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浄土真宗親鸞会 三河HSJ

三河の学徒が集うブログです。なぜ生きる(人生の目的)などについて語っていきたいと思います。(浄土真宗親鸞会)

歎異抄第3章 高校日本史の教科書の記述

2009年03月13日 08時08分49秒 | Weblog
歎異抄第3章 高校日本史の教科書には、悪人正機―歎異抄として、
第3章全文が掲載され、

「善人なをもちて往生をとぐ、いはんや悪人をや」

の善人、悪人に以下の脚注を記載しています。

☆☆☆☆

善人―難行苦行にたえ、正直慈悲の心を持った仏のような人

悪人―あらゆる苦悩を身につけ、仏教的善を何一つなし得ない人

★★★★


簡単に言えば

善人とは善のできる人、悪人とは善のできない人となります。

これでは第3章の意味が通じません。

最初この教科書を読んだ時、教科書に歎異抄第3章全文が掲載されている

驚き以上に驚きました。

アメリカの学生の常識

2009年03月09日 13時15分01秒 | Weblog
善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや。

 これは歎異抄第3章の冒頭ですが、アメリカの学生も
知っているそうです。どうしてアメリカの学生の常識に
なっているのか、倉田百三の「出家とその弟子」の英訳
でも読んでいるのか、定かではありません。

 アメリカの学生の常識なら、日本の高校の日本史の教科書に
歎異抄第3章全文が掲載されているのも頷けます。

 ただし、善人、悪人の理解が正しくなされているかは甚だ
疑問です。

歎異抄第3章の悪人とは

2009年03月03日 06時27分14秒 | Weblog
3月1日は芥川龍之介が1892年に生まれた日でした。
この日に蜘蛛の糸の話を聞くご縁がありました。

 助けた蜘蛛の糸を縁として、血の池地獄から助かるかも
しれなかったカンダッタでしたが、結局我利我利の無慈悲な
本性は変わらず、また地獄へ堕ちて行きました。

 自分さえ助かれば他人はどうなってもいい、という我利我利亡者の
本性は、仏教では貪欲と言われます。貪欲は三毒の煩悩の一つ。
人間である限り死ぬまでなくならない心です。

 ですから、芥川だけでなく、全人類はカンダッタと同じ我利我利の心
を持っている悪人です。

 そのすべての人(悪人)を救う弥陀の本願を知らなかった芥川は
何のために人間に生まれてきたのか、生きているのかわからず、
ぼんやりした不安を晴らすこともできず、1927年7月24日未明
35歳の若さで自ら命を絶っていきました。

 天上天下唯我独尊。人間に生まれた「独尊」を知らなかった悲劇、
仏縁のなかった悲劇です。

 何のために人間に生まれてきたのか、何のために生きているのか、
なぜ自殺してはいけないのか、生命の尊厳(独尊)を教えた本当の仏教
を知らなかった悲劇です。

 本当の仏教とは、カンダッタの心をもった全人類(悪人)を救う
という弥陀の本願です。
 自分がカンダッタのような我利我利の心をもった悪人、と気づいていない人
(善人)も真実の仏教(弥陀の本願)を聞く縁があれば、必ず自力がすたり、
悪人と知らされ、本願通り往生を遂ぐ身に救われます。
「将来に対するぼんやりした不安」も全くなくなり、将来往生間違いなし
とツユチリほどの疑いもなくハッキリするのです。

  歎異抄第3章の「善人なほもって往生を遂ぐ、いはんや悪人をや」
の悪人とは他力をたのみたてまつる悪人(弥陀に救い摂られた人)
のことであり、法律や倫理道徳の悪人、難行苦行のできない悪人
のことではないのです。

 高校の日本史の教科書に歎異抄第3章全文が掲載されるように
なったのは尊いことですが、善人、悪人の意味を間違えて注釈して
いるのは改めてもらわねばなりません。

蓮如上人ご生誕の日

2009年02月26日 09時05分05秒 | Weblog
 昨日2月25日は蓮如上人ご生誕の日でした。

 親鸞聖人正信偈の正しい信心、真実の信心一つを
生涯教えていかれた方が蓮如上人です。

 いつの時代も正信と異なる異安心が横行しています。
 本山と異なる信心を異安心と誤解している人も多いですが、
浄土真宗で異安心とは、親鸞聖人の信心と異なる信心をいいます。

 蓮如上人も十劫安心、三業安心等を御文章、御文で異安心として
繰り返し正しておられます。

 蓮如上人とご縁の深い三河、三河門徒という言葉もある三河も、
現在は親鸞聖人、蓮如上人の正しい信心が全く明らかにされておらず、
異安心のかたまりとなっております。

 蓮如上人がお生まれになり親鸞聖人の教えを弘顕されなければ
知ることのできなかった真実の信心を、今こそ自他共に
徹底しなければならない、と再確認した昨日でした。

人間の実相

2009年02月14日 19時58分52秒 | Weblog
「煩悩具足の凡夫・火宅無常の世界は萬のこと皆もってそらごとたわごと

真実あること無きに、ただ念仏のみぞまことにておわします」

(歎異抄後序)

私達人間のことを歎異抄では、煩悩具足の凡夫と言われます。

正信偈では惑染凡夫と教えておられます。

煩悩=惑、とは貪欲、瞋恚、愚痴に代表される私たちを煩わせ悩ませる心です。

その煩悩に染まった、煩悩と一体になっているのが私達人間、凡夫です。

一念多念証文に親鸞聖人

「凡夫」というは無明煩悩われらが身にみちみちて欲も多くいかり腹だち

 そねみねたむ心多くひまなくして臨終の一念にいたるまで止まらず消え

 ず絶えず。

と死ぬまで煩悩はなくならないと教えておられます。

そんな我々が、火宅無常の世界に生きている。

自分も含めてまわり中が屋根に火のついた家に住んでいるようなもので、

やがてどんな手に入れたものも、大事なものも、焼け野原になって

何一つ残りません。

すべての人の人生はそのような茫然自失で終わるのです。

まことに死せんときは、予てたのみおきつる妻子も財宝も我が身には一つも

相添うことあるべからず。されば死出の山路のすゑ、三途の大河をば、ただ

一人こそ行きなんずれ。(蓮如上人)

一切に裏切られ、捨てられる中、まことはないのか。

ただ本願念仏のみまこと、と親鸞聖人はお叫びです。

親鸞聖人は、

弥陀五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなり。

まことなるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法、

聞思して遅慮することなかれ

と警鐘乱打なされています。

人生の目的と歎異抄

2009年01月20日 18時17分42秒 | Weblog
 私達は人生紆余曲折の中で一度ならずも、

「なんのために生まれてきたのか」
「必ず100%死ぬのに、なぜ生きるのか」
「なぜ人間の命は地球よりも重いと言われるのか」

など人生の目的を考えます。

 しかし、考えても分からないのでやがて考えなくなり、目先のことに心奪われ、

先のことは考えないようにして、今さえ楽しければいいと、思っているうちに、

時が矢のように過ぎていきます。

 その人生の目的が歎異抄にずばり教えられています。
 
 第1章の初めに、「摂取不捨の利益」とあります。

 人生の目的は摂取不捨の利益にあずかることだ、

と親鸞聖人は教えておられます。


☆☆☆☆

 高森顕徹先生の『歎異抄をひらく』第2部2には、

「摂取不捨」とは文字通り、“摂め取って捨てぬ”ことであり、

「利益」とは幸福のことである。

 “ガチッと摂め取って永遠に捨てぬ不変の幸福”を、「摂取不捨の利益」

といわれる。「絶対の幸福」と言ってもよかろう。

☆☆☆☆

とあります。親鸞聖人が教えられる「摂取不捨の利益」とは?

執筆された高森顕徹先生が、過去愛知県で「歎異抄について(人生の目的)」

について講演されています。

 1月22日(木)ヒル2時~4時、ヨル7時~9時岡崎市竜美丘会館5階503

号室で聞かせて頂きます。


歎異抄の誤解

2009年01月17日 22時42分34秒 | Weblog
そもそも歎異抄は、最後に作者自身が

「一室の行者のなかに信心異ることなからんために、

泣く泣く筆を染めてこれをしるす。

名けて『歎異抄』といふべし。

外見あるべからず」

と記しており、

また、蓮如上人が

「右斯聖教者、為当流大事聖教也。

於無宿善機、無左右不可許之者也。

釈蓮如御判」

と奥書で注意なされているのに

左右無く外見したのは一体誰なのか。

今日の歎異抄による浄土真宗の誤解と衰退を

生み出した元凶は誰なのか。

大いに糾弾されねばなりません。


問題の教科書の記述

2009年01月16日 22時50分21秒 | Weblog
問題の高校日本史教科書には

「親鸞は、心から阿弥陀仏の救いを信じて念仏をとなえれば、

ただ一度の念仏で極楽往生が約束されると説いた」

と記載されていました。


 そのことについて、高森顕徹先生『歎異抄をひらく』第2部1に

下記のように記述されています。


☆ ☆ ☆ ☆ 

 これは歎異抄第1章の「『念仏申さん』と思いたつ心のおこるとき」を、

「一度の念仏を称えたとき」と勘違いしたところにあったのである。

発端

2009年01月15日 06時07分49秒 | Weblog
 発端は昭和57年10月4日毎日新聞投書欄への「教科書の仏教にも間違い?」という投書からです。

 もう25年以上も前のことです。

歎異抄第1章

2009年01月14日 08時02分07秒 | Weblog
 実はこの教科書、以前記述間違いをしたのと同じ会社の高校日本史の教科書でした。
 
 そのことは、昨年3月発売された高森顕徹先生の『歎異抄をひらく』2部の最初に記述されています。
 
 歎異抄第1章を誤読し、高校の教科書に記載してしまったという、当時の新聞の声欄でも話題となった事件です。
 
 少し当時のことを思い出してみましょう。