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Meister von Grünfelder

日々の出来事を綴ります。たまにまともなことも書くかも知れません。

割り箸事故:妥当な判決

2006-03-28 20:19:00 | Gesellschaft
 今日午後、ある医療事故について起こされた裁判の判決が、東京地方裁判所であった。
 被告人の医師は、無罪を言い渡された。


 1999年7月、東京は杉並区。
 盆踊り大会に出掛けていた母子がいた。
 4歳の男の子は、露天で買った綿アメを食べていた。ちょっとした用事のため、母親は傍にいなかった。
 食べながら歩いていた男の子は、何かの拍子に転んでしまう。口にくわえていた割り箸は折れたが、一部が不幸にして喉の奥に突き刺さった。
 すぐに騒ぎとなり、母親が駆け寄る。このとき周囲の女性が母親に、「割り箸が喉に刺さった」と教えた。
 男の子はぐったりしてうつぶせに倒れていた。近くの医務室に運ばれ、救急車で杏林大学医学部付属病院高度救命救急センター(以下杏林大救急)に搬送された。

 動揺していたのだろうか、救急車の中で、母親は救急隊員に「割り箸が喉に刺さって残っている」とは伝えなかった。
 救急隊員の報告は、二次救急相当。直ちに救命救急処置を必要とする状態ではない、と判断された。「意識清明 バイタルサイン正常範囲内、嘔吐あり、顔面蒼白無し 沈痛な表情であった」と記録されている。そのため、「割り箸が残っている」という情報が杏林大救急に知らされることはなかった。
 男の子は、救急車内で一度嘔吐した。

 つまり杏林大救急では、「転倒して口の中に割り箸で受傷した、具合が悪い男児」を受けたわけだ。
 そのため、診療に出た医師の専門は耳鼻咽喉科であった。
 「どうしましたか」と医師が問うと、母親は「転んでわりばしでのどをつきました」とだけ述べた。
 男の子の意識レベルは、医師の診療録ではJCS I-2。救急隊記録・看護記録では清明。ある程度充分に返答可能で、抱っこをせがむ様子も見られた。待合室で一度、診察中にも一度嘔吐したが、「口を開けて」と言うと指示に従って開口した。
 口腔内をライトで見たところ、異物も見られない。軟口蓋に5×7mm程度の傷がみられたが、すでに止血しておりかさぶた状になっていた。
 医師は傷口を消毒し、週明けに創を縫合の予定とした。
 「疲れて眠っているので今日はゆっくり休ませてください」
 そうして、診療は終了した。

 男の子は、15時間後の翌朝に死亡した。


 これが、事件の経緯である。
 詳しい内容は「不当起訴された耳鼻科医を支援する会」にも記載されている。
 両親は、男の子の死の責任は救急医療を担当した杏林大学と担当医師にあるとして、各々8900万の損害賠償請求を求めて民事訴訟を起こした。
 2002年8月には、東京地検がこの医師を業務上過失致死の罪で起訴した。「ファイバースコープによる傷の深さの確認、CTによる頭蓋内血腫、気腫の確認を怠った」ことが、業務上過失に相当するとの主張だった。
 後者の刑事裁判の判決が、今日出されたわけだ。


 そもそも、業務上過失致死とは如何なる罪であろうか。
 刑法の第211条(業務上過失致死傷等)第1項には、このようにある。
 「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする」
 つまり、この医師は「業務上必要な注意を怠った」ことにより「回避可能であった死亡という結果をもたらした」として起訴されたわけだ。

 果たして、業務上必要な注意とは、本件ではどのようなものだろうか。

 これまでにも様々なところで議論されているが、外傷を評価するために頭部のCTやMRIなどの画像診断を行っていれば良かっただろうか。
 CT、MRIともに、医師の持っていた情報「口腔内外傷、意識障害なし」だけでは通常は撮影しない。母親も「割り箸で喉を突いた」と伝えており、まさか見えもしない異物が残っているとは想定しないのが通常だ。これを想定しろというのには無理がある。
 また、CTを来院者全員に取るのは難しい。不要な放射線被曝は成人でも避けるべきであり、発達過程の小児ではなおのことだ。MRIはCTに比べれば安全だが、30分間も子どもがじっとしていられる訳がない。どうしても取りたければ鎮静剤を用いるが、そこまですることが必要な状態とは到底判断できないはずだ。
 それに、速やかに撮影できるCTであっても、割り箸は写らないことが後日検証されている。さらに後頭蓋窩は、CTにとっては鬼門ともいえる部位。ごく僅かな変化を検出することは難しい。
 ファイバースコープを傷口に突っ込むなど、論外である。

 また、果たして男の子の死亡は回避できたのか。
 死亡後の解剖によって「割り箸が頚静脈孔に穿通し、小脳に刺さっていた」ことが判明した。これによる出血、外傷に伴う浮腫により脳幹部が圧迫されて心肺停止、死亡したということだ。
 割り箸が発見できれば、あるいは小脳損傷が発見できれば、緊急手術により割り箸を除去できた可能性は高い。しかし、それは救命になっただろうか。割り箸を抜去した際の大出血のリスク、術後に起こったであろう髄膜炎などを考えれば、手術で延命はできても救命できなかった可能性は高いだろう。


 今日の判決は、妥当なものであったと考えられる。
 裁判官は「民事では責任を取る必要がある」というような内容を述べたようだが、それは刑事裁判で語るべき内容を逸脱している。遺族の感情を慮るのは結構なことだが、被告人の感情を考慮しないのは何事か。
 残念ながら、テレヴィでは「割り箸が刺さったのに対して適切な検査や処置を行わなかった医師に対する判決」と述べられていた。
 「医師が悪いのに、罪から逃れた」と言わんばかり。明らかに、偏向報道である。


 この事故では、亡くなった男の子の母親が手記を出版したことでも有名だ。
 判決前からこのような行為を取り、世論を自分側に引き寄せようとする態度は決してほめられたものではない。
 医師や病院は、反論ししたくてもできないのだから。

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1 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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同感です (てる)
2006-04-16 22:03:05
お久しぶりです。



色々書こうと思ったけれど、すでにむろさんが書いてしまっていたので割愛します。(笑)



ただひとつ。当初からこの両親の言動には「?」と思っていました。

いえ、むしろ腹が立った、と言うべきか。

責任転嫁にもほどがあるし、自分の責任を認めたくないから医師のせいにしてる、と見えましたので。



医療って、万能でも完全でもないんですけどね・・・理解していない人がたくさんいるってことでしょうか。
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