会社の転送電話に重要な電話が入ってくることが判明して
あきらめた。
バイクではどうあがいても携帯電話にでれない。
じゃ 衣替え 衣替え ととっくに季節はかわっているけど
朝から張り切ってはじめた。
よく聞くが、片づけの途中で昔の懐かしいアルバムみつけて
めくりはじめたら終わらなくなったって…
まんまと私もそうなった。
私の20代の写真。昔から写真が大嫌いでほとんどないのだが…
22頃のアルバムに何を思ったか、ポケットを作っていて
そこに文庫本の切り取りをいれているのに気がついた。
詩集の一編らしい。
私が22才のその当時、(あわわ20年前!!!)何をしていて
どんな恋してて、何を考えてたか覚えていないが、
読んでて涙がでてきたのてタイピング練習も兼ねて紹介。長いです。
いま立ち止まる愛に
新生児が泣いている 煮立った湯のように
身体中で ぐらぐらと泣いている
母親になったばかりの女は
白いネルの寝間着の胸もとをあけ 張った乳房をとりだして
新生児を抱きあげる
桃の花ほどの大きさもないくせに 食欲きわまりない唇は
乳首を探り当てて
コクコクと音をたて 乳を飲む
つい昨日まで羊水の中に浮かんでいた そして今は
明確な輪郭をもった この温かな愛のかたちを その重みを
もう一度 さらにもう一度確かめるように
女は 生命を抱きしめる両の腕に力をこめる 今
幼児が歩いていく
ト ト トッ と前のめりで
おむつを当てて膨らんだお尻を突きだしながら
転ぶなよ いや 転ぶがいい
転んでみて おまえは知るのだ
おまえの その小さな靴よりもなお小さな 虫や草や花がいきていることを
若い父親は 自分の思いつきに少しだけ照れながら
心の中でそう叫ぶ
そして自分もまた幼児と同じように 少しお尻を突き出し
前のめりになりながら 幼児の後を追う 今
満員電車に揺られながら 娘はハンドバックを抱え直す
ビニール製のバッグの中には 今日出たばかりの給料袋が
入っている
小さな町の小さな工場で
残業を重ね ようやく手にした薄い袋
買ってしまおうか
娘は ひと月も前から目をつけている傘を思った
ベージュ色の地に蜜柑色の小花が散った洒落た傘
娘が中学の時から持ち続けている傘は
色も褪め柄のところが欠けていた
娘は 新しい傘をさし 恋人が待つ駅前広場に駆けていく
自分の姿を想像する
買ってしまおうか 揺れ惑う娘の心に
幼い弟妹たちの顔が次々に浮かび そして消えた
買うのはやっぱり止めにしよう
それに と娘は思う
デートの日に雨が降ったとしても
どうせ恋人の傘に入るのだもの
私の傘は余分になるのだもの
娘は自分の思いつきに満足げな微笑を浮かべて
意味のない
けれどどこか甘やかな溜め息を ひとつ洩らす 今
祖母の手を引きながら 青年は歩道橋を渡ってた
会って欲しい女がいるんだ 昨夜 青年がそう言った時
祖母は おまえのいいひとだろうと頷いてみせた
針に糸が通せなくなったと嘆く祖母だったが
青年の恋は お見通しらしい
早くに亡くなった両親にかわって
青年を育ててくれた祖母だった
歩道橋を降りきったところ いつものフルーツパーラーの
いつもの席で
彼女は 青年とその祖母を待っているはずだった
ともすると早くなる歩調を 祖母のそれに合わせながら
青年は 大きな掌の中の
皺だらけの小さな手を
壊れものでも扱うように静かに握り締める 今
白い枕に とっぷりと埋まった妻は
穏やかな微笑を含んだ視線で 夫を見上げた
その視線に頷き返しながら
夫は 見つからない言葉を探していた
言葉を探す夫に妻の方が言葉をかけた
大丈夫よ 心配しないで うまくいくわ
元気づける立場の夫が 妻に元気づけられていた
間もなく 妻は手術室に運ばれる
大した手術ではなかった その点 夫は安心していた
それでも夫は 妻に言葉をかけてやりたかった
が その言葉が見当たらない
病室のドアが開いた 看護婦が入ってくる
その時 夫はようやく探していた言葉に出会った
遠い昔
まだ妻ではなかった彼女に 言ったあの言葉
……あいしているよ……
喉もとまで出かかったその言葉を
夫は不器用に呑みこんだ
妻が手術室から戻ってくる時まで とっておこう
夫は 妻の荒れた手に 自分の掌を重ね
それから深く頷いてみせる 今
あきらめた。
バイクではどうあがいても携帯電話にでれない。
じゃ 衣替え 衣替え ととっくに季節はかわっているけど
朝から張り切ってはじめた。
よく聞くが、片づけの途中で昔の懐かしいアルバムみつけて
めくりはじめたら終わらなくなったって…
まんまと私もそうなった。
私の20代の写真。昔から写真が大嫌いでほとんどないのだが…
22頃のアルバムに何を思ったか、ポケットを作っていて
そこに文庫本の切り取りをいれているのに気がついた。
詩集の一編らしい。
私が22才のその当時、(あわわ20年前!!!)何をしていて
どんな恋してて、何を考えてたか覚えていないが、
読んでて涙がでてきたのてタイピング練習も兼ねて紹介。長いです。
いま立ち止まる愛に
新生児が泣いている 煮立った湯のように
身体中で ぐらぐらと泣いている
母親になったばかりの女は
白いネルの寝間着の胸もとをあけ 張った乳房をとりだして
新生児を抱きあげる
桃の花ほどの大きさもないくせに 食欲きわまりない唇は
乳首を探り当てて
コクコクと音をたて 乳を飲む
つい昨日まで羊水の中に浮かんでいた そして今は
明確な輪郭をもった この温かな愛のかたちを その重みを
もう一度 さらにもう一度確かめるように
女は 生命を抱きしめる両の腕に力をこめる 今
幼児が歩いていく
ト ト トッ と前のめりで
おむつを当てて膨らんだお尻を突きだしながら
転ぶなよ いや 転ぶがいい
転んでみて おまえは知るのだ
おまえの その小さな靴よりもなお小さな 虫や草や花がいきていることを
若い父親は 自分の思いつきに少しだけ照れながら
心の中でそう叫ぶ
そして自分もまた幼児と同じように 少しお尻を突き出し
前のめりになりながら 幼児の後を追う 今
満員電車に揺られながら 娘はハンドバックを抱え直す
ビニール製のバッグの中には 今日出たばかりの給料袋が
入っている
小さな町の小さな工場で
残業を重ね ようやく手にした薄い袋
買ってしまおうか
娘は ひと月も前から目をつけている傘を思った
ベージュ色の地に蜜柑色の小花が散った洒落た傘
娘が中学の時から持ち続けている傘は
色も褪め柄のところが欠けていた
娘は 新しい傘をさし 恋人が待つ駅前広場に駆けていく
自分の姿を想像する
買ってしまおうか 揺れ惑う娘の心に
幼い弟妹たちの顔が次々に浮かび そして消えた
買うのはやっぱり止めにしよう
それに と娘は思う
デートの日に雨が降ったとしても
どうせ恋人の傘に入るのだもの
私の傘は余分になるのだもの
娘は自分の思いつきに満足げな微笑を浮かべて
意味のない
けれどどこか甘やかな溜め息を ひとつ洩らす 今
祖母の手を引きながら 青年は歩道橋を渡ってた
会って欲しい女がいるんだ 昨夜 青年がそう言った時
祖母は おまえのいいひとだろうと頷いてみせた
針に糸が通せなくなったと嘆く祖母だったが
青年の恋は お見通しらしい
早くに亡くなった両親にかわって
青年を育ててくれた祖母だった
歩道橋を降りきったところ いつものフルーツパーラーの
いつもの席で
彼女は 青年とその祖母を待っているはずだった
ともすると早くなる歩調を 祖母のそれに合わせながら
青年は 大きな掌の中の
皺だらけの小さな手を
壊れものでも扱うように静かに握り締める 今
白い枕に とっぷりと埋まった妻は
穏やかな微笑を含んだ視線で 夫を見上げた
その視線に頷き返しながら
夫は 見つからない言葉を探していた
言葉を探す夫に妻の方が言葉をかけた
大丈夫よ 心配しないで うまくいくわ
元気づける立場の夫が 妻に元気づけられていた
間もなく 妻は手術室に運ばれる
大した手術ではなかった その点 夫は安心していた
それでも夫は 妻に言葉をかけてやりたかった
が その言葉が見当たらない
病室のドアが開いた 看護婦が入ってくる
その時 夫はようやく探していた言葉に出会った
遠い昔
まだ妻ではなかった彼女に 言ったあの言葉
……あいしているよ……
喉もとまで出かかったその言葉を
夫は不器用に呑みこんだ
妻が手術室から戻ってくる時まで とっておこう
夫は 妻の荒れた手に 自分の掌を重ね
それから深く頷いてみせる 今