誰も知らない認知症;脳のはたらき(知的機能)からみた老人性認知症の予防と介護

老人性認知症の確実な予防方法と認知症高齢者の適切な介護方法をシリーズで解説します。

06 老化廃用型認知症(1)

2018-05-16 13:08:21 | 日記

 このブログでは、特に後期高齢期に増加してくる認知症の原因疾患を総称した「病名」として「老人性認知症」という用語を用いたいと思います。一方、「老化廃用型認知症」は金子医師が老人性認知症の原因疾患の大多数(90%以上)を占めていると指摘している老人性認知症の原因疾患の「病名」です。

2-1 老化廃用型認知症 ―“誰も知らない”老人性認知症の原因疾患

2-1-1 老人性認知症と老化廃用型認知症
 読者の方々の大多数は老化廃用型認知症という病名の認知症があるとは今まで全く知らなかったのではないかと思います。それは、アルツハイマー型認知症や脳血管性認知症、レビー小体病、前頭側頭型認知症が老人性認知症の代表的な原因疾患であるという考え方が既存の認知症医療や一般社会に定着しているからであり、老化廃用型認知症はこれらの老人性認知症の原因疾患を必ずしも否定するものではありません。読者の方々には「病気の診断方法の違い」あるいは「病気を診る視点の違い」であると解釈していただき、「老人性認知症の大多数が老化廃用型認知症という病気である」と考えている医師がいることを知っていただくだけで十分だと思っています(表7)。




 既存の老人性認知症の原因疾患と老化廃用型認知症との異同の問題はさておき、老人性認知症と老化廃用型認知症の症状が出現する過程(発症機序)を整理しておきたいと思います。既存の老人性認知症の原因疾患(形態的、症候的、概念的診断)において一般的に説明されている老人性認知症の発症機序と老化廃用型認知症(機能的診断)の発症機序とを比較してみると「多少異なる部分」があります(図15、図16)。そして、この「多少異なる部分」が老人性認知症の本質的な病態を解明するための重要なポイントであり、老人性認知症の確実な予防や認知症高齢者の適切な介護を実践するための重要なポイントであると言っても過言ではありません。読者の方々には、認知症の「事実」(本質的な病態)を理解するためにも、この「多少異なる部分」に注目しながら、老人性認知症と老化廃用型認知症の発症機序に関する以下の記述を読み進めていただきたいと思います。





2-1-2 老人性認知症の発症機序
 既存の認知症医療においては、老人性認知症の発症機序は一般的に①原因疾患、②中核症状(中心症状)、③辺縁症状(周辺症状)の3つの要素から説明されています(図15)。
 まず、①原因疾患は、アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レビー小体病、前頭側頭型認知症が代表的な原因疾患とされていますが、これらの疾患についての説明は他の書籍等をご参照下さい。②中核症状は、記憶の障害、見当識の障害、注意・集中の障害、理解・判断の障害、人格の障害に分類され、中心症状とも呼ばれています。ただし、中核症状は「症状」というよりも知的機能の「障害」そのもののことで、認知症高齢者に共通してみられる基本的な症状です。中核症状の具体的な内容に関する説明についても他の書籍等をご参照下さい。③辺縁症状は、生活障害、精神症状、行動異常、神経症状に分類され、中核症状を原因として出現する症状であり、必ずしも認知症高齢者の全てにみられる症状ではありません。また、辺縁症状には多種多彩な症状がありますが、これらの具体的な内容についても他の書籍等をご参照下さい。徘徊や物盗られ妄想などの精神症状や行動異常の一部は「行動心理症状」と呼ばれ、「認知症」の代表的な症状として知られていますが、特に認知症の「専門家」の間では「BPSD」という用語を用いることが最近の風潮になっているようです。
 以上のように、老人性認知症の発症機序については、①原因疾患から②中核症状が発生し、そして③辺縁症状を発症するという、ある意味では「単純明快な説明」を示すことができます。

2-1-3 老化廃用型認知症の発症機序
 老化廃用型認知症の発症機序については、図16に示されるように、①原因疾患、②知的機能の障害、③適応障害・関係障害、④認知症の症状の4つの要素から構成されていますが、以下にこれらの要素とその関連について説明していきます。
 まず、①原因疾患は、特に後期高齢期において「老化・廃用性変化」を契機として発症する老化廃用型認知症で、前述したとおり、金子医師が老人性認知症の原因疾患の大多数(90%以上)を占めていると指摘している疾患です。
 次に、②知的機能の障害については、前述したとおり、認知症における知的機能の障害は単なる「記憶障害」や「認知障害」ではなく「知的機能のネットワークの障害」であると位置付けています。そして、その司令塔である「前頭葉機能の障害」(統合機能の障害)は必発で、これに伴って「左脳が担う認知機能の障害」が進行していくことを確認していただきたいと思います。また、特に介護の領域では、「右脳が担う認知機能」や「快・不快の情動」を担う「大脳辺縁系の情動機能」は老人性認知症の終末期に至るまで保持されていることに留意しておく必要があります。
 一方、③適応障害と関係障害について分かりやすく表現すれば、適応障害とは「日常生活に支障があるためにうまく生活していくことができない状態」であり、関係障害とは「人間関係に支障が生じるためにうまく生活していくことができない状態」のことです。関係障害における人間関係には「他人との関係」や「家族や友人との関係」だけでなく「自分自身との関係」も含まれる点に注目する必要があります。適応障害や関係障害は「うまく生きる」ための知的機能である「左脳が担う認知機能」(理性)の障害の進行に伴って次第に重度化し、認知症高齢者は徐々に「うまく生活できなくなっていく」のです。しかし、関係障害や適応障害の発生や軽重には、本人の「性格」や「生活歴」も関与しているので必ずしも認知症高齢者に特有な障害ありません。また、「右脳が担う認知機能」(感性)が優れた「感性優位型」の認知症高齢者や一定の感性が残されている「感性残存型」の認知症高齢者の場合には、「左脳が担う認知機能」(理性)の障害が進行した段階でも「うまく生活できる」場合があることは決して珍しくありません。
 最後に、④認知症の症状については、生活障害、精神症状、行動異常、神経症状という分類ではなく、「日常生活の障害」と「問題行動」(行動心理症状)の2つに分類して捉えるほうが現実的であると考えられます。日常生活の障害とは、変化が多い社会生活だけでなく、慣れ親しんだ基本的な家庭生活(排泄や入浴、衣服の着脱、整容、食事、移動など)においても自立した生活ができなくなるため、周囲からの支援や介護など、何らかの介入が必要になってくる状態です。問題行動とは、被害妄想、不穏興奮、徘徊、不潔行為、異食、幻視など、認知症の象徴的な症状として知られている様々な辺縁症状のことで、他者からみた場合には「呆れるような理解できない言動」、あるいは「不可解な言動」と受け止められやすい症状のことです。

2-1-4 老人性認知症の中核症状 ― 「症状」それとも「障害」?
 前述したとおり、既存の認知症医療においては「中核症状」は認知症の様々な症状(辺縁症状)の原因となる「症状」として位置付けられています。そして、既存の認知症医療における老人性認知症の発症機序と、このブログで解説した老化廃用型認知症の発症機序との「多少異なる部分」とは、既存の認知症医療において「中核症状」として位置付けられている「脳のはたらき(知的機能)の障害」を「症状」としてみるのか、あるいは「障害」としてみるのか、という重要なテーマなのです。
 このブログでは「障害」としてみる視点から脳のはたらき(知的機能)や後期高齢期における知的機能の障害にアプローチした結果、「まず前頭葉機能が障害され、続いて左脳が担う認知機能が障害されていく」という認知症の「事実」を提示しました。読者の方々も、認知症高齢者においては、知的機能の障害が一定の段階に達すると適応障害や関係障害が発生しやすい状態となり、何らかの要因の影響によって辺縁症状が発現するという認知症の本質的な病態に気付かれたことと思います。したがって、前述したとおり、この「多少異なる部分」が認知症という病気の本態を解明する重要なポイントであり、老人性認知症の確実な予防や認知症高齢者の適切な介護を実践するための重要なポイントであることを再度確認していただきたいと思います。

2-1-5 老人性認知症における「症状」と「障害」との関係
 認知症における「症状」と「障害」の関係についての理解を深めるために、日本で最初の老人性認知症専門病院(きのこエスポアール病院/岡山県笠岡市)を開設された精神科医である佐々木健博士(以下、佐々木博士)が、講演会で例示された説明図を紹介させていただきたいと思います(図17)。この説明図では老人性認知症の中核症状は海底から隆起してくる「暗礁」として表現され、辺縁症状が海面の上に出現してきた「暗礁の一部」として表現されています。また、辺縁症状の出現、増悪や軽快、消失に影響を与える要因が「海面の変化」(潮の満ち干)として表現されています。そして、佐々木博士は、徘徊や妄想などの辺縁症状(問題行動)は常に出現し続けている症状ではなく、何らかの状況によって出現し、そして軽減、増悪する症状であることを説明されています。



 この説明図から着想できることは、「暗礁が隆起してくる初期の段階であれば暗礁は見えない」(図18;A)ことと「満ち潮になれば暗礁が見えなくなる」(図18;B)ことです。言い換えれば、「中核症状(知的機能の障害)が進行する前の段階であれば老人性認知症を発症しないこと」と「老人性認知症を発症した場合でも何らか適切な介入があれば症状を軽減ないしは消失できること」になります。そして、この説明図から読者の方々にも老人性認知症の確実な予防や認知症高齢者の適切な介護へのアプローチをイメージしていただけるのではないかと思います。



2-1-6 老人性認知症は「見えないマヒ」がある状態
 金子医師が提唱した老化廃用型認知症という疾患概念(病気の考え方)や診断方法とは既存の老人性認知症の原因疾患とは全く異なる視点からの認知症へのアプローチであり、前述した老人性認知症における「症状」と「障害」との関係において「症状」を診るのではなく「障害」を診るという視点です。そして、「脳のはたらき」(知的機能)とその「障害」から認知症という病気を診るアプローチです。
 心身機能の障害において、「障害」から「症状」が発現するという因果関係に異を唱える方はいないと思います。しかし、身体機能の障害とは異なり、知的機能の障害については「症状」に気付いても「障害」に気付くことは難しく、「症状」そのものが「障害」として捉えられているのが現実であると言っても決して過言ではありません。例えば、脳梗塞の後遺症で「半身マヒ」(身体機能の障害)のある方の「障害」や「症状」は「見ること」ができますが、「認知症」における知的機能の「障害」を実際に「見ること」は容易ではありません。しかし、ある介護関連の研修会でグループホームの介護職員の方から「認知症のお年寄りには“見えないマヒ”があると思って対応しています」という発言があり、「まさにそのとおりである」と即座に共感することができました。
 認知症の「事実」(本質的な病態)に気付いて老人性認知症の確実な予防や認知症高齢者の適切な介護にアプローチするためには“見えないマヒ”である知的機能の「障害」を把握することが必要不可欠であり、“見えないマヒ”を見ようとする意識が出発点なのです。「障害をみるのか」それとも「症状をみるのか」という選択が、認知症の「事実」にアプローチできるかどうかの重要な分岐点になるのです。症状」に振り回されるのではなく、既存の老人性認知症の原因疾患に囚われることなく、「脳のはたらき」(知的機能)を常に念頭において「障害をみる視点」を強く意識するとともに、障害をみるための知識や技術を習得していくことが大変重要であることを強調しておきたいと思います。

 「老化廃用型認知症という病名の認知症があるとは今まで知らなかった」大多数の読者の方々に、老化廃用型認知症という病名はともかく、認知症の「機能的診断」の重要性を理解していただくために老人性認知症の発症機序を詳しく説明してきました。これまでの記述を読破していただいた読者の方々には、老人性認知症の確実な予防や認知症高齢者の適切な介護を実践するためには「脳のはたらきからみた認知症」である老化廃用型認知症という原因疾患を理解することの重要性に気付き、この“誰も知らない”老人性認知症の原因疾患について興味や関心をもっていただけたのではないかと思います。


〔図表サイズの調整〕
 ※ 図表が小さくて見にくいとの指摘がありましたので、前回までの図表を再掲しておきます。

03 知的機能(2) 1-2-5 ヒト(人間)様々な知的機能

コラム3(再掲)






04 知的機能(4) 1-4-1 かなひろいテスト

図12(再掲)





04 知的機能(4) 1-4-2 MMS

図14(再掲)





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