兄弟が廓の真中で次から次へと喧嘩をしかける。「股くぐり」で、場内爆笑の渦が続く‥。と、暖簾の奥から「お危のうござんす」と客を気遣う揚巻の声がする。助六は「あいつは、今夜は、身揚り(みあがり=遊女が自分で揚げ代(費用)を払って休むこと)でいるから来いといってよこしたが、客を送るとは。こいつァ一番、言わざあなるまい」と腹を立てる。
そこへ編笠(あみがさ)を冠った侍客が揚巻に送り出されてくる。「やい、侍。この広い往来でなぜ足を踏んだ。鼻紙(はながみ)を出して拭(ふ)いていけ」と助六が因縁をつける。新兵衛も「拭かせろ、拭かせろ、今拭かざあ拭きえまい」とけしかける。しかし、揚巻は「これ、粗相(そそう)言うて、後で謝らしゃんすなえ」とたしなめるが、助六は「うぬが知ったことじゃあねえ。黙っていやがれ、売女(ばいた)め」と罵る。
助六はなおも追いかぶせるように「なぜ物を言わねえ、聾(おし)か唖(つんぼ)か」と言うと、新兵衛は続けて「のっぺらぼうか」と、二人が騒ぐ。助六は「第一、その蓮っ葉(はすっぱ)を取れ」と、編笠を取ろうとして、顔を覗きこみ驚き慌てる。
すごすごとさがる助六を見て、新兵衛は「どうした、どうした。祭りが支えた(つかえた)な。(喧嘩の勢いがそれたかという意)よし、おれが出よう」と、助六がとめるのを振り払ってしゃしゃり出る。
「ことも愚かや(おろかや)揚巻の助六が兄分、襟巻き(えりまき)のぬけ六とも、白酒の粕兵衛(かすべい)ともいう者だ。こりゃ、こっちの足が住吉の反り足(そりあし)、こちらの足が難波(なにわ)のあし‥。抜けば玉散る(たまちる)天秤棒(てんびんぼう)、坊様(ぼさま)山道、破れた衣(ころも)、ころも愚かや揚巻の前立ち。家に伝わる握り拳のさざえがら、うぬが目と目の間を‥」と、相手の顔を覗き込んで、助六同様うろたえて逃げていく。新兵衛は「ああ、死んだ」と下手(しもて)の床机の下へ首を突っ込む。
二人が慌てるのも道理、この侍客は、二人の母・満江(まんこう)なのである。母は助六の喧嘩をたしなめる。そして、赤い毛氈(もうせん)に包まっている新兵衛を引っ張り出してみると、なんとこれが兄・祐成(すけなり)である。満江は亡夫への言い訳に死ぬと言い出す。兄弟はあわてて押し留め、喧嘩は友切丸詮議のための苦肉の策と説明する。
母は助六の体を心配して、紙衣(かみこ)を取り出し、「手荒うすると破れるぞ。じっと堪忍して、紙衣のやぶれぬよう。これを破ると母の身に傷をつけるも同然じゃ」と。早速、助六は紙衣に着替える。小豆色(あずきいろ)に黒の切継ぎの紙衣姿が、この伊達男に艶やかな二枚目の趣(おもむき)を添える。
友切丸詮議のため、なお廓にとどまる助六を残し、「松にふじなみ‥」の、しんみりとした下座音楽のうち、心残る風情で満江親子は、後を揚巻に託して夜の廓を立ち家路につく。それを見送る揚巻は、そっと右手を胸に当てて、満江の無言の頼みに応える。その傍に紙衣姿の助六が座っている。ここのところは、私の好きなシーンである。母・満江の依頼を引き受ける太夫・揚巻の心意気を見せる仕草になぜか泣けてくる。
少し赴きは違うが、忠臣蔵の四段目「判官切腹の場」は、「通さん場」ともいわれ、判官の切腹が言い渡された以降は大星登場まで客席への出入りが禁じられる。大星は切腹に間に合わない。到着した時には「遅かりし、由良之助」である。「か・た・み」と言いつつ、九寸五分の短刀を手渡す。「仇」(か・た・き)の遺志と受け止めた由良之助は、物を言わず、ポンと胸をたたく。無言のうちに主従の心が通じる名場面である。これと匹敵するほどの揚巻の演技である。
そこへ「揚巻、揚巻」と呼ぶ意休の声がする。きりりと身構える助六に、揚巻は紙衣のことをたしなめ、助六を自分の裲襠(うちかけ)の裾(すそ)に隠れるようにいう。「恋の夜桜‥」の唄になり、禿(かむろ)たちに香炉台と刀を持たせて意休が出てくる。豪奢(ごうしゃ)な蝦夷錦の衣裳に着替えている。この衣装の色使いはエルメスも及ばないと私は思う。
「こう並んだところを助六が見たら、さぞ気をもむであろう、のう、揚巻」と言うと意休の脛(すね)をつねる者がある。後ろに隠れた助六の仕業である。揚巻は、それを禿たちの所為(せい)にしたり、鼠(ねずみ)のいたずらにしたりする。「なるほど、鼠だ。しかも、溝を走る溝鼠が、それ、そこに」と、刀で床机の陰の助六を突き出す。助六はきっとなるが、揚巻が間に入り、「これ、紙衣を忘れさんすな」とたしなめる。
意休は「助六、わりゃあなぜ盗み食いをする。そのような根性で、大願成就なるものか、ここな時致(ときむね)の腰抜けめ」と、本名を挙げて罵り、扇(おうぎ)をもって助六を打ち据える。
助六は打擲(ちょうちゃく)する意休の手をとって、下から静かに見上げ、「意休、わりゃァあやかり者だなァ。われわれ兄弟十八年来、付けねらえど今においても敵(かたき)も討てれず。それに引き替えこの助六は、そちがためには恋の敵。その敵を目前に扇の笞(しもと)、さあ、討つという字がうらやましい。あやかりたい。われに教訓の扇といい、母の紙衣に手向かいならぬこの時致(ときむね)、さあ、打て、叩け(たたけ)、打って腹だにいるならば、いくらも打てよ、髭の意休」と、首をうなだれて、愁いの体である。
意休は頷き(うなずき)、香炉台を助六の前に据え、その三本の足に譬え、曽我十郎・五郎・祐俊(すけとし)の三人兄弟が、力を合わせれば、この三本の足はびくともしないといい、逆に三人がばらばらでは、この通りと、刀を抜き、香炉台を切る。このとき、助六は手早く刀の寸法を測り、友切丸であることを確認する。
意休はすばやく刀を納め、揚巻は仲に入って両手を広げて押しとめる。三人キッパリと見得、ツケとなる。意休は「人多き人の中にも人ぞなき、人になれ人、人となせ人。人目を忍んで時節を待て。助六、さらば」と奥へ引っ込む。
助六は「この紙衣を破るまいと、じっと無念を堪えていたが‥。こりゃ揚巻、いま意休が抜いたる一腰(ひとこし)こそ、かねて尋ねる友切丸」と、勇んで奥へ踏み込もうとするのを抑え、揚巻は助六に耳打ちをする。助六は「うむ、そんなら今宵、帰りを待ちうけ‥」と頷いて、助六は右足を踏み出し、両裾(りょうすそ)をとり、揚幕を睨み、きまる。揚巻は、後ろ向きに裲襠の背を大きく見せて、助六を見送る形にきまる。そこにチョーンと柝(き)が入る。
急調子の「曲撥の合方」で、助六は大股で花道を入る。
幕間(まくあい)で、天水桶に水が張られる。五石六斗余(およそ1,000リットル?)の水が汲み入れられるというのだから、どうしても5分間はかかる。その間「繋ぎ幕」で、通り神楽の鳴り物で繋ぐ。
清掻き(すががき)の早目の合方で幕が開くと、舞台は夜10時ごろ、廓の出店は大戸を立てて店を閉めている。三浦屋も暖簾の木地の大戸がおりている。入り口の右手、千本格子の前には「たそや行灯」(あんどん)にぼんやりと灯りが点り、暗い往来を照らしている。左手の天水桶が少し前に出され、なみなみと水が張ってある。見廻りの者が二人、張提灯(はりちょうちん)を持って左右から出てきて舞台中央で入れ替わって、再び左右へ入る。
清掻きを消して、風音になり、揚幕から助六が抜身をさげて出る。舞台へかかり、右足を踏み出し、刀を逆に背にまわし、左手を出してキッと見得をきる。コーンと本釣(ほんつり)が入る。
助六は、刀をひらりと返すと、大格子に近づき、内らを窺い、天水桶に気付き、思い入れがあって、その後ろに隠れる。
「ふけて‥」の合方になって、大戸の潜りから意休が、仙平の提灯を先立て、懐手(ふところで)をして出てくる。振袖新造(ふりそでしんぞ)や若い者が見送りに出る。どうやら、今宵も揚巻に振られたらしい。新造たちが意休に挨拶して引っ込む。
意休が帰りかけると、天水桶の後ろから助六が飛び出し、仙平の提灯を切って落とす。あたりは真っ暗。仙平は驚いて後ろへ退り、青眼(せいがん)に構えた助六は、懐手をしたまま、それを透かし見る意休が見合った形できまる。「八千代獅子」の合方になる。
助六は意休に「本姓を名乗れ」と迫る。意休は羽織、着物を脱ぐと、白い四天(よてん)姿となり、「かねて汝ら兄弟を味方となし、頼朝(よりとも)に一太刀恨まんと、友切丸を盗み取りし某(それがし)こそ、髭の意休とは仮(かり)の名、まこと伊賀の平内左衛門(へいないざえもん)とは、俺のことだ」と前結びの帯に両手をかけ、正面に見得をきる。
意休と仙平を相手に助六が立ち回わる。まず助六が仙平の首を刎ねる。首は仕掛けで飛び、右手のたそや行灯の屋根の上に正面向きでとまる。そして意休と助六との立ち回りとなる。助六は裏向き、意休は表向きの真影(しんかげ)の見得。双方が鍔ゼリの見得となり、それを解くとき、意休は一太刀を受け、白四天に細く血がにじむ。二人は左右に別れて座って見得。脇腹に肘づきを受けた助六は倒れる。意休は花道の際まで行き、足を割って刀を突き出してきまる。そのとき「八千代獅子」のゆったりとしたつき直しとなる。
肩の傷を抑えながら舞台に戻る意休は助六に股がり、大上段に振りかぶる。とその一瞬、下から助六の刀が突き出され、意休の腹に突き刺さる。意休は虚空(こくう)を掴みながらも最後の足掻き(あがき)を見せるが、息絶える。助六は「こりゃこそ尋る友切丸、シェエー忝い(かたじけない)」と押しいただく。
このとき、花道と下手から、捕り手の三つ太鼓と「人殺し」という大勢の声がする。助六は驚き、逃げ道を思案するが、追い詰められて、天水桶の上の手桶を後へ払い落とし、身を躍らせて、手桶の底を抜き、それをかぶって天水の中に身を潜める。ドッと中から水が流れ出る。現團十郎がこれを演じたのは、春先のまだ寒い頃であった。それだけに、この水入りには迫力があった。
三つ太鼓がひときわ激しくなり、舞台の左右、花道の方から、手に手に長提灯、棒、梯子などを持った若い者が出てきて方々を探すが、探しあぐねて引っ込む。ここで三つ太鼓が消え、コーンと本釣の鐘の音になる。
水の中から助六が首を出す。だが再び大勢の声に、また身を沈める。また、ざあっと水があふれる。本釣が、また一つ響く。ちょっと間があって、助六はそっと顔を出す。助六は手桶を後ろへ投げ捨て、右手を天水桶の縁(ふち)にかけ、刀を提げたまま半身を現して、四方を窺う。そして、用水桶から飛び降り、舞台中央に進む。 濡れ絞った白四天、捌いた黒髪、江戸紫の鉢巻に、むきみの隈取りが白い顔に似合う。凄烈なまでの美しさに観客は酔う。だが助六は力尽き、気を失って倒れ伏す。再び三つ太鼓になり、左右から大勢が出てくる。助六を見つけ、取り囲む。このとき、大戸から揚巻が駆け出て、裲襠(うちかけ)の裾で助六を被い、多勢を止める。
若者たちが「花魁、退いてください」と言うが、揚巻は「待ちゃ、待ちゃ。この揚巻が嘘をつくと思いやるか。これお前方、棒を振り上げ、その棒の端がちょっとでも体へさわるが最後、この五丁町は暗闇じゃぞや」と言い放つ。大勢の者を相手にしても、びくともしないのは、吉原を背負って立つ太夫(たいゆ)の権勢である。
ホッとした揚巻は、みなが立ち去ったのを確認し、天水桶へ走りより、惜しげもなく、豪華なあんこ帯の垂れを桶につけ、水を含ませて助六を抱えて、その水を吸わせる。助六は正気になり、「揚巻、友切丸は手に入ったぞ」と言う。揚巻は「そんなら私は、西川岸のほうへ廻っている。田圃(たんぼ)のほうへ降りて来やんせ」と再会を約す。助六は、三浦屋の大屋根に、かけ放してある竹梯子に上り、揚巻と見合す。
右手の刀を返して、突き出した助六。錦地のあんこ帯の両端を持ち、助六を見上げる揚巻。二人の見得がきまるうち、新内の名調子の前弾きで幕となる。
そこへ編笠(あみがさ)を冠った侍客が揚巻に送り出されてくる。「やい、侍。この広い往来でなぜ足を踏んだ。鼻紙(はながみ)を出して拭(ふ)いていけ」と助六が因縁をつける。新兵衛も「拭かせろ、拭かせろ、今拭かざあ拭きえまい」とけしかける。しかし、揚巻は「これ、粗相(そそう)言うて、後で謝らしゃんすなえ」とたしなめるが、助六は「うぬが知ったことじゃあねえ。黙っていやがれ、売女(ばいた)め」と罵る。
助六はなおも追いかぶせるように「なぜ物を言わねえ、聾(おし)か唖(つんぼ)か」と言うと、新兵衛は続けて「のっぺらぼうか」と、二人が騒ぐ。助六は「第一、その蓮っ葉(はすっぱ)を取れ」と、編笠を取ろうとして、顔を覗きこみ驚き慌てる。
すごすごとさがる助六を見て、新兵衛は「どうした、どうした。祭りが支えた(つかえた)な。(喧嘩の勢いがそれたかという意)よし、おれが出よう」と、助六がとめるのを振り払ってしゃしゃり出る。
「ことも愚かや(おろかや)揚巻の助六が兄分、襟巻き(えりまき)のぬけ六とも、白酒の粕兵衛(かすべい)ともいう者だ。こりゃ、こっちの足が住吉の反り足(そりあし)、こちらの足が難波(なにわ)のあし‥。抜けば玉散る(たまちる)天秤棒(てんびんぼう)、坊様(ぼさま)山道、破れた衣(ころも)、ころも愚かや揚巻の前立ち。家に伝わる握り拳のさざえがら、うぬが目と目の間を‥」と、相手の顔を覗き込んで、助六同様うろたえて逃げていく。新兵衛は「ああ、死んだ」と下手(しもて)の床机の下へ首を突っ込む。
二人が慌てるのも道理、この侍客は、二人の母・満江(まんこう)なのである。母は助六の喧嘩をたしなめる。そして、赤い毛氈(もうせん)に包まっている新兵衛を引っ張り出してみると、なんとこれが兄・祐成(すけなり)である。満江は亡夫への言い訳に死ぬと言い出す。兄弟はあわてて押し留め、喧嘩は友切丸詮議のための苦肉の策と説明する。
母は助六の体を心配して、紙衣(かみこ)を取り出し、「手荒うすると破れるぞ。じっと堪忍して、紙衣のやぶれぬよう。これを破ると母の身に傷をつけるも同然じゃ」と。早速、助六は紙衣に着替える。小豆色(あずきいろ)に黒の切継ぎの紙衣姿が、この伊達男に艶やかな二枚目の趣(おもむき)を添える。
友切丸詮議のため、なお廓にとどまる助六を残し、「松にふじなみ‥」の、しんみりとした下座音楽のうち、心残る風情で満江親子は、後を揚巻に託して夜の廓を立ち家路につく。それを見送る揚巻は、そっと右手を胸に当てて、満江の無言の頼みに応える。その傍に紙衣姿の助六が座っている。ここのところは、私の好きなシーンである。母・満江の依頼を引き受ける太夫・揚巻の心意気を見せる仕草になぜか泣けてくる。
少し赴きは違うが、忠臣蔵の四段目「判官切腹の場」は、「通さん場」ともいわれ、判官の切腹が言い渡された以降は大星登場まで客席への出入りが禁じられる。大星は切腹に間に合わない。到着した時には「遅かりし、由良之助」である。「か・た・み」と言いつつ、九寸五分の短刀を手渡す。「仇」(か・た・き)の遺志と受け止めた由良之助は、物を言わず、ポンと胸をたたく。無言のうちに主従の心が通じる名場面である。これと匹敵するほどの揚巻の演技である。
そこへ「揚巻、揚巻」と呼ぶ意休の声がする。きりりと身構える助六に、揚巻は紙衣のことをたしなめ、助六を自分の裲襠(うちかけ)の裾(すそ)に隠れるようにいう。「恋の夜桜‥」の唄になり、禿(かむろ)たちに香炉台と刀を持たせて意休が出てくる。豪奢(ごうしゃ)な蝦夷錦の衣裳に着替えている。この衣装の色使いはエルメスも及ばないと私は思う。
「こう並んだところを助六が見たら、さぞ気をもむであろう、のう、揚巻」と言うと意休の脛(すね)をつねる者がある。後ろに隠れた助六の仕業である。揚巻は、それを禿たちの所為(せい)にしたり、鼠(ねずみ)のいたずらにしたりする。「なるほど、鼠だ。しかも、溝を走る溝鼠が、それ、そこに」と、刀で床机の陰の助六を突き出す。助六はきっとなるが、揚巻が間に入り、「これ、紙衣を忘れさんすな」とたしなめる。
意休は「助六、わりゃあなぜ盗み食いをする。そのような根性で、大願成就なるものか、ここな時致(ときむね)の腰抜けめ」と、本名を挙げて罵り、扇(おうぎ)をもって助六を打ち据える。
助六は打擲(ちょうちゃく)する意休の手をとって、下から静かに見上げ、「意休、わりゃァあやかり者だなァ。われわれ兄弟十八年来、付けねらえど今においても敵(かたき)も討てれず。それに引き替えこの助六は、そちがためには恋の敵。その敵を目前に扇の笞(しもと)、さあ、討つという字がうらやましい。あやかりたい。われに教訓の扇といい、母の紙衣に手向かいならぬこの時致(ときむね)、さあ、打て、叩け(たたけ)、打って腹だにいるならば、いくらも打てよ、髭の意休」と、首をうなだれて、愁いの体である。
意休は頷き(うなずき)、香炉台を助六の前に据え、その三本の足に譬え、曽我十郎・五郎・祐俊(すけとし)の三人兄弟が、力を合わせれば、この三本の足はびくともしないといい、逆に三人がばらばらでは、この通りと、刀を抜き、香炉台を切る。このとき、助六は手早く刀の寸法を測り、友切丸であることを確認する。
意休はすばやく刀を納め、揚巻は仲に入って両手を広げて押しとめる。三人キッパリと見得、ツケとなる。意休は「人多き人の中にも人ぞなき、人になれ人、人となせ人。人目を忍んで時節を待て。助六、さらば」と奥へ引っ込む。
助六は「この紙衣を破るまいと、じっと無念を堪えていたが‥。こりゃ揚巻、いま意休が抜いたる一腰(ひとこし)こそ、かねて尋ねる友切丸」と、勇んで奥へ踏み込もうとするのを抑え、揚巻は助六に耳打ちをする。助六は「うむ、そんなら今宵、帰りを待ちうけ‥」と頷いて、助六は右足を踏み出し、両裾(りょうすそ)をとり、揚幕を睨み、きまる。揚巻は、後ろ向きに裲襠の背を大きく見せて、助六を見送る形にきまる。そこにチョーンと柝(き)が入る。
急調子の「曲撥の合方」で、助六は大股で花道を入る。
幕間(まくあい)で、天水桶に水が張られる。五石六斗余(およそ1,000リットル?)の水が汲み入れられるというのだから、どうしても5分間はかかる。その間「繋ぎ幕」で、通り神楽の鳴り物で繋ぐ。
清掻き(すががき)の早目の合方で幕が開くと、舞台は夜10時ごろ、廓の出店は大戸を立てて店を閉めている。三浦屋も暖簾の木地の大戸がおりている。入り口の右手、千本格子の前には「たそや行灯」(あんどん)にぼんやりと灯りが点り、暗い往来を照らしている。左手の天水桶が少し前に出され、なみなみと水が張ってある。見廻りの者が二人、張提灯(はりちょうちん)を持って左右から出てきて舞台中央で入れ替わって、再び左右へ入る。
清掻きを消して、風音になり、揚幕から助六が抜身をさげて出る。舞台へかかり、右足を踏み出し、刀を逆に背にまわし、左手を出してキッと見得をきる。コーンと本釣(ほんつり)が入る。
助六は、刀をひらりと返すと、大格子に近づき、内らを窺い、天水桶に気付き、思い入れがあって、その後ろに隠れる。
「ふけて‥」の合方になって、大戸の潜りから意休が、仙平の提灯を先立て、懐手(ふところで)をして出てくる。振袖新造(ふりそでしんぞ)や若い者が見送りに出る。どうやら、今宵も揚巻に振られたらしい。新造たちが意休に挨拶して引っ込む。
意休が帰りかけると、天水桶の後ろから助六が飛び出し、仙平の提灯を切って落とす。あたりは真っ暗。仙平は驚いて後ろへ退り、青眼(せいがん)に構えた助六は、懐手をしたまま、それを透かし見る意休が見合った形できまる。「八千代獅子」の合方になる。
助六は意休に「本姓を名乗れ」と迫る。意休は羽織、着物を脱ぐと、白い四天(よてん)姿となり、「かねて汝ら兄弟を味方となし、頼朝(よりとも)に一太刀恨まんと、友切丸を盗み取りし某(それがし)こそ、髭の意休とは仮(かり)の名、まこと伊賀の平内左衛門(へいないざえもん)とは、俺のことだ」と前結びの帯に両手をかけ、正面に見得をきる。
意休と仙平を相手に助六が立ち回わる。まず助六が仙平の首を刎ねる。首は仕掛けで飛び、右手のたそや行灯の屋根の上に正面向きでとまる。そして意休と助六との立ち回りとなる。助六は裏向き、意休は表向きの真影(しんかげ)の見得。双方が鍔ゼリの見得となり、それを解くとき、意休は一太刀を受け、白四天に細く血がにじむ。二人は左右に別れて座って見得。脇腹に肘づきを受けた助六は倒れる。意休は花道の際まで行き、足を割って刀を突き出してきまる。そのとき「八千代獅子」のゆったりとしたつき直しとなる。
肩の傷を抑えながら舞台に戻る意休は助六に股がり、大上段に振りかぶる。とその一瞬、下から助六の刀が突き出され、意休の腹に突き刺さる。意休は虚空(こくう)を掴みながらも最後の足掻き(あがき)を見せるが、息絶える。助六は「こりゃこそ尋る友切丸、シェエー忝い(かたじけない)」と押しいただく。
このとき、花道と下手から、捕り手の三つ太鼓と「人殺し」という大勢の声がする。助六は驚き、逃げ道を思案するが、追い詰められて、天水桶の上の手桶を後へ払い落とし、身を躍らせて、手桶の底を抜き、それをかぶって天水の中に身を潜める。ドッと中から水が流れ出る。現團十郎がこれを演じたのは、春先のまだ寒い頃であった。それだけに、この水入りには迫力があった。
三つ太鼓がひときわ激しくなり、舞台の左右、花道の方から、手に手に長提灯、棒、梯子などを持った若い者が出てきて方々を探すが、探しあぐねて引っ込む。ここで三つ太鼓が消え、コーンと本釣の鐘の音になる。
水の中から助六が首を出す。だが再び大勢の声に、また身を沈める。また、ざあっと水があふれる。本釣が、また一つ響く。ちょっと間があって、助六はそっと顔を出す。助六は手桶を後ろへ投げ捨て、右手を天水桶の縁(ふち)にかけ、刀を提げたまま半身を現して、四方を窺う。そして、用水桶から飛び降り、舞台中央に進む。 濡れ絞った白四天、捌いた黒髪、江戸紫の鉢巻に、むきみの隈取りが白い顔に似合う。凄烈なまでの美しさに観客は酔う。だが助六は力尽き、気を失って倒れ伏す。再び三つ太鼓になり、左右から大勢が出てくる。助六を見つけ、取り囲む。このとき、大戸から揚巻が駆け出て、裲襠(うちかけ)の裾で助六を被い、多勢を止める。
若者たちが「花魁、退いてください」と言うが、揚巻は「待ちゃ、待ちゃ。この揚巻が嘘をつくと思いやるか。これお前方、棒を振り上げ、その棒の端がちょっとでも体へさわるが最後、この五丁町は暗闇じゃぞや」と言い放つ。大勢の者を相手にしても、びくともしないのは、吉原を背負って立つ太夫(たいゆ)の権勢である。
ホッとした揚巻は、みなが立ち去ったのを確認し、天水桶へ走りより、惜しげもなく、豪華なあんこ帯の垂れを桶につけ、水を含ませて助六を抱えて、その水を吸わせる。助六は正気になり、「揚巻、友切丸は手に入ったぞ」と言う。揚巻は「そんなら私は、西川岸のほうへ廻っている。田圃(たんぼ)のほうへ降りて来やんせ」と再会を約す。助六は、三浦屋の大屋根に、かけ放してある竹梯子に上り、揚巻と見合す。
右手の刀を返して、突き出した助六。錦地のあんこ帯の両端を持ち、助六を見上げる揚巻。二人の見得がきまるうち、新内の名調子の前弾きで幕となる。