誰も知らない認知症;脳のはたらき(知的機能)からみた老人性認知症の予防と介護

老人性認知症の確実な予防方法と認知症高齢者の適切な介護方法をシリーズで解説します。

07 老化廃用型認知症(2)

2018-05-21 14:06:02 | 日記

 前回は“誰もが知っている”老人性認知症の原因疾患とは全く異なる視点からみた認知症、すなわち「脳のはたらき(知的機能)からみた認知症」である「老化廃用型認知症」という老人性認知症の原因疾患を紹介しました。今回は「老化廃用型認知症」とはどのような認知症であるのかということについて詳しく解説していきたいと思います。

2-2 老化廃用型認知症の基礎知識

2-2-1 老化廃用型認知症を理解するためのポイント
 一般社会だけではなく現在の認知症医療の常識となっている老人性認知症の概念や診断方法とは全く異なる視点、すなわち「脳のはたらきからみた認知症」という視点から老人性認知症という病気を解明してきた金子医師が提唱した老化廃用型認知症は「本態性老年認知症」と表現されることもあります。「本態性」とは「病気の原因が明らかではない」という意味で用いられる医学用語ですが、老化現象や廃用性変化は基本的には誰にでも起こる生理的変化であるので、老化廃用性変化を病気の原因とすることに抵抗を感じる読者の方々も少なくないと思われます。したがって、老化廃用型認知症とは「老化廃用性変化を契機として発症する認知症」であると理解していただきたいと思います(図19)。



 そして、読者の方々が老人性認知症(症状からみた認知症)と老化廃用型認知症(障害からみた認知症)との違いを理解するための最も重要なポイントは、老化廃用型認知症においては、認知症の症状が出現していない場合でも機能的診断によって“見えないマヒ”(知的機能の障害)を見ることができることであり、認知症を初期の段階から診断できることだと思います(図20)。



2-2-2 老化廃用型認知症の進行度
 老化廃用型認知症の進行度は「正常」(老化現象)を含めて「軽度」「中度」「重度」の4段階に分類されています。このブログでは、軽度の段階を「小ボケ」(初発期)、中度の段階を「中ボケ」(境界期)、重度の段階を「大ボケ」(進行期)という表現を用いたいと思います(図21)。



 「小ボケ」「中ボケ」「大ボケ」という表現は平易で簡単すぎるという意見や「ボケ」という言葉を用いることへの批判もあるとは思います。しかし、この「小ボケ」「中ボケ」「大ボケ」という表現やその意味を正しく理解することは、既存の老人性認知症の考え方に囚われることなく、老化廃用型認知症を理解するための象徴的な表現であると考えています。そして、世間一般に「認知症」と呼ばれている状態は老化廃用型認知症の進行度における「大ボケ」と「大ボケに近い中ボケ」に該当することを付記しておきます。読者の方々に知っていただきたい重要なことは、老化廃用型認知症の進行度は「症状の軽重」ではなく「知的機能の障害の軽重」を基準に分類したものであるいうことです。一般に軽度や軽症、重度や重症という言葉は病気そのものや症状の軽重を表現する物差しとして用いられています。したがって、本書では老化廃用型認知症の進行度を表現する場合には「軽度」「中度」「重度」という表現ではなく、敢えて「小ボケ」「中ボケ」「大ボケ」と表現したいと思います。

2-2-3 老化廃用型認知症の進行度の判定基準
 老化廃用型認知症の進行度、つまり「小ボケ」「中ボケ」「大ボケ」を判定する方法としては、表8に示されるとおり、簡明な判定基準が定められています。判定に用いる具体的な指標は前頭葉機能を評価する「かなひろいテスト」の成績と認知機能を評価する「MMS」の成績であり、この2つの指標を用いる判定方法は「浜松2段階方式」と呼ばれています。「かなひろいテスト」や「MMS」の検査方法などは前述したとおりですが、ここでは老化廃用型認知症の進行度の判定方法を説明しておきたいと思います。



 「かなひろいテスト」の成績は「合格」「不合格」「困難」の3段階に分類され、「MMS」の成績は「24点以上」「23点~15点」「14点以下」の3つの段階に分類されています。そして、これらの分類の組み合わせに基づいて、下記のように「正常」「小ボケ」「中ボケ」「大ボケ」を判断します。

 (1)「合格」かつ「24点以上」である場合 ・・・・・・ 「正 常」
 (2)「不合格」かつ「24点以上」である場合 ・・・・・ 「小ボケ」
 (3)「不合格」かつ「24点~15点」である場合 ・・・ 「中ボケ」
 (4)「困難」かつ「15点以下」である場合 ・・・・・・ 「大ボケ」

 老化廃用型認知症と診断される事例では上記以外の組み合わせとなる場合はきわめて稀です。しかし、上記以外の組み合わせとなる場合や浜松2段階方式を実施することが困難な場合(検査の拒否、視聴覚障害、書字障害など)には後述する「30項目問診票」などを参考にして総合的に(暫定的に)進行度を判断していただきたいと思います。

2-2-4 老化廃用型認知症の進行度と症状 ― 30項目問診票
 「30項目問診票」(表9)は、老化廃用型認知症において出現する様々な症状を進行度別に列記したものです。




 まず、「項目1」から「項目10」の10項目の症状は脳の老化現象に伴って出現しやすい症状です。しかし、この10項目において「4項目以上の症状」が特に目立つような場合は「前頭葉機能の障害」の可能性が疑われ、老化廃用型認知症の進行度分類の「小ボケ」である可能性が高いと推測できます。
 次いで、「項目11」から「項目20」の10項目の症状は「左脳が担う認知機能の障害」に伴って出現してきやすい症状です。また、前記の「項目1」から「項目10」の10項目において「4項目以上の症状」が認められ、さらに「項目11」から「項目20」の10項目において「4項目以上の症状」がみられる場合には「前頭葉機能の障害」だけでなく「左脳が担う認知機能の障害」(MMS得点/23点以下)の存在も疑われ、老化廃用型認知症の進行度分類の「中ボケ」に進行している可能性が高いと推測できます。
 最後に、「項目21」から「項目30」の10項目の症状は世間一般に「認知症」と呼ばれている状態になった場合に出現しやすい症状です。「項目1」から「項目10」の10項目において「4項目以上の症状」がみられ、かつ「項目11」から「項目20」の10項目において「4項目以上の症状」がみられ、さらに「項目21」から「項目30」の10項目においても「3項目以上の症状」がみられる場合には、「前頭葉機能の障害」だけでなく「左脳が担う認知機能の障害」(MMS得点/14点以下)が疑われ、老化廃用型認知症の進行度分類の「大ボケ」に進行している可能性が高いと推測できます。

 「30項目問診票」を用いて老化廃用型認知症の進行度を推測する方法は、下記の(1)~(3)に整理することができます。

(1)項目「1~10」において「4項目以上の症状」が出現 ・・・・・「小ボケ」の疑い
(2)上記の(1)に加えて、
    項目「11~20」において「4項目以上の症状」が出現 ・・・・・「中ボケ」の疑い
(3)上記の(1)(2)に加えて、
    項目「21~30」において「3項目以上の症状」が出現 ・・・・・「大ボケ」の疑い

 老化廃用型認知症の症状は、知的機能の障害の進行に伴って上記のような順序で出現してくることが特徴です。また「30項目問診票」を医師が外来診療で用いる利点としては「主訴(患者さんやご家族が訴える主な症状)以外の症状も見逃さない」「症状の悪化や改善を比較できる」などが挙げられます。しかし、患者さんの症状が「30項目問診票」の項目に該当するかどうかの判断には様々な要因(患者さんや家族の主観や性格、患者さんと家族との同居の有無、患者さんと家族との人間関係など)が影響していることにも十分に留意することが大切です。例えば、嫁姑関係が良くないお嫁さんが姑の受診に同伴した場合には、問診票の該当項目の数が多くなる傾向がみられます。一方、母の老いは当然のことと温かく受け入れている優しい息子さんが母親の受診に同伴した場合には、問診票の該当項目の数が少なくなる傾向もみられます。

2-2-5 老化廃用型認知症の進行度と日常生活能力、成年後見人制度
 表10は、老化廃用型認知症の進行度と日常生活能力の関係を示したもので「家庭生活」と「社会生活」に分類して評価することができます。まず、「前頭葉機能の障害」や「左脳が担う認知機能の障害」が認められない「正常」のレベルでは「家庭生活」や「社会生活」には特に支障は認められません。一方、「社会的知能」である「前頭葉機能の障害」が認められる「小ボケ」のレベルでは「家庭生活」には特に支障が認められなくても「社会生活」の一部には支障が認められるようになります。具体的には、会社の勤務や自治会などの役員の職務を円滑に行うことに何らかの支障がみられるようになってきます。
 「前頭葉機能の障害」や「左脳が担う認知機能の障害」が出現する「中ボケ」のレベルになると「社会生活」に明らかな支障がみられる以外にも「家庭生活」の一部にも支障が認められるようになります。具体的には、日常的に繰り返している家事や親しい隣人との日常会話などには特に支障がないようにみえていても、入院や転居、旅行などの非日常的な生活場面においては様々な支障が出現するようになります。



 「前頭葉機能の障害」や「左脳が担う認知機能の障害」がさらに進行した「大ボケ」のレベルになると、「社会生活」や「家庭生活」の支障だけでなく入浴や排泄などの「セルフケア」にも支障がみられるようになります。また、日常生活能力を「支援や介護の必要性の程度」から判断した場合、「小ボケ」は「要配慮」、「中ボケ」は「要支援」、「大ボケ」は「要介護」に相当する状態であると考えられます。そして、乳幼児期から小児期にかけて発達していく「生活年齢」(知能年齢)との関連については、MMS得点が「14点以下」の「大ボケ」は「4歳以下」、「23点~15点」の「中ボケ」は「7歳~5歳」、「24点以上」の「小ボケ」は「8歳以上」に、それぞれ相応するものと考えられます。
 「成年後見制度」は、認知症高齢者など、判断能力に支障がある人の人権や財産などを保護することを目的として平成12年に創設された制度です。この制度においては、判断能力は意思の疎通性や記憶力、見当識、理解力などを総合的に勘案して診断(鑑定)されています。そして、「判断能力を欠く常況にある者」には「成年後見人」を、「判断能力が著しく不十分な者」には「保佐人」を、「判断能力が不十分な者のうち後見や保佐の程度に至らない軽度の状態にある者」には「補助人」を、選任することができます。老化廃用型認知症の進行度分類と日常生活能力、生活年齢などから、「大ボケ」の状態では「成年後見人」を、「中ボケ」の状態では「保佐人」を、「小ボケ」の状態では「補助人」を選定すべき状態に該当するのではないかと考えられます(表11)。



2-2-6 老化廃用型認知症の進行度と臨床経過
 一般にアルツハイマー病(アルツハイマー型老年認知症と「初老期認知症」に該当するアルツハイマー病)に代表される老人性認知症は、急速に進行していく「恐い病気」だというイメージが定着しているように思われます。老化廃用型認知症も基本的には進行性の病気です。しかし、家庭や地域での孤立や寝たきり状態での長期入院などの特別な状況が続かない限り、いわゆる老化現象の進行と同程度に緩徐に進行していきます。
 そして、当然のことながら「小ボケ」から「中ボケ」「大ボケ」へと進行していきますが、「小ボケ」のレベルから「大ボケ」のレベルに進行する期間については、進行が早い場合では数年程度、進行が遅い場合では10年以上であると考えられています。また、老人性認知症は一般に「非可逆性の疾患」(元には戻らない病気)であると恐れられていますが、老化廃用型認知症は必ずしも「小ボケ」から「大ボケ」まで一直線に進行していく病気ではありません。
 老化現象はさておき、廃用性変化をもたらすような生活要因を改善すれば老化廃用型認知症の進行はより緩徐になるだけでなく、一定のレベルで維持し続けることも十分可能です。さらに、後述する「脳リハビリ」などの進行防止のための介入の効果が得られる場合には、「中ボケ」から「小ボケ」に改善できる「可逆性変化」も稀なことではありません。しかし、「小ボケ」から「正常」へと改善する可能性については、「小ボケ」になってから半年以上経過した段階ではかなり低くなると思われます。

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