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創価学会内部改革派 蘇生の選択 (24)

2011-03-03 15:55:38 | 日記
   創価学会内部改革派憂創同盟 最後の警告
(覚え書き)(no.3)
                            創価学会内部改革派憂創同盟残党




 保田妙本寺の皆さん、あけましておめでとうございます。
 自分は九州で一人、隠れ保田妙本寺信徒として信仰している者です。観念文は保田妙本寺のをインターネットより入手して使っています。以前、保田妙本寺の信徒さんを怒らせるようなことを書きましたが、それは日蓮大聖人や保田妙本寺御僧侶は分かられると思われる激情からのことです。
 保田妙本寺の信徒に民衆救済、広宣流布の情熱が感じられないことからの激しい怒りでありました。苦しんでいる民衆はたくさん居ます。安穏と信仰したいという人達への激しい怒りからのものです。弁明も謝りも致しません。苦しんでいる民衆のことを考えるともっともっと怒りの言葉を書きたいくらいです。
 保田妙本寺が創価学会の本山になれば広宣流布は達成されます。苦しんでいる民衆は救われます。それを理解して下さい。
 創価学会員は偽本尊に祈っているのです。余りにも憐れです。うつ病性障害などの精神障害、原因不明の難病、不慮の事故などで苦しんでいる創価学会員がもの凄くたくさん居ます。彼らを救ってやって下さい。創価学会員は喧しいですが我慢されて仲間に入れさせてやって下さい。
 52年路線のことを心配しておられた保田妙本寺信徒の方もおられましたが、あれは0000だから行ったことです。他の側近は皆、常識溢れた方ばかりです。でも、0000の野望を止められなかったのです。
 52年路線の再来はあり得ません。0000のような狂人は今後、現れることはあり得ないと確信します。0000はいわゆるシーザーであったのです。自分を中心に世界が回らないと満足しない狂人・シーザーであったのです。シーザーであるから誰も止められなかったのです。
 原田会長は迷っておられるようです。たくさんの創価学会員に起こり続ける不幸をどうにか止めたいと思っておられますが、方法が分からない、どうして良いか分からないでおられるようです。
 また、未だに0000が生きていること、原田会長独断ではできないこと、などに悩んでおられるようです。
 どうか、偽御本尊しか持たない可哀相な創価学会員を保田妙本寺に入れさせてやって下さい。

       by 九州の三船敏郎

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      原田会長へ

 原田会長、また、保田妙本寺を創価学会の本山とするよう戦う創価学会内部改革派憂創同盟残党その名は三船敏郎であります。
 早く、創価学会製の御本尊、すなわち日寛上人の御本尊(“魔”の御本尊)を回収し、保田妙本寺より正しい御本尊を戴くべきです。        
 創価学会製の御本尊に祈ると、うつ病性障害などの精神障害が非常な高率で起こる、しかも治らない、ことはご存知のはずと思います。創価学会の本部に毎週、精神科医が来て診察や治療をしていることは、もう世間一般の常識になっていることもご存知と思います。
 創価学会員に発生したうつ病性障害などの精神障害は治らないことで有名です。普通のうつ病性障害なら3ヶ月ほどで治るのが普通です。しかも病院に行かず、放って置いても治るのがうつ病性障害です。
 創価学会製の御本尊には悪鬼が棲み着いています。このことは原田会長もご存知のことと推察します。その悪鬼が池田大作の死とともに創価学会製の御本尊から離れて行けば良いですが、これは楽観しすぎの予想です。池田大作が死んでも創価学会製の御本尊には悪鬼が住み続けると思います。
 創価学会員のうつ病性障害など精神障害に罹患する確率は驚くべき高い値を示します。原田会長はご存知のはずと推察します。
 このままでは創価学会は衰退続け、無くなってしまうかも知れません。それほど創価学会員のうつ病性障害などの精神障害に罹患する確率は驚くほど高いのです。
 早急に創価学会製の御本尊すなわち“魔”の御本尊は回収されるべきです。うつ病性障害になり生活保護になる創価学会員が異常に多いことは社会の常識になっています。知らないのは素朴な純朴な創価学会員だけです。
 創価学会員のうつ病性障害には特徴があります。統合失調症との鑑別が極めて難しいことです。
 被害妄想に怯えるうつ病性障害の患者は極めて少ないのですが、創価学会員のうつ病性障害の患者は被害妄想に怯えていることが極めて多いです。実際、うつ病性障害の創価学会員に統合失調症に用いる抗精神病薬を与えると良く効きます。ドラマチックなほど良く効きます。
 事態は深刻です。創価学会員のうつ病性障害はなかなか治りませんし、再燃(再発)を繰り返します。うつ病性障害が治ったという話をときどき聞きますが、それは不安障害を間違ってうつ病性障害と診断した時のことです。創価学会員の不安障害は一般に比べ非常に重篤なのが特徴です。
 そしてうつ病性障害で入院する人は稀ですが、その稀な人達のほとんどが創価学会員です。彼ら彼女らは何時まで経っても治りません。抗精神病薬すなわち統合失調症に用いる薬を服用させないと軽症化しません。
 マスコミからスクープされる前に、創価学会製の御本尊つまり“魔”の御本尊を早く回収しないと、創価学会に入ってくる人がほとんど皆無になります。
 マスコミからスクープされると創価学会は崩れ落ちるかも知れません。創価学会製の御本尊すなわち“魔”の御本尊は一日も早く回収するべきです。創価学会製の御本尊にはどんなに気合いを入れて祈っても歓喜は湧きません。その代わり、日達上人の御本尊に祈るともの凄く歓喜が湧きます。日寛上人の書かれた六寛抄は日蓮正宗以外の富士派からは全く歯牙にもかけられていないようです。内容がデタラメに満ちているからです。富士大石寺の大御本尊は日有上人の時代に作られたものと文献的に言われています。犀角独歩氏がデジタルアナライザーで富士大石寺の大御本尊が後世の贋作であることを最近、証明されました。
 創価学会は早く日寛上人を捨てなければなりません。日蓮大聖人の正流は保田妙本寺であり、富士大石寺は贋作の教団と言われています。富士大石寺が正統と思っているのは年老いた創価学会員だけです。
 富士大石寺への登山の経験のない男子部・女子部は既に富士大石寺の大御本尊は後世の贋作と主張しています。そうやって脱講運動を展開しています。ただ、未だに犀角独歩氏のデジタルアナライザーでの研究が本になってないため、知っている人が少ないです。早く創価学会から犀角独歩氏のデジタルアナライザーでの分析結果を詳しく聖教新聞などに掲載するべきです。
 保田妙本寺の末法万年救護の大本尊に向かって遙拝勤行をすると歓喜が凄いです。勤行して3分間の題目だけで怖いもの無しになります。自分は現在、保田妙本寺の末法万年救護の大本尊に向かって遙拝勤行を行っていますが、勤行と3分間の題目だけで元気一杯になり怖いものがなくなります。
 保田妙本寺こそが正統なのです。原田会長も保田妙本寺の末法万年救護の大本尊に向かって遙拝勤行すると解ります。保田妙本寺の末法万年救護の大本尊こそ大御本尊であると正本堂御供養金返還運動に立った民音の松本氏は先見の目を持っていたと感心しています。
 保田妙本寺が創価学会の本山となってくれるかが問題です。
 創価学会製の御本尊つまり“魔”の御本尊の半径2メートル以内では「死ね、死ね」という言葉が聞こえてくる婦人部がいます。半径2メートル以上では何も聞こえないそうです。
 また、東京の創価学会専用の精神科クリニックには、“魔”の御本尊に勤行唱題するとリストカットをしてしまう男子部員が通院しています。“魔”の御本尊への勤行唱題を厳禁にしていますが、熱心なあまり勤行唱題をしてしまうそうです。
 また、“魔”の御本尊に勤行唱題すると一発でうつ病性障害が再燃してしまう女子部員(婦人部員??)がいます。この人も熱心なあまり、創価学会員の精神科医より“魔”の御本尊に向かっての勤行唱題を厳禁にされているにも拘わらず“魔”の御本尊に向かって勤行唱題してしまうそうです。この女子部員は青春時代をほとんど、うつ病性障害で送り、婚期も逃してしまいました。
                (完)


(補記)
 富士大石寺の大御本尊が後世の贋作であることが現代科学的にも立証されました。ということは日寛上人の御本尊も同類となります。
 すなわち日寛上人の御本尊も後世の贋作ということになります。日寛上人の御本尊を拝んでうつ病性障害などの精神障害が異常多発、および事故が異常多発するのは後世の贋作を拝んでいるからです。
 日寛上人が間違った宗派の流れの一人です。日寛上人は他の日蓮宗富士派からはかなり悪くいわれています。後世の贋作の日蓮大聖人御遺文を金科玉条のごとく扱われていた間違った上人と言われています。六寛抄は出鱈目であると現代の研究者からは言われています。
 早く保田妙本寺の末法万年救護の大本尊を本当の御本尊としないことには、創価学会員は不幸な人ばかりになります。
 保田妙本寺を早く本山にしないことには創価学会は衰退して行くばかりです。既にかなり創価学会は衰退しています。一部の狂信的な信者だけが、信仰している団体に既になりかけています。
 保田妙本寺には広宣流布への情熱を持った信者がほとんど居ないと先代の日櫻上人猊下が嘆かれていたそうです。確かにインターネットでも広宣流布の情熱を全く持たない、自分だけ満足すれば良いという信者が、私の投稿した文書を一生懸命になって違反通告して消そうとしていたということです。創価学会から保田妙本寺に移った人にはそういうことはないと思われますが、自分だけ良ければ良いという子供のような嘆かわしい信者が居ることは悲しいことです。
 創価学会が保田妙本寺を本山とすると、そういう嘆かわしい信者は淘汰されて行くことは確実なことです。
 保田妙本寺の末法万年救護の大本尊には凄い力があります。創価学会員はかつての信仰への情熱を取り戻し、広宣流布が進んで行くことは確実です。今のままの却って悪いことが起こる日寛上人の御本尊には自分は怖くて祈ることができません。
         (完)

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      rsdさんへ___生命は永遠なり___
                         by ドクター三船


 あけましておめでとうございます。
 しかし、健康状態が優れないとのことで案じております。しかし、生命は永遠であります。rsdさんは今度は何処にお生まれになるのでしょうか? チベット仏教では死亡した時、ご馳走を炊き、酒を振る舞い、親類縁者で大賑わいになって死者を送ると聞きます。涙は禁物で、笑顔で死者を送ると聞きます。それが正しい葬式であると僕も思います。
 生命は永遠であります。死ぬ時、安易な延命策をとる日本の医学は間違っています。アドレナリンを静脈注入し心拍数を170/分まで上げて延命を図るという脳外科に以前は居ました。集中管理室は人工呼吸器で延命された患者で溢れていました。これは間違っていると思っていました。しかし、家族はそういう延命を希望するのです。仕方なく自分も延命策を施さねばなりませんでした。
 このことは1日も経たずに消去された自分のこの前の質問に詳しく書いてありますので、それを以下にコピーしようと思います。
 ところが、見つからなかったので、それは後で、コピーして送ります。
 ベットの脇に1メートルから2メートルの大きな紙に「延命策不要」と大きく書いて貼っておくと良いです。
 でも、家族に、rsdさんが、「延命策不要」との意志を伝えて、急遽入院の時、婦長及び担当の医師に「延命策不要」であることを明瞭に伝えるように言っておくことです。緊急のことが多いですから文書に書いて置くことです。それを手渡せば良いです。その文書は1つでなくコピーして2、3枚、持っていた方が良いです。印鑑とサインがある方が良いです。サインだけでも構いません。字は汚くて大丈夫です。判読さえできれば大丈夫です。
 子供が医者の場合は、延命策は不要との合意を前もって院長と交わすことが多いですが、一般の医学に通じていない家族の場合は不要な延命策を要求することが多いです。医療訴訟では延命策を怠ると罰せられることになっていますから、仕方なく延命策を施すのが一般です。
 既に死亡している患者に心臓マッサージを施さねば見ている家族が医療訴訟に訴えたら負けます。90歳の老人が既に心臓停止を起こして生き返るはずがありません。しかし、日本の裁判官は医学に無知です。日本の一般市民も医学に無知です。そして「死んだら全てが終わり」と考えています。「死の尊厳」ーーーこの意識が日本人には現在、欠如しています。
 死ぬ時は担当医不在のことが多いですから文書に明瞭に書いて置くことが必要です。「生命は永遠なり  延命策は不要」と大きく書いた紙をベットの脇の壁に貼っておくと良いです。その大きな紙に印鑑をたくさん押しておくとより効果的です。仏教学者と言うことも婦長などに伝えておくべきです。
 日本にも欧米と同じように「尊厳死の会」がありますが、たしか1年に1万2千円取ります。そのためか、入会者が少なくほとんど機能していないようです。
 小児や若者ならば延命策を施さなければならないでしょうが、老人に延命策を施すことが理解できません。しかし、日本の医療は老人にも延命策を施します。「安らかに死出の旅路に送る」という精神が欠如しています。
「私は仏教学者である。生命は永遠である。延命策は不要。」これだけで良いと思います。
 安易な延命策への批判が日本では起こらないことは不思議なことであります。宗教心の欠如が安易な延命策を蔓延らせることに繋がっているようです。死んだら全てが終わり、という考えが宗教心のない日本では蔓延っているからであると思われます。
 植物人間状態で病院で延命されている老人が多いです。人工呼吸器に繋がれ、脳細胞は梗塞や出血ですでに死に絶えていながら、延命されている人達が大きな病院では多く存在します。これは間違っています。
 自分は医者の初めの7年間を脳外科で過ごしました。ところがうつ病性障害に罹患し、体力の必要な脳外科では不可能となり精神科に移りました。これはここだけの話ですが、精神科は楽な所でうつ病性障害でも充分やっていける所です。うつ病性障害であることが、病める患者の心が読めて却って良いです。
 担当医そして婦長不在の時、延命策不要であることを知らずに、当直の医者や看護士が必死で延命策を施します。そのためにも文書で婦長や担当医に延命策が不要であることを伝えておくだけでは不足です。そのため、ベットの脇に大きな紙で「延命策は不要  私は仏教学者」というのを貼っておくことが大切です。
 心臓マッサージとはここだけの話ですけど、肋骨を何本もボキボキ折りながらする事が多いです。力の強い男性が心臓マッサージしたら肋骨は必ずと言って良いほどボリボリ折れます。一押しで5本ぐらい折れることも良くあります。これはここだけの話ですが、僕が心臓マッサージすると肋骨は粉々にしてしまうのが常でした。
 停止しかけている心臓を再び鼓動させるためにアドレナリンを静脈より注入することが日本の医学会の常識です。これはここだけの話ですが、それにより患者は死に際の苦しみを長く長く味わうことになります。そして患者の家族が見ている時は心臓にアドレナリンを5アンプルも長い注射針で注入するように本には書かれています。僕も脳外科にいる時は長い注射針で心臓へのアドレナリンの5アンプルの注入を多くしてきましたが、生き返った人は一人もいません。生き返ることはあり得ないことが分かっていても日本の医療界ではそういう延命策を行わなければならないのです。第一、80歳、90歳の人は生き返りません。
 精神科では家族は見ていないことが普通です。これはここだけの話ですが、それで延命策は行わないことが普通です。しかし、看護士が汗水垂らして心臓マッサージをし続けることが意外と多くあります。生き返った人はいません。90歳の人が生き返るわけがありません。死体を焼却した時、肋骨が粉々になっているのを家族が気付いたらどうしようと心配になります。
 脳外科では家族が傍で見ているので延命策を行わなければ医療訴訟に持って行かれたら負けますので、大変でした。心臓マッサージを長く長く続けなければなりませんでした。精神科はその点、楽です。精神科では家族が死体を引き取りに来ないことが多くあります。電話してもとぼけたりして全く相手にしてくれません。
           (完)


 石井一先生、自分は反創価学会のものです。是非、頼みたいことがあります。
 公明党が警察の人事権や予算を牛耳っていることは危険と思います。
 創価学会は池田大作の指示があればテロをも起こします。
 国会議員を半分にすると公明党は潰滅すると言われます。また、池田大作の死後は、創価学会員の選挙への士気が大きく低下し、公明党は潰滅するとも言われます。
 公明党から警察の予算や人事権を剥奪するべきと思います。
 国会議員や東京都議員の数を半分にすると公明党は自然に警察の予算や人事権を剥奪されます。
 どちらにしても早く国会議員や東京都議員の数を半分にすべきと思います。
 戸別訪問という選挙違反を繰り返す公明党(創価学会)をこのままにするべきではありません。
 http://sky.geocities.jp/mifune008/

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   池田大作・創価学会の真実:原島嵩(1)


 昭和五十五年二月二十六日、六時間にわたり、一対一で、池田大作の信仰上の問題、社会上の問題、そうしたことについて追及しまして、その時は、「よくわかったよ。オレとおまえの仲ではないか」あるいは「みんな、私の一言に右へ倣えであった」と、反省らしき言葉があったので、ひとたびは喜んで帰りました。
 しかし、その翌日から創価学会の本部職員に対して、「道で会っても取り合うな」「原島とは絶交せよ」という司令が出されまして、私は、聖教新聞社にも行けず、新宿文化会館という所の一室に監視状態の中で、仕事をせざるをえなくなったわけです。  
 …………
 …………
 …………
 疎開で宇都宮に移った時に、そこで大空襲に遭いました。
 私と母と妹は逃げ遅れ、防空壕にも行けず、近くの掘っ立て小屋の中に入りました。
 そこで母は、「さあ、最後の勤行をしよう。日蓮大聖人の元に行くのだ」と言っておりました。
 勤行は三時間ぐらい続けたでしょう。私達の入った小屋は奇跡的に助かったのです。
 父は、学校の先生でしたので、学童疎開で秋田の方に行っておりました。
 ここで私が、なぜこんなことを申し上げるのかというと、創価学会も、もとをただせば日蓮正宗の信徒団体であり、信仰が純粋な時もあった、ということであります。
 しかしながら、創価学会が何故、変質してしまったのか、このことを私は、皆様方に深く訴えたいのです。
 昭和三十二年の大阪補欠選挙で、池田大作は選挙違反で逮捕されました。  その時、池田大作は、権力の恐ろしさを、肌身をもって知ったのです。そして、逆に権力を取らなければやられる、と思い込んだのでした。
 それからというもの、まず創価学会内の権力を手中にし、さらに社会的な権力を手中にしていく、という行動に出たのです。

 昭和四十年七月、池田大作は、ある著名な評論家のインタビューに次のように答えています。

「私は、日本の国主であり、大統領であり、精神界の王者であり、思想文化いっさいの指導者・最高権力者である」
「私は現代の救世主である」
「釈迦以上であり、日蓮大聖人を超える存在である」
「世界の盟主である」
「私には日本の中に語り合える人はいない。世界的に著名な人のみを相手にする」
「私にはもう叶う人は世界にもいない。私は宇宙と語る」
「今、私には天下を取ることが見え始めた」
「私は太陽の帝王だ」

(注:高瀬広居:人間革命をめざす池田大作 その思想と生き方:有紀書房:1965)


 何故、彼がこれほど狂ったのかーー。
 一つは昭和三十九年に公明党が発足し、昭和四十年には三百五十五億円の御供養金が集まり、金と権力の二つを手中に収めた池田大作が、己れを、やがて日本国を乗っ取ろうとの野望に掻き立たせたのであります。
 私は、昭和三十九年、聖教新聞社に入社しました。そして昭和四十年には、特別書籍の局長という地位に昇りました。
 特別書籍というのはどういうものかというと、池田大作の出版物、講演、それから外部への寄稿、それらの八十%以上は、特別書籍という部門で作成したのです。
 残り二十%は、篠原善太郎さんという東大出身の小説家志望だった人が、小説『人間革命』をはじめとして、外部への寄稿、あるいは詩を作るなどしておりました。
 私達は『御義口伝講義』上下、『立正安国論講義』、あるいは『科学と宗教』、『政治と宗教』、そういった書物を手がけてまいりました。
 皆さんは驚かれるかもしれませんが、池田大作が書いた物というのは、ほんのわずかしかありません。ほとんど代作、代わりに作った物であります。
 その特別書籍の局長に任ぜられ、私はせっせと、池田大作の書物等を作成することに専念してまいりました。  
 そのために、どれほど自分自身が池田大作の本仏化に手を貸したことか、それを今思うと、恐ろしいと思わざるをえません。
 池田大作という人物はどういう人物か。  
 それは、自分が信ずるものは自分しかない、あとは誰も信じられないという、自分自身の絶対の過信者であります。
 そして、何よりも小心者であります。
 私は、長い間、池田大作の側近としておりましたので、彼の性分はよく知っております。
 とことん、対立者を追いつめ、時には「自殺に追い込め」などという言葉を吐くほどの人物であります。
 こういう人間の抜扈(ばっこ)を許しているならば、それは日本国民自体の大きな損失となるでありましょう。
これを断じて、私達の手で防がなくてはなりません。
 私は池田大作と将棋を差したことが何回もあります。
攻められると、飛車が取られようが、角が取られようが、金が取られようが、銀が取られようが、王様だけがひたすら逃げていくという、王様が裸になって逃げていくという、まさに、そういう性格の持ち主でありました。
(池田大作・創価学会の真実:原島嵩:日新報道:2002:p145-6)


 そして、陰湿であります。
 ある時、私が、〝人民寺院〟の件を話して、
「恐ろしいことだ。宗教を間違うと、とんでもないことになる」
と、池田大作に話をしましたら、
「何を言うか。創価学会だって同じだ。私が一言『死ね』と言ったら、何万人も死ぬ人間がいるだろうな」
などと、ものすごい形相で語る人物でした。  
 体験の中で、いろいろな嫌がらせ、それこそ大惨事になりかねない暴行・放火等の事件が語られましたが、こうした指令の大もとは、池田大作から出ているのです。
 昨年の十月七日の第三十八回本部幹部会の席上、池田大作は、徹底した対立者攻撃を展開するように、学会員を煽っています。
 いったい、戦闘・攻撃・追撃することが仏法であり、人の道である、などと説く人が、どこにあるでしょうか。
 仏法というものは、慈悲の精神であり、また、社会的にも、そうであるからこそ、宗教団体として認められているのです。
 しかしながら、「徹底的に相手をやっつけろ」「完膚なきまでにやっつけろ」というようなことが、正しき人の道である、などということが、許されるでしょうか。
 仏法の上からも、人間の道としても、許されることではありません。
 信平信子さんのレイプ事件のことは本当だったろうと思います。(注:最高裁では否定されたが、裁判というものは決して正義が勝つのではない。極論すると、口が巧妙な方が勝つのである、弁護士の力量に依るのである。)
 私は、昭和四十五年、言論出版問題の時に、上田雅一氏、後の副会長ですが、私と一緒の仕事をしていた関係から、池田大作の女性関係について、縷々悩みを聞かされました。
 そのやり方はじつに巧妙であり、人にわからないように、密室で、その行為は行なわれていたのでありました。
 池田大作の専用施設には全て風呂が付いているのは、何よりも、これを雄弁に物語っているのではないでしょうか。
 私は驚いたのですが、男性の秘書に対しても、自分が風呂に入る時には、パンツを脱がせたり履かせたりする、それも秘書の役目であり、池田大作は突っ立っているだけでありました。
 そのようなことは、女性秘書の場合も同じであったと思われます。
(池田大作・創価学会の真実:原島嵩:日新報道:2002:p146)


 第一庶務という、創価学会には本部職員の部署がありますが、男性秘書、女性秘書、併せて約二十人ぐらいが、常に池田大作の世話をしておりました。
 いろいろなことを言われていますけれども、池田大作の女性関係は事実であり、私はそれを証明するために、月刊ペン裁判に出廷いたしました。
 しかしその時に、やはり、学会は母に対して、猛烈に圧力をかけてまいりました。裁判長宛てに、「私の息子の嵩は、生まれつきウソツキであり」といったような文面で文章を書くように、命じられたりしました。
 そのような迫害があったのですが、私は証言台に立ちました。
その時の、私に対する悪口讒謗(ざんぼう)のかぎりも、まことに筆舌に尽くせぬものがありました。
池田大作が、昭和五十四年四月に、会長を辞任し、日蓮正宗の法華講総講頭も辞任しましたが、
それを利用して、今度は、自分が「名誉会長」という一段上の立場に立ったように学会員に印象づけ、
さらに、北条さんを中心とする新執行部に対して、「規則・会則」というのがその頃でき上がりましたが、
「そんなものは手段である。私自身が創価学会の魂である。私を永遠の師と定める誓書を出しなさい。私を怒らせたら怖いぞ」などと突き上げたのです。
 『永遠の師』というのは、日蓮正宗にあっては、日蓮大聖人お一人であります。それを、全副会長の署名入りで提出させ、池田大作の了解を求めさせた、ということがありました。その時に私は、まことに恐ろしい人物だと思いました。
 人に対する信頼というものがなく、猜疑心ばかり旺盛で、ただ、必死に権力を求めようとする、
飽くなき権力・金力の亡者である、池田大作の素顔を、私はその時も、間近に見てしまったのです。
 池田大作も、悪いですが、側近も悪いのです。
いつも「先生、先生」といって、持ち上げていなければ生きられない組織であるからこそでありますが、しかしながらそれに甘んじている、池田大作の側近達も悪いのです。
 両方の欲と欲がお互いに引っ張り合って、あの醜悪な、巨大な、モンスターのような団体を築いてしまったのです。
 その点、私も、深く反省しております。
(池田大作・創価学会の真実:原島嵩:日新報道:2002:p146-7)

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 一般には知られていないが、公明党議員は資金集めのためのパーティひとつやるにも池田の顔色をうかがわねばならない。
公明党の「党首」池田大作の発想からすると、公明党の都議、国会議員といえども自分の一兵卒に過ぎない。
その一兵卒が自分の許可も得ずに都内の一流ホテルで派手なパーティをやるなどというのはあってはならない背信行為と移る。
しかも、公明党の場合は国会議員なら千人から二千人程度、都議クラスなら二、三百人の規模が一つの不文律とされているのである。
 今回の私のように五千人を集めた派手なパーティは前代未聞であり、池田の神経をわざと逆なでするやり方だった。
しかも私の手元からほかの議員連中へ資金が渡るのも池田は気に入らないだろう。
 私のパーティ当日、池田と秋谷は中国訪問の旅行中だった。
 ところが私のパーティにまぎれ込んでいたゴマスリ幹部が「一大事です!」とばかりに国際電話で現地の池田へご注進に及び、怒り心頭の池田はその旅先で秋谷に土下座を命じたのである。
「藤原にあんなパーティを開かせやがって! おまえの監督不行届だ。ここで土下座して私に謝罪しろ」
 異国の地で、他人の目も憚らず、池田はこう怒鳴りつけたのである。
 さすがに秋谷も屈辱で顔が青ざめていたという。
 が、最後はホテルの床に這い、創価学会第五代会長が土下座した。
 池田の命令に従ったのである。
 それが影響したか、秋谷はこの旅先で体調を崩し、日程半ばで帰国。
 腸閉塞で緊急入院した。
 手術のあと転地療養へ出かける秋谷に池田は学会の会長専用車の使用さえ禁じた。
 おそらく秋谷の胸中には無念さが渦巻いていたことだろう。
(池田大作の素顔:藤原行正:講談社:1989:p261-2)

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 そのあと、下へ降りてから上田雅一現副会長が私に『おい、見たか、見たか』と非常に興奮して言うのです。
 私は『いったい、なんのこと?』と聞くと、『赤い紅が付いていたろう。あれは口紅なんだ』といいました。
 それで私も『あれは確かに血ではない紅だ』と思いました。
 私は当時結婚していましたが、そういうことにはうぶで、フェラチオも知りませんでした。
 上田さんは、不良出身で、『あれはフェラチオだ。前からあんなふうなことをやっているんだ』といい、私が『まさか』というと、『いや本当なんだ』といって、十数名の女性の名前をあげました。
 そして、第一庶務には、いわゆる第一庶務と、本当の第一庶務がある。
 本当の第一庶務とは池田大作と肉体関係のある人たち。
 いわゆる第一庶務は関係のない人たちで特別施設などへ池田が行く場合、本当の第一庶務の人に、いわゆる第一庶務の人を組み合わせてカムフラージュしているのだ、ということを言いました。
 第三に、池田大作はここ十年間、暴力団の襲撃を防ぐために家に帰らないと言っているが、本当は地方の各地にそれぞれの女性がいる。
 第四に、女性に胸のあたりをさすらせ、次いで腰をもませ、さらに男性の重要な部分を握らせて、そうして(心理的に)乗り越えさせるのだ、
 と、以上のことを上田は話しました」
(池田大作の素顔:藤原行正:講談社:1989:p132-3 )

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 五十四、五年頃だから、まだ城久君は二十代半ばだったろう。池田は私たち幹部に向かって次男への「世襲」を匂わせ始めていたのである。

「城久を衆議院へ出して公明党委員長にしたい。どうだ、みんな応援するか」

 それがやがて「城久は学会の後継者だ」という形で風向きが変わり、池田は次男への政権委譲に着々と手を打った。
まず創価大学、創価学園出身者から息子と同世代の優秀な人材を選び「二十七人会」を結成。
この集団は学会内部で「ご学友グループ」の異名で呼ばれ、城久君本人も次期後継者の意欲を強めていた矢先であった。

 創価学会は「世襲」を禁じた宗教団体である。
ところが、池田は用意周到な根回しによって、創価学会は池田家のものであり、池田城久はその池田家の二代目、将来の会長だという既定路線を作り上げ、学会内で暗黙の了解事項となっていたのである。

 要するに息子への「会長世襲」は、池田が長年に亘って画策してきた学会私物化の総仕上げであった。
学会内に池田崇拝の空気を行き渡らせ、創価学園、創価大学という私兵養成学校で池田家の親衛隊を育て、その現体制の延長線上に城久崇拝をおく。
これが密かな池田大作の野心であった。
城久君の死という不測の事態が起きなければ、池田の目論見は十中八九実現しただろう。
……
……
 池田の息子が死んで助かった、やっと気が楽になった。
これまでずっと我慢してきたけど本当に辛かった。

お前の子供が死んだのは信心を怠けた証拠だと顔を見る度に池田から説教されたり、皮肉られたり、怒られたりした。
それが息子の死で嫌味を言われなくなったというのである。

私自身、その現場に居合わせたこともあるが、子を死なせ、病気で苦しむ学会員の不幸を池田は笑いさえした。

(池田大作の素顔:藤原行正:講談社:1989:p264-6 )

『私自身、その現場に居合わせたこともあるが、子を死なせ、病気で苦しむ学会員の不幸を池田は笑いさえした。』
もう一度書く。
『私自身、その現場に居合わせたこともあるが、子を死なせ、病気で苦しむ学会員の不幸を池田は笑いさえした。』
ーーーーこれを許して良いものでしょうか?     

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フランスでは東京ドームの五倍の広さを持つアルニー城という古城を八十億円で買収した。
イギリスではロンドン郊外の古城を十八億円で買収し、実質的な池田家の海外別荘とした。
これらのことは「宗教団体が何故、そんなことをする? 難民キャンプに寄付するべきではないか!」として欧米で激しく非難されてある。
 こうした池田大作の悪名は「ニューズウィ-ク」「インターナシショナル・ヘラルド・トリビューン」紙などで報じられ、その公私両面に渡る非行は海外にも広く知られている。

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 高速道路で十時間の墓園

この墓園造りで創価学会は多額の収入を得た。土地代も含めて十五万円掛からない墓を百万円近くで販売した。福岡の国会議員(大橋氏)が何の縁故もない北海道の墓を買わされたことを暴露した話は有名である。多くの場合に於いて墓は墓の購入者の住むところより非常に離れており、そんな遠くまで墓参りには行かないと思われる。
 高速道路で十時間は普通。筆者の家も妻が強引に高速道路で八時間の処の墓を九十五万円で買った。誰も入らないと思われる。これは詐欺罪になると思われる。
 この墓園は財務で集めたお金で造った。つまり、創価学会は二重に儲けたことになる。純粋な創価学会員は二重に搾り取られたことになる。池田大作はお墓は多数持っていた方が良いと同時放送で言い放っている! お墓は多数持っていたらお墓参りが大変になることを池田大作は考えないのだろうか? 池田大作の父親の墓は謗法の他宗の墓であることは有名である。
 創価学会の墓を買おうとする婦人部と、創価学会の墓は必要ないという壮年部の喧嘩は非常に多く、その仲裁には非常に苦労した。百万円近くの墓を購入することは普通のサラリーマンの家庭では非常に困難である。それを婦人部は夫に無断で購入している家庭が多い。勝手に生命保険を解約したりして購入している。しかし、サラ金まで至った例は知らない。
 このことによる離婚騒動は数多くあった。創価学会より法華講に最近移った人は皆、百万近く出して購入した墓を転売できないかと考えている。大謗法の墓には絶対に入らない。それより先祖代々の墓に入った方がずっと良い。
 筆者の家も現在このことで非常にもめている。妻の実家は別に遠方の墓を購入している。高速道路でもとても行けない遠いところである。飛行機でなければ行けない遠いところである。
 会館まで電話して問い合わせたところ、購入したものは払い戻しできないと断られた。しかし、多数の人達が立ち上がれば、購入した墓の払い戻しも可能になると思われる。

 親兄妹、先祖代々の墓に入りたいのが普通の信条である。縁もゆかりもない墓へ入ることは通常、考えられないことです。

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00県00市
創価学会文化会館殿

 私の家は00県に創価学会の墓を購入しましたが、それは妻が勝手に購入したものであり、その墓に入ることは決してありませんので、早急に払い戻すことをお願いします。
 騙して取った金を返せ!
 返さなかったら自分と同じ考えの人が数人います。
 また、インターネットで募集するとたくさんの人が集まると思われます。訴訟を起こします。

 これは必ず週刊誌が飛びついてきます。訴訟が起こる前に払い戻すことが賢明と思われます。
 返事は必ずしろ。複数の週刊誌および国会議員にメールを出す準備は既に整っています。数人の同士で結束しています。
 電話では喧嘩になるのでメールを希望する。


00県00市00町  00000
       0000-000-9999
       メール:yyyyyy@kkkkkk.co.jp


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 そして創価学会員に起こった有名な悲惨な事件として次のようなものがある。
沼川代議士・家族焼死事件―――――公明党の国会議員であるため東京に単身赴任していた沼川代議士の一家四人が焼死した事件。池田大作が「沼川はもう十五、六年も俺のところに来ないからな。だからそんな目に遭うんだよ」と言ったことは有名。

娘四人焼死事件。

中国青年部長・交通事故死―――――昭和五十九年三月二十二日深夜、鳥取県内で000中国青年部長が運転していた転輪会の学生部員とともに交通事故死した。広島市から鳥取県倉吉市までの往復六百キロ余りの道のりを日帰りで、しかも一人の運転で賄おうとする、無理な強行日程の結果生じた事故だった。この事故は上級の幹部にしか伝達されなかった。末端の会員は全くこのことを知らされなかった。末端の会員が信仰に疑問を抱くからであった。

 文化祭に関連するものとして次のことがある。何故か、最近は文化祭が行われなくなった。

 文化祭六段円塔転落死亡事件―――――――六段円塔を行うと文化祭の責任者は池田大作より誉められ、そして創価学会における地位も向上する。自身の立身出世のために六段円塔を行わせている。犠牲者およびその家族の悲しみはどれほどであったろう。文化祭は文化祭の責任者の創価学会における立身出世に大きく影響する。六段円塔を行うことが責任者の創価学会における立身出世に繋がる。しかし文化祭の責任者は全くお咎めなしである。

 世界平和文化祭練習死亡事故―――――――激しい炎天下の中で練習を強行した故である。熱射病で死亡した。その他に三百人ほどの参加者が同じく熱射病で病院に運ばれた。