『その言葉を』 奥泉 光・ 集英社・文庫(1993.8)
3年ぶりに再会した高校時代の同級生はまるで言葉を失った寡黙な男に
変貌していた。精神・暴力・言葉をめぐって、70年代の一光景を鮮やか
に写す表題作。山岳清浄行に挑む若者たちの、肉体と精神の限界にたた
される厳しい試練と組織をめぐる昏い罠を描く「滝」の2篇を収録。
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プロ作家としての自立を考えはじめた頃の作品のようだ。悪くはないが、
あまり魅力もなかった。後の知的で上質なユーモアなども感じられない。
読んでいて退屈に感じることも。私とおなじ世代の作家だが、当然だが、
見るもの感じるものが違う。作品の出来はいいと思うが、なんだかさみ
しく感じてしまう。何を描きたかったのかよくわからない。大江健三郎
や三島由起夫の作品を意識したらしい。だから違和感があるのだろうか。
私はどちらの作家も読まないので。ともにたぶん嫌いなので。
『ナバールな現象』 奥泉 光・ 集英社・文庫(2002.5)
1991年1月17日、湾岸戦争が始まった。砂漠の戦場から遠く離れた東京
の郊外で、妻の出産を待つ大学講師の、凡庸な日常に突然、暗黒の陥穽
が口を開く。モーセのトーラー、鴉、理不尽な暴力の予感、そして改竄
される歴史。様々な謎が顕在し、現実は虚構に侵蝕されてゆく。あの日
を境にして世界は変わってしまったのか? 21世紀の今日に鮮烈に屹立
する戦争と狂気の時代を黙示した問題作。
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再読。「友人」との会話が気にかかる。やがて悲しく。この作品の構成
や文体が私は気に入っているのだ。作家が現時点で自己の最高傑作との
考えを抱く作品らしい。私も納得できそうな。内容を解きほぐすことが
できれば、それほど複雑な話ではない。ある人物が時代の中でもがいて
いるのだ。異質な世界があり分裂する自己があり他者の思惑も。何故か
私には切実なことばかりで。彼の他の作品も読もう。