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draw_or_die

everything will be worthy but cloudy

Achtung Panzer!

2010-02-16 23:41:51 | 最近読んだ本
・「砂漠の狐を狩れ」/スティーヴン・プレスフィールド

 イギリスが第二次大戦に参戦したのはわたしが大学生の頃だった。当時の若者は、今すぐにでも戦争に参加して国のために働きたいと思っていた。わたしが入隊したのは国王近衛竜騎兵連隊、いわゆる戦車梯団である。わたしは戦車を率い、砂まみれになりながらアフリカ戦線を戦っていた。
 敵側のドイツ軍には恐ろしく有能な将軍がいた。「砂漠の狐」の異名を取る、エルヴィン・ロンメル将軍である。指揮官でありながら最前線に立つことも少なくはなく、直接兵士たちを鼓舞するときもあるという。その動きは統率されていて、常に相手の虚をつき、わがイギリス軍の戦線を後退させていく。

 この北アフリカ戦線でわたしは学んだことがある。この砂漠の戦場では常に指揮系統は混乱し、満足な補給もないままに戦いは続いていく。そんな現場で生き残るために、わたしたち兵士は互いに団結しあった。時には本部からの命令を無視することもあった。利用できるものはなんでも利用した。昨日壊れて放置されていた戦車が、今日は敵側に渡って使われている…そんな光景も日常的だった。

 そんなわたしに新たな配属命令が下った。長距離砂漠挺身隊(LRDG)という隠密部隊で、軽装備で敵軍奥地まで潜入し、敵将ロンメルの首を討つという作戦内容だった。戦車からトラックに乗り換え、無補給で果てしない砂漠を突き進んでいく…。それはまさに大海原を航海するようなものだった。常に残り燃料を計算しながら、位置を確認し、砂に埋もれた自動車をかき出す。この死の行軍で、わたしは次第に指揮官としての能力を開花させていった。それと同時に人間の本質、戦争の本質、戦いあうことの空しさも。そしてついに、わたしは思いがけないめぐり合わせでロンメルと対峙することになったのだが…?

 ロンメル将軍と長距離砂漠挺身隊の話は史実に基づいたもので、この挺身隊が後のSAS(アンディ・マクナブのあのシリーズでおなじみの)につながっているようだ。ドイツのロンメル将軍もこの作品で知ったんだけど、彼は古典的な騎士道精神にのっとった戦いぶりで敵国からも人気が高く、ある種神格化されていたようだ。
 彼はナチ党の熱心な信望者というわけでもユダヤ人差別主義者というわけでもなくて、アフリカでの敗戦後は本国へ戻され、そこでヒトラーの暗殺容疑にかけられて生涯を閉じてしまう。で、このアフリカ戦線を破ったのがイギリスのモントゴメリー将軍で、これがハーツオブアイアン2の曲名「Montgomery's March」になっているわけか。うん、なるほどこれで思考のピースが繋がってきたよ…!

 砂漠という極地での戦いで、敵味方間にある種の「ルール」が出来上がってくるのが面白いところ。例えば炎上する戦車から脱出している間は攻撃しない、とか。砂漠を横断するための燃料集積場が自然に出来上がってくるところとか。主人公のわたしも、ただがむしゃらに敵を倒したいという気負いはなく、敵の仕掛けてくる奇襲と布陣にあっぱれと思いながら、こちらも手持ちの物資で裏をかいていく。
 そんな暗黙のルールが、ラストのロンメルとの出会いにつながっていく。進軍中にばったり出くわした、負傷したドイツ兵の一団。隊員たちは銃に手をかけるが、隊長のわたしは極限の思考の中で思いとどまる。トラックに負傷兵を乗せ、近くのドイツ軍の基地に向かう。言葉は通じなくとも、両者無言の会話によって負傷兵は一命を取りとめる。この感動的なシーンによって、主人公のわたしは罪を許されたんだと思う。かつて自分の命を守るために、護送車に乗ったイタリア兵の一団を一方的に虐殺してしまったことを…。

 あとは兵器に関するもうひとつ覚え書き。ドイツ軍は88ミリ砲という対空砲を持っていて、対戦車砲としても使われるこの大砲に、砂漠のイギリス軍はとても手を焼いていたそうな。こちらの射程外から撃ってくる上に、どんな戦車も一撃で破壊されてしまうという。そんなロンメル軍に、知恵と勇気だけで(無謀にも)戦っていくわたしと大学の先輩の将校の前半パートも面白いです。

寒くて左腕が痺れる

2010-01-30 01:23:20 | 最近読んだ本
・「ジャンパー」/スティーヴン・グールド

 ぼくにテレポート能力があるのに気づいたのは、親父から虐待されている時だった。その次が家出をして、暴漢から襲われそうになった時。気づけばぼくは町の図書館の中にいた。行ったことのあって、よく覚えている場所ならそこへジャンプできるけど、行ったことのない場所へはジャンプできない…。
 ぼくはだんだんこのジャンプ能力についてわかってきた。そうとなれば、もうこの家にいる必要なんてなにもないんだ。親父は飲んだくれでしょっちゅう虐待するし、かあさんもそれに耐えかねて出て行ってしまった。あいつは最低の奴だ。ぼくはジャンプ能力を使ってニューヨークへ飛び、そして少しだけ悪さをして、銀行から100万ドルを盗み、一人で生活を始めたのだった…。

 テレポート能力といってまず思い浮かべるのは、やっぱり「虎よ、虎よ!」のジョウント能力だろうか。もちろん主人公のぼくもそういうことを連想してしまうシーンもあったりして、ともかくテレポート能力が大前提としてこういうものですよ、という上で成り立っているお話といえよう(ここらへんは謝辞や解説にもある通り)。テレポートの原理がどうだとか、グダグダとそういうのは抜きにしてね。

 それよりもコレで語るべきは「徹底した子供の視点」にあるんじゃないかな。すごい能力を身につけてしまった!…といっても、デスノートの夜神月のように完璧に立ち回るのではなく、思いつきばかりのどこか浅はかな行動。金庫から金を盗むのが完全犯罪でも、その後はしゃいで金を入れるバッグを20個も大人買いするという暴挙。それで怪しまれることはないんだけど、まあ普通の推理小説ならここから足がつくよな…と、大人の考え。
 こんな能力を手に入れてもやりたい放題!というわけにもいかず、一人で暮らしていくためには身分証明書やらその他の社会的手続きが必要になってくるわけで、そういう現実に直面するととたんに困り果ててしまうのも、いかにも子供。別に子供向けの小説ってわけでもないんだけど、こういう善悪の感覚とか社会の規律とかの描写に教訓的な意味も入っているのかな、と感じた。

 下巻以降は母さんの命を奪ったテロリストに復讐するために単身中東へ殴りこんでいくんだけど、ここでも子供っぽいムキな行動が裏目に出て、アメリカ当局にマークされてしまうという失態。というよりも、そもそもこの中盤からのこの展開ってどうなんでしょうね?と首をひねってしまうけど、読み終わってみれば親との決着をつける(親と決別して親元を離れる)、みたいなエンドだったのでまあよいです。
 敵のテロリストをやっつける方法が相手をつかんで世界の知らない場所へ放り投げていく、というのが何とも平和的でコミカル。

なんだろうねえもう

2010-01-17 22:25:51 | 最近読んだ本
・「18秒の遺言」/ジョージ・D・シューマン

 盲目の美女シェリーは、死者の手に触れることで死ぬ前の約18秒間の記憶を読み取ることができる。その能力は、それまで引っ込み思案だった彼女の社会復帰に大きく貢献した。何よりも、自分が社会に役立っていることが嬉しい。そして、もっと多くの事件を解決して人々を救いたい。自宅に届く無数の依頼の手紙を開封しながら、今日も彼女は現場に向かうのだった。
 その一方で海岸の街のワイルドウッド。この街では連続誘拐殺人事件が起きていた。ひと気のない橋げたの下で見つかる被害者の遺留品…聞き込みをしようにも、日ごとに人の変わっていくこのリゾート地では目撃者などいないも同然。早急に事件を解決せよとの内部からの圧力も加わって、女刑事のケリーはますます頭を抱えるばかりだった…。

 「死者の記憶を読み取る能力」が決してオールマイティなわけではなくて、最初のほうでシェリーが説明しているように、突然他人の頭の中のビジョンが入ってくるわけだから、何が何やらわからず混乱してしまうし、まったく意味を成さないイメージかもしれない。
 それは読んでいる読者にも十分その感覚が伝わってきて、いきなり脈絡の無い文章やイメージの羅列で「?」と思ってしまう。捜査の決め手もこのビジョンによるものではなく、ケリー女刑事の地味な捜査活動が実って犯人が割り出される…という展開。というわけだから、実質的な主役はシェリーよりケリーなのかもしれない。控えめな性格のシェリーも前に出すぎない感じでいいけどね。

 ともかく、この特殊能力はあくまで副次的な要素…というのがポイントかな。そもそも警察の捜査に民間人が出るべきではないし、証拠として有効なのか?という疑問が署の内部から上がってくる。まあそこらへんにリアリティがあるんでしょうね。

garbela

2010-01-10 13:42:12 | 最近読んだ本
・「フェイド」/ロバート・コーミア

 ぼくの住んでいるフレンチタウンには大きな櫛工場があって、街の大人たちは誰もがそこで働いている。それがぼくの街のすべてであり、ぼくの知る世界のすべてだった。だからこそ、一族の中で風来坊のアデラール叔父さんはぼくにとってヒーローであり、憧れの存在だった。時々ふらりと帰ってきては、新聞やラジオでしか聞いたことのない土地のことを話してくれる…。そればかりではなくおじさんは、ある「能力」を持っていた。
 ぼくの家の壁に飾ってある、不思議な写真。家族を写した写真だが、おじさんだけが写真に写っていない。写真を撮る瞬間に、おじさんは能力を使って姿を消したという。おじさんは本当にそんなことが出来るんだろうか?久しぶりに帰ってきたおじさんが、ある日ぼくにすべてを打ち明ける。それは一族の従兄弟に遺伝する能力で、ぼくにも、その能力が備わっていることを知るのだった…。

 周囲の環境や、性へのあこがれ。能力を持った少年が、それに加えて力を持つことへの悩ましさや、秘密を打ち解けられないことに苦悩しながら成長していく物語。…というのが話の前半部分というわけで。
 たとえ透明人間になって他人の生活をのぞき見しても、決して楽しいわけじゃなくて、むしろ見たくないものを見てしまって気持ち悪いと感じてしまう。商店のおじさんがクラスの女子とセックスしているのを見てしまったり、友達の近親相姦を見てしまったり…。能力に常に付きまとうのは悲しさやつらさ、それから制御できない「自分の中にある何か」。

 そんな第1部が突然に途切れる感じで、第2部はその手稿を読んだ孫の視点。こんな能力があるわけない、と思いつつもどこかでこれを信じている部分がある…という、こういったストーリーの「入れ子構造」がこの作家らしいところかな。
 前作「ぼくが死んだ朝」ではバスジャック事件と親子の確執…というまるっきり別種のエピソードが入れ子構造になっていたけど、ここでは一貫して物語の主題は「能力」。後半からは、作家になったぼくが一族の能力者を探すために旅に出るという話なんだけど、ここからはまったく別のテイストになってくる。「能力」の中に潜む、得体の知れない悪霊のようなものとの戦い…。文学的要素が一転して、ホラーっぽくもある。

 ともかく全体を通してみれば、たとえ青春の中にあっても、常に生きていくことの重さや悲しさが染み出ているような…、そんな雰囲気がとても良かったといえる。おじさんがぼくに語りかける一語一語がとても味わい深くて、思わず声に出して読んでしまったりね。やっぱり親から子へ、子から孫へ…と語り継ぐ行為がとてもプリミティブなものだからこそ、そう感じるのかもしれないな。

葉月水無

2010-01-01 06:16:50 | 最近読んだ本
・「神の足跡」/グレッグ・アイルズ

 私はひどい頭痛に悩まされていた。世界最大のスーパーコンピューターを開発するプロジェクト「トリニティ」は思うような成果を挙げておらず、ただいたずらに膨大な予算を浪費していくだけだった。
 しかし、私の頭痛の原因はそれによるものではない。今から半年前、人工知能「トリニティ」のデータ入力のために頭脳をスキャンした時から、どうやら私の精神状態は不安になっているようだ。現に、プロジェクトの他のメンバーも体調不良を訴えている。
 そんな中、私の親友だった物理学者が不審な死を遂げる。死因は脳卒中だが、私の目には他殺に見える。彼は常々、トリニティプロジェクトについて警鐘を鳴らしていた。あれは人知を超えるものであり、危険なものだと。一体私の知らないところで、プロジェクトに何が起きているのだろうか?私は彼が殺された真実を探るとともに、大統領へプロジェクト中止の要請を求めるべく動き始めたのだった…。

 これは読む前の先入観から間違っていたんだけど、これって人工知能とかスーパーコンピューターとかを扱ったコンピューターサイエンスの小説ではなくて、あくまでアクション主体のエンターテイメントなんだなーという(サイエンス分はほとんどなくて、むしろ神とか、精神世界的なものがメインな感じ)。そういうところを読み違っていたんで、最初の煮え切らない場面がとても読みづらかった。
 情報の機密保持のため、必要以上にプロジェクトメンバーに圧力をかけてくる警備員。自宅に隠しカメラまで設置して監視する様子はちょっとした秘密警察といった感じで、主人公の私は監視の目から逃れるためにアメリカ山中から国外のエルサレムまで舞台を移して刺客と戦い続ける。主人公を執拗に追い詰める役の、顔に大きな傷跡を持つ、まさに鉄の女といった感じのゲリーがいいキャラ。ラストは空気になっちゃうけど。

 それで、なんでひ弱な科学者の私がプロの追跡をかわせるのかというと、実は私の頭痛に秘密が隠されていて…というのがストーリーの核心なんだけど。最後は全世界を支配する人工知能トリニティと、神の啓示に触れた主人公との言葉の対決。まあこれが何というか「待ってました!」とばかりの、いかにもな感じの展開。こういうのはある意味ストレートでいいのかもしれないね。
 でも、それにしてもプロジェクト中止のために大統領へ直談判しにいく…という筋書きがなんというか、日本人に馴染めないアレっぽさを感じるところ。

本当に最悪だ

2009-11-09 17:47:54 | 最近読んだ本
・「8(エイト)」/キャサリン・ネヴィル

 1790年、フランス辺境の地にあるモングラン修道院。フランス革命から逃れてきた修道女たちは、教会財産没収法が成立されつつあることを知らせに来る。そう、この修道院にはとてつもない財宝が封印されているのだった。モングラン・サーヴィスと呼ばれる古代のチェスセット、言い伝えによれば世界を変える力を持ち、過去何代もの王がこのチェスによって狂わされ、死んでいったのだった。
 このチェスを守護することがこの修道院の役目。今こそチェスの駒をばらばらにし、各地に拡散させるとき。年老いた修道長は全員を集め、一人ずつに駒を渡すと、まだ見習いのおてんば二人娘に修道女全員のまとめ役を託し、自らはロシアのエカテリーナ帝へ助力を求めに向かったのだった。

 そして現代。女だてらにコンピューターの専門家であるキャサリンは、OPECの仕事でアルジェリアに飛ぶことになった。上司に楯突いたから、というのが転勤の理由だが彼女はあまり行きたくなかった。そのことを友人のハリーおじさんに話すと、彼はモングラン・サーヴィスの写真を見せ、できればかの地でこれを持ち帰ってほしいと頼む。なんでもアルジェにいるモングラン・サーヴィスの持ち主は、相手が女性しか会ってくれないらしい。ともかくこうして、彼女とチェスセットとの結びつきが開始されるのだった…。

 「デジタルの秘法」に続いて、コンピューター業界で働く女性と、それをサポートする謎の美男子…という構図がこの作品にも出てきてちょっと笑ってしまう。しかし今度は2つの時代、フランスから始まってロシア・イギリス・新大陸・そして核心の眠る砂漠の奥地…と世界のスケールはとてつもなく大きい。フランス革命の激動の時代を生き抜きながら、過酷な旅を続ける修道女ミレーヌの物語がとても面白かった。
 物語の途中に登場人物の話が挿入されるスタイル…というのも千一夜物語っぽいよね。過去パートの登場人物もバラエティ豊かで、ナポレオン、バッハ、ルソーなど実在の有名人も数多く出演している。

 で、このチェスセットに隠された秘密というのは賢者の石とか、不老不死の薬だとかそういうものなんだけど、まあそれは特に驚くべき事実でも何でもないかもね、というのはラストでキャサリンが感じているとおりの話で。それでもまあ現代パートの最初は少しタルかったかもね。キャサリンの友達がその場のノリでロールスロイスのオープンカーで砂漠を横断したり、はたまた追っ手から逃れるためにリゾート用のヨットで大西洋を横断したりと、ハチャメチャなところもあります。

すんごい背中が痛い

2009-11-01 06:05:12 | 最近読んだ本
・「亡霊機の帰還」/ジョン・ガードナー

 1978年、イギリスの郊外で第二次大戦時の戦闘機が発見される。空から降り、今はうだつの上がらないデスクワークをしている主人公のドブソン中佐は、上からの命令でこの件について調査することになった。
 墜落したB-26・マローダー機はアメリカ空軍の所属。搭乗員は6名で、5人のアメリカ兵士と1人のイギリス兵。残っている左部分のエンジンの登録番号から照会されたのは、<ダンシング・ドードー>というニックネームの機体のようだ。しかし不思議な点がある。<ドードー>は墜落して、行方不明という記録にはなっていないのである。まあそれは第二次大戦の混乱の中で、記録があやふやになっていたからという理由もあるからなのだろう。
 しかし不審な点は他にもある。マローダー機の乗員は通常7名である。まあそれも、後からもう1名分遺体が発見されるだろうから良いとして、何よりも最大のミステリーは、この6名の遺体から発見された認識票の人間が、今も生きている実在の人物であるということだ。では、この6名は一体何者なのか?何故アメリカの機体がこんなところに墜落しているのか?調査を続けるうちに、中佐はこれがただの紙巻遊びではないと感じはじめるのだった…。

 まあいわゆる、現代を舞台にした歴史ミステリーといったところですよね。ちょっと陰気な感じのイギリス人と、その相方の陽気なアメリカ人大佐のコンビ。けっこうこのアメリカ人のキャラがいい感じ。主人公とヒロインと…、みたいな感じじゃなくてあくまでおっさん二人で調査が進められるのが、終始まったりムードをかもし出している。
 で、実はこの大らかなアメリカ人大佐が黒幕だった…という結末になるんだけども、ずいぶん色んなところを連れ回した割には小さくまとまってしまったな、という感じがする。まあ普通の結び。

 それで、この作中に出てくるB-26爆撃機についての補足なんだけど、これは同世代のB-25よりも高性能だけども扱いが難しいピーキーな機体だったそうで、人によっては嫌われていたり、逆に愛着のある機体でもあったそうだ。

フルコンきっちり入れられる

2009-10-16 20:17:51 | 最近読んだ本
・「乙女の祈り」/ニコラウス・ガッター

 私たちは運命的に出会った。私たちは同じ歳で、同じ感性。私は足が悪くて、彼女はぜんそく持ち。体育の時間ではほかの生徒と一緒に運動できないから、私たちは自然と二人だけで遊ぶようになった。休日に自転車で遠出したり、一緒のベッドで寝たり、お風呂に入ったり。
 ああ、きっと私たちは特別なんだ。他の人には見えない霊的なものを感じることができる。映画スターの写真を集めた祭壇に祈りを捧げ、空想の王国の物語を書き、ハリウッドに行って映画化されるんだ…。
 それなのにどうして、うちのお母さんはそれをジャマするんだろう。私たちは心のつながった姉妹。ポウリーンだとか、イヴォンヌとか、そんな名前で呼ばないで!私の名前はデボラ。私のジュリエットはジーナで、ここはボロヴニアの城の庭園で…。

 夢見がちな少女が妄想の世界に入り込みすぎて、ついには母親を殺してしまう…という話。ともかくまず、この現象を「共感できる」と思うか「気持ち悪い」と思うかどうかだよな。例えばこの子と同じぐらいの年齢でこれを読んだらどう感じるか?とか。でもやっぱり「気持ち悪い」という感覚は抜けないと思う。やっぱり少年同士の友情とか、そういうのよりも少女同士の深い精神世界ってドロドロしていて、一概には美しいものとは呼べないんじゃないだろうか。お互い別名で呼び合うのはまさに「行きすぎ」って感じだし。

 それでそういったモヤモヤ感を清算してくれるのが最後にくる法廷での判決で、彼女たちは殺人への計画性と責任能力があったとみなし、有罪の判決を受けることになる。文体もそれまでの独りよがりな感じからきっぱりとした説明口調になって、キッチリと完結、と。

今までが良すぎたんだ

2009-10-13 12:36:59 | 最近読んだ本
・「太陽の中の太陽」/カール・シュレイダー

 気球世界の辺境にある小さな居住区・エアリー。主人公はそこに住む青年ヘイデン。彼の両親はエアリーに独自の太陽をもたらし、独立することを夢見ていた。この世界で太陽はすべてのエネルギー源であり、独自の太陽を得ることができれば、他のエリアから太陽光を譲り受けて不利益な貿易をする必要もなくなるのだ。
 しかし、彼の両親の夢は侵略国家スリップストリームによって潰えてしまう。父は反逆者として捕えられ、母は最後の瞬間に人工太陽に火を灯そうと太陽に突っ込み、死んでしまった。生き残ったヘイデンはいつか復讐することを誓いながら、スリップストリームの下町で仕事を続けていた。

 そしてある日、軍人の妻に仕えていたヘイデンは空中バイク乗りの腕を買われ、ある艦隊へ乗船することになる。国家最大級の戦力を持つ艦隊が向うのは、不毛の地である冬空間。今回の航行は極秘の任務であり、その目的は誰も知らされていなかった。一体そこには何があるのか?ヘイデンはスリップストリームへの復讐を胸に隠しながら、未知の航海へ旅立っていくのだった…。

 表紙を見るとハードな感じのSFに見えるけど、読んでいて感じるのはむしろライトな感じの(どういう感じなのかはわからんけど)、冒険ファンタジーといった印象。重力のないちょっと変わった世界や色々な設定にSFっぽさを感じるけど、たとえばこれが、両親を殺した海賊の船長の下で働きながら、財宝を求める船旅に出る少年の物語…と説明すればとっつきやすいでしょ?
 まあむしろ物語の筋としてはそのまんまの、気球世界に隠された財宝を探す旅であるんだけどもね(ネタばれしてしまえば)。

 空中バイクを操りながらの艦隊戦や、雲をかき分け未知なるエリアの探索など…、中々に絵になりそうなアクションのシーンがあって、何だかさわやかな青空がよく似合ってる。登場人物もそれぞれにコミカルな特徴があって、アニメっぽくて、なんというか極めて乱暴な表現をすればラピュタっぽいというかなんというか。最後のほうの圧倒的な戦力差に立ち向かう艦長とか、気球世界の中枢部での決闘とかの緊張感がよかった。
 でも所々で突っかかる点があったり、すんなり読めなかったのはやっぱりSFというジャンルだからなのか、はたまた作家の腕が未熟なのか。中盤の宮殿のシーンなんかは読んでて全然頭に入ってこなかったよ。

パンおいしかった

2009-09-23 20:06:15 | 最近読んだ本
・「夜愁」/サラ・ウォーターズ

 というわけでサラ・ウォーターズの第3長編(厳密に言えば4作目)の舞台はまたもイギリス・ロンドン。時代は19世紀から少し離れて1947年、第二次世界大戦終結後の、復興に向けて動き始めている街。そんな中で屋根裏部屋で人目をはばかり、隠居生活をしているケイ。結婚相談所でお茶を飲みながら、退屈な仕事をしているヘレンとヴィヴ。ヴィヴの弟で、蝋燭工場で黙々と働いているダンカン…。
 戦争が終わり、平和が戻ったにもかかわらず、彼女たちは気のない生活をしていた。そして彼女たちの、どこかぎこちない奇妙な人間関係。これらの登場人物に一体何があったのか?それは物語中盤以降で語られる、彼ら/彼女らの戦時中の様々なドラマによって語られるのだった…。

 物語の構成としてはちょっと変則的で、最初に語られるのが1947年の、「終局」を迎えたキャラたちの平凡で退屈な毎日。そして第2部が戦時中、ケイは女の身でありながらガレキの中から人命救助をする救急隊員として活躍し、ダンカンは徴兵を拒否した罪で刑務所の中で暮らしていて、ヴィヴはタイピストの仕事をしながらある兵士と付き合っている…という流れ。彼らは戦時中にこそイキイキとしていて、まさに激動の人生を生きている、といった感じ。
 そして第3部がエピローグで、第2部よりももっと前の話、すべての物語の始まりでもある彼ら彼女らの出会い。まあ確かにこれをラストに持っていくのは良いよね。退屈な薄い日々で終わるよりはずっといい。でも、だからこそ第1部のどこかつまらなそうな雰囲気が、読むにあたってとっつきにくいのではあるけれども…。

 それから登場人物のひとり、ヘレンが少しわがままで姫な性格なのかなーと思ってしまった。並の容姿で、嫉妬深くて、戦時中も特にドラマもない、この面子の中ではふつうの一般人といったところ。でも一応全キャラと関わりがあるんだけどね。
 それから、第二次大戦という異なる時代背景にもかかわらず、やっぱりこの作家は汚れたロンドン街の描写がとてもリアルなのでした。