世界自然遺産登録地
太平洋に浮かぶ楽園
はじめての小笠原諸島(父島・母島)7日間
第6日目 5月18日(日)いよいよ最終日、午前中、数コース用意されているオプショナルツアーの中から「戦跡ツアー」を希望した。ほかには、「ボニンブルーの海へ半日ボートツアー」「脱動力のシーカヤック半日ツアー」「タコノ葉細工」など。
全員でのツアーコースで見た大戦時の残骸やコンクリートで覆われた軍の施設を見ると、いま政府が推し進めようとしている「集団的自衛権」の行使容認をめぐる憲法解釈変更の動きが要注目だ.
こんなのどかで風光明媚な島のあちこちに戦争の傷跡が残っている。たった一発の銃声が、やがて生活や、人の絆や、自然をも破壊してしまう。 戦跡ツアーは、どれ一つをも歴史の名跡や記念碑、名勝などに指定されていない。反省はあっても誇れるものではないからだろう。大戦時、島伝いに進軍してくる米軍を迎え撃つ構えの陣地(食料庫、砲弾庫など)、そんな戦跡を多数見て回った。オプショナルツアーが終了し、昼食後「おが丸」に乗り込む。いよいよ安息の小笠原諸島ともお別れだ。出港の時間が迫り、島を挙げての見送りがはじまった。ひとつは、島の中学生が修学旅行に出発するお見送り。頭上に表裏二色のプレートをホイッスルに合わせ反させて文字を旅行生に送っている。
ほかに個人的な人への別れの挨拶。そして、その他大勢の人たちへのお別れのセモニー。
来島への感謝の印に両面打ちの太鼓を打ち鳴らし「いってらっしゃい」で送ってくれる。
おがさわら丸が出港すると、見送る伴走見送りのボート。
それぞれの艇には数人の村人が乗船しており、バク転飛び込みやヒネリを入れたダイビング、こんな盛大な見送りを受けると感激し、入港したときは「おかえりなさい」・・・と、お迎えをしてくれたのに、たった、3泊のご縁であってもこんなに歓待してくれたことがうれしい。
諸島の旅は終わったが、まだ東京まで25時間30分、さらに札幌まで・・・
振り返ってみると、目的地は遥かに遠かった。たしかに距離感はあったが、購入したおみやげ物よりもたくさんの思い出をリユックサックいっぱい詰め込んで帰ることができた。この度の旅行では、D観光の添乗員Iさん、たいへんお世話になりました。ついでにお見送りの並走写真、電池切れで写せませんでしたので無断借用しました。同行のツアーの皆さん!短い1週間でしたが、色々ありがとうございました。
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