第9章:反政府の拠点ボウアケ
最も緊張したボウアケへは2300時という深夜に到着。地図で言うとちょうどコートジボアールの真ん中辺りにあるこの都市は反対勢力の拠点として昨年政府軍から爆撃を受けた場所としても知られている。国連が引いた信頼線上の都市であり列車に乗ってるとはいえここは否が応でも慎重にならざるを得ない。
しかしここでプロフェッショナルとしては臆病になっているだけでよいのだろうか?
慎重にそして大胆に行かなければ任務は成功しない。
ボアウケには深夜0000時ごろに到着した。
デューク東郷ならこのボウアケで依頼人の一人と密会し、
「先ずは用件でも聞こうか...」
等と言っていることだろう。
こちらもデューク東城として負けてはいられない
「よーし!!」
「先ずは用便でもしようか...」
と呟き、駅に降り立ちアフリカでは誰でもやっているようにその辺で「立ちション」をする...
立ちションしながらも周囲に気を配り、反政府軍の拠点と言われるこのボウアケの様子を伺う事も当然忘れていない。暗くて何がなんだか全く見えなかったが、プロとして完璧な行動だろう。
すっきりしたところで「タバコでも吸うか」とポケットの中にある煙草をまさぐり始めたとき不意に兵隊に呼び止められる。どうやら身分証の点検らしい。前の駅でも車内に点検に来ていたのでそんなに疑うことなくパスポートを見せると怪訝なことに私の手に戻そうとしない。
「こいつはちょっと変な感じだ」
と思いつつ彼のフランス語を聞いているとどうやら
「立ちションは禁止だ。拘束されるか、罰金を支払え」
ということらしい。
アビジャンですらその辺で立ちションしてる奴はいたしその他の駅は言うに及ばずだ。だが「そういえばボウアケで立ちションしている奴はまだ見てなかったな」と気づく。
「こいつは参った」と思いつつ「いくらだ?」ときくと
「5000セーファー(約1000円)」といわれる。
賄賂(見逃し料)っぽいがそれがどうか分からないので「レシートを出せ」といったり「高すぎるだろう」と値切ろうともしてみたが金額は一向に変わらない。
ちょっと時間が経過してこのままここでこのままスタックしてもしょうがないし金額が変わらないならそれは罰金で正当な額なのかと思い始める。
それが正当な額で罰金としてならこちらは呑むしかない。そう思って5000セーファー札を渡しパスポートを取り返す。
お金を渡すとと向こうは「これで終わりだ」とジェスチャーで返してくる。
「コイツハヤラレタ...」
日本でも警察が誰かをスピード違反でつかまえ、罰金を払わせて領収証が無かったらそれは明らかな賄賂だ。それに奴は俺以外の人間が近くに来るのを嫌がっていたし遠ざけていた。
すべてのパズルが解けた今、利口になって5000(約1000円です)ですんでよかったと考えるべきなのだろうか?
しかし1食ローカルレストランで500セーファー(約100円)で食える国でいくらなんでも5000(しつこいけど約1000円です)は法外だ。
とはいってもここはボウアケだ!
アビジャンにある日本大使館からはアビジャン以外の地域で何かあっても助力することは出来ないと既に言明されている。ここは仕方なく涙を呑むしかないのか?と心の中は乱れに乱れる。そして私は少し力を無くしつつ列車の入り口の前で煙草を吸いながら考え込んでしまっていた。
少し間が空いて2、3分して奴が私の目の前に来る。無駄だとは分かっていたがそれでも最後と思い「レシートは無いのか?」と聞くと奴は強気に「さっきの件はこれで終わりだ」とジェスチャーをしてくる。そしてその時に今まで溜め込んでいた何かが私の中ではじけてしまった。
「そうだ奴は俺から5000も不当に巻き上げている、食事10回分の大金だ!現地の人間から見れば吃驚するような金額だ!!立ちションの罰金なら仕方ないが見逃し料にしては高すぎる、こいつの私腹を俺の金で肥やさせるのは気が済まん」
それに
「払った金が戻ってこないのはもう明らかだがこのままコイツに巻き上げられたばかりじゃプロとしてこの俺様の気が治まらん。こうなったら俺の今までの人生を賭けてコイツに嫌がらせをしてやる」
「よーし、無辜の乗客たちよ!”この俺様の命を賭けた嫌がらせ”特とご照覧あれ!!」
とばかりに決意も固く、私は周囲に乗客がいるのを確かめてから大きなジェスチャーと大きな声で
「いいや終わりじゃないぜ!立ちションして5000かい?そんな話はあり得ないだろう!罰金なら領収証をよこせよ!!」
と絡んで行く。いい感じだ。
騒ぎを聞いた他の乗客も集まりだし、5000私が巻き上げられた事がこうして明るみに出て次第に相手の形勢が悪くなる。今や私は「ちょっとしたスター」である。私の言う「5000セーファー」の台詞一つ一つに周りの皆も呼応して一様に「ほーう5000もねぇ」という顔つきになって事の成り行きを見守っている。
「ようし、もう一押しだ」
と、思った頃に騒ぎを聞きつけた別の兵隊がやって来る。
「お前は5000もこいつに払ったのか?」
と聞いてきたので。
「そうだ、立ちションしたら5000払わされた!」
と答える。うーんどうやらコイツは味方に引き込めそうだ...
彼は念を入れるかのように
「何?立ちションして払ったのか?」
と私に確認する。
「そうだ、だからレシートをだせ...」
コツは金を返せとあくまでも言わない事だ、正統な罰金ならキチンと払う準備があることをアピールする事が重要だ。そしてこのお金が正規の物でないなら正義は私の元にある...、うまくいけばさっき払ったお金も私に返ってくることであろう...
物事が良好な方向に進もうとしている予感を確信しながらこの情勢を生かそうとする。そして
「よーし、とどめを刺してくれるわ!」
とばかりにテンションがあがり始めた矢先に、事態が急変する。
後から来た兵士が
「そうか!お前は立ちションをしたのか!!」
と再度私に確認する
「そうだ、それで金を巻き上げられた、5000だぜ5000!アンタだって酷い話だと思うだろうよ!!」
そう言うと、彼は急に私に手をかけてどこかに連れて行こうとし始める。
「へっ...??」
今度は兵士が私に向かって
「立ちションしたならシェフ(駅長)のところに出頭しろ!!」
というようなことをはっきりと伝えてきた。
「...???」
「と言う事は...!!!」
「ヤッ、ヤバイ!!今度は5000の方じゃなく(立ちション)の方が問題になりやがった!」
どうやら今の私は「ちょっとした軽犯罪者」になってしまったようである。
こんな所で連行されてはたまったもんじゃない!“人生を賭けた嫌がらせ”こいつはちょっとやりすぎてしまったようだ。さっき決めた「固い決意」とやらもどこかへ飛んで行ってしまう。
頭を冷やして冷静になって考えてみよう!
「たかだか1000円で揉めてる場合じゃない、日本では千代田区で路上喫煙したら2000円の罰金だ!それに高校生でも2時間バイトすればお釣りの出てくる金額だ!!立ちションをしたこちらが“分”が悪い!少しは大人になった方がいいな」
と思い直す。
こんな時に「プロフェッショナル」として取るべき方法は一つだ。
“36計逃げるにしかず”である。
ちょっとした隙を見つけ手をふりほどき靴紐を直すフリをしながら一気に車内に駆け込む。いつ出発するか分からない列車を離れて連行されるのはどう考えてもリスキーだ。おまけに列車の出発がいつかは俺には良く分からん...
外では私から金を受け取った奴と後から兵士の怒鳴り声が聞こえてくる。「もうどうでもいいから発車しやがれ」と内心ドギマキしながら思いつつ、車内では「立ちションで5000も巻き上げられた」とアピールして同情を買うことを忘れなかったということは言うまでも無いだろう。
外での喧騒がやんで20分ぐらいしてからだろうか?男が一人有無を言わせぬ口調で私を呼びにくる。「ちっ、立ちションぐらいでここで揉めとくんじゃなかった」と思いつつ同行して外に出ると一目で分かる紺色の制服に身を包んだ駅長と他に先ほどの兵士を合わせて合計7人ぐらい私を待ち構えている。
“連行に応じなかった生意気なジャップ”“立ちションをして揉めたセコイ男”に何か仕掛けるには十分すぎるほどの人数だ。拳銃や小銃まで御丁寧に用意していやがるし、おまけに乗客も遠ざけられている。
ここはおとなしく従いながら最悪は強行突破して “列車に逃げ込んで籠城”しかないと思い覚悟を固める。
「どうやら今回の旅で最大の危機に、今私は陥っているらしい...」
駅長は英語が片言で喋れる通訳を介して私に説明を始める。何とか理解したことはどうやら
「駅公舎に向けて立ちションをしたら手錠をかけて連行され監獄に入ることになる」
といった話である。
「...」
薄々勘付いてはいたがそいつは酷い事実だ。
まさかアフリカで...、それもこのボウアケで...、アフリカでいいことなんてあまり無いけど「立ちションフリー大陸」と言う事実(注:当人の思い込みで全ての場所フリーと言うわけでは当然ありません)が何度私の尿意を救ってくれていた事か...、しかしそれもここでは通用しないなんて...
こうなったらこっちもやるしかない。
このまま連行されては適わないのでここは喧嘩するしかないと決心し、さっきはこちらが言われた台詞を投げつける
「俺は5000払ったぜ。もう終わりだ!」
と...
これでだめならあきらめるしかない。この危険地帯、中でも内戦中のコートジボアールの反政府軍の拠点ボウアケで立ちションして連行された「立ちション自爆男」として旅行者史上にその有名を轟かすしかなくなってしまう。
何よりも「アフリカで立ちションして連行」なんて格好悪すぎるのが難点だ!
おそるおそる相手の反応を伺うと
「いいや、終わっちゃいないぜ」
と答えが返ってくる。
「やっぱりダメなのか...こんなところでとんだ間抜けを踏だもんだ」
アンゴラ、両コンゴ、中央アフリカ、チャド、ナイジェリア...危険と言われるどんな国でも「チキンこそが命を救う」を信念に上手く立ち回ってきたのに..
そしてコートジボアールでもアビジャン駅を始め、途中の通過駅でも何度も何度も外に出て立ちションしてきたのに...
半ばあきらめながらこの際連行しようものなら自暴自棄になった挙句に暴れて車内に逃げ込んで亀のように固まってやる、とやけになりかけた頃、先程の台詞に続けて新たな言葉が覆いかぶさっていく。
「終わりじゃあない、今から彼にさっき君が渡した5000を君に返させる、確かに君のしたことはいけないことで本来は連行されることだ。しかしこれを見逃すにしても5000は大きすぎる金額だから彼が返したお金の中から君の払える分を彼に払って、彼が見なかった事にしてあげよう」
「...え!?」
「お代官様!それでよろしいので...」
その内容に非は無い。
コートジ版「大岡裁き」と言ったところであろうか。駅側は本来連行すべき私を取り逃がし、賄賂を巻き上げた彼はその巻き上げたと思った金から幾らか損をする。そして私は見逃し料として幾らかを損する。多少のこじつけはあるが「3方1両損」とはこの事なのだろうか??
私としては一度は完全にあきらめたお金だったのに、ただ金額が大きくて(くどいですけどたったの1000円です)悔しいから絡んでいただけという点も否めないので駅長からの申し出は正に渡りに船だった。
私から金を巻き上げた奴は渋々と私に金を返す。
「こいつにこれからいくら渡すか?」
ここでこれ以上のヘマは出来ないので判断に迷うところだったが金を受け取って私も一番小額紙幣である1000セーファー札(約2㌦です)を1枚奴に手渡すと周りの人間は笑顔でうなずき納得をしている。
私から金を巻き上げた奴は悔しそうだったにしていた...
私の口からフッと溜息がもれる...
「どうやらここは上手く切り抜けたらしい...」
第10章 危険度4!その深奥へ...
しかしこれからが危険度4(退避勧告)といわれる地域の本番だ。ボウアケではヘマをやらかしたがここから先は気を抜けない。
列車は日付が変わり翌日の0000時に出発、否が応でも緊張が高まる。
ただ列車に乗って通過するだけだが本当に無事に向ける事が出来るのか?列車に何かあった際には1秒の遅れも命の危険にに関わってくる!絶対に目をそらしてはいけない!そして絶対に緊張を解いてはいけない!!
人生の終焉を例えここで迎える事になろうともその刹那を見逃してはならないのである。
「ぐぅぐぅぐぅ~」
「はっいかん、今は朝の0400時か、いかんどうやら緊張が高まりすぎて熟睡したらしい。まだコートジボアールか...」
しかしこの私としたことが疲労程度で寝てしまうなどとは...この先はもう休めない、しっかりとこの目を見開いて何が起こるか見てやろうではないか...
「ぐぅぐぅぐぅ、すや~、スピィ~...」
「はっ、いかあんいかあん、今は0800時か、やれやれ結局寝続けたらしい。しかしまだコートジボアールか...」
結局8時間近く熟睡したためにその後は寝る事はなかったもののこれまでの周りなど何も見てはいなかった...
まあ「適切な休養をとることにより体力を回復させる」という事はプロとして当然なのでこれはこれでよいのだが「寝るのに適切な時期」でなかったことは自明の理であろうか...
0930時、不意に兵士が列車に乗り込んでパスポートを回収する。旅行者にとってパスポートは命と金の次に大事にしなければいけないもので、この不透明な状況のまま手放すのは気が進まなかったが相手は有無を言わせない。
まあでもどうやら出国らしい。しかし今まで見た兵士と明らかに軍服が違うのは反政府側の証拠だろうか?悪い予感が高まる。国境を越えるまで、出国を果たしてブルキナへ入国するまで一瞬たりとも油断は出来ない。
預けたパスポートに一抹の不安を抱きつつニャンゴロコというイミグレのある駅に到着する。しかしそれにしても何かがおかしい。雰囲気が違いすぎるのである。反政府軍が支配しているにしてはなんとなくのどかだ。
「こいつは少し変だ」
と地図を確認して愕然とする。
「どうやらもう入国してしまっているらしい...」
あわてて他の乗客に確認する。昨日のボアウケの真相を知らないものは「5000も巻き上げられたかわいそうな旅行者」ということで親切に
「ブルキナだよ」
と教えてくれる。
「...」
「いやっ?それにしても一体何時出国したんだ??出国スタンプも貰ってないのに入国は大丈夫なのか???」
私はあわててイミグレに出頭する。
既に何の問題も無くパスポートに入国スタンプが押されておりそれを賄賂請求も無く受け取れた。
ここでふっと気を抜いて溜息をつき頭の中を整理する。
「どうやら本当にいつの間にか出国してしまったらしい」
と...
※いつの間にか潜入していたブルキナファソのニャンゴロコ駅にて...苦闘を共にした戦友の鉄道を撮影
入国の手続きで3時間ほどかかったもののその後は何も無く目的地のボボ・デュラッソへは1500時頃に到着、情勢の厳しかった危険度最大地域、コートジボアールでの私の旅はようやく終わりを迎えた。
第11章 エピローグ
しかし今回は色々あったのできつかった。コートジボアール、“退避勧告”を示すその危険度4の恐ろしさとは今落ち着いて考えると良く理解できる。
1.反政府軍の拠点といわれるボウアケで立ちションしたら連行されて監獄行きになること。
2.そしていつ国境を越えたかもプロたる私に気付かせず、出国スタンプすら貰えなかったということ。これは今までアフリカ諸国を39カ国旅行して出国スタンプを貰えなかった国はここが初めてであったということでもある。(同じ日付の入国スタンプをパスポートの残りのページの少ないのを気にし始めた頃に別々のニューページに1個づづ、計2個も押しやがったチャドという国もあったが)。
3.そして何よりも一度払った賄賂が全額とは言わないまでも払い戻しが出来たということ!!
こんな事はまさにこのプロフェッショナルな私でもアフリカ初の体験であった。
それにしてもアフリカは奥が深い、危険度4の怖さを身をもって体感できた(一体何処にだろうか?)。そう考えさせられるコートジボアール入国そして出国であった。
ちなみに
1.列車の中では「5000セーファー、立ちションで巻き上げられたかわいそうな日本人」として大人気であったこと
2.結局信頼線を突き抜けた後で出会った兵士たちが政府側なのか反政府側なのか?フランス語が分からない私には全くどちらかは分からなかったということ。
3.そして一見何か凄い事をやって来たかの様に無理くり見せているが実際にはただ最初から最後までただ列車に乗っていただけで自分では何一つしていなかったという事。
はわざわざ伝えるほどの事ではないであろう...
最も緊張したボウアケへは2300時という深夜に到着。地図で言うとちょうどコートジボアールの真ん中辺りにあるこの都市は反対勢力の拠点として昨年政府軍から爆撃を受けた場所としても知られている。国連が引いた信頼線上の都市であり列車に乗ってるとはいえここは否が応でも慎重にならざるを得ない。
しかしここでプロフェッショナルとしては臆病になっているだけでよいのだろうか?
慎重にそして大胆に行かなければ任務は成功しない。
ボアウケには深夜0000時ごろに到着した。
デューク東郷ならこのボウアケで依頼人の一人と密会し、
「先ずは用件でも聞こうか...」
等と言っていることだろう。
こちらもデューク東城として負けてはいられない
「よーし!!」
「先ずは用便でもしようか...」
と呟き、駅に降り立ちアフリカでは誰でもやっているようにその辺で「立ちション」をする...
立ちションしながらも周囲に気を配り、反政府軍の拠点と言われるこのボウアケの様子を伺う事も当然忘れていない。暗くて何がなんだか全く見えなかったが、プロとして完璧な行動だろう。
すっきりしたところで「タバコでも吸うか」とポケットの中にある煙草をまさぐり始めたとき不意に兵隊に呼び止められる。どうやら身分証の点検らしい。前の駅でも車内に点検に来ていたのでそんなに疑うことなくパスポートを見せると怪訝なことに私の手に戻そうとしない。
「こいつはちょっと変な感じだ」
と思いつつ彼のフランス語を聞いているとどうやら
「立ちションは禁止だ。拘束されるか、罰金を支払え」
ということらしい。
アビジャンですらその辺で立ちションしてる奴はいたしその他の駅は言うに及ばずだ。だが「そういえばボウアケで立ちションしている奴はまだ見てなかったな」と気づく。
「こいつは参った」と思いつつ「いくらだ?」ときくと
「5000セーファー(約1000円)」といわれる。
賄賂(見逃し料)っぽいがそれがどうか分からないので「レシートを出せ」といったり「高すぎるだろう」と値切ろうともしてみたが金額は一向に変わらない。
ちょっと時間が経過してこのままここでこのままスタックしてもしょうがないし金額が変わらないならそれは罰金で正当な額なのかと思い始める。
それが正当な額で罰金としてならこちらは呑むしかない。そう思って5000セーファー札を渡しパスポートを取り返す。
お金を渡すとと向こうは「これで終わりだ」とジェスチャーで返してくる。
「コイツハヤラレタ...」
日本でも警察が誰かをスピード違反でつかまえ、罰金を払わせて領収証が無かったらそれは明らかな賄賂だ。それに奴は俺以外の人間が近くに来るのを嫌がっていたし遠ざけていた。
すべてのパズルが解けた今、利口になって5000(約1000円です)ですんでよかったと考えるべきなのだろうか?
しかし1食ローカルレストランで500セーファー(約100円)で食える国でいくらなんでも5000(しつこいけど約1000円です)は法外だ。
とはいってもここはボウアケだ!
アビジャンにある日本大使館からはアビジャン以外の地域で何かあっても助力することは出来ないと既に言明されている。ここは仕方なく涙を呑むしかないのか?と心の中は乱れに乱れる。そして私は少し力を無くしつつ列車の入り口の前で煙草を吸いながら考え込んでしまっていた。
少し間が空いて2、3分して奴が私の目の前に来る。無駄だとは分かっていたがそれでも最後と思い「レシートは無いのか?」と聞くと奴は強気に「さっきの件はこれで終わりだ」とジェスチャーをしてくる。そしてその時に今まで溜め込んでいた何かが私の中ではじけてしまった。
「そうだ奴は俺から5000も不当に巻き上げている、食事10回分の大金だ!現地の人間から見れば吃驚するような金額だ!!立ちションの罰金なら仕方ないが見逃し料にしては高すぎる、こいつの私腹を俺の金で肥やさせるのは気が済まん」
それに
「払った金が戻ってこないのはもう明らかだがこのままコイツに巻き上げられたばかりじゃプロとしてこの俺様の気が治まらん。こうなったら俺の今までの人生を賭けてコイツに嫌がらせをしてやる」
「よーし、無辜の乗客たちよ!”この俺様の命を賭けた嫌がらせ”特とご照覧あれ!!」
とばかりに決意も固く、私は周囲に乗客がいるのを確かめてから大きなジェスチャーと大きな声で
「いいや終わりじゃないぜ!立ちションして5000かい?そんな話はあり得ないだろう!罰金なら領収証をよこせよ!!」
と絡んで行く。いい感じだ。
騒ぎを聞いた他の乗客も集まりだし、5000私が巻き上げられた事がこうして明るみに出て次第に相手の形勢が悪くなる。今や私は「ちょっとしたスター」である。私の言う「5000セーファー」の台詞一つ一つに周りの皆も呼応して一様に「ほーう5000もねぇ」という顔つきになって事の成り行きを見守っている。
「ようし、もう一押しだ」
と、思った頃に騒ぎを聞きつけた別の兵隊がやって来る。
「お前は5000もこいつに払ったのか?」
と聞いてきたので。
「そうだ、立ちションしたら5000払わされた!」
と答える。うーんどうやらコイツは味方に引き込めそうだ...
彼は念を入れるかのように
「何?立ちションして払ったのか?」
と私に確認する。
「そうだ、だからレシートをだせ...」
コツは金を返せとあくまでも言わない事だ、正統な罰金ならキチンと払う準備があることをアピールする事が重要だ。そしてこのお金が正規の物でないなら正義は私の元にある...、うまくいけばさっき払ったお金も私に返ってくることであろう...
物事が良好な方向に進もうとしている予感を確信しながらこの情勢を生かそうとする。そして
「よーし、とどめを刺してくれるわ!」
とばかりにテンションがあがり始めた矢先に、事態が急変する。
後から来た兵士が
「そうか!お前は立ちションをしたのか!!」
と再度私に確認する
「そうだ、それで金を巻き上げられた、5000だぜ5000!アンタだって酷い話だと思うだろうよ!!」
そう言うと、彼は急に私に手をかけてどこかに連れて行こうとし始める。
「へっ...??」
今度は兵士が私に向かって
「立ちションしたならシェフ(駅長)のところに出頭しろ!!」
というようなことをはっきりと伝えてきた。
「...???」
「と言う事は...!!!」
「ヤッ、ヤバイ!!今度は5000の方じゃなく(立ちション)の方が問題になりやがった!」
どうやら今の私は「ちょっとした軽犯罪者」になってしまったようである。
こんな所で連行されてはたまったもんじゃない!“人生を賭けた嫌がらせ”こいつはちょっとやりすぎてしまったようだ。さっき決めた「固い決意」とやらもどこかへ飛んで行ってしまう。
頭を冷やして冷静になって考えてみよう!
「たかだか1000円で揉めてる場合じゃない、日本では千代田区で路上喫煙したら2000円の罰金だ!それに高校生でも2時間バイトすればお釣りの出てくる金額だ!!立ちションをしたこちらが“分”が悪い!少しは大人になった方がいいな」
と思い直す。
こんな時に「プロフェッショナル」として取るべき方法は一つだ。
“36計逃げるにしかず”である。
ちょっとした隙を見つけ手をふりほどき靴紐を直すフリをしながら一気に車内に駆け込む。いつ出発するか分からない列車を離れて連行されるのはどう考えてもリスキーだ。おまけに列車の出発がいつかは俺には良く分からん...
外では私から金を受け取った奴と後から兵士の怒鳴り声が聞こえてくる。「もうどうでもいいから発車しやがれ」と内心ドギマキしながら思いつつ、車内では「立ちションで5000も巻き上げられた」とアピールして同情を買うことを忘れなかったということは言うまでも無いだろう。
外での喧騒がやんで20分ぐらいしてからだろうか?男が一人有無を言わせぬ口調で私を呼びにくる。「ちっ、立ちションぐらいでここで揉めとくんじゃなかった」と思いつつ同行して外に出ると一目で分かる紺色の制服に身を包んだ駅長と他に先ほどの兵士を合わせて合計7人ぐらい私を待ち構えている。
“連行に応じなかった生意気なジャップ”“立ちションをして揉めたセコイ男”に何か仕掛けるには十分すぎるほどの人数だ。拳銃や小銃まで御丁寧に用意していやがるし、おまけに乗客も遠ざけられている。
ここはおとなしく従いながら最悪は強行突破して “列車に逃げ込んで籠城”しかないと思い覚悟を固める。
「どうやら今回の旅で最大の危機に、今私は陥っているらしい...」
駅長は英語が片言で喋れる通訳を介して私に説明を始める。何とか理解したことはどうやら
「駅公舎に向けて立ちションをしたら手錠をかけて連行され監獄に入ることになる」
といった話である。
「...」
薄々勘付いてはいたがそいつは酷い事実だ。
まさかアフリカで...、それもこのボウアケで...、アフリカでいいことなんてあまり無いけど「立ちションフリー大陸」と言う事実(注:当人の思い込みで全ての場所フリーと言うわけでは当然ありません)が何度私の尿意を救ってくれていた事か...、しかしそれもここでは通用しないなんて...
こうなったらこっちもやるしかない。
このまま連行されては適わないのでここは喧嘩するしかないと決心し、さっきはこちらが言われた台詞を投げつける
「俺は5000払ったぜ。もう終わりだ!」
と...
これでだめならあきらめるしかない。この危険地帯、中でも内戦中のコートジボアールの反政府軍の拠点ボウアケで立ちションして連行された「立ちション自爆男」として旅行者史上にその有名を轟かすしかなくなってしまう。
何よりも「アフリカで立ちションして連行」なんて格好悪すぎるのが難点だ!
おそるおそる相手の反応を伺うと
「いいや、終わっちゃいないぜ」
と答えが返ってくる。
「やっぱりダメなのか...こんなところでとんだ間抜けを踏だもんだ」
アンゴラ、両コンゴ、中央アフリカ、チャド、ナイジェリア...危険と言われるどんな国でも「チキンこそが命を救う」を信念に上手く立ち回ってきたのに..
そしてコートジボアールでもアビジャン駅を始め、途中の通過駅でも何度も何度も外に出て立ちションしてきたのに...
半ばあきらめながらこの際連行しようものなら自暴自棄になった挙句に暴れて車内に逃げ込んで亀のように固まってやる、とやけになりかけた頃、先程の台詞に続けて新たな言葉が覆いかぶさっていく。
「終わりじゃあない、今から彼にさっき君が渡した5000を君に返させる、確かに君のしたことはいけないことで本来は連行されることだ。しかしこれを見逃すにしても5000は大きすぎる金額だから彼が返したお金の中から君の払える分を彼に払って、彼が見なかった事にしてあげよう」
「...え!?」
「お代官様!それでよろしいので...」
その内容に非は無い。
コートジ版「大岡裁き」と言ったところであろうか。駅側は本来連行すべき私を取り逃がし、賄賂を巻き上げた彼はその巻き上げたと思った金から幾らか損をする。そして私は見逃し料として幾らかを損する。多少のこじつけはあるが「3方1両損」とはこの事なのだろうか??
私としては一度は完全にあきらめたお金だったのに、ただ金額が大きくて(くどいですけどたったの1000円です)悔しいから絡んでいただけという点も否めないので駅長からの申し出は正に渡りに船だった。
私から金を巻き上げた奴は渋々と私に金を返す。
「こいつにこれからいくら渡すか?」
ここでこれ以上のヘマは出来ないので判断に迷うところだったが金を受け取って私も一番小額紙幣である1000セーファー札(約2㌦です)を1枚奴に手渡すと周りの人間は笑顔でうなずき納得をしている。
私から金を巻き上げた奴は悔しそうだったにしていた...
私の口からフッと溜息がもれる...
「どうやらここは上手く切り抜けたらしい...」
第10章 危険度4!その深奥へ...
しかしこれからが危険度4(退避勧告)といわれる地域の本番だ。ボウアケではヘマをやらかしたがここから先は気を抜けない。
列車は日付が変わり翌日の0000時に出発、否が応でも緊張が高まる。
ただ列車に乗って通過するだけだが本当に無事に向ける事が出来るのか?列車に何かあった際には1秒の遅れも命の危険にに関わってくる!絶対に目をそらしてはいけない!そして絶対に緊張を解いてはいけない!!
人生の終焉を例えここで迎える事になろうともその刹那を見逃してはならないのである。
「ぐぅぐぅぐぅ~」
「はっいかん、今は朝の0400時か、いかんどうやら緊張が高まりすぎて熟睡したらしい。まだコートジボアールか...」
しかしこの私としたことが疲労程度で寝てしまうなどとは...この先はもう休めない、しっかりとこの目を見開いて何が起こるか見てやろうではないか...
「ぐぅぐぅぐぅ、すや~、スピィ~...」
「はっ、いかあんいかあん、今は0800時か、やれやれ結局寝続けたらしい。しかしまだコートジボアールか...」
結局8時間近く熟睡したためにその後は寝る事はなかったもののこれまでの周りなど何も見てはいなかった...
まあ「適切な休養をとることにより体力を回復させる」という事はプロとして当然なのでこれはこれでよいのだが「寝るのに適切な時期」でなかったことは自明の理であろうか...
0930時、不意に兵士が列車に乗り込んでパスポートを回収する。旅行者にとってパスポートは命と金の次に大事にしなければいけないもので、この不透明な状況のまま手放すのは気が進まなかったが相手は有無を言わせない。
まあでもどうやら出国らしい。しかし今まで見た兵士と明らかに軍服が違うのは反政府側の証拠だろうか?悪い予感が高まる。国境を越えるまで、出国を果たしてブルキナへ入国するまで一瞬たりとも油断は出来ない。
預けたパスポートに一抹の不安を抱きつつニャンゴロコというイミグレのある駅に到着する。しかしそれにしても何かがおかしい。雰囲気が違いすぎるのである。反政府軍が支配しているにしてはなんとなくのどかだ。
「こいつは少し変だ」
と地図を確認して愕然とする。
「どうやらもう入国してしまっているらしい...」
あわてて他の乗客に確認する。昨日のボアウケの真相を知らないものは「5000も巻き上げられたかわいそうな旅行者」ということで親切に
「ブルキナだよ」
と教えてくれる。
「...」
「いやっ?それにしても一体何時出国したんだ??出国スタンプも貰ってないのに入国は大丈夫なのか???」
私はあわててイミグレに出頭する。
既に何の問題も無くパスポートに入国スタンプが押されておりそれを賄賂請求も無く受け取れた。
ここでふっと気を抜いて溜息をつき頭の中を整理する。
「どうやら本当にいつの間にか出国してしまったらしい」
と...
※いつの間にか潜入していたブルキナファソのニャンゴロコ駅にて...苦闘を共にした戦友の鉄道を撮影
入国の手続きで3時間ほどかかったもののその後は何も無く目的地のボボ・デュラッソへは1500時頃に到着、情勢の厳しかった危険度最大地域、コートジボアールでの私の旅はようやく終わりを迎えた。
第11章 エピローグ
しかし今回は色々あったのできつかった。コートジボアール、“退避勧告”を示すその危険度4の恐ろしさとは今落ち着いて考えると良く理解できる。
1.反政府軍の拠点といわれるボウアケで立ちションしたら連行されて監獄行きになること。
2.そしていつ国境を越えたかもプロたる私に気付かせず、出国スタンプすら貰えなかったということ。これは今までアフリカ諸国を39カ国旅行して出国スタンプを貰えなかった国はここが初めてであったということでもある。(同じ日付の入国スタンプをパスポートの残りのページの少ないのを気にし始めた頃に別々のニューページに1個づづ、計2個も押しやがったチャドという国もあったが)。
3.そして何よりも一度払った賄賂が全額とは言わないまでも払い戻しが出来たということ!!
こんな事はまさにこのプロフェッショナルな私でもアフリカ初の体験であった。
それにしてもアフリカは奥が深い、危険度4の怖さを身をもって体感できた(一体何処にだろうか?)。そう考えさせられるコートジボアール入国そして出国であった。
ちなみに
1.列車の中では「5000セーファー、立ちションで巻き上げられたかわいそうな日本人」として大人気であったこと
2.結局信頼線を突き抜けた後で出会った兵士たちが政府側なのか反政府側なのか?フランス語が分からない私には全くどちらかは分からなかったということ。
3.そして一見何か凄い事をやって来たかの様に無理くり見せているが実際にはただ最初から最後までただ列車に乗っていただけで自分では何一つしていなかったという事。
はわざわざ伝えるほどの事ではないであろう...