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絵空ごと

あることないこと、時事放談から艶話まで・・・

公農工商

2010-03-19 | 日記・エッセイ’10

大奥は何のために作られたのか?
将軍家の血筋を絶やさない為とされていますが、
それだけで国家財政の3分の1も必要だったのか?
その辺は来年の大河ドラマのひとつのテーマでしょうから、
楽しみにすることにして・・・

しかし徳川将軍15代の中に、まともな人間が何人いたというんだろうねえ。
こどもがいて、知的障害と思われる者が2人いて、
そのほかもあまり賢い人物はいないみたいだし・・・
そんな将軍選びにも、大奥の影響力は絶大だったわけです。
3代家光などがその最初でしょう。
誰もが相応しいと思っていた賢い弟が、春日の局の家康への直訴で
ひっくり返ったってこと以降、大奥の権勢は家老をもしのぐものだったそうで・・・

そして将軍がどんな人物であれ、
実質政治を運営していたのは、大老を頂点とする官僚なわけです。

士農工商。
士とはもちろん武士のことですが、じゃあこの武士とは何かといえば、公務員なわけです。
江戸時代の武士とは、まちがっても戦いのプロではない。
士農工商の士が公務員ということは、正しくは公農工商
だから公務員(お役人)は偉いんだぜ、という意識はいまでも続いているわけですね。


映画「大奥」を

2010-03-18 | 日記・エッセイ’10

ブログの更新、ちょうど一ヶ月ぶり。
twitterのおかげで、文章を切り詰めることを学んだ?けど、
しかし140文字というのは、やはり短すぎる。
どうやらつぶやくよりオシャベリの方が好きなんですね。
ということで、両方使い分けることに・・・できるかな?

とりあえず録画しておいた、映画「大奥」を見ました。
絵島・生島騒動を、絵島を仲間由紀恵、生島が西島なんとか(好きな俳優さんです)。
事件自体はでっち上げの内紛だけれど、それではドラマにならないので、
それらしい粉飾をされているようで、大奥内の壮絶な派閥争いの一端と
大奥の内装と女中たちの豪華な衣装を見せてもらえば、
あとはどうでもいいのでした。

大奥について少し勉強したところによると、色々と驚くことがあって、
その中でも、国家財政の3分の1が大奥に費やされていたというのだから、凄い!
またたとえば、位の低い奥女中クラスの給料が、現在に例えると
会社の部長クラス、大雑把に700万から1.000万というから、あんぐりです。
その上の年寄りクラスになると、4.000万以上だったというのです!!

いったいそれだけの給料を払う、どんな仕事をしてたんでしょうねえ?
でも、恥ずかしくない着物を買い、もろもろの小物を揃えようとすると、
それでも足りなかったらしい。
でそのお金はどこへ行ったかといえば、呉服屋等々ってわけで、
隅々にいたる経済効果は、大変なものだったってのはわかります。

経済を活性化するには、女に浪費してもらうのが一番ってことですかね。


古町再生談義 part2

2010-02-20 | 日記・エッセイ’10

古町をどうすればいいのか?
色んなところで、活発な意見が交わされていますが、
さびれるばかりの夜の古町に、心痛めるわれらオヤジ達も、
会えばそれを酒の肴にああでもないこうでもないが始まるわけでして・・・
が、思い思いの思いつきを、とりとめもなく垂れるだけで、
まとまる気配いっこうになく、いつしか昔を懐かしむ
ノスタルジジイの酒臭いため息ばかりが、よどんでゆくのでありました。

そんなところへ、古町でお店を張って何十年というママ・・・
というよりババさんが乱入し、
湿っぽくくすぶっていた空気に、ポッと火が付いたのであります。

”皆さん何か忘れちゃいませんか?
 新潟といえば米と酒と魚・・・とか、それから一歩も出ないじゃない。
 もっと魅力的なものがあるじゃないの!
 わかんない?・・新潟は美人が多ってことよ!
 皆さんよその県へ行ってみると、
 新潟はいかに美人が多いか実感するって、いつも言ってるじゃないの!
”たしかにそう思うけど、それでどうするの?
 その美人たちを特産品として売り出そうっての?
”そうよ。
”まさか美人を集めて、日本一のキャバクラとか、
 一大歓楽街を作り出そうってんじゃないんでしょ?
”まさか。・・でも男はきれいな女にはお金を遣うのよ。
”耳が痛い
”たしかにママがいうと説得力はあるけどさ・・・
”さっぱり活用できない建物(ハコ)を作ったり、
 わけのわかんないアートとかに、お金をかけたって、
 一部の人間の懐を肥やすだけなんだから、
 それだったら、新潟の財産である女たちを、
 もっとキレイにすることに力をいれるべきなのよ。
”うーーん、今ひとつ見えてこないなあーー”

”女っていくつになってもキレイでいたいわけ。
 で、きれいになったら、見て欲しいのよ
 キレイになった「わたし」を、見てもらえるステージを作ってやるのよ
 たとえば、結婚式って、呼ばれるほうも精一杯着飾る晴れの舞台でしょ?
 茶道だって、着物を着て、それを自慢しあう社交の場でしょ?
 そして、あたし達の仕事は文字通りキレイに変身して、
 男にチヤホヤされるステージなわけじゃない。
 でもまあ、夜の花だから、世間の見る目は厳しいわね。
”デパートを考えてみてよ。
 客の大半は女でしょ?
 デパートってのは、女がキレイになる、その幻想を売るのが商売なわけよ。
 大和はその幻想や夢を与える努力が足りなかったか、
 わかってなかったとしか思えないわね。
 キレイな「わたし」が生まれる場ではないし、
 キレイになった「わたし」に、人の視線が集まるステージでもないってことね。
”女はいくつになっても、キレイになりたいの。
 キレイになるためなら、お金は惜しまない。
 自分にお金がなかったら、男(父親も含めて)に出させるわよ
 つまりね、世の中の経済は、キレイになりたい女の欲が動かしている言ってもいいのね。
 そうしてキレイになって、女は人の視線を浴びていたいのよ。
 そういう視線を浴びるステージがなさ過ぎるのよ新潟は。
 ファッションショーでも、撮影会でも・・それは皆さんに考えてもらって・・・
 政治からスポーツまで、女心を掴まなきゃ、世の中は動かせません

”なるほどねえ・・・女をチヤホヤして活性化させる作戦か・・・
 今まで見逃していた視点というか、斬新な発想ではあるな。
”だれのお蔭で食っていられるんだ!とか威張っているわりに、
 なんだかんだで女房に財布を握られているんだしなあ。
”もしかすると働きアリでいられるのは、
 女たちが浪費してくれるからだともいえるのか・・・マズイなあ。
女は褒めて育てるよ
”男はそれが一番苦手なんだよなあ・・・


人を食った話

2010-02-09 | 日記・エッセイ’10

twitterで140文字内に収めるという、チョー短文になれると、
それはそれで面白い。
今は二人だけ相手の掲示板状態で遊んでいるんですが^^
それにしても世の中って、マジメな人が多いことに感心します。
そんな中に、私のフマジメなつぶやきが混じって肩身が狭い気がするんですが、
私とすれば、せっかく遊んでるところをマジメな人に邪魔される気分なんです・・・

いやあ新聞、テレビで見ると、スゴイ雪だったようですね。
・・・って、角田はどうかというと、
一日30cm積もって、その日だけ除雪車に入ってもらったあとは、
特別驚くこともなく、人が来ることはないと思って、
のんびりと雪景色を眺めながら、仕事をしておりました。
そこへメールが・・・・それへの返信をそのまま投稿しまして・・・

「センセ、雪に埋まってない?」
「篭城6日目。食糧も尽きてきて、息子とサバイバル。
 後は弱い方が食べられる。でも私が勝つ。
 体力ではかなわないが、悪智恵には長けてるからね。」

これで110文字くらいでしょうか。
こんな風な人を食ったような話は、場違いのようで、・・反応もないし・・・・
予想通り、あまり長く続かない気がしてきたよ。


微熱の日々

2010-01-12 | 日記・エッセイ’10

正月三が日に、寝正月という、普段睡眠不足気味の私に、
ありがたいプレゼントをしてくれた高熱も、四日目には7℃まで下がって、
あとは自然に回復するものとタカをくくっていたのが、
その後もゾクゾクする悪寒が引かず、7℃から7.5℃前後の微熱が続いている。

高熱の場合は、良くも悪くも内から熱がカッカと燃えさかる感じがあって、
その熱気に煽られてムリしがちで、限界を超えたところでバタンと倒れていまうから、
始末が付けやすいのに比べて、微熱というのはその辺が中途半端で、
内なる熱い気力が湧いてこないから、どうもケジメがつかない。

だからこの一週間というもの、不規則に寝たり起きたりの繰り返しで、
生活はグズグズである。
で、そのグズグズの生活時間の中で何をしているのかというと、
ほとんどの時間、コタツにもぐって、ダラダラとテレビを見ている。
グズグズダラダラというくらいだから、ひとつの番組を最初から最後まで、
まともに見るなんてことは滅多になくて、、
肝心なところを見逃しているのは間違いないのだから、
面白かった、つまらなかったなどと批評できる筋合いではないのだが・・・・

ハイビジョン番組を中心に、映画にドラマ、ネイチャーにカルチャー、
スポーツ、お笑いととにかく何でも見た。
正月のせいか・・・というより、最近のNHKのBS番組の充実ぶりは、
西太后の宮廷料理のようなもので、とてもすべてを消化できるものではない。
そうして目の前で繰り広げられていく映像を見ていると、
「人間なにも自分から動かなくてもなくてもいいんだな」と思ってしまう。
映画「マトリックス」あのままである。
頭の後にプラグを差し込まれて、ベッドに寝ているだけの人生。
しかもその人生というのが、いろんな人間の記憶をとっかえひっかえされるとなると、
誰の人生を生きているのかもわからない。

映画が立体的な3Dになり、
さらに観ている人間の5感まで操作できる技術だって可能になれば、
映画を観ることは、文字通り、映画の中の人物に成り切って体感することになって、
そうなれば、自分の人生を生きるより、映画の中の人物になっている方がずっといい、
なんてことが現実に起きる。
今はまだ映像を客観的に見て、自分の中で消化しようとしているが、
そのうち映像に飲み込まれて消化される日は必ず来るな。

「アバター」早く観に行きたいんだがなあ。