水月光庵[sui gakko an]

『高学歴ワーキングプア』著者 水月昭道 による運営
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第五話:この国で学歴を極める意味は?

2010年08月02日 | 庵主のつぶやき
□□09月16日までの限定でお届けします(ほぼ毎週土曜日+α更新)□□
これは、私がまだ大学院生だった頃、日々のストレスのはけ口として、当時運営していたHP上で綴っていたものです。データを整理していたら、たまたま出てきたため、再活用できないかと検討してみました。

見直してみると文章の荒さが目立ちましたが、一般の人たちに、我が国の大学院の現状を知ってもらうには、もしかすると、こういうテキストのほうが楽しんでもらえるのかもしれない、と思った次第です。そんな訳で「恥をさらしてみるか」と腹をくくってみました。テキストには手直しを入れ、少しはマシにしてみたつもりです。

今月発売予定だった『ホームレス博士(仮)』(光文社新書)が9月16日にずれ込んだこともあり、お詫びの気持ちを込めまして、発売日までの二ヶ月間限定という形で恐縮ですが毎週土曜日に更新したいと思います。

では、さっそく、第一話から以下に復活。ご笑覧ください。
□□なお、この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。□□


第五話:この国で学歴を極める意味は?


---前回までのあらずじ ここから----------
シンジは、この先の大学院生活に対する不安を解消するため、できるだけ具体的に将来像を思い描くべく奮闘していました。

博士課程に在籍する先輩は、他大学では先生として講義をし大学教育に貢献しているにもかかわらず、なぜか自学では単なる学生扱いで高額の学費までとられています。先生としての給与は、なんと月にたったの2万5000円とか。

なにかがおかしい。
シンジは、この変な世界に対する不思議な好奇心が、自らの内に頭をもたげてくるのを抑えることができなくなっていました。
---前回までのあらずじ ここまで----------


金をもらって働くのではなく、出しながら働く先輩の姿を見て、大学院というところが理解不能になり頭を抱えるばかりのシンジ。

思えば、トモたちは正社員として給与をもらいながら社内教育も受けていたわけで、その差の大きさに改めて驚いてしまいました。

かたや専門家として教育に従事し、研究室内でも修士課程や学部生の面倒まで見て、指導教員が行う講義の手伝い、時には代行授業までやり、それで金を取られる始末。
 
「う~ん、不思議だ。トモたちや世間の人の目には、どう映るだろうか?」

そんなことを思っていると、シンジの頭にふと妙案が浮かんだのでした。

「インターネット上で、この不思議な世界の話を書いてみようか」

さっそく、ホームページを立ち上げ実行に移すことにしました。

出だしはやっぱりこうだろうな。「皆さんは、大学院と聞いてどんな所を想像するだろうか?」

シンジは、できるだけ面白く感じてもらえるように「お話」としての作り込みにこだわりたいと思いました。読者を増やすために「日記猿人」や「Read Me」など、個人の日記ばかりを集めたサービスサイトに登録したりといった作業も、平行して進めました。窓際に置いていたCDラジカセから、夏にリリースされたばかりのサザンの「TSUNAM」が何度も聞こえてくる中、秋の夜長の秘密の遊びは、シンジをいつしか虜にしつつありました。

第一話から既に数話を書き終え、この日は第五話を執筆していました。
テーマは「院生生活の貧困」で、前半のピークを迎えようとしていました。
ブラウン管のモニターに映し出されるテキストにも力がこもります。
 




・・・、さて、万一、修士課程に加え博士課程まで奨学金を利用するとなんと、 600万円ほどの借金を背負うことになってしまうのです。卒業する頃には、立派な債務者です。


日々の内訳は、こんなかんじです。文献を一冊買うと、ものにもよりますが、すぐに5千円くらいはとびます。

 
学会発表に行くとなれば、旅費(ホテル代、交通費)に発表登録費などがかさみます。ほかにも、所属する学会からはそれぞれ年会費もとられます。

 
年度初めは、複数の学会から会費納入の催促が矢のようにやってくる、恐怖の毎日を過ごさねばなりません。合計額が五万を超える人も珍しくないのです。クレジットカードのゴールド年会費よりも圧倒的に高いわけです。多くの場合、学生でも教員と同じ額が無情にも徴収されますから、ここも理解不能なところです。

 
 
研究のためにフィールドへ調査にいけば、ことごとく経費がかかりますし、 
誰かに協力してもらったりした日には、謝金も払わねばなりません。

 
 
 
 
 
あ~~。学生の身でいったいどうしろというのでしょう!?

 
 
 
 
 
 
「金を稼がねばならない」

 
 
 
皆が悲壮な決意を胸に、鬼の形相でバイト地獄に落ちることを受け入れる瞬間です。

 
 
 
しかし、窮地を凌ぐためであっても、ひとたび働いていることが周りに知られると、よってたかって非難されるのです。

 
 
 
 
 
大学院生になって、そんな暇はないぞ!っと。

 
 
 
 
 
つまり、寸暇を惜しんで研究しろ! 
ということなんですが、 研究するには金がいる!「じゃない?ですか、センセ!?」




大学院生は、ダブルバインド状態に身を置くなかで、いつしか精根尽き果てていくのです。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
あぁ、哀れ、大学院生

 
 
 
 
 
 
 
 
 
金にさえ不自由しなければ、誰も研究時間を捨ててまでバイトしようなどとは思いません。

 
 
 
 
 
しか~し、実際はそうもいかないのです。

 
 
だから、大学院生は隠れてでも働きます。

 
 
 
塾講師、家庭教師、専門学校の非常勤講師、建築現場での筋肉労働夜にコンパニオンなど効率のよいバイトを探して、お金を稼ごうと頑張ります。

 
 
 
そして、残りのすべてを使って、失った時間を取り戻すべく研究を行っているのが実態です。

 
 
 
ちなみに、そんな苦労をして稼いだお金の行き場所ですが、みなさんにはもう見て頂いたとおりです。ほぼ研究関連の支払いで消えます・・。日本の大学院生には、国からの支援の手はほとんどありません。多くは、奨学金や院生自身の労働に加え、家庭からの持ち出しによりまかなわれます。

 
 
こんなわけで、飲みに行くとか、洋服を買うとか、遊びに行くとかに金をまわす余裕は全然ないわけです。

 
 
そんなものに金を使うくらいなら、文献の一冊も買おうかというのが普通の院生の心理なのです。

 
 
 
そうやって、一生懸命研究をしていても、 はたからみると、単なる学生です。

 
 
 
 
 
同期の人間に飲みにつれていってもらった店ではこういわれます。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あぁ、学生さんね!

 
 
 
 
 
 
 
 
 
  と、ここまで書き進めたところで、シンジはハタと立ち止まってしまいました。
 
 
  「なぜ自分は大学院に進学したのだろうか」
 最初は教授に誘われたからだった。だが、次第に研究の面白さがわかってきた。もう少し学問の深みに触れてみたいと思い始めたが、周囲を見渡すと「どうも、その道は危ないような・・」

 
  「日本では、一生懸命に勉強をすると、最後は人生がダメになるのだろうか」
  シンジは釈然としないものを抱えたまま、その日のHPの更新を終えようとしていました。



つづく


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