「うちの子、小2~中1まで学校行ってなかったんで」って、何かの折りに話すと結構な確率で「えー大変だったんですね。そんなに苦労されてるように見えない」
と言われる。
確かに大変なことはある。
行かないことでの学校への連絡、平日外に出る時に自衛策としてマスクをする(勝手に風邪だと思ってくれる)
まわりから聞かれた時に相手が納得するようなうまい答えをいくつか用意しておくとか
学校ではどんどこ課題や行事があるので、それをどうするかとか、学年あがる度に先生にこれまでの経緯を説明して理解や配慮を求めるとか、時短登校する時には送り迎えしたり。
こどもが不登校なのに役員で親だけいったり
スクールカウンセラーさんとお話したり、講演会などに行ってみたり、本をいっぱい読んでみたり?
たぶん、不登校を経験していない人の「大変」は、「自分の想像できないこと」だからであり、「苦労」は、「学校に行けなくなったことで悩みに悩んだ」ことによる苦労と思われてる感じを受ける。将来を案じて食事ものどを通らない日々を過ごしているイメージなんだろか。
いや、確かに最初は本当にまずびっくりしたし、エネルギー落ち切った子を目の前にして途方に暮れたし、悩みもしました。
でも、目の前じゃなく長い目で先が見えるようになってからは、そう大変でもなかった(マシュ本人はすごく頑張ってたから大変だったろうけど)
世間の皆様の思う大変と苦労とはずいぶんギャップがあるかも。
子どもが不登校になって、1番苦労したことは、ずばり「自分の価値観を変えること」
それまで当たり前だと思い込んでいた「学校は行かなきゃならないところ」「勉強したほうがいい」という、今もたぶん多くの人が思っていることを、ダッチェの親も思ってただろうし、そういう風に育てられて自分がいるのだから、同じようにしないといけないと思っていた。
それを「行かなくていい」といってしまうのは、自分の育てられ方を否定するような気がして、苦しかった。
『自分と子どもは違う人間であること』『その子にはその子にあった暮らしや学びかたがあること』
それを手に入れることができるまでが1番しんどかったように思う。
逆に言えば、それさえ手に入れてしまえば、親のほうはもう楽なのだ。
子どもをコントロールしようとして、思い通りにならなくて悩む親より、よっぽど穏やかに暮らせるのだ
と、言うことをツイッターでつぶやこうとしたのだが、140文字という制限があるため、何度書き直してもニュアンスが違う気がして、結局パソコンを引っ張り出して長々と書いてしまうのであった
以前、触れたと思うが、マシュもダッチェもレフティ(左きき)である。
ダッチェは昭和生まれで、その頃あるあるだったお箸とえんぴつだけ直された矯正組でもある。
矯正されてないものは、全部左になってしまうので笑
はさみも、包丁も、球技全般左でしかやれない。
特に長年続けている卓球は、レフティで得をすることのほうが多い(回転が反対になったり、多くの人が右ききなので、攻撃も防御もしやすい)
なので、改札で定期をかざすときに毎回変身ポーズになることや、そそぎ口のついた鍋を反対に傾けないといけないことや、右利き用のハサミや包丁で切ることなど、うまく切れてないかもしれないが、特に気にならない。ずっとそうやってきたから。
この春からマシュは花屋さんで働いている。花屋さんで働くことを目標にした時から、マシュはバイトで貯めたお金でアレンジメントを習いに行っていた。
その頃からの悩みだったそうなのであるが、アレンジに使うフラワーペーパーがカッターでうまく切れないのが悩みだったらしい。
ダッチェが引っ越しでマシュのところに行った時に「お店でうまく切れない」と、アマゾンでロールで買って練習しているマシュを見て、ハタと気づいた。「もしかして、右利き用だからじゃないの」
左利き用のハサミがあるんだから、カッターもあるのではと。
調べてみたら、結構いろいろあった。
いざ、使ってみると「わぁ~~」っていうほどうまく切れた。自分の不器用さを嘆いていたマシュだが、結局そういうことだったのだ
2種類購入したのだが、マシュが気に入って使っているのは『無印良品』の両手きき用のもの。刃を入れ替えられる。
そういう配慮をしてくれることにちょっと感動した。
10人に1人と言われるレフティで、道具もいろいろ出てはいるが、例えば職場などでは共用で使うものも多く、使いづらいなって思いながら、合わせることも多い。
例えばマウスなんかは、ダッチェは左手で使うがいちいち左用に設定しなおすのも面倒なので右仕様のまま左手で使うということに慣れてしまった笑
中指でダブルクリック・・。そうやってレフティは器用になっていくのだ。本人も意識してないほどの努力を重ねて
今朝の情報番組で不登校YouTuberゆたぼんさんが取り上げられていた。
コメンテーターのみなさんがおっしゃっていたことが全部その通りだと思ったので少し安心した。
「ネットで配信しているものを他のメディアで取り上げるのはどうか。」
「彼が好きなことをしていられるのは、他のみんながちゃんと行っているから」
「今でないと経験できないことがあるということも知ってほしい」というようなことをそれぞれおっしゃっていた。
そして、先日びっくりしながら違和感を感じていたことがだんだん具体的になってきた。
『不登校は不幸じゃない』
これが違和感1位かな・・・。
全く行けてなかった時も不幸って思ったことは1度もなかったし、他人から見たらそう見えるってことなのかな・・。
それはさすがにどうでもいいことというか、ん?という的外れな感じしかしない
そして、このインパクトのある言葉を1番前に出してくる新聞や、テレビなどにすごく嫌な感じを受けた。
不登校時代、とにかく情報収集をして、レールから外れたって生きかたはたくさんあるって思った。
そして、何よりマシュの人生なのだからマシュが社会に出ることを先に見据えてきた。
ダッチェは独身時代、保育士をしていたが高校の時にそれを決めて資格のとれる短大にすすんだ。後から取れる資格もあるし、いくつからでも勉強できる。ただ、勉強に専念できる学生時代に資格をとるほうが遥かに楽だろうし、年齢制限のあるものもある。
学校生活の中で他人を見て、己を知ったり、集団での活動から得られる経験値もたくさんある。
なので、やはりどこかで学校に通えるなら通えるほうがよいと思っていたのは確かだ。『学校は行くものだ』って思いこんでいた頃とは、ずいぶんと考えかたも変わったけれど、学校を否定する気持ちにはならなかった。
何が好きで、何が得意で、どういうことに興味を持っているか。
そのことを探すことをメインに不登校時代を過ごした。
その頃にはダッチェは「通信高校もあるし」ってずいぶんのんきになってしまっていた気もするが、実際マシュは市立高校の受験を決めてから、なかなか苦労した。
なぜなら、中1はあまり授業にもついていけず、秋からフリースクールに通っていたので、テストを受けられていなかった為、内申書の点数が良くない。
出席日数はフリースクールとの連携でフリースクールに行ったら出席。なので数字だけ見ると、学校行ってるけどテスト受けてない~みたいになる。
その時はどうでもいいわ~なんて思ってたけど、実際目標を決めてから、後半にめっちゃ勉強しなきゃならなくて後からマシュは「学校は行けるなら行っといたほうがいい」と言ってたな
学校に行くことがあたりまえではないと思い知り、
行かない選択を一時期していた身としては、学校には「すみません~」て感じだったし、行っている子のことは、すごいって思ってた。
こんなに堂々と元気に不登校を公表されることにとてもとまどってしまったのかも。
まだまだひっかかってることはあるのだけれど・・・。
それはまたにします
思い出したようにブログ書いて、古い情報を更新してそれから今の不登校ってどんな感じで発信されているのだろう・・・。ってネットを少し見て回ってみた。マシュの頃はまわりに小学生で不登校の子は、ほとんどいなくて、他のかたのブログを見てとても助けられたな
そしたら10歳の不登校のYouTuberさんの記事に出会った。新聞にも大きく取り上げられていて。
動画も見てみました。
感想はただただびっくり・・・。
ちょっとまとまりませぬ
ただ、このブログのタイトル「不登校かまへんかまへんマイペース」は、そーいう意味じゃない
あの頃は『学校復帰』が不登校問題の中でも、ゴールとして望まれていたように感じていたし、(実際、ダッチェも最初はそれを強く望んでいた)
その中で、あ、違うなって、そういうことじゃないなってだんだん気づいて、
どんな社会人になるか、どんな大人になるか、その過程で何を学び、どんなことを経験するのかを思った時、学校に戻りさえすればよいという考えかたは違うなって。
そのことを一番言いたくて、このタイトルにしたのだと思う。
まとまらないままですが・・ちょっとまだ混乱中
なんか、時代の流れってすごいのですね・・・
すっかり季節が流れてしまいました
長かったGW終わりましたね。
ご報告遅くなりましたが、マシュ、カシュともこのGWはお仕事でした。今春より2人揃って社会人1年生、それぞれカレンダー通りではない、むしろ人が休んでいる時に忙しい職業についちゃいました。
この3月まで親元離れて学生2人で暮らしていた姉妹ですが、カシュは実家に戻り地元で就職。
そして・・マシュは関東に行ってしまいました。毎日ギューギューの通勤電車に乗ってお仕事に通っています。
でも、なりたかった職業で、やりたかった仕事、昨秋には自分からそこで実習させてもらうためにマンスリーマンション借りて1人で暮らし、内定もらったとこなので、こりゃ本気だなって覚悟してました
今ひとりで頑張っているマシュを見ていると、学校に行ってなかったことも忘れてしまいそう。いや、行ってなかったからこんなにたくましくなったのか、もともと頑張り屋だから行けなくなったのか・・・。
本当のところは当人でないとわからないのだろうけれど、学生の間にいろいろな経験をしたことで、いろいろな道があることを知ったり、社会の中での相手の立場のようなものを人より見る力が備わっているようにマシュを見ていて感じる。
ダッチェはというと、学費のためにパートに行きだし、どんどん一生懸命になり、心身ともに疲れ果て8年頑張りましたが、昨秋退職。
長らくお休みしていたこのブログですが、今も見に来て下さるかたがいらっしゃって感謝です。
2人の引っ越しを終え、少し落ち着いたので、また時々思うことを綴ってみようと思います。
ベッタリ一緒にいたころが懐かしぃ・・・望んでいた以上の自立っぷりで、嬉しいのは嬉しいのだけれど、心配と寂しさは続くのであります