浄土真宗親鸞会 三河HSJ

三河の学徒が集うブログです。なぜ生きる(人生の目的)などについて語っていきたいと思います。(浄土真宗親鸞会)

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人間の実相

2009年02月14日 19時58分52秒 | Weblog
「煩悩具足の凡夫・火宅無常の世界は萬のこと皆もってそらごとたわごと

真実あること無きに、ただ念仏のみぞまことにておわします」

(歎異抄後序)

私達人間のことを歎異抄では、煩悩具足の凡夫と言われます。

正信偈では惑染凡夫と教えておられます。

煩悩=惑、とは貪欲、瞋恚、愚痴に代表される私たちを煩わせ悩ませる心です。

その煩悩に染まった、煩悩と一体になっているのが私達人間、凡夫です。

一念多念証文に親鸞聖人

「凡夫」というは無明煩悩われらが身にみちみちて欲も多くいかり腹だち

 そねみねたむ心多くひまなくして臨終の一念にいたるまで止まらず消え

 ず絶えず。

と死ぬまで煩悩はなくならないと教えておられます。

そんな我々が、火宅無常の世界に生きている。

自分も含めてまわり中が屋根に火のついた家に住んでいるようなもので、

やがてどんな手に入れたものも、大事なものも、焼け野原になって

何一つ残りません。

すべての人の人生はそのような茫然自失で終わるのです。

まことに死せんときは、予てたのみおきつる妻子も財宝も我が身には一つも

相添うことあるべからず。されば死出の山路のすゑ、三途の大河をば、ただ

一人こそ行きなんずれ。(蓮如上人)

一切に裏切られ、捨てられる中、まことはないのか。

ただ本願念仏のみまこと、と親鸞聖人はお叫びです。

親鸞聖人は、

弥陀五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなり。

まことなるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法、

聞思して遅慮することなかれ

と警鐘乱打なされています。
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