炭やきは地球を救う

脱サラして10年。炭やき・木こり・木挽きを生業としています。

焚いています

2010-10-26 | 環境問題 地球を救う真面目な話

焚いています
ほぼ、月一回のペースで焚いている事になる。 こんな事を数年続けて、ようやく炭にする原木伐りと焚くペースが合ってきた。この時期、木は伐り旬だ。ほとんどがマキ(コナラ)。原木の調達先も増えた。

このところ、焚火をしてちょうどいい気温だ。火を眺めながら、仕事の段取りを考える。

窯は順調。師匠と私の魂が宿った窯だ。いい加減な焚き方をすると全く煙を引かない。真面目に、手を抜かずに焚くと、ぐんぐん引き始める。不思議だ。師匠が見ているのかもしれない。せっかちな人だった。きっと天国でイライラしながら見ているのだろう。

それにしてもいい匂いだ。マキ(コナラ)の木っ端を焚き物にするのだが、これが燃える時の匂いと爆ぜる音。木が成長する時、何十年に渡って蓄えた太陽エネルギーを一気に放つ。 炭素と酸素の熱化学反応(酸化燃焼)に過ぎないのに、こんなに美しい。相棒のジローも火の近くで、私の足の甲を枕に眠ってしまった。

いい炭は、燃え方が美しい。この先、死ぬまで炭やきでいたいと、心から願う。


COP10

2010-10-25 | 環境問題 地球を救う真面目な話

名古屋で開催されているcop10。興味が無いわけでもないが、行く気にもなれない。

いろいろと誘っていただいているのだが、全てお断りした。

開催期間中、私は敢えて山仕事に没頭しようと思っている。それが私の立ち位置であり、役目だからだ。

先週は私の住む地域(旭)のお須原山の木伐りだ。強度間伐の依頼で、残存木にはマークしてある。

松や広葉樹が多くてちょっと難しいのだが、勉強になる山だ。私が最も信頼している仲間の高橋さんと一緒に伐っている。

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そして、今週は本業の炭やきに精を出すつもり。

cop10について、毎日たくさんのMLが届く。それを見ていると、大体のことはわかる。積極的に参加している仲間たちも多い。しかし、私の居場所は山だ。

生物多様性について話し合う場合、人間という種の位置づけが問題だろう。人間側から見た機能だけを自然に求めるのは間違っていると思う。

第一、里山の保全とか、里山の再構築とか、それはおかしい。

山里に人が棲み、周囲の大自然からの恵みに感謝しながら、質素に暮らしていけばおのずと里山は保全される。

大事なのは、決して採り過ぎないということ。猪や熊も人間と同等である。来年のため、ほかの動物たちのために残すのだ。

そんな当たり前のことを、COP10の会議で話してもらえたら、もっと有意義な会議になるのにと思う。


嬉しいこと

2010-10-12 | 環境問題 地球を救う真面目な話

最近、立て続けに嬉しいことが続いた。

3日日曜日、あすけ夢里まつり。私は出展者スタッフとして朝から居たのだが、客層が良かった。穏やかな感じの人たちが多く集まり、盛況だったのだが、あまり慌ただしくなかった。私は去年と同じで、脱穀・トウミ・籾摺り・精米・炊飯・おにぎり のワークショップ担当。子どもたちと足踏み脱穀機を使って稲をこく。藁の匂い、脱穀機の音、それを扱うのはm-easyのさとみちゃんとトラヲ。すごくいい感じだった。精米できた米は、私が火を焚いて釜炊きした。足助の梶さんから借りたお煙道さんと4升炊きの釜。火加減は美寿代さんが見てくれた。その米で握ったおにぎりは最高に美味かった。

6日水曜日。朝8時から隣のお宮さんに集合。その日は私の棲むのお祭りだ。いわゆる遊び祭りではなく、本来のお祭り。午前中、の全員でしめ縄を編む。私のような新参者でも神事に参加できるのが嬉しい。午後はネクタイを締めて出直しだ。お参りをして、質素だが贅沢な宴会が始まる。

山村において、集落のお宮さんは守り神だ。元々の日本人(ネイティブ・ジャパニーズ)たちが心から大切にした場所だ。

それは、死んだ時、自分たちの裏山に帰るという考え方。生活圏の奥に自然の営みがあって、その恵みで生かしてもらっているという認識。肉体が死んだ時、魂はのお堂を経由してその奥にある裏山に帰るという事。生命体系に持続性を求めるという思いだ。(これは内山節さんの受け売りだが)

私はそれを目の当たりにした。厳かな中にも温かい人間関係が見える。私は幸せを感じた。

そして、8日・9日・10日・11日と、豊田で行われたアースキャンプ。ここでジオテックドームを間伐材で造るワークショップの手伝いに行ったのだが、そこに来てくれたのが「森の蘇り」を主宰されている大西さんだ。私が最も信頼している仲間の高橋さんが大西さんと交友があって、8日の夜、高橋さんのお宅に大西さんと難波さんが泊まることになっていた。私もドーム造りを手伝い、夜は高橋さんの家にお邪魔して、大西さんといろいろ話ができた。

きらめ樹間伐という方法で、前から興味があった。人工林(杉やヒノキ)で、柱になりそうな材の皮を剥く。すると、形成層を失った樹木は枯れていく。葉っぱも付いたままである。水分だけが蒸散し、脂分は残る。2~3年経つと、含水率が20%を切るそうだ。そうなってから伐る。すると、ひびや割れの少ない、いい香りの材になるという。しかも、搬出が楽だ。なぜなら、とても軽くなっているから。皮剥きは女性や子供でも楽しみながらできてしまう。

丸太のまま、付加価値の付いた材ができる。末(すえ)も使える。建築材にならない部分は、薪に使えるからだ。それは乾いており、脂が抜けていない。いい燃え方をするはずだ。

日本中の山がこの方法で間伐されるとは思えないが、私は魅力的な方法だと思う。既存の間伐とは違う。どれくらい、山主を説得できるのかがポイントだろう。私はこれを、今預かっている山でやってみようと思う。私の大切な仲間が、その材で設計してくれる。

それより、大西さんの人柄が良かった。私など、まだまだ志半ばの半端者だけれど、現場でひたむきにやっていれば本物と出会えるのだと思った。アースキャンプ自体は、????だった。目的がイベントそのものになっていたようで、楽しんでいる主催者スタッフを横目に、私たちボランティアは労働していた。一体、誰が何のためにやっているイベントなのか?私には最後まで理解できなかった。

ネイティブを気取り、外見だけ真似ている者たち。誰かがネイティブの唄を唄っていた。それは、私のココロに響かない雑音だった。上っ面だけ真似ても、みっともないだけだ。大西さんに出会えた事は嬉しかったが、それ以外は収穫の無いイベントだった。

みんなそれぞれ、自分の立ち位置で頑張っているのだろうけれど、何か履き違えて勘違いしている輩が多すぎる気がする。