シリアの内戦で人々は何を思い、どんな生活をしているのか。難民キャンプの様子はどうなのか。ヨーロッパを目指した難民たちはどのような状態なのか。古来から戦いを繰り返してきたこの地域を人はどう見ているのか。このような現実はジャーナリストが命をかけて取材に行かない限り、ぼくらのようなものには伝わってこない。
ISに捕まったのは自業自得だと言う者の神経がわからない。安田純平さんのようなジャーナリストを政府が交渉して助けないでどうするのだ。危ないからシリアやイラクには近づかないというジャーナリストが多い中で、不幸にして捕まってしまった安田純平さんはどうやら帰国できそうである。これを嘲る輩がいて、その言説を許すような社会であったら、この国のレベルは低い。
遠く離れた極東の日本列島の紀伊半島の沿岸にある尾鷲にいて、世界のニュースが朝の情報番組で飛び交う。
この二、三日、床から起きるとき、疲れの芯のようなものが残っているのを感じて、もうひと眠りしようかと思ったがこれ以上眠れそうにないので、疲れの芯を残したまま起きた。そして上記のようなことを思った。
七月、八月は暑く、九月は雨が多く、車で事務所に行っていたが、今日は歩くことにした。先に「セーラム」に行って、肝臓のためのドリンク剤を飲んだ。疲れの芯が気になったからである。別に疲れたことはしていないからきっとアルコールの疲れだと自己判断した。店の女の子が手に印のような書き物をしていて、「何、手に入れ墨しとるん?」と冷やかし、「忘れんような、メモっとるん」「いや入れ墨に見えるで」。忘れてはいけない重要なことなのだろう。喫茶店の角を曲がり、左に書店を見、中井町の通りに入る。蕎麦屋のあるところのほうに右に曲がって、また左に曲がる。当然、三宅青果店の前を通る。柿が並んでいる。メダカもいる。
「これは(次郎柿を指して)硬いのが好きな人にはよいな」
「ほやけど、熟してくるんやり」
とやりとりしていると、隣のおじさんが、
「これ(蓮台寺柿を指して)にはかなわんどな。これは旨い」
三宅のオヤジが
「ほれ、真っ赤に熟しとるやり、こうなるのも珍し。これが貴重なんや」
と言って、蓮台寺柿を勧める。
それを一皿五個買うことにして、メダカの話となり、
「今年、メダカは7月の始め頃にちょっと卵産んで、あかちゃんメダカもすぐに死んでたんさ」
とぼくが言ったら、
「うちもそう。やっぱり暑すぎたんやで。金魚もそうやった。山城さんらあは氷を入れとったと言うでな。暑かったもん。人間でもくたばるのに、メダカや金魚もえらかったと思うわ」
なんと呑気で平和な話をしていることか。難しい話題さえ避ければ、少々の商売の浮き沈みはあったとしても今日のようなのんびりした時代が五、六十年はこの界隈で続いているのだと思う。
四月に車で跳ねられて膝を折ったAさんも回復したが干物店は廃業した。保険の手続きと交渉を手伝った。ときどき市場で自分たちが食べる分だけ作るというので、カレイとイワシについてはぼくの分を作ってほしいとお願いしてある。
その隣のMさんには日頃、何かといただくので、細君が東京へいった折り、御菓子のひとつでもと買ってきて、持っていったら、逆に「ブリ」だの「ムツ」だのもらって恐縮した。
ISに捕まったのは自業自得だと言う者の神経がわからない。安田純平さんのようなジャーナリストを政府が交渉して助けないでどうするのだ。危ないからシリアやイラクには近づかないというジャーナリストが多い中で、不幸にして捕まってしまった安田純平さんはどうやら帰国できそうである。これを嘲る輩がいて、その言説を許すような社会であったら、この国のレベルは低い。
遠く離れた極東の日本列島の紀伊半島の沿岸にある尾鷲にいて、世界のニュースが朝の情報番組で飛び交う。
この二、三日、床から起きるとき、疲れの芯のようなものが残っているのを感じて、もうひと眠りしようかと思ったがこれ以上眠れそうにないので、疲れの芯を残したまま起きた。そして上記のようなことを思った。
七月、八月は暑く、九月は雨が多く、車で事務所に行っていたが、今日は歩くことにした。先に「セーラム」に行って、肝臓のためのドリンク剤を飲んだ。疲れの芯が気になったからである。別に疲れたことはしていないからきっとアルコールの疲れだと自己判断した。店の女の子が手に印のような書き物をしていて、「何、手に入れ墨しとるん?」と冷やかし、「忘れんような、メモっとるん」「いや入れ墨に見えるで」。忘れてはいけない重要なことなのだろう。喫茶店の角を曲がり、左に書店を見、中井町の通りに入る。蕎麦屋のあるところのほうに右に曲がって、また左に曲がる。当然、三宅青果店の前を通る。柿が並んでいる。メダカもいる。
「これは(次郎柿を指して)硬いのが好きな人にはよいな」
「ほやけど、熟してくるんやり」
とやりとりしていると、隣のおじさんが、
「これ(蓮台寺柿を指して)にはかなわんどな。これは旨い」
三宅のオヤジが
「ほれ、真っ赤に熟しとるやり、こうなるのも珍し。これが貴重なんや」
と言って、蓮台寺柿を勧める。
それを一皿五個買うことにして、メダカの話となり、
「今年、メダカは7月の始め頃にちょっと卵産んで、あかちゃんメダカもすぐに死んでたんさ」
とぼくが言ったら、
「うちもそう。やっぱり暑すぎたんやで。金魚もそうやった。山城さんらあは氷を入れとったと言うでな。暑かったもん。人間でもくたばるのに、メダカや金魚もえらかったと思うわ」
なんと呑気で平和な話をしていることか。難しい話題さえ避ければ、少々の商売の浮き沈みはあったとしても今日のようなのんびりした時代が五、六十年はこの界隈で続いているのだと思う。
四月に車で跳ねられて膝を折ったAさんも回復したが干物店は廃業した。保険の手続きと交渉を手伝った。ときどき市場で自分たちが食べる分だけ作るというので、カレイとイワシについてはぼくの分を作ってほしいとお願いしてある。
その隣のMさんには日頃、何かといただくので、細君が東京へいった折り、御菓子のひとつでもと買ってきて、持っていったら、逆に「ブリ」だの「ムツ」だのもらって恐縮した。
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