2024年8月15日岩国城へ登ってきました。
2018年5月に一度登ったのですが、ひどい雨でした。
どうしても晴れた日にチャレンジしたく、今回の運びとなりました。
新大阪では、九州新幹線さくらと500系が並んでいます。
もうすぐ引退する500系新幹線。エヴァ初号機FACEがとても好きなんですが、悲しい( ;∀;)
2027年めどですって。
カッコ良いマークですが、良く見れば汚れています。老朽化では仕方がないですね。
おいでませ岩国へ、って10時27分です。
村重酒造さんの工場。
新岩国駅では、錦帯橋の絵がお出迎え。
新岩国駅から岩国駅に行きたいのですが、錦川鉄道を使えば出れるみたいです。
しかしここは乗換えが……遠いのです。
あ、ようやく清流新岩国駅。10分ほど歩いた気がします。
ホームではぺんぺん草も生えています(失礼)
待つこと数分でせせらぎ号が到着。乗り込みます。
車内はこんな感じ。YOKAI列車でGO!なんてイベント実施中でした。
15駅もある様です。あ、車窓から岩国城が見えました!
が痛恨の極み、撮影できず(´・ω・`)
30分足らずで岩国駅です。
サンショウウオもいますせせらぎ号。
YOKAI列車のひだまり号。
これは錦川鉄道の宣伝ポスター(笑)いい感じですね。
ブリリアントグリーンも鮮やかな岩国駅、何だか鉄道のブログみたいです。
ここからは荷物をホテルに預けて、バスに乗ってお城を目指します。
色つきマンホール。岩国城と月と錦帯橋と桜と鵜飼い。情報量多過ぎです。
錦帯橋行きのバスに乗って約30分、着きました。
右上に岩国城です。
遥か山の上です、この真夏に。
左を見ると……
錦帯橋ですよ~
錦帯橋+ロープウェイ+岩国城セット970円を購入してGO!
夜まで粘って……すいません、嘘です。宣伝用ポスターがあまりにも見事でしたので、撮らせてもらいました。
錦帯橋を渡ると何となく城下町。
吉川広家の像です。この人は曲者、でも不遇な人、それでいて主家毛利家の大恩人だと思うのです。
ちょっと進むと鵜の飼育施設がありました。結構うるさいんですね、鵜って( ゚Д゚)
庭園風の通りを北上すると見えてきました。
ロープウェイ乗り場です。
降りてきたロープウェイ。13時15分麓発に乗りましょう。
数分で頂上です、錦帯橋が丸見え。
広い道と山道、どっちから行こうかな。
暑いので広い道にしました(´・ω・`)
日陰で思ったよりも涼しいんですよ。
こんな道です、楽しそう。
大釣井という井戸です。規模が大きいです~
上から見ても中は見えません。
10分弱、看板通り8分くらいで石垣が見えてきました。
これは良い角度。
暑いけど見惚れます。
算木積みですかね。
ここを回ると目的地です。
立派な天守です。一緒に行った人は南蛮風天守、と評していました。
実は一国一城令で破却されています。その後、代々の岩国藩主は麓の陣屋で過ごしているのです。
この辺、吉川家と毛利本家の微妙な機微を感じるのですよね。
今あるのは1962年昭和37年の復興天守なのでした。
入口でお城カードと御城印をGETします。
城内は刀他の展示物でいっぱいでしたよ。
兼先。
藤原兼正。
岩国城のジオラマ。可愛らしいです。
詳しい城の平面図です。
先ほど外で見た石垣は実は天守台、模擬天守は南に移動していました!
弁当箱Σ(・□・;)
外でウキウキなお弁当を食したんでしょうね。
と、唐突に鎖鎌。それ以外の表記は無し。
吉川家家老の香川氏の具足と同じもの、なんだとか。
五弦の琵琶は珍しいんですって。
錦帯橋の模型までありました。
最上階に登ると光景が一望できます。
姫小島か甲島が見えています。
錦帯橋が見えています。海の上は周防大島かしら。
城内の見学を終えて、外に出ます。
お城の脇を抜けていきます。
破却された名残りか、石垣が無造作に転がっていました。
南面を向いた天守。麓から見える姿ですね。
山道ルートを登ると、ここに来るのです。
今更ながら岩国城の碑。
登ったらまた入口に向かってしまいます。
名残惜しいのですが、下界に向かいましょう。
ここを降りると、山道ルートでロープウェイに行けるのです。
石垣がありました。
この横を通って行きます。
築城時、こんなところへ良く石垣を積み上げましたね。
ロープウェイ乗り場に到着、再び乗って下りました。
降りてから柏原美術館に参りました。
こんなところです。
TOP|柏原美術館
特に本邦初公開、毛利家伝来の刀展を開催中なので、入ります。
撮影不可ですが、これだけ見て下さい。
国宝の稲葉江。
滅多に郷義弘の刀が(市場)に出てこないことをもじって「郷とお化けは見たことがない」と言うんだそうです。
妖しく光っておりました。
錦帯橋のイメージキャラの美橋とわさん。美術館にポスターがありました。
柏原美術館を出て、最後に吉川史料館に寄ります。
吉川史料館 – 山口県岩国市横山にある吉川家の歴史史料館
趣きがあります。
かつての岩国県庁です。
中では明治維新と吉川家、の展示がありました。
勝海舟、西郷隆盛の文献、第一次第二次長州征伐に関する岩国吉川家の動向について、特集されていましたよ。
第12代当主吉川経幹(きっかわつねもと)は、初代広家以来の問題であった毛利本家との関係修復に努めました。
幕臣永井尚志と交渉したり、第二次長州征伐で芸州方面で軍の指揮を取ったり、また戦争の終わり方について勝海舟とやり取りを行ったみたいです。
史料館では侍姿の桂小五郎との写真とかありました。
展示を見終えて外に出ると、お庭が。
山の真上に岩国城が見えました。
一緒に行った人が購入した猛将吉川元春さんのポストカード。
17時です、バス停に向かいましょう。
左が岩国城、右は錦帯橋入口、バス停があります。
槍倒しの松。
参勤交代の時、槍持ちは城下を通る際に槍を倒す、というのがマナーです。
しかし岩国を小藩と侮って倒さない人がいたそうです。そこで岩国藩の人が頭を絞って、松を街道に植え、槍をどうしても倒さないと進めない様にしたのだそうです(笑)
ま、本来の松はとっくに枯れてしまい、子孫に当たる松を近くの公園から持ってきたとのことでした。
な、涙ぐましい(笑)
巌流は剣豪佐々木小次郎の流派。
吉川英治さんの小説宮本武蔵では、小次郎は錦帯橋で秘剣燕返しを編み出したんだとか( ゚Д゚)
それでこんなものを作ってしまったのでしょうか(笑)
当時は内務省が名勝の認定をしたのかな。
錦帯橋の上に岩国城。
でわ、宿に戻りますね。