炭やきは地球を救う

脱サラして10年。炭やき・木こり・木挽きを生業としています。

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木々は会話する

2017-04-09 | 日記


原生林をガイドしながら、この森は大きな生命体だと感じてた。

人工林を間伐しながら、この木々たちは母なる大地で繋がっていると思ってた。だからこそ、伐った木を大切に扱いたくて製材を始めた。

炭をやきながら、この炭素「C」は父なる太陽と、母なる地球の子孫の最も小さな、最も神秘的な、最も大切な基本の形(元素だから)だと考えていた。

映画「アバター」で僕は魂が震えるような感動を味わった。それはやっぱり真実だったんだ。ネイティブからの言い伝えを、科学的に証明してくれたこの映像記事に強い共感と感動をした。

日々の仕事にこのことを投影しつつ、深めてゆきたいと思った。大きく言えば、地球が一つの生命体であり、土中微生物や根菌類が全ての生き物の土台になる。生態系ピラミッドの生産者層そのものがこの大地、山河なんだ。

僕がこんなに貧乏なのに、毎日とても充実しているのも、この大地に包まれているからなんだ。山の懐で暮らすことがその答えだ。

「木々の会話」という部分にすごく心惹かれる。山の恵みで生かされている僕にとって、とても大切なこと。その木々の命を絶つことで僕が生かされている。 そんな想いを胸に、新たな気持ちで山に向かおうと思います。
これを伝えて下さった北山耕平さんに感謝です。

スザンヌ・シマード: 森で交わされる木々の会話

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春の日に

2017-04-03 | 日記
久しぶりの一日オフ。家の掃除で過ぎてしまった。空き缶や空きビンを集めたり、台所の賞味期限切れのレトルトをまとめて捨てたり。燃えるものは薪ボイラーで燃やした。年度が変わって、必要の無い書類も燃やした。

今日はとても天気が良くて、部落のみんなそれぞれ外に出てて、草刈や草を燃やしたりしてた。特に用事はないんだけれど、ふと近寄って世間話。そろそろ田んぼの準備始めなきゃ。そんなことを思いながら、小さいけど、密度の高い幸せを感じたんだ。この地でこうやって暮らしてゆけることの有り難さ。そう言えば、今年度はここの町内会長をやることになってる。ちゃんとやろうと思う。

夜中になり、この時間。ちょっと肌寒くて、外に出てみたら気温は1度。凛とした空気が気持ちいい。そして、満天の星。春の星座が高く昇ってる。ふと、南東の空を見たら、さそり座だ。赤きアンタレスが稜線から現れた。もう、そんな季節。僕の住む場所ではまだ、桜は咲かないけれど、間違いなく春がやってきた。

毎年同じ日、同じ時間、同じ場所に巡ってくるあの星たち。

父なる宇宙(そら)と母なる地球の関係。とても単純なことなんだけど、森羅万象の源であり、最も神秘的なこと。
毎日木を相手に仕事をさせてもらってる。植物も動物も、宇宙と地球が育んだ存在で、僕は木が好きで、山の懐で生きたくてこんな暮らしをしていて、名も無き山の頂にはそれぞれ神が棲んでて、こんな僕を見守ってくれてる。僕がこんなに木や森のことを考えて、自分のできることを続けていても、地球は僕の存在なんてどうでも良くて、僕は宇宙に生かされているのに、宇宙は僕を必要としていない。

星を数えながら、またそんなことを考えています。

そんな想いを宇宙(そら)に馳せながら、また日々の仕事に精を出そう。誰かと自分を比べるんじゃなくて、僕は僕以上でも僕以下でもない。そんな当たり前のことを深く、ココロに刻むのです。
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旧暦正月

2017-02-25 | 日記
旧暦の正月。

月の巡りを中心に暮らしたい僕にとって、今日は節目の日だ。いろいろあった一年だったけど、これからも父なる太陽と、母なる地球に生かされる日々を送りたい。

木曽で修行も始まる。もう一度、木を扱う仕事とは何かを学んでくるつもりです。週に一日か、二日しか行けないんだけど、学ぶことばかりだし、社長をはじめ、現場の先輩たちは素晴らしい人たち。嬉しいことです。

旧暦の新年になって、あらためて想うこと。それは、金儲けとか、スケールとか、スピードを求めるのは違うってこと。もちろん、それが正義だと考える人はそうすればいい。僕はそんな奴らとは関わらないようにするだけ。愚直に、自分の身の丈にあったことを小さくやってゆくだけです。

誰もが、地球の恵みをいただいて生きているのは間違いのないこと。遜る必要は無いけど、謙虚にやってゆきたいと想うのです。

今日も、借りた田んぼで作った米を食い、自分で伐り出した木で暖を取る。それだけで幸せ。もちろん、最低限の現金収入は必要だけど、足りていればいい。本気でそう思える出来事もあったりして。

ああ、この道でいいんだと、穏やかに新しい歳を迎えています。
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腹立たしいこと

2016-10-17 | 日記
今日、腹立たしいことがあった。僕の仕事場(製材所)に見学に来た人の中に、製材所へ来るとわかっていながら草履履いて来た奴がいた。いかにも意識高い系。先輩である僕に挨拶も無い。刃物や動力を使う仕事場に、草履履きで来るというのは、仕事をなめているし、僕のこともバカにしている。以前、岐阜から窯へ来た奴もそうだった。ユニックを使う現場だとわかっていながら、草履履き。何か考えがあって草履履きしているのかどうか、僕にはどうでもいいけど、少なくとも職人が身体張って真剣に仕事している場所へ来るのに、あの態度と草履履きは許さない。二人とも僕の関係する場所には出入り禁止。どちらにも、ハッキリ言った。ただ、理由は話していない。話す気もしない。とにかく出て行ってほしかった。口先ではキレイ事言ってるけど、何も伴っていない。残念な奴らです。今朝書いた、自意識過剰の正義の味方君たち。
同じようなことで、針葉樹を伐ってそこに広葉樹を植えるワークショップをする奴がいると聞いた。思い上がりもいい加減にしろと言いたい。また人工林を作るのか?植えたらその木が育つ間、何世代にも渡って面倒を見る覚悟があるのだろうか?山は命の源。木こりをして、炭をやく僕は誰よりも広葉樹が欲しい。だけど、絶対に植えない。大地の恵みだと知っているから。実生の天然林こそが本来の森林だって思うから。
環境のために、山に広葉樹を植える?その山の外から苗木を運んで?そんなでたらめ、無知だけでは済まない。
山に木を植えるというのは、その山に対する遺伝子操作なんだ。自分の持ち山に、スギやヒノキを植えて林業を成り立たせたいと思い、植えるのはいい。税金を払ってる所有者だから。何世代にも渡って、責任を負いながら山と付き合ってゆくのだから。
人の山で、環境のためとか言いながら、水源地に広葉樹を植えましょうって活動している奴らがいる。正義の味方面して・・・本当に愚かだ。
子孫や流域のことを考えて、森林を何とかしたいなら、人が植えた木を伐り、適度に間伐をしたら後は母なる地球に委ねるしかないんだ。無知にもほどがある。
林床には、何十年も前の埋土種子が埋まっている。光を入れたら、あとは見守るだけなんだ。僕は仕事で間伐もする。間伐の成果は、自分の目で見ることは無い。そんなこと、とっくに覚悟している。僕の仕事は、僕が死んでから何十年先にしか結果が出ないことを知ってる。
補助金を獲り、年度末までに成果や結果を出さないと次年度の補助金が減るから、すぐに結果を出したがる。
草履履きで人の仕事場へ来て、ヘラヘラしている奴らと、自分の成果を自慢したいだけの活動家とは同じだ。
補助金が悪いと言ってる訳ではない。僕だって恩恵に預かっているし、使い方を間違わなければいい。
机の上や、ネット上でカッコイイこと言って、世の中を変えるとか、世直しとか言ってる胡散臭い奴ら。仲良しクラブで生ぬるく傷口舐めあってる気持ち悪いやつら。
少なくとも、僕は地べたを這いずり回って、泥だらけになっても自分の信じることを貫きたいと思っているし、それはたった独りになっても変わらない。
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自由って・・・

2016-08-02 | 日記
「あんたは自由でいいなあ」

今まで何度も言われた言葉だ。

「よほど金持ちなんだね」

とも言われる。

どちらも違う。

毎日、自分の段取りで仕事をしたり、仕事をしなかったりする姿は、「金と時間に余裕がある」と見られるのだろう。

時間はあるが、金は無い。笑っちゃうほど貧乏です。

今月の支払いを、先月の稼ぎでギリギリ何とかしてる。食べ物は質素。人からもらったもので食いつなぐことが多い。

でも、幸せなんだな。

すごく不安定な暮らしだけど、心配はしていない。この先も大丈夫だと思ってる。

反省はするが、後悔はしない。と心がけてる。

できるなら、苦労は見せずに淡々と生きてゆきたい。

「誰かからどう見られるか?」でなく、

「己がどうありたいか?」

愚直に仕事と向き合い、喰らい、眠る。

山と木に遊ばれている毎日は充実しています。

自由であること、それは望み通りのことが出来ることではない。

 出来ることをやりたいと望むことである。
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木工家デビュー??

2016-05-24 | 日記
お知らせです。6月4日・5日。木工家ウイークNAGOYAが開催されます。

http://woodworkers.jp/

その中の、「ウッドワークライブ」に「タチキカラ」で出展します。「天使のコシカケ」をつくろう! のコーナー。名古屋長者町吉田商事(株)特設ギャラリー です。僕は4日・5日そこにいます。
料金は、材料代・ワークショップ代込みで5000円となります。

他にも出展があります。是非、おいで下さい。

また、数日のうちに「タチキカラ」FBページでも告知します。
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ショックなこと

2016-04-05 | 日記
本当に、本当にショックなことから一週間。ようやく少し前を向けるようになった。最愛のジローが失明してしまったんだ。
だんだんと視力が落ちているのはわかっていて、今年に入ってからすごく痩せてきて、もう病院へ連れて行って、血液検査をしようと思っていた。それでもやることだらけで、なかなか行けなかった。いや、僕の勝手で行かなかったんだ。月曜日までは普通にしていた。でも火曜日、窯へ連れて行ったんだけど、いつものようにリードを外して自由にしてやった。置いてある炭の原木に鼻先をぶつけて「キャン」と鳴いた。それからはもう、何も見えていないのがわかった。翌日、一番近い動物病院へ連れて行った。先生は慣れた感じで、「糖尿病からくる白内障です」と。血液検査をしてそれも確定。インシュリンを毎日打つことと、食事と適度な運動で血糖値をコントロールすれば、ジローの寿命は全うできると聞いた。
時間やお金がかかる。それはその瞬間に覚悟した。それはそれで仕方ない。でも、でもジローの目が見えなくなってる事実を、僕は受け入れられなくて、狼狽したんだ。
呼ぶと、あちこちぶつかりながら健気に僕を探すジローの姿に、涙が止まらなかった。僕のせいで、こんな風になってしまったんだ。親しい人たちにはメールで伝え、その誰もが「自分を責めるな」と返信してくれて、すぐに来てくれた人もいた。もう一週間。いい加減に受け止めて、ちゃんとしなきゃいけない気持ちと、食欲もあまりないし、眠りも浅い。無理して仕事したら怪我をするという気持ち。とにかくジローの傍らに寄り添っていたいという気持ちで、今日も動けない。少しずつ、仕事の段取りも進めているけど、自分がこれほどまでに弱く、ヘナチョコだとは思わなかった。
昨日家に来てくれた友達が、もう長い間ジローと僕を見ていてくれる友人で、「ジローは今までよりもお前に大切にされて、今までよりも隣にいる時間が増えて、手のぬくもりを感じる時間が増えたのだから喜んでいるんじゃないか?」って言われて、そのときは目が見えないジローの未来を考えたら、そんなこと言えないって思った。でも、やりとりしたたくさんの暖かいメールの中に、「ジローはなんと思ってるんだろう。結構聞いてみると面白い答えだったりして」って書いてくれた人がいて、そうかもしれないと思うようになった。
まだまだ、ぜんぜん受け止めきれず、毎日悲しみに打ちひしがれる。
だけど、ジローはまだ生きている。結果的に血糖値以外は異常ないのも判明した。これからは僕がジローの目になる。今までよりももっと愛してあげようと思う。それはむしろ、僕が望むこと。犬は人間よりも優れたところがあって、いちいち落ち込まないし、今自分の持っている能力で生きようとしてる。それは僕自身にも言えることだし、気づかせてもらえた。
治療を始めて1週間。体重は数百グラム戻ってきた。食欲も旺盛だし、散歩のときもぐんぐん歩く。ちょうど今年から借りた田んぼまでの往復がいい距離で、毎日田んぼの様子を見つつ、ジローとの時間を持とう。
今までとは少し、仕事の形態も変えなきゃいけない。街場での講演、長い時間の会議など、ジローを連れて行けない場所や、ジローの負担になるような仕事は請けないことにします。
ありがたいことに、山も製材も炭窯も、ジローと一緒に行けて、ジローの顔を見ながら仕事できる。
これは約束されていたこと。僕の一生にとって、必要なことなんだ。もちろん、ジローにとってもそうで、僕と一緒に暮らしてゆくことが一番幸せなんだと、そう思います。
まだまだ気持ちが前に向かず、いろいろとご迷惑をおかけすると思いますが、僕たちをお見守り下さい。よろしくお願いいたします。
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同志千葉ちゃん。

2015-12-06 | 日記
同志千葉ちゃん。千葉篤志。

彼との出会いから、今まで、数えてみれば何十回も会ったわけでもないのに。彼とは目指す場所、見ている風景が同じなんだ。インタープリターとして、ちゃんとやってる。思わぬところで彼の名を聞く。彼の元を訪れた人たちは、自然の素晴らしさ、大きさ、厳しさを学んでゆく。大人も子供も。千葉ちゃん、いい仕事します。


そんな彼が、新たにブログを書くことにして、記念すべき第一回に僕が登場している。彼のような男に、こんな風に書いてもらって光栄だし、誇りに思う。是非、第一回から読んでみてください。僕としては、とてもこっ恥ずかしいけれど、とても嬉しい。千葉ちゃん、ありがとう。


http://dokyospace.exblog.jp/23933478/
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恥ずかしいけど・・・

2015-11-16 | 日記

スタジオジブリの機関紙「熱風」に取り上げてもらいました。

リスペクトする中村棟梁が紹介してくれて、5月に鈴木敏夫さんがここに来られ、僕が預かっている山でヒノキを一本伐るところを見学され、その様子が「ジブリ汗まみれ」で放送されました。こちらのポッドキャストで聴けます。

https://www.tfm.co.jp/asemamire/index.php?itemid=99065&catid=168

その流れで、「熱風」に載せていただいたのだけれど、ジブリの出版部部長さんと、プロのライターさんが僕の家まで来られて、中村さんと僕の対談を20ページ超えのレポートにして下さいました。

何だか、僕の集大成みたいなレポートです。とても嬉しく、こんなメジャーなところに出た以上、嘘はつけない。必死で頑張ろうと思うのです。

「熱風」は、送料だけジブリへ振り込むと届きます。是非ご覧下さい。そして、感想を聞かせて下さい。

こちらから申し込めます。

http://www.ghibli.jp/shuppan/np/009869/




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百姓になる

2015-08-29 | 日記
僕は百姓になりたい。百姓とは、「百の姓を持つ人」つまり、「百の仕事をこなせる人」のこと。



田んぼ・畑で食べ物を作り、山に入れば、木を伐り、出し、里へ戻って木を挽き、炭をやき、挽いた木で家を建て、家具を作り、やいた炭を使って暮らす。



生きることが仕事。そんな生き方。





分業化、専門化された今の稼ぎ仕事。もちろん、僕もそこにがんじがらめになってる。でも、僕はもがきながら、這いつくばりながらでも、「百姓」になりたいんだ。



これはずっと昔、子供の頃からの夢。都会から山村に移り棲み、木こりや炭やきをしている僕の目標になってる。



僕には、それぞれの道で学びたい人がたくさんいる。そして僕には憧れている人がたった一人いるんだ。



それは、70歳になった僕自身。しわくちゃになり、身体も衰えて、動きも悪くなっているはずだけど、70歳の僕は相当カッコイイ(はず)。



直接お金を得ることが「稼ぎ」。炭やきも木こりも木挽きも稼ぎです。



お金にはならなくても、自分の現在のため、自分の未来のため、大切な人の現在のため、大切な人の未来のため、愛するこの土地のため、母なる地球のために、この丈夫な身体と精神を使うことが「仕事」だと思うんだ。



「稼ぎと仕事、両方できて一人前」それが百姓の入り口。本物になるための最低条件。



「百姓」に一歩近づくために、仲間たちと新たな試みを始めます。



木こりの僕が伐った木を、木挽きの僕が挽いて、それを形にしてゆく。まだ詳しくは書けないけれど、山から製品まで関わります。



もちろん、そんな簡単な仕事では無い。その道のプロとの協働しか道は無い。中心になって導いてくれるのは一流のデザイナーであり、家具職人です。



そして、共に戦ってくれる大切な仲間たち。木工のプロ、大工、農業のプロ。そして僕は山のプロ。それぞれの道を極めているオトコ・オンナたちの集まり。



大事なことは、みんながお互いの仕事を助け合うこと。教え合うこと。それが「百姓」への道。



コアメンバー全員が「百姓」を目指すんだ。



このプロジェクト、人間と道具と場所まで決まりました。コアメンバーは不変です。集めた人材は、僕たちのえこひいきで集めた。



この地でしかできないことでキチンと稼ぐ。これだけはハッキリと言えてる。





そのプロジェクトの、更に先にあるもの。



それは人が集まれる場所(カフェのような)を作ること、エネルギーを自分たちで作りながら作業すること(僕たちが持ってる材料で発電する)、この地区の未来を担うような人材を育てること(農業で頑張ってる仲間たちの冬仕事を作り出す)。



夢は尽きない。



そして、それを実現するための人材、アイテム、スキルはすでに揃っている。初動の運転資金さえ何とかなれば、僕たちは船を漕ぎ出します。





どうか、お見守り下さい。



どうか、知恵を貸して下さい。



どうか、一緒に汗を流して下さい。







僕たちは、必ず応えます。
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