、、元裏はちゃんとチェックして使う。荷重がかかる柱にはヒノキ、床にはスギを使う。

聞いた話では、30坪くらいの家を建てるのに、1500万くらいのお金が必要だそうだ。その内、500万が材料、500万が大工や職人の手間、500万が設計や住宅メーカーの経費だそうだ。だから、僕たちはビルダーを目指す。ハウスメーカーではない。あくまでも、「命の箱ビルダー」。500万の材料代のうち、パネル工法ならほとんどを木の代金が占める。たくさん使えばいい。木の量が多いほど、そこに暮らす人の気持ちは豊かになる。これは確信を持ってそう言える。

ハウスメーカーの経費はかからないので、その分山主に還元できるし、安く済む。伐った後の山をデザインし、手入れするという選択もありだ。家を建てる最初の仕事は、施主を山に連れてゆくこと。そこでどの木がその施主の家に使われるのか決める。設計士、大工も同行してもらう。僕は施主との約束を果たすために働く。僕が伐って、出して、できれば製材して、パネルにして、それを大工と協働で建ててしまう。施主にも手伝ってもらう。

完成までは2年~3年。山で木を決めたら、僕は伐り旬までは伐らない。伐り旬に入ったら、下弦から新月の間を待って、丁寧に転がす。裏を下へ向けて、春まで葉枯らしする。暖かくなって、虫が入るような季節になったら集材。5分厚めに製材する。それをビニールハウスに入れて、一年乾燥させる。反りや割れも入るだろう。けれど、じっくりと乾燥させておけば背割れはいらないはずだ。秋の頃、含水率や反り具合を見て、仕上げの製材をするのもいい。

次の現場があるだろうから、秋から冬は山に入る。もちろん本業である炭もやく。

僕がしたい仕事は、命の箱を作りたいと願う人に、その一番大事な部材である木材の出所を見てもらい、伐る人、出す人、造る人が見えるような仕事だ。山の恵みをストレートに感じてもらうことだ。ボイラーやストーブ、場合によっては煙道も作ろう。

この仕事で組織は作らない。こんな手間をかけてやるのだから、効率は悪いし、まったく儲からないだろう。年間2軒もやれば精一杯だと思う。仲間たちとの協働で乗り越える。

山に対する想いや願い、経済的な期待を持ったまま年老いて、現状を知り、やる気を無くし、愚痴しか言わない近所のおじさんたち。昔は良かったと、懐かしそうに話をしてくれる。今じゃダメだと諦めて力の無い苦笑いをしている。でも、山の木々は育つ。

伐期を過ぎて、丸太のまま市場へ出しても赤字になるのなら、どうせ儲からないのなら、僕たちの手で何とかしてやろうと思う。相手は地球だ。そもそも敵う相手ではない。気楽に構えよう。

そんな企みを実行に移すことにした。ある人の家を建てます。その人は人生の大先輩。デザインはこれから。それと、家を建てるなんて、一生一度。そんなに施主が都合よく現れる訳もないだろう。だから、ガレージキットと物置キットを間伐材で造る。

これなら、チェンソー製材でも何とかなる。実は、僕自身の夢なんだ。僕の大切な車「ジネッタG4」もう7年も動かしていないけれど、大切に保管してある。これをそのガレージに。そして僕自身もG4と一緒に暮らしたい。

自分で伐って出した材で、自分で作った家だ。ガレージキットと物置キットは基本的に1間・1間が基本。それを組み合わせて大きく造ることができるようにする。ガレージ兼簡易住居ならば2間3間あれば充分だろう。ロフト構造にして、薪ストーブ置いて、風呂とトイレは外に作って、煙道に熱交換機を仕込んで、水と電気は普通に引く。部屋なんて2部屋あればいい。そんな自分の妄想と山仕事がリンク・シンクロしてきた。

大切なことは、儲けるのが目的にならないことかな。今、僕は仲間に恵まれている。その仲間たちと少しずつ分け合う。一人占めはしないこと。

実現するにはすごい苦労と想像もできない困難や問題が立ちはだかるんだろうけど、それは望むところ。

金持ちになること、有名になること、組織を束ねて活動すること、そんなことからはあっさりと足を洗った。

名前なんて残らなくてもいい。僕は自分の意思で炭をやき、山で働く。誰かに命令される訳でもない。誰かに「早くやれ」と急かされて焦ることもない。最低限の稼ぎを得ることと、周りの人たちの笑顔と、毎日山の空気を胸いっぱいに吸い込み、日々変化する自然に感動し、自然の恵みをいただき、母なる大地に感謝しながら逝きたいだけ。

自分の好きなことをやっているだけの、わがままなおっさんでいいと思っている。