皆さんと私たちと東京大衆歌謡楽団

~東京大衆歌謡楽団の活動や、楽しいエピソードなどを紹介するブログです~

2020年2月22日 知っていた「かえり船」と、知らなかった「かよい船」。

2020年02月21日 | 演奏・あの歌、この歌

 田端 義夫さんが唄う「かえり船」は知っていましたが、「かよい船」は東京大衆歌謡楽団さんの演奏を聴くまで知りませんでした。
「かえり船」1946年(昭和21年)歌手:田端 義夫 作詞:清水 みのる 作曲:倉若 晴夫
1.波の背の背に ゆられてゆれて 月の潮路の かえり船
  霞む故国よ 小嶋の沖じゃ 夢もわびしく よみがえる
2.捨てた未練が 未練となって 今も昔の切なさよ
  瞼合わせりゃ 瞼にしみる 霧の波止場の 銅鑼
(どら)の音
3.熱い涙も 故国に着けば 嬉し涙と 変わるだろ
  鴎行くなら 男の心 せめてあの娘に 伝えてよ
「かえり船」は、終戦(敗戦)に伴い、外地から故国・日本へ向かう船に乗った人々の思いが唄われています。「かえり船」が発売された昭和21年は、私の生まれた年になり、改めて感慨が深まります。(追記予定)
「かよい船」1949年(昭和24年) 歌手:田端義夫  作詞:清水みのる  作曲:倉若 晴生
1.銅鑼
(かね) が鳴るさえ 切ないものを 雨の出船は なお哀し
  泣くな小島の いとしい娘
(ひと)よ 晴れて逢う日は あるものを
2.島に鴎の 群れ飛ぶ頃は 便り持てゆく かよい船
  待つ身つらかろかろ 一二三月
(ひい ふう み つき)君の心の いじらしさ
3.都通いも 潮路に馴れて 帰る小島の なつかしさ
  君の愛情
(なさけ)に 心の謎も 解けて嬉しい かよい船
「かよい船」は、「かえり船」から、3年後に発売されています。遠く離れた恋人を思う心や、便りを届ける船にも思いを馳せています。 
(写真は、石田造船様のHPよりお借りしました。



2020年2月12日 「道明寺天満宮奉納演奏」と心に染み入る「かよい船」。 (Web観覧)

2020年02月19日 | 演奏・道明寺天満宮

 東京大衆歌謡楽団の皆さんが、途中から小雨模様の中、観衆の皆さんを気遣いながら「道明寺天満宮奉納演奏」を行いました。いつもながら、どの曲も「いいなあ」と思いましたが、1回目で演奏した「かえり船」と、2回目のかよい船」が心に残りました。特に「かよい船」は、切々と響く演奏と、歌声が私の心に染み入りました。伴奏では、暗譜している雄次郎さんも凄いですが、譜面に目を落としている姿もいいですね。能楽殿の音響と、マイクの特徴も相まって感動しています。ネットでは、音響に詳しい方が、マイクの性能を説明されていましたが、なるほどと納得しました。
田端義夫さんが唄った「船シリーズ」は、11曲も有りました。
(ネットより)
 「別れ船」「かえり船」「かよい船」「たより船」「君待船」「宵待船」「別れ出船」「戻り船」「ポッポー船」「潮来夜船」「ふたり舟」。私が知っていたのは、「かえり船」だけでした。
「かよい船」の、切々たる響きは、どこから来るのか、譜面を取り寄せました。
 でも、素人の私には、良く分かりませんが、譜面には次の様なキーワードになる語句が記載されていました。
Original Key : Dm ~(   )
Andante(♪=88)~歩くような速さで演奏する?
スタッカート~音を短く切って演奏する。又、何か表情を付けて演奏して欲しいという意図も。
「かよい船」1949年(昭和24年) 歌手:田端義夫  作詞:清水みのる  作曲:倉若 晴生
1.銅鑼
(かね)
が鳴るさえ 切ないものを 雨の出船は なお哀し
  泣くな小島の いとしい娘
(ひと)よ 晴れて逢う日は あるものを
2.島に鴎の 群れ飛ぶ頃は 便り持てゆく かよい船
  待つ身つらかろかろ 一二三月
(ひい ふう み つき)君の心の いじらしさ
3.都通いも 潮路に馴れて 帰る小島の なつかしさ
  君の愛情
(なさけ)に 心の謎も 解けて嬉しい かよい船

(写真提供) 様

(編集中)演奏写真は、見本作成のために撮影者のご了解を得ずに、掲載させて頂きましたので、コンタクトをさせて頂きました。


2020年2月12日 大阪府・藤井寺市「道明寺天満宮奉納演奏」と「野崎観音」。 (Web観覧)

2020年02月14日 | 演奏・道明寺天満宮

  2月12(水)東京大衆歌謡楽団の皆さんは、道明寺天満宮で、奉納演奏会を行いました。途中から雨模様となりましたが、観衆の皆さんを気遣いながら、無事に奉納演奏を終了しました。(YouTube観覧)
 元々、大阪は二十歳台の時に「大阪万博」に訪れただけで、全く不案内でした。演奏の途中で雄次郎さんが、「少し先に行った所に野崎観音が有り、5月4日に演奏会を行います」と話していました。「えっ」と思い地図を調べて見ました。すると、道明寺天満宮から野崎観音までは、1時間前後で行ける(?)距離だと分かりました。
 それから、個人的な事になりますが、この地域や町の名前に、やたらと「河内」(かわち)と出てくるのが、少し嬉しいのです。私の名字が「河内」(かわうち)で、先祖は、大阪にルーツが有るのかも知れないのです。いつかその地を訪れたいものです。

(掲載途中です)


2020年2月7日 「あお」が、二頭から、もう一頭増えました。更に、もう一頭増えました。

2020年02月07日 | 素朴な?歌曲・歌詞編

 先に、二頭の「あお」は、こちらで紹介しました。「あの丘越えて」に出てくる「馬」(あお)と、塩原多助の物語に出てくる愛馬「青」(あお)です。
 今回気がついたのは、「夕日は落ちて」を聴いている時でした。「荒野の涯てに 日は落ちて 遥かまたたく 一つ星 …」から始まる歌詞の中で、1番の歌詞には「愛しの黒馬(あお)よ 淋しかろ」と歌われ、5番の歌詞で再び「休めよ黒馬(あお)よ 今しばし」と歌われています。よほど、愛馬が愛おしかったのだろうとの心情が思い浮かびます。

 YouTubeの歌を聞いていて、あれっと気付きました。
「急げ幌馬車」の、三番の歌詞に「あお」が出てきます。
黒馬(
あお)はいななく 吹雪は荒れる さぞや寒かろ 北山おろし」
  やはり、愛馬をいたわる心情が唄われています。


2020年2月2日 「2」が四つも並んだ縁起の良い日に甦る、演奏と歌声。

2020年02月06日 | 演奏・あの歌、この歌

 私達は、残念ながらこの日には、浅草神社の演奏会に行けませんでした。現代は有難い事に、YouTubeTwitterなどで、演奏の模様を知る事ができます。
   この日、演奏された曲目の中で、「かよい船」・「男一匹の唄」・「船方さんよ」は、初めて聞きました。オリジナルが在り、そして今は、東京大衆歌謡楽団の演奏で、新しい命が吹き込まれたように、鮮やかに現代に蘇っています。

1949(昭和24)「かよい船」銅鑼が鳴るさえ 切ないものを 雨の出船は なお哀し (田端 義夫)
1957(昭和32)「船方さんよ」おーい船方さん 船方さんよ 土手で呼ぶ声 きこえぬか(三波 晴夫)
1948(昭和23)「男一匹の唄」赤い夕陽は砂漠の果てに 旅を行く身は 駱駝(らくだ)の (岡  晴夫)

(参考:画像は、ネットよりお借りしました。)

東京大衆歌謡楽団  演奏曲目 リスト (テスト表示)

〔参考〕 演奏曲目・歌い出し歌詞・作詞・作曲・歌手の一覧(随時更新中です)