耳順庵日記

60歳を超えて、生き馬の目を抜く首都圏の生活にカムバックした。
浦安太郎が見た、都会の意外な側面を綴ってみたい。

浦安の旨いもん

2018年05月28日 12時52分28秒 | 都会の風景
 久しぶりにうなぎを食おうと、市役所そばの勝花に行ったら、
臨時休業だった。
 仕方なく、噂に聞いていた貝料理屋をトライすることにした。

 大三角道路の舞浜寄りに、豚カツの田が在るが、その角を西に
入って直ぐに、貝鮮料理の看板が有った。
TOMISUIである。

 貝料理が売りのようで、店内に貝のいけすが有る。



 昼の定食メニューは、焼き魚、鶏のから揚げ、エビと鯵のフライ
などの定食と韓国料理。 普通の定食屋の感じだ。私はホッケ、
エビ好きのかみさんは、フライ定食を頼んだ。



 15分ほど待つと、まずメインディッシュの皿が一つ、ドーンと
来た。その後、浅利飯の茶碗、味噌汁、小皿が4ー5個乗った
大きなお盆が届いた。

 ホッケの干物は肉厚で大きく、良い焼き加減で旨かった。浅利飯
も、色は薄いが良い味だし、小皿もそれぞれ美味しい。 ただ、どこ
でもそうだが、若い人には良いんだろうが、年寄りには、ちょっと
量が多い。



 食後のコーヒーも付いてて、千円+税は、リーズナブルか。



 車だったので、食事のあと、孤独のグルメと言う番組で紹介された、
ラテン(羅甸)と言う定食屋を探しに行った。猫実川の近くのその店は、
もう「本日は終了」だった。



 銀鱈の黒煮付けが旨いとか、テレビ人気が冷めた頃に、一度行って
見るかな。



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港七福神

2018年01月18日 12時54分56秒 | 都会の風景
 今年の七福神は、港七福神になった。

 芝公園から麻布十番、元麻布、六本木を経て赤坂まで、
港区のセレブな街並みの中の歴史ある寺社をめぐる散歩
である。
 
 快晴無風の絶好のコンディションの中、日比谷線の
紙屋町駅から歩きだした。


 最初は、桜田通りの熊野神社である。小さいながら
も古めかしい社殿にお参りし、最初だからお賽銭も
弾んで、七福神めぐりの色紙をいただいた。
この色紙は無料だが、各寺社で押してもらう朱印は
300円と値が決まっている。



 次は芝公園の宝珠院。東京タワーのすぐ下で、
撮影スポットも用意されている。残念ながら、
社殿が工事中で、弁財天も本尊も、写真が飾られて
いるだけ。ありがたさが半減だ。



 次の十番稲荷は、赤羽橋から高速沿いに一ノ橋
JCTを抜けた先で、30分ほど歩く必要がある。実は
この神社には七福神は居ないが、宝船の朱印を押して
くれる。だから港七福神巡りは、8カ所となっている。



 麻布十番の地名は、この神社に由来すると言うから、
昔から有名だったようだ。
ここのお参りが済んだ時点で11時半。早めの昼飯に
して、次を目指す。



 麻布十番の坂を上がったところの住宅街の中に、
大法寺が有った。気さくな住職が本堂内を案内して
くれて、甘酒までふるまってくれた。ここの売りは、
伝教大師作と言われる、「三神具足大黒」だが、
その他にもたくさんの大黒さんが並んでいた。





 元麻布の高級邸宅の並ぶ中に、氷川神社があった。
江戸市内にはたくさん氷川神社があったようで、
白金や赤坂にある大きな氷川神社と区別するために、
ここは麻布氷川神社とも言うようだ。
 毘沙門天が祭られているとのことだが、社殿の中
には入れてもらえなかった。セーラームーンで有名
になったようだが、年寄りには関係ない話だ。

 次の櫻田神社までも、各国の大使館が並ぶ、閑静な
住宅街を少し歩いた。
 有名な進学校の麻布中高の辺りから、やけにお巡り
さんの姿が目立つようになった。特に厳重な警戒の中に
大きな中華民国の大使館が有った。



 狭い路地を入った中に、櫻田神社があった。寿老人は
どこにいるか聞いたら、ガラス戸の中に小さな木彫りの
像が飾ってあった。



 六本木ヒルズの高層ビルを巻いて六本木通りの高速の
下に出た。
 疲れたのでスタバで一休み。見たら、Tシャツ姿の白人
の男性が居る。どうもこの人種は温度感覚が鈍いようで、
寒くなければ暑いしかないようだ。
 いつもは車で通るので気が付かなかったが、この道は
横断歩道が少なく、渡るのが大変だ。



 ミッドタウンの手前を左に下ったビルの谷間に、
天祖神社があった。七福神に入っているくらいだから、
歴史と由緒のある神社なのだろうが、本堂も賽銭箱も
ガラス戸の中で、有り難くも何ともない。ガラス戸に
空いている穴からコインを投入すると、斜めの滑り台を
通って向こうの賽銭箱にチャリンと落ちる仕組みに
なっている。仕方がないから朱印だけは押して貰ったが、
罰当たりながら又来たいとは思わなかった。



 ミッドタウン方向に戻る途中、これが都心かと思える
ような、朽ち果てた家が有った。六本木も一本入ると、
まだまだ未開なところもあるようだ。



 さあ、もう一社だ。高速の下を歩くのも癪なので、
一本内側の住宅街を歩いていたら、大きな門構えに
出会った。警備員に方向を聞いたら、このブロックの
裏側だという。後で調べたら、アメリカ大使館の宿舎
だった。



 久國神社には、社殿の中に布袋尊が祭られていた。

 すぐそこがANAホテルで、アメリカのほかに多くの
大使館が並ぶ繁華街だが、カミさんがもう歩けない、
と言う。1万歩以上歩いているから、無理もない。
近くのバス停から都バスに乗って新橋駅まで、バス
遊覧になった。
 いつもは車で走る道も、バスの高さから見ると別の
景色が見えて、面白かった。

 2寺6社の港七福神は、かくして踏破されたので有った。

     麻布には都会の顔の七福神
     福神も年に一度のご奉公



 近郊には多くの七福神が有る。

 来年はどこを歩くことになるだろうか?
 いつまで七福神巡りを楽しむことが出来るだろうか?








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今年の花見

2017年05月04日 19時35分31秒 | 都会の風景
 今年もたくさん花見が出来た。

 3月30日には、都内でただ一つと言われる酒蔵を見学に
赤羽に行った。その帰りに、王子の飛鳥山に寄ってみた。
人では多かったが、桜はまだ一分二分程度。
馬酔木の花が盛りだった。

 わがマンションの中庭では、毎年「桜を愛でる会」が
宴会を企画する。今年は4月1日の予定だったが、あいにくの
雨で順延となり、4月2日に開催された。この時期、浦安市内
の桜並木はまだ三分程度の開花だが、わが中庭の桜は今年は
早く、もう満開に近かった。



ブルーシートに座布団敷いて、爺さんたちが集まって酒を飲んだ。

     花に来て若かりし日の話して
     我も又日本人なり花に酔ふ  蛙蝉




 翌3日も、有志が集まって、近くのスパーで買い出しして、
花を愛でた。青空の元、桜を見上げて寝転ぶのは、とても良い
気持ちだ。








 カミさんも黙ってはいない。6日に、目黒川に行きたい
と言う。あんな人出の多いところは息苦しいから嫌だ、
というと、すったもんだの挙句に、横浜の三渓園に行く
ことになった。花曇りで少し風があったが、打掛姿の
花嫁さんが何組も撮影に来ていて、賑やかだった。





 横浜まで来たんだから、と結局帰りは綾瀬に寄って
孫の顔見に。




 4月10日には、義妹が久し振りに遊びに来た。長年
介護を続けた義母が昨年亡くなったので、やっと家を
空けられるようになったのだ。 市内の桜並木を巡り、
墓地公園の我々が入るはずの樹林墓地を見に行った。
浦安市の桜も40年程経っているので、かなり太く
なって、寿命を迎えているものも出てきている。




 4月12日は、マンションの仲間と門前仲町の大横川の
桜を見に行った。川船に乗って水面から花見する人たちに
手を振って、盛りを過ぎた桜を楽しんだ。



 富岡八幡宮は参道の補修工事中で、大神輿と巨人力士の
石塔は見ることが出来なかったが、横綱の碑を見学した。
鶴竜までは彫り込まれていたが、稀勢の里の名前はまだ
無かった。



 今回初めて気が付いたが、横綱の碑の裏に、芭蕉ゆかり
の小さな社殿があった。



 隣の深川不動尊は、護摩行の時間ではなかったので、
堂内を見学するだけだったが、大日如来像だけでなく、
色んな仏像が沢山並べられていた。



 お詣りの後は、お定まりの反省会である。まだ時間が
早いので、飲めるところはどこも準備中で、入れて
くれない。やっと裏通りのホルモン屋を見つけて、
ビールにありついた。






 4月13日は、市内に住んでいる友人と近くの
美浜公園で花見だった。
彼とは、小学校、高校、大学が一緒で、就職したら
わが社の製品のユーザーで、電気学会の委員会で
よく顔を合わせていた。リタイヤしても、同じ市内に
住んでいるので、年2回の浦オケの定演と花見と
忘年会だけは、欠かさずに続けている。



 美浜公園の桜は、まさに満開で風に舞う花吹雪が見
事だった。




 4月16日は、千葉ニュータウンの向こうの印西市に
あるという、大桜だ。



 樹齢300年と書いてあったが、奈良時代から有名、
という看板もあった。よく見ると地名が奈良時代から
あったとも読める。

 櫻はヤマサクラで、ピンクの花と、赤い新芽が同居して
きれいだった。しかも畑の中だから、周りに菜の花が
植えられている。私はそれより、木の下の草むらの、
オオイヌノフグリの青い花と、カラスノエンドウの紫
の花に感動した。



     これも良し桜の下の犬ふぐり 蛙蝉

 更に帰りに林の中を抜けると、その草むらに、
ウラシマソウの大きな花が群生していた。



 こちらの方がマニアックではあるが、見る価値が
あるように思う。






 4月19日には、市川真間に万葉の歌枕を訪ねる散歩
をした。



 さすがに桜は終わって、人出は殆ど無く、
閑散としていたが、心行くまで万葉の史跡を味わう
ことが出来た。







 葛飾八幡宮も桜祭りの提灯が残っていたが、
桜は残ってなかった。




このあと、箱根芦ノ湖畔の一本桜を見たいと思っているが、
連休中は近づけそうにない。

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実家と生家

2016年04月30日 09時55分55秒 | 都会の風景
 昔、女性が結婚、と言うより嫁入りして、自分の両親が居る
家を離れて、嫁いだ先に移った後で、実際に生まれ育った家を、
実家と言った。
 最近は、男でも独立して家を出る事が多いから、親が住んで
いる家を実家と言う事が多い。

 然し、これは生家と言うべきであろう、と言う考え方は、
古いんだろうか?

 家には、先祖代々の位牌が入っている仏壇が有り、戸主がそ
れを守っている。お寺には家の墓が有り、家族は死んだら
みんなそこに入ることになっていた。
 結婚式や葬式は、親族が集まり、血のつながりを確認する場
となっていた。

 しかし今の民法では、家では無く世帯が単位だ。核家族化が
進み、一人や二人の世帯も多い。葬式も最小限を志向する
傾向が強い。
 私のおじさんの1人の死去を、忌中の葉書で知ったことも
有ったし、別のおじさんに至っては数年後に知らされた。
 結婚式も二人だけでやったり、入籍だけで済ますことも有る
ようだ。
 老人の介護が家族では手に負えず、施設のお世話になる
ことも多い。最適な介護は、必ずしも親身な介護では無い
ことも有る。


 そもそも、家とは何だろうか?
 今や人が住む住居と言う意味では無い、家の名前に存在意義
が有るのか?

 自民党の憲法草案では、基本的人権や個人の尊厳という
基本理念より、国家や道徳、家族主義を優先させたい、明治憲法
回帰の傾向が強い。


 いまこそ、個人が大切にされなければならない時代ではない
だろうか?
 
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サンコーポのトリビア

2016年02月14日 10時44分32秒 | 都会の風景
 管理組合便りに情報提供を求められたので、原稿を提供した。
印刷が上がって配布されたので見たら、換骨奪胎されていて、
意図が十分に伝わらないと思ったので、原文を公開したい。




自治会はイベント屋、管理組合は修繕屋と役割が出来ている。

法律により区分所有者全員が管理組合の組合員になっている。

集会室は、管理センターに申し込めば住民が使える、但し
使用料が必要。

庭園メンテナンスグループは、誰でも好きな時だけ参加して、
庭いじりができる。

管理組合主催の防犯パトロールも、誰でも参加できる。

サンコーポには、レンタサイクルがある。

駐車場は余っている。

周囲の戸建て住宅の避難を受け入れる。幼稚園や障害者施設は、
定期的にサンコーポで避難訓練を行っている。

市役所が決めた避難所は富小だが、災害時はサンコーポに
留まった方が安全。 自治会や管理組合の指示に従う事。

サンコーポの躯体は震度6弱までは耐えられる。それ以上の地
震が来たら、覚悟した方が良い。

サンコーポの建て替えは、事実上困難。一括して売却する方が
賢明。

全戸のベランダに、JーCOMのCATVケーブルが来ている。

各戸のベランダは共用部で、管理組合が管理している。非常時の
避難通路として使う。

大きな地震が来たら、ガスは自動的に止まる。メーターボックス
の中の弁を開ければ復旧する。

この地区の東電の平均停電回数は、0.11回/年、平均停電時間は
19.9分。

管理組合は共用部の設備を管理する。住戸内の専有部の管理は、
住民の責任。

消防法では、11階以上は消火栓と火災感知器の設置を義務付け
ている。しかし、浦安消防署のはしご車は、12階まで届く。

サンコーポ構内に容量40トンの防火水槽が6基ある。給水は
天然の雨水に依存している。

朝や夕方は西の方に富士山が良く見える。が、春から秋までは
霞んで見えない事が多い。

サンコーポが出来た時は、京葉線の高架はまだ途切れ途切れ
だった バス路線も2番と4番しかなかった。勿論湾岸道路も
まだ工事中、ディズニーもまだ出来てなかった。

A棟前の桜の中に、1本だけ寒緋桜がある。ソメイヨシノより
早く、濃い緋色の花が恥ずかしげに下を向いて咲く姿は、
何とも可愛い。

外灯や解放廊下灯などの点灯時刻は、毎日日没時刻に
合わせている。

サンコーポの住戸数は1101戸、千葉県内で3番目、浦安市内
では2番目に多い。

サンコーポの中庭で見掛ける野鳥は、スズメやカラス、ドバトの
他にも沢山居る。オナガ、ヒヨドリ、ムクドリ、セキレイ、
メジロ、ホオジロ、ホトトギス、ヒガラ、ヤマガラ、シジュウカラ、
モズ、ヒバリ、キジバト、ツバメ、など。時々空を飛んでいるのは、
シラサギ、カワウ、カリ、アオサギ、など。カワセミは見かけた
事が無いが、時々来るらしい。

サンコーポで見掛ける野草は、四つ葉のクローバーの他にも多い。
タンポポ、レンゲ、スミレ、ツユクサ、ネジバナ、
オオイヌノフグリ、カラスノエンドウ、ノジギク、ニワセキショウ、
ツワブキ、ドクダミ、カタバミ、アザミ、ヒガンバナなどが
季節ごとに目を楽しませる。ブタクサやセイタカアワダチソウは、
早めに抜いた方が良い。

サンコーポには椿の木が多いが、秋口にはチャドクガが繁殖する
事があるので、定期的に薬剤を散布して居る。

サンコーポは管理費の滞納が極端に少ない。長期滞納はゼロである。
住民の意識の高さと管理の良さの結果と思われる。

浦安でも、マンション住民の高齢化が進んでいるが、他の
マンションに比べてサンコーポは小・中学生など、子供が多い。

不動産屋のチラシに依れば、建設当時の分譲価格より、
今の中古価格のほうが高い。

サンコーポの敷地面積は約7.5万m2。中庭には東京ドームが
スッポリ入る。

サンコーポの敷地内に、外灯ポールは57本、電気のマンホールは
153個、雨水枡は418個、汚水桝は33個。

サンコーポの外周は約1.1km、急げば10分で一周できる。

C・D・E棟の建物の高さは、屋上までが約33m、塔屋の先端は
地上42m。A・B・F棟は数十センチ高い。前者は鹿島、後者は
大成が担当して、工法が異なるから。

サンコーポの敷地は海抜2.4m。

サンコーポは浦安市のほぼ中央に位置している。

浦安市で一番高い山は浦安富士。中央公園にある。

共用部の照明は、ほぼ全てLEDに切り替えた。これにより東電
への支払を、年間約700万円節約できた。

1階エントランスや、各階のエレベーターホールは、住民が
自由に照明のスイッチを操作できる。防犯上、暗くなったら
早めに点灯した方が良い。

サンコーポのエレベーターには、ストレッチャーを乗せられる
よう、奥に隠しスペースがある。

サンコーポのエレベーターは、行先階の取り消しができる。
押した階番号を素早く2回押せばいい。ただし停止している
時だけ、できる。

管理センターの職員は、良い人ばかり。親切に色々相談に
乗ってくれる。見かけたら、気軽に声をかけてみよう。


管理組合の現在の理事長は、実は僧侶の資格が有る。
広報主担当はベンチャー企業の社長。
防災主担当は飲兵衛。
会計はディズニーおたく。
現場系副理事長は虎キチガイ。
事務長は剣道3段の女剣士。
                        以上
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又、京葉線が

2015年06月19日 09時16分50秒 | 都会の風景
 京葉線上りが徐行運転している。

 我が家の前、目の下を次から次に殆どつながって、満員の勤め人を
乗せて、東京を目指している。

 新浦安-舞浜間は3.4kmで、時速20km/hで走ると約10分。朝8時台は
3-4分間隔で走っているので、この駅間に2-3本の列車が入っているこ
とになる。
 10両編成の電車は約250mだから、殆どつながって見えるのも、
うなづける。


へたれの京葉線、ガンバレよ!


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日本橋人形町

2015年03月01日 21時28分21秒 | 都会の風景
 先ずは水天宮から始めよう。

 水天宮界隈は日本橋蠣殻町という。中央区日本橋はずいぶん広く、
人形町の他に、浜町、箱崎町、蛎殻町、小舟町などが含まれる。
名前が示すように、江戸開府の頃はこの辺りまで海だったと言う。

 地下鉄半蔵門線の終点は、永らく水天宮前だった。地下鉄の階段を
上がると手塚治虫の漫画の未来都市のような、何重にも重なって
カーブしている高速道路が見える。その下はTCAT、東京シティエア
ターミナル。昔はここで荷物を預けて搭乗手続きが出来て、バスで
成田に直行だった。海外出張の時はここで、背広を機内用の軽装に
着替えたものだ。

 そこから隅田川までは箱崎町。隅田川大橋を挟んでIBMビルの反対
側に、飛行機が通り抜けられるような門型のビルが有る。私は8年
ほどここに通勤した。

 水天宮の社殿は何故か2階に在る。1階は駐車場だが、通りに面して
は小さな店になっていた。角は三福と言う小さな一杯飲み屋。
品の良い婆さんが一人で切り盛りしていた。隣の土産物屋では爺さん
が日がな煎餅を焼いていて、婆さんが店番していた。何故かその隣に
鶏肉屋があった。そして神社に上がるエレベーターを挟んで交番が
角に在る。社殿を模した青い屋根で、遠くからも良く目立つ。

 現在、社殿改築の工事中で、一帯が塀で囲われている。浜町に仮殿が
有るが、水天宮の下に有った小さな店と、そこの爺さん婆さん達はどう
なるのだろうか?




 新大橋通りを挟んで向こう側が、本題の日本橋人形町だ。

 交番の向かいは人形焼の重盛、店の奥で職人たちが鉄の型で人形焼を
焼いている。餡の入った人形焼は勿論名物だが、カステラと称するガワ
だけ焼いたのが、意外と安くて美味い。

 交番の筋向いは、三原堂と言う和菓子屋でどら焼きが有名だが、
塩センベイが隠れた名作だと思う。
 この界隈には、和菓子屋が多い。黄金芋と言うシナモンの香りで芋の
形をしたお菓子を売ってる寿堂や、大きいけど真っ白で上品な味の饅頭
で有名な玉英堂や、千鳥饅頭の千鳥屋。少し趣は違うが、テレビにも紹介
されて行列が絶えない、たい焼きの柳屋は甘酒横丁に有る。



 人形町は昔からの老舗が多い。人形作りの職人もわずかだが残っていて、
三味線や昔の道具を作ってる店も、甘酒横丁に並んでる。その中で、私の
お気に入りは昔ながらの扇子を売っている、京扇堂だ。1万円程の洒脱な
扇子を此処で求めた。数年使って、要が傷んだので持って行ったら、
京都に修理に出すからと一週間待たされて、立派になって帰ってきた。


 人形町と言えば、矢張り軍鶏料理の玉ひでだ。人形町通りを少し入った
所にナマコ塀の店が有る。ここの親子丼は1500円と少し高価だが、絶品だ。
昼はいつも11時から長蛇の列が出来る。最近これを並ばずに食べる奥の手
を発見した。都内のデパートが時々やる催し物に、玉ひでが出店すること
が有る。その時が狙い目だ。宴会でも締めに出てくる。

 高級な店構えの日山は、肉屋である。1階は高そうな肉を小売りして
いるが、2階はすき焼割烹だ。いくら掛かるか怖くて、まだ一度も入った
ことが無い。
 そういえば、一本奥の道には、すき焼きの今半が有る。
舞浜のイクスピアリにも出店が有るが、本店はここだ。

 やはり、この界隈は高級な店が多い。

 粕漬けの魚久もそうだ。日本橋蠣殻町の鮮魚店から始まって、高級魚を
粕に漬けたのが始まりだと言う。ここのお薦めは、朝開店早々に売られる、
切り落としだ。魚も粕も同じで、ただ部位が半端なだけだから、家用には
とてもお得だと思うよ。


 甘酒横丁の豆腐屋双葉も面白い。特にここのジャンボがんもは、一度
見た方が良い。なんせ、人の顔ほどの大きさのがんもどきだ。
 2階は座敷になっていて、忘年会などで良く行った。勿論大きながん
もどきの煮物が出てくる。

 このほかに、福神漬けの酒悦、京漬物の近為、ウナギの大和田など、
思い出を書き出したら限が無い。

 ああ、懐かしいなあ!



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赤穂義士引上げ道中

2015年02月20日 21時06分38秒 | 都会の風景

 赤穂の四十七士が吉良邸を襲撃して、上野介の生首を泉岳寺まで
運んだルートを歩いた。

 12月14日や3月14日は混みそうなので、この時期を選んだ。
まずは両国駅を11時に出発。南に下って京葉道路を越えて芥川文学碑
を過ぎると、幟が立っていた。



 その角を曲がると、有った。旧吉良邸跡。



 ネット情報では本所松坂町公園がそうだとのことだったが、小さな
公園というよりは、小さな中庭だ。多分愛知県の吉良の庄だけでなく、
このあたりでも上野介は慕われているのではないだろうか。



 前の道は何時も通り過ぎるのだが、回向院には寄ったことが
無かった。



見どころは多いが、鼠小僧次郎吉の墓の前の石を叩いて、先を急ぐ。



 京葉道路はすぐ両国橋だ。橋のたもとに大高源吾の句碑。
  日の恩や忽ちくだく厚氷



 ここの角には猪料理のももんじやが有る。以前から気になって
いたが、店先に猪の剥製が吊るされていた。



少し下ると、一の橋手前に、春日野部屋が有った。8階建ての
マンションで、少しイメージダウン。



お相撲さんが出歩く時間帯では無かったようだ。
近くは下町そのもので、緑青が吹いた銅板壁の町屋が不自然さを
感じさせない。



 堀を渡るとすぐ左手に、江島杉山神社。調べて来ないと
見過ごしてしまいそうな入口だ。



赤穂浪士とは関係ないが、江の島の弁天さんの分社だと言う。
路地を入ると少し開けていて、奥に洞窟が有った。

 討ち入り後の隊列は、登城の武士たちの邪魔にならないよう、
川を渡るのを控えたようだから、そこから隅田川沿いの散歩道
に出た。隅田川テラスと言う。

近くに芭蕉庵の跡の記念館が有るので、句碑が点在している。



  ほととぎす声横たふや水の上
  名月や門に指しくる潮頭
  芭蕉葉を柱にかけん庵の月
  花の雲鐘は上野か浅草か
  名月や池をめぐりて夜もすがら
  あられきくやこの身はもとのふる柏
  野分して盥に雨を聞夜哉
  しばの戸にちゃをこの葉かくあらし哉


 昨日の雨もよいの寒空と打って変わって、日差しが暖かく
川風が歩いて火照った体に気持ち良い。これを三寒四温と
言うのだろうか。
昔の職場のビルを背景に、今日の出で立ちを一枚。



 永代橋を渡って、暫くは歩いた道が判然としない。
とりあえず、新川の交差点を渡って、霊厳島を目指す。
亀島橋を渡ったあたりに堀部安兵衛の石碑が有るはずだと、
通りの向こう側を見ると何かある。車の隙間を狙って渡って
みると、なんと銀座の柳4世の石碑だった。



振り返って見ると、有った石碑が。もう一度不法横断して、
やっと撮影成功。



 歩き始めて、1時間半。両国で少し遊び過ぎたようだ。
しかし、もう少し頑張ろう。



 次の目標は聖路加病院。ここに旧浅野邸跡の石碑が有る。





しかし、赤穂浪士が引き上げたときには、既に幕府に召し
上げられていたはずだ。



 やっと、築地。天気が良いせいか、中国の旧正月の為か、
平日にも拘らず、凄い人出。
寿司を食おうと思ったが、満席で待たされた。



 やはり寿司食うなら一流どころと、入った寿司清は、
美味かった。



本所から歩いて来て、これから泉岳寺に行くんだと、
余計なことをしゃべって、ビール一本飲んで、疲れた足を
労わって、さあ続きだ。



 昭和通から汐留に入ると、旧新橋駅舎跡に出た。いつもは
横を車で通りすぎているが、面白い物に出会った。
無料なのが良い。



 新橋交差点を過ぎて第一京浜に入る。ガードを過ぎると
この間開通したマッカサー道路だ。



向こうに虎の門ヒルズが聳えている道を歩くと、有った。



切腹最中で有名な和菓子屋だ。店内で食べるとお茶を
御馳走してくれた。




 ここから、新橋赤レンガ通りを行くが、見るべきものは少ない。



御成門も芝大門も増上寺も、今日はパス。




将監橋を過ぎて第一京浜に出ると、すぐ札の辻の交差点。



ここからは東京タワーが良く見える。




高輪大木戸跡を過ぎて、いよいよ泉岳寺だ。


 
 着いて見て、びっくり。参道入り口の中門に大きな立て看板が。
あの安保闘争の時の大学正門を思い出した。



隣にマンション建設の工事が始まったようで、抗議している
とのこと。


境内は、いつもの泉岳寺。






 さすがの中国人たちもここには来ないらしく、麗らかな
日差しの中、一人一人の義士の墓所に線香を手向ける老夫婦や、
若い参拝者も、落ち着いた雰囲気を醸し出している。






 改めて、義士たちの墓石をよく見ると、戒名には皆、
刃と剣の2文字が入っているのに、一人だけ例外が居た。



隅っこにある寺坂吉衛門の戒名には、この2文字が無い。

こんなことが、又色んな後日談の材料になっているようである。


 せっかくだから、500円を投資して、赤穂義士記念館を
見ることにした。展示物は大したことは無かったが、ここ
まで12kmを5時間歩いた、足を休めることが出来たのは
有難かった。



 久しぶりに都内を歩いた。

 七福神以外にもまだまだ、見るべきもの、薀蓄と講釈の種は
あまた有るようである。

少し、楽しみになって来た。



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七福神

2015年01月05日 10時23分06秒 | 都会の風景
 かみさんが足を痛めたので、今年の七福神は余り
歩かなくても良いところにしよう、と言う事になった。

 調べたら、銀座七福神と言うのが有り、1.5kmほどの
中に全部揃っているみたいだった。
 出掛ける前に念のためにもう一度調べたら、ネットに
出ていた情報は昔の話で、今はもうやってないと言う
ことが分かった。大銀座まつりの1つのイベントだった
そうで、平成11年で終了とのこと。
いくつかの、小さな神社の出張所のようなものが、
路地裏に残っているだけのようだ。

 仕方が無いので、もっと手抜きをして、一か所で
七つお参りできるところを探したら、有った。

 そう言えば一昨年のお彼岸に、赤坂の豊川稲荷に
寄ったとき、立派な七福神の石像が境内に散らばって
配置されていた。





 こんなのを見たいと思って、椿山荘に行った。

 地下駐車場に車を停めて、庭に出たら、有った。
可愛い石像だ。看板が立っていて番号と福神の名前を
書いている。地図を良く確認すれば良かったが、7番
弁財天から廻ることになった。


7番 弁財天

 途中、三重塔など見どころは多いが、2番恵比寿さん
迄は順調に見つけた。


6番 福禄寿


5番 毘沙門天


4番 布袋


3番 寿老人


2番 恵比寿

 ところが1番が見つからない。付近を探し回っても
見つからないので、庭の出口まで行って、地図を
貰ってきた。
 有った。なんと建物から出たすぐに1番大黒天が
有った。





 狭い庭ながら、好天で暖かかったので結構楽しめた。

    狭くともご利益有れと七福神 蛙蝉




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菊花展

2014年11月17日 15時15分41秒 | 都会の風景
 秋である。秋なら、菊である。

 花札では、菊は9月である。重陽の節句は菊の節句と
言われている。



 浦安市では、例年市役所の庭にテントを張って、
菊の花を並べる。今年は市庁舎建て替えの工事中なので、
若潮公園の芝生にテントを張った。
 
 


 厚物、管物、懸崖、ダルマ、千輪作りなど、一応の鉢が
揃っていたが、石付きの盆栽が見事だった。


 

一年でここまでの風格を出すのは、並大抵のことでは無い
だろう。

 きれいな花を見たので、本格的な菊花展を見たくなった。


 ネットで調べると、近くに善養寺という菊の名所が有る
と言う。小岩不動尊とも言い、影向の松という名の、枝を
大きく広げたクロマツが名物だが、秋は菊の花壇や大鉢が
並ぶ。



菊人形ならぬ、菊の花で出来た白馬が居た。

 



 栃錦の横綱が飾られた山門の脇に、萩の植え込みが
有った。可憐な花が見頃だった。



 ちなみに花札では、萩は赤豆、7月である。花札は旧暦
だろうから、少し季節感覚がずれている。




 一週間後、都内に出る用事が有ったので、ついでに日比谷
公園と湯島天神に廻った。
 日比谷公園では、東京都観光菊花大会というのをやっていた。
さすがに大輪の花が素晴らしい。




 湯島天神には菊人形が有ると言うので、楽しみにしてきたが、
時期が遅かったのか、みすぼらしい黒田官兵衛が立っていて、
幻滅だった。

 

 

 湯島に来たからには、合格蕎麦、だろうと入った蕎麦屋が
美味かった。
ここの蕎麦は、腰が有る。というか硬い。しっかり火は通って
いるが、歯ごたえが強い蕎麦だった。



 天気が良いし、せっかく都内の高い駐車場に停めたから、
すぐ裏の旧岩崎邸にも寄ってみた。



 風格のある建物と庭で、ゆっくりとくつろぎながら見て
歩くのには良いところだと思った。

 65歳以上の老人は入場料が安いこともあって、ここは
年寄り向きであろう。



 都内には、まだまだ見どころが有りそうだ。


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世の中で何が一番怖いか?

2014年07月07日 07時53分55秒 | 都会の風景
世の中で何が一番怖いか?

 地震や富士山の噴火のような自然災害は、忘れた頃にやってくる。
避けようが無いから怖い。

 最近の異常気象も怖い。暑い夏、寒い冬、集中豪雨、台風、竜巻。
50年に一度とか100年に一度とかが多くなった。遠い海のエルニーニョ
だかなんだかの影響も有るかもしれないが、気象の長期変動のせいだ
と言う声が有る。
地球全体は温暖化なのか寒冷化か、人によって意見が分かれている
から、又怖い。

 経済危機は怖い。大した金は無いから、貨幣価値が増減しても影響は
少ないとは言うものの、バブル崩壊や株価暴落などで世界恐慌になれば、
どうなるだろうか?

 軍事危機は物理的に怖い。中国、韓国、北朝鮮、ロシヤ。いや今や
平和憲法を破棄した日本そのものが一番恐ろしい。

 エネルギー危機が迫って来ている。化石燃料はあと45年で枯渇する、
と言われて久しいが、まだまだ有るとも言う。シェールガスやプレソルト
油田が開発されている様だが、何kmもの地下や海底から汲み上げる
危険性をどう解決出来るのか。
メタンハイドレートは日本海溝に潤沢に有ると言うが、汲み上げに失敗
すると、温室効果が大きいメタンガスの放散する事にならないか?
 もう原発に戻るわけにはいかないとすると、自然エネルギーに切り
替えることが理想かもしれないが、経済性も含めて革命的な覚悟が必要
だと思う。

 政治危機が怖い。リベラルの様なツラをしてテレビで保守反動を批判
しているエセ文化人に何ができるだろうか?

 人口危機が深刻だ。インドやアフリカの人口爆発も大変だが、日本の
少子高齢化は深刻だ。対策は異民族の移民受け入れか?
非正規雇用の跋扈と若者の就職難はどうする?

 教育の荒廃が叫ばれている。日本人の知能レベルの後退、意欲減退に
打つ手が有るのか。教師の権威が落ちているのは、体罰批判のせいだけ
では無いだろう。

 核家族化も怖い。規格化された住環境、4人乗りの乗用車、全てが
大家族の中の人間関係の温もりを否定している。そこからは社会性の
欠如した子供しか育たない。



 社会資産の荒廃 橋梁、トンネル、高速道路
 医療の荒廃 過剰診療、医薬分業、保険制度、ガン治療
 学校崩壊、職場崩壊、家庭崩壊、・・・



 ああ、世の中は怖い。




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今朝の新聞

2014年06月18日 13時11分03秒 | 都会の風景
 今朝は、久しぶりにゆっくり新聞を読んだ。

 原発災害の後始末や、自衛と言う名前の戦争に直結する武力行使の話は、相
変わらず紙面を賑わしているが、その他にもいくつか気になった記事があった。

1. 医療事故調 来年発足へ
 先日の記事に、日本で開発された医療費請求事務の電子化が、韓国で大きな
効果を出している、と言うのが有った。日本では医療機関の抵抗で、自動化が
見送られ大きな医療費の無駄使いにつながっているという。医療事故の調査に
関しても、同じ問題が有りそうだ。

2. 精神病床「住まい化」波紋
 認知症(いわゆる痴呆症のこと)老人の介護は、深刻な問題である。病院側は、
診療報酬が稼げない入院患者をできるだけ早く退院させようとするが、親身に
なって介護できる体制を持っていない老人の末路は哀れである。

 精神分裂症も最近は統合失調症などと言って、名前を変えて本質を隠そうと
しているのではないだろうか。

3. 自然エネ買取制見直し開始
 FITという固定価格で自然エネの電力を買い取る制度で、ドイツやスペインは
一躍ソーラー発電の普及を拡大したが、今その歪みで苦しんでいるという。原発を
批判しながら、フランスの原発による電力を輸入している。ヨーロッパは風力が
安定している所が有るからまだ何とかなるかもしれないが、狭くてゴチャゴチャ
した日本で、自然エネによる脱原発は、よほどしっかりした革命的手法を講じないと
難しい。地震国日本は、その難しい脱原発を実現しないと存続できないから政治力が
問われているのに、どうもベクトルが他の方向を向いているような気がする。

4. 燃料電池都内でも発電
 まだ先の技術だと思っていたが、ソフトバンクが200kWを実用化できたという。
東京ガスの天然ガスを燃やさずに電力に変換して、余剰電力を25円/kWhで売るという。
経済的に辻褄が有っているとは思えないが、トヨタのPRIUSだって発売当時は補助金が
無いと成り立たなかったんだから、そのうち技術が追いつくのかもしれない。

5. 自動ブレーキ機能に差
 富士重工のアイサイトの独壇場と思っていたら、最近各社が実用化してきた。
人命に関わる技術だから、規格化・標準化は必要であろう。

 しかし、ロボット王国と自慢していた日本の原発事故で、全く役に立たなかった
ことも有るので、実用化の壁を早く・安くクリアして貰いたい。

6. 「制度のはざま」でSOSを出せぬ人 住民が支えて行く
 大阪には、コミュニティーソーシャルワーカー(CSW)という職種が有るらしい。
他地区では地域福祉コーディネーター、というとのこと。社会福祉に負うところの多い
大阪では活躍の場が期待されているのだろうか。

 生活保護費の支給日に、貰った給付金をすぐ借金返済に充てそのまま次の借金をして、
その金でパチンコしに行く、という特集番組を見た事が有る。

 現場に近いところで頑張っている役人も沢山居るんだから、政治家は政争に明け暮れる
以外にもする事が有るだろう。

7. 五輪バスケ会場建設中止を検討
 国立競技場の建て直しで色んな議論が出た。建築の専門家からも異論が有るようだ。ブ
ラジルはW杯で盛り上がっているようだが、会場の横で反対デモが練り歩いている。
ソトヅラを良くする前に足元を固めることが重要だ。

 そもそもフクシマは、あと数年でオリンピックやれる状況に成れるんだろうか?

8. 今日のスポーツ欄にタイガースの記事は無かった。9回の表に逆転されて、
コートジボアール戦の二の舞かとイライラしたが、なんとかサヨナラで勝った。
しかし、朝日新聞はニュースバリューは無いと判断したようだ。


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メロンの漬物

2014年05月23日 08時23分33秒 | 都会の風景
 メロンの小玉を床漬けにした、と言うか、かみさんが漬けたのを喰った。

 基本的には瓜の仲間だから漬けると美味いはずだが、矢張り果物だから、
歯ごたえは有るけど柔らかくて、甘みが有る。

 昔沼津に居た頃は、この時期八百屋に沢山出て居た。静岡は高級メロンの
産地で、間引きした若い小玉がよくで回っていたようだが、こちらではあまり
見かけない。しかし、茨城の鹿島灘沿いは日本一のメロンの産地らしいので、
探せば手に入るのかも知れない。



 沼津時代は、地の物で旨い物を良く食べた。ワサビの花付きの茎や
葉っぱは、わさび屋に教わって三杯酢に漬けた。生しらすや生の桜海老、
金目や太刀魚の干物も有った。新鮮な紫蘇の葉を沢山買って来て、
ジュースにして冷やして飲んだ。アオサが混じった海苔は手巻きにすると
香りが良い。唐辛子の葉っぱは、佃煮にしたが目減りして驚いた。

 安い物ばかりだが、新鮮だから何でも美味かったな。懐かしい。



 沖縄の海ぶどう、鹿児島のキビナゴ、熊本の辛子蓮根、有明のガン漬け、
博多のおきうと、下関の河豚の皮の湯引き、宇和島のじゃこ天、岡山の
ままかり、和歌山の南高梅、名古屋の守口漬け、焼津の鰹のヘソ、信濃の
蕎麦、高崎の水沢うどん、富山の黒造り、秋田の根曲がり竹、それぞれ
地方に独特の美味い物が有る。

 我が地元の千葉県にも、有るには有る。

 南房総では、セグロイワシの目刺し、鯨のタレ、ビワや梨の加工品が
有る。可なり高いけどピーナッツや筍も特産品だ。
しかも大きなスーパーに行けば、何でも売っている

 だけど、これぞおらが地元の自慢の名産品、美味い物と言う定番に
欠けていると思う。

 少し悔しい。


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ホタルイカの沖漬け

2014年05月04日 20時53分03秒 | 都会の風景
 近くを通ったついでに、有楽町の富山県のアンテナショップでイカの黒造りと
ホタルイカの沖漬けを買って来た。ホタルイカはどうやっても旨いが、沖漬けが
一番だ。しかもこれは一匹ずつ目玉を全部除去しているから、口当たりがとても
滑らかだ。何と言っても日本酒と相性が良い。大根おろしやきざみ大葉を添える
と美味そうだが、面倒だからまだトライしていない。

 沼津の安酒屋で、イカの沖漬けを二人で一つずつ頼んだことが有る。スルメの
ように広げた、大きいのが皿一杯に出て来た。
美味かったがとても食べきれなかった。持って帰りたかったが、生ものだから、
と断られたことが有った。その時、漁師が採ったばかりのイカを、船の上で醤油
に漬け込んだのが沖漬けだ、と教わったが、よく見ると色んな調味料が入って
居る。いくら新鮮なイカでも、醤油だけではあの味は出ないなと思った。


 黒造りはかみさんの好物だ。白いご飯を黒く汚して喜んでいる。普通のイカの
塩辛と同じような気がするが、スミの味が良いと言う。

 何にしても、自分だけ勝手に遊び歩いて居る罪滅ぼしになれば良いのだが。


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トリアージ

2014年02月17日 11時35分14秒 | 都会の風景

 地震対策のフォーラムに参加して、考えるところが有った。

 自然災害や事故で、被災者を救助する時の優先順序は難しい。

 弱者優先、女性は弱いから先に、という理屈はいつでも通る
だろうか。全員が助かる見込みがある場合は、弱者優先だろうが、
残されたらどうなるか分からないような時に、どうすべきか。
御釈迦様の蜘蛛の糸では、意味が無い。


 医療や救急が、十分に機能しない災害現場などで適用される
トリアージ(識別救急)では、

黒:(死亡群)死亡、または、救命の見込みがないもの。
赤:(最優先治療群)生命に関わる重篤な状態で一刻も早い処置
   をすべきもの。
黄:(待機的治療群)早期に処置をすべきもの。赤に変化する
   可能性があるもの。
緑:(保留群)今すぐの処置や搬送の必要ないもの。

という色分けをすることになっているという。福島の3.11でも、
これを適用した場面が有ったらしい。

 その結果はどうだったんだろうか。有効に機能したのだろうか。
黒群トリアージの判定は死刑判決と同義だが、裁判なら何年も
かかるのに一瞬で決められるのか?
 赤群よりも黄群を優先する方が、生き残る人数は多くなるような
場面も有るのでは無いだろうか?
 自分や身内が、このどれかに色付けされた時に、納得できるか?

 若くてすぐ回復しそうな緑の群を優先することによって、救急の
人手を確保することは優先ではないのか?
 重傷で死にそうな赤群と、すぐ手当をすれば大事に至らない黄群と、
無傷で役に立ちそうな人達が居たら?
 乳飲み子と働き盛りの若者と死にそうな老人が居たら?


 アンデスの聖餐という話がある。山中に取り残された飛行機事故の
生存者が、死者の肉を食う、という話だが、その前の最後の食料は、
どう分け合ったんだろうか。
 強くてずるい奴が生き残った、ということかもしれない。そして、
それが正解なのかも知れない。


 怪我や外傷が無い人達に順番を決める基準はどうするのか?
 水や食料を配る時や、一人ずつしか助けられない時、妊婦と老人と
子供では、優先順位をどうすべきか?

 津波の中、ビルの屋上に残っている人をヘリに収容する順番は、
誰が判断したんだろうか? 不満や苦情は無かったのかな。
骨折した自分と元気な子供2人とでは、どちらが優先されるべきか?



 災害現場の、遺体が散乱している中で飢えて脅えている人たちの、
誰を優先して助ければ良いのか。
 老人を先に避難させたために、残された身内が被災して、一人に
なってしまったという話も聞いた。

 アフリカの内戦の現場で、避難民を救助する順番は? お金や身分
ではない事を祈る。



 マンションの火災でも、救助の順を決める必要が出てきそうだ。
 お前のせいで俺の身内が助からなかった、なんて言われないような、
事前の合意が必要かもしれない。


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