リドリー・スコット/ホアキン・フェニックス『ナポレオン』見てきました。
一言。「これ、『どうする家康』総集編のワールド版?」
最初に褒めておくと、流石ハリウッド映画とリドリー・スコット監督。映像の美しさや雰囲気はアカデミー賞級です。まあ、考証で若干神経が行き届かない部分が散見されましたし(歴史マニア以外は気にしない領域ですが)、ワーテルローでナポレオンを騎兵的に戦わせたのはどうかなとも思いますが(彼の兵科は砲兵)。
まず、ナポレオンという人物の業績があまりにも凄すぎるんですよね。ロシア遠征で60万の軍勢を溶かしてしまったことを考慮してすら、軍事の天才であることに異論を挟む人は誰もいないでしょう。当時の前線司令官としては最上級の人物です(まともに勝てたのはワーテルローのウェリントンだけ、アウステルリッツ〜イエナ・アウエルシュタットの頃のナポレオンと当時のフランス軍兵士ならあるいはウェリントンにすら然程苦労なく勝てたかもしれない)。
ただ、ナポレオンは部下の将帥に大きな独自判断を求めず、手足のように動く将官を求めました。その結果がワーテルローの敗戦につながります。また、軍団制の採用および大隊方陣による軍の機動性向上と、戦場での砲兵の機動運用、従来の♩=80ではなく♩=120での行軍を徹底させたことによる歩兵の移動速度向上など、様々な工夫を組みわせることで大きな効果を挙げたと紹介されることが多いのですが、他国よりも人口が多いことと徴兵制による新規兵員数の多さをストレートに生かして惜しげもなく兵力を注ぎ込み、人数で押し勝った側面も否定できません。後年、ソ連兵が損害を顧みず突撃してくる戦いを繰り返す様を「ロシアでは兵士が畑で収穫できる」と形容されていますが、そういった戦い方の近代的な原型ともいえます。
戦争以外では第一執政時代から帝政初期にかけて、大革命以降の成果をナポレオン法典にまとめたことは本人も語る通り戦場での活躍以上に巨大な貢献です。ナポレオン法典といえば民法典が有名ですが、刑法典と商法典もまとめさせています。このことからも分かる通り、フランスという社会を法で定義し直させた人物と言って良いでしょう。アンシャン・レジーム時代の、封建制の遺物を多々含んだ複雑怪奇な法体系を一掃した結果、王政復古後ブルボン王朝とその周囲の守旧派も憲法はともかく民法・刑法・商法いずれも定め直せなかったことに、ナポレオンの業績の巨大さが伺えます。
……と、いったあたりを映画にくまなく盛り込むととても劇場で公開できる尺ではなくなるので、ざっくりとジョセフィーヌ&ナポレオンの愛憎でまとめるのは良いのですが。
なぜ、26歳の青年将軍が32歳で2人の子持ちでもある未亡人にそこまで惹かれたのか?が全く見えてきませんでした。マリー=アントワネット処刑・トゥーロン・エジプト・アウステルリッツ・ロシア遠征〜ボロディノ〜モスクワ炎上と撤退・エルバ島・ワーテルローと描くべきエピソードが多すぎ、これ以上省略できないというのはわかるのですが、それにしても恋から愛への移行がほとんど感じられないままに「お前は発情期の牡犬か?」なXXXシーンに繋がってしまっているのが残念でした。ナポレオンからジョセフィーヌへの熱烈なラブレターが矢継ぎ早に送られるのは史実準拠で、確かに愛していたんだろうなぁ、という点は伝わっていたと思いますが、ジョセフィーヌの内面は今一つ描き切れていなかったかもしれません。ナポレオン視点に徹すればそれでも良いのでしょうけれどね。
戦場シーンも、例えばアウステルリッツの戦いで凍った湖の上に追い込まれたオーストリア兵がフランス軍の砲撃で叩き割られた湖面に次々と落ちていくシーンは見事でしたが、残念ながらフランス軍の華麗な機動や戦術の妙、あるいは悪魔的な迫力は今一つ。8000人のエキストラを使って迫力満点!と思いきや、意外に戦列が薄く見えてしまったのも残念ポイント。1967年版『戦争と平和』四部作で、既に12万人のエキストラを使った撮影が行われているので(ソ連の国策映画でもあったため、当時のソ連陸軍が全面協力)、あの迫力を越えるためにはCG合成を前提としてもせめてその4倍、3万人以上のエキストラが必要だったのではないでしょうか。
そして、ストーリー上必要ないと見切った人物をバッサリカットしていく手法と大河的歴史ドラマの相性の悪さ。ナポレオンの側にはベルティエ参謀長くらい出せとか(出ていたかもしれないが吹き替え版では全く分からなかった)、ワーテルローでネイとグルーシー、アクスブリッジやピクトンがいないとは何事だとか、ナイルとトラファルガーくらい海戦出せとか、色々と『どうする家康』で感じたような違和感やら不満やらと等質のモヤモヤを感じました。
いずれAppleで配信されるという噂の4時間版を見ないと何ともいえませんが、私の視点からすると劇場公開作品としては残念作でした。ただまあ、見るべき点も多いので駄作とまでは申しません。Legend&Butterflyが楽しめる人にはとても向いているのではないでしょうか。
やはり無理せず130分ずつの前後編にした方が良かったのではなかろうか。