不思議活性

『趣味の部屋・詩と私』 立原道造詩集より



 令和五年・癸卯(みずのとう )あけましておめでとうございます。
 つれづれなるままに、何かを思い何かを感じ、新しい出会いに感謝して、今年も健康にすごされますように。

 <立原道造詩集>より
 
 『憩らひ』

風は 或るとき流れて行つた
絵のやうな うすい緑のなかを、
ひとつのたつたひとつの人の言葉を
はこんで行くと 人は誰でもうけとつた

ありがたうと ほほゑみながら。
開きかけた花のあひだに
色をかへない青い空に
鐘の歌に溢れ 風は澄んでゐた、

気づかはしげな恥らひが、
そのまはりを かろい翼で
にほひながら 羽ばたいてゐた……

何もかも あやまちはなかつた
みな 猟人(かりうど)も盗人もゐなかつた
ひろい風と光の万物の世界であつた。
    
  * * * * * *                 

詩集『さふらん』より。

ガラス窓の向うで
朝が
小鳥とダンスしてます
お天気のよい青い空

 * * *

脳髄のモーターのなかに
鳴きしきる小鳥たちよ
君らの羽音はしづかに
今朝僕はひとりで歯を磨く

 * * *
   
コツプに一ぱいの海がある
娘さんたちが 泳いでゐる
潮風だの 雲だの 扇子
驚くことは止ることである

 * * *
  
忘れてゐた
いろいろな単語
ホウレン草だのポンポンだの
思ひ出すと楽しくなる

 * * *

庭に干瓢が乾してある
白い蝶が越えて来る
そのかげたちが土にもつれる
うつとりと明るい陽ざしに

 * * *

高い籬に沿つて
夢を運んで行く
白い蝶よ
少女のやうに

 * * *

胸にゐる
擽つたい僕のこほろぎよ
冬が来たのに まだ
おまへは翅を震はす

 * * *

長いまつげのかげ
をんなは泣いてゐた
影法師のやうな
汽笛は とほく

 * * *

昔の夢と思ひ出を
頭のなかの
青いランプが照してゐる
ひとりぼつちの夜更け

 * * *

ゆくての道
ばらばらとなり
月 しののめに
青いばかり

 * * *
 
月夜のかげは大きい
僕の尖つた肩の辺に
まつばぼたんが
くらく咲いてゐる

 * * *

小さな穴のめぐりを
蟻は 今日の営み
籬を越えて 雀が
揚羽蝶がやつて来る


 『またある夜に』

私らはたたずむであらう 霧のなかに
霧は山の沖にながれ 月のおもを
投箭のやうにかすめ 私らをつつむであらう
灰の帳のように

私らは別れるであらう 知ることもなしに
知られることもなく あの出会つた
雲のやうに 私らは忘れるであらう
水脈のやうに

その道は銀の道 私らは行くであらう
ひとりはなれ・・・・・・(ひとりはひとりを
夕ぐれになぜ待つことをおぼえたか)

私らは二たび逢はぬであらう 昔おもふ
月のかがみはあのよるをうつしていると
私らはただそれをくりかへすであらう


「うーん、いい詩ですね。
避けては通れない、出会いと別れ、
潮の満ち引きのように繰り返されていく」
                         huko 01/09/2013

「乾いた土に、水がしみ込んでゆくように、心にしみますね・・・。」
                          eri 01/10/2013

 『夏の弔ひ』

逝いた私の時たちが
私の心を金にした 傷つかぬやう傷は早く愎るやうにと
昨日と明日との間には
ふかい紺青の溝がひかれて過ぎている

投げて捨てたのは
涙のしみの目立つ小さい紙のきれはしだつた
泡立つ白い波のなかに 或る夕べ
何もがすべて消えてしまつた! 筋書どほりに

それから 私は旅人になり いくつも過ぎた
月の光にてらされた岬々の村々を
暑い 涸いた野を

おぼえてゐたら! 私はもう一度かへりたい
どこか? あの場所へ(あの記憶がある
私が待ち それを しづかに諦めた――)


 『はじめてのものに』

ささやかな地異は そのかたみに
灰を降らした この村に ひとしきり
灰はかなしい追憶のやうに 音立てて
樹木の梢に 家々の屋根に 降りしきった

その夜 月は明かつたが 私はひとと
窓に凭れて語りあつた(その窓からは山の姿が見えた)
部屋の隅々に 峡谷のやうに 光と
よくひびく笑ひ声が溢れてゐた

-- 人の心を知ることは……人の心とは……
私は そのひとが蛾を追ふ手つきを あれは蛾を
把へようとするのだらうか 何かいぶかしかつた

いかな日にみねに灰の煙の立ち初めたか
火の山の物語と……また幾夜さかは 果して夢に
その夜習つたエリーザベトの物語を織つた

 
 『夢みたものは・・・・・・』

夢みたものは ひとつの幸福
ねがったものは ひとつの愛
山なみのあちらにも しづかな村がある
明るい日曜日の 青い空がある

日傘をさした 田舎の娘らが
着かざって 唄をうたっている
大きなまるい輪をかいて
田舎の娘らが 踊りををどっている

告げて うたつているのは
青い翼の一羽の小鳥
低い枝で うたつている

夢みたものは ひとつの愛
ねがつたものは ひとつの幸福
それらはすべてここに ある と


・私の好きな、「立原道造詩集」からの紹介でした。今年も、詩と私から、気になった一冊の本など、日々の何気ない出来事など、綴っていけたらな・・・・。また、よきブログ仲間のブログへの訪問、楽しみです・・・・。


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コメント一覧

ふー
fennelさん、ありがとうございます。良い詩って、時代は変わろうが輝いていますね。自分が道造の詩と向かいあったのは、五十歳の頃で、その新鮮さには驚きました。こちらこそ、よろしくお願いいたします。
fennel
若い頃、道造の詩は感性のバイブルのように仲間たちにも浸透していました。年取ってまたここで目にして、何の輝きも失ってないことに感じ入りました。本年も宜しくお願い致します。
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