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draw_or_die

everything will be worthy but cloudy

渋谷ハロウィン

2015-11-01 05:13:13 | 最近読んだ本
スターゲイト/デブリン&エメリッヒ

 若きエジプト考古学者ダニエルは、いささか常識からは飛躍した自説を持つことから、学界からは冷遇されていた。今日もまた講演会でピラミッドに関する自説を説くも、古参の学者からは見向きもされず、バカバカしさのあまりほぼ全員が途中退出してしまう結果に。
 講演後、出席していた見慣れない老婦人が話しかけてきた。自分のプロジェクトにダニエルの力が必要だと。この老婦人こそ、1920年代にエジプトで発掘された謎の遺物の発見者であるラングフォード博士の娘であり、発見と同時に起きた事故の体験者でもある。
 例の遺物はその後、軍によって管理され、研究は現在も秘密裏に続けられていたのだった。プロジェクトはまさに最終段階で、そのためにダニエルの古代エジプト言語の知識が必要だった。

 軍の目論見とダニエルの翻訳の通り、これは時空を旅する転送装置・スターゲートであり、彼は先行隊としてスターゲートの旅に同行することになった。学者であるダニエルは軍の強行的な態度は好きになれず、嫌々ながらの同行ではあったが、古代エジプトへの興味は隠しきれない。
 こうしてラングフォード女史からはなむけのペンダントを受け取り、スターゲートによって見知らぬ場所へと転送された一行。しかし、どうやらスターゲートの転送は一方通行の様で、ここから地球へ戻ることができないと分かるや、ダニエルへの風当たりは強くなっていくのだったが…。

 映画化されている通りに、あらすじだけ見ればまさにジュール・ヴェルヌのような王道的な冒険SFなんだけど、やっぱりそこはSFというか、SF小説特有のフックがあって、物語が本格的に始まるまでに一縄筋ではいかないところがある。まあぶっちゃけ文体が読みにくいというか、ストーリーラインが整頓されていないというか。現代の感覚からすると、もうこれだけでアウトのような気がしないでもない。

 さて、ピラミッドのようで微妙に地球のピラミッドと違うような場所にワープされたダニエルたちは、原住民とのコンタクトを果たすのだが、そこはある意味ディストピア的な世界になっていた。彼らは文字を禁じられ、原始的な器具で石英鉱石を採掘し、太陽神ラーに絶対服従を誓っている。
 原住民はダニエルたちをラーの使いではないと知り、ひどく困惑しているようである。一行をどう扱ったらよいものかと思案しているうちに、砂嵐が彼らの街を襲い、彼らの神である太陽神ラーが姿を現した。たちまちパニックと化す街…それほどまでに彼らの恐れる太陽神ラーとは、一体何者なのだろうか?

 全体を俯瞰してみると、暴君に長年支配されている原住民の街に、現代から主人公たちがやってきて、力を合わせて旧体制を倒す…みたいな入れ子の中に入れ子が入っているような物語の構造なんだけど、やはりというか、全容が見えてくるまでがあんまり面白くないんだよね…。繰り返しになってしまうけど、そこがSFらしさ、といってしまうのも多少暴論気味なところはある。まあ、つまらなくはない、とは思う。

2015-09-29 20:07:37 | 最近読んだ本
エアーズ家の没落/サラ・ウォーターズ

 1700年代に建てられた巨大なハンドレッズ屋敷。そこには地元の名士・エアーズ一家が代々住んでいるが、2度の世界大戦を経た今、その屋敷と一家は急速に落ちぶれていった。
 そこに住んでいるのは年老いたエアーズ夫人と、その娘のキャロライン、戦争で足を悪くした弟のロデリック。語り部のファラデー医師は、メイドの診察を頼まれたきっかけに、一家と付き合いを始めるようになる。
 一家は思っていた以上に貧しかった。度重なる借金、屋敷の修繕、土地の売却の問題が彼らを悩ませていた。それでいながら、一家の物腰はのんびりとした、旧時代の上流階級といった感じで、まるで目前の危機が目に入っていない様子だった。

 そして、屋敷に潜む何物かの存在。最初に気づいたのはここにやってきたメイドだった。それがロデリックに、エアーズ一家に重くのしかかり、破滅させようとしている。来客が犬に噛まれて負傷する。ぼや騒ぎが起こる。それらは皆、ロデリックのいう「何物か」が引き起こした現象だというのだ。そうしている間に彼はますます精神を病み、ついには精神病院へと入院してしまう。エアーズ一家の暮らしは、ますます苦しくなっていくのだった…。

 サラ・ウォーターズというと、ジェットコースター的展開の「茨の城」だけが本当に例外的な作品で、基本的には、19世紀末のセピア色の世界にどっぷり浸かるような、そんな作風の持ち主だと思う。今回もまた、古い屋敷とその一家の話をじっくりと読み進めるような作品なんだけど、よく言えば古風、ありていに言えば退屈…といった感想で。

 これ、結構微妙なんだよなあ。こういう旧態依然とした、ダルい雰囲気を意図的に出そうとしているのは分かるんだけど、読者がそれに付いていけるかというと、すごく返答に困る。
 戦争の後遺症なのか、常に後ろ向きで引きこもっているロデリックを筆頭に、どことなく煮え切らない態度の一家に、イライラさせられることも少なからず。そして往々にして進んでいかないストーリーにも、少しずつイラだってきて…。

 結局、エンタメとして見ようとするからダメなのかな。多少なりとも楽しませる要素を含むのが小説ってものなんではないか…とか色々考えてしまうけど、やっぱりこの作家がこの水準の作品を出すのは、納得いかないと思える。

追い詰められている

2015-08-30 14:01:52 | 最近読んだ本
その女アレックス/ピエール・ルメートル

 パリのファルギエール通りで、誘拐事件が発生した。誘拐されたのはアレックスという女性、しかし目撃者はほとんどおらず、警察側は誰が誘拐されたのかも分からない状況である。
 この事件を任されたのはカミーユ刑事。彼は本当は誘拐事件など担当したくはなかった。なぜなら彼の妻は誘拐され、殺されてしまったという過去があるからだ。
 だが自分がこの仕事を拒否している間にも時間は経過し、誘拐された女性の生命が危うくなってきているのは避けられない事実である。カミーユ刑事はそう決意し、事件に取り組むことにする。とはいえ手がかりもほとんどないまま数日が経過し、倉庫に監禁されたアレックスはじりじりと衰弱していくのだったが…?

 まず目を惹いたのがキャラクターの造形で、背の低い切れ者カミーユ刑事、物腰柔らかなお洒落でイケメンなルイ刑事、誰彼構わず他人から物をせびるアルマン刑事、上司の部長(カミーユとは対照的に、デカくて太っている)。それから誘拐されたアレックスとか、その他色々なキャラクター。それぞれのキャラが活きているって感じがして、読んでいて楽しい。
 アレックスを誘拐した犯人は途中、まるで自殺のように車に轢かれて死んでしまい、ますますアレックスの監禁されている場所へは遠のいていく。生存できるタイムリミットが刻々と近づき、なかなかスピーディーな展開が続く。

 でもそれはまだまだ序盤だったりするんだな。事件の真相はまさにこれからで、カミーユ刑事は初期の段階から、アレックスをうさんくさい女と直感する。何しろ、一週間近く行方不明でも誰からも不審がられない。そして監禁から自力で脱出しても、警察に助けを求めない。誘拐事件を捜査していくうちに、アレックスという女の全貌、彼女の物語が明らかになっていく…といった展開だ。
 この話はカミーユ刑事シリーズの2作目ということで、1作目(未訳)も読みたくなるような、なかなかいい雰囲気の小説だったな。

QUAKE:ARENA

2015-08-18 10:40:21 | 最近読んだ本
ファイアウォール/アンディ・マクナブ

 というわけで工作員ニックのシリーズを読むのも久しぶりなんだけど、やっぱりマクナブの圧倒的な細かいディテール描写と、一人称で語られるテンポのいい文章にやみつきになる。

 今回ニックはロシアで要人を誘拐するという仕事に参加したものの、あえなく誘拐は失敗に終わる。言葉の通じないロシア人、ヤク中にホモが2人と、メンバーも悪ければ運も悪い。失敗に失敗が続き、ニックは途中で人質を解放せざるを得なくなってしまった。
 その時の手腕を買われて、今度は誘拐された要人本人から仕事の依頼が来たのである。仕事の内容はある施設に侵入し、データを盗み出すこと。ニックは彼が預かっている娘ケリーの養育費のため、金が必要だ。報酬はたくさん出すと聞き、ニックはかなりやる気になった。思わず妹を紹介したいぐらいに…いやいやニックに妹なんていないんだけどさ。と、作中で軽いジョークをかましたり。こういうのが、いかにもマクナブ節って感じ。
 とまあそんなわけで、ニックはコンピューターのスペシャリストである友人のトムをどうにか説得し、フィンランドまでやって来たのだが…?

 ニックの不運も続き、フィンランドでの仕事もこれまた失敗し、ターゲットを追ってエストニアへ潜入することに。エストニアってどこよ…みたいな感じでいよいようんざりしてくるニックだったが、旧ソ連の工業地帯といったところで、住民の生活レベルはひどく、街全体が工場の黒い煤に覆われている。ここへ向かい、施設を破壊してくるのが新たなミッションとなる。

 ファイアウォールだの国家機密システムのエシュロンだのと物語にコンピューターサイエンス的なものは関わってくるけど、メインは相変わらずニックのアクション部分で、そんなにはメインテーマにはされてない感じだった。このシリーズ自体久しぶりだったから、あれ、ストーリー構成ってこんな感じだったっけ、と忘れちゃったよ。それから、ニック自身もプロで十分に準備してあるにも関わらず失敗続きなのも、こんな感じだったっけ…って。

やる気が出るのを待っている

2015-07-30 19:27:38 | 最近読んだ本
・イエスの古文書/アーヴィング・ウォーレス

 ランダルは、若くして成功した広告会社の社長だった。とはいえ今の彼は万事順調とは言い難く、離婚の危機や父親の闘病生活、それから近々自分の会社が買収されるかもしれないという、数多くの悩みを抱えていた。
 そんな彼に緊急の連絡が入った。今度新しい聖書が出版されるというので、そのプロモーションを担当してほしいという依頼である。聖書自体は特に宣伝をせずとも、常に売れている本である。そのどこに宣伝を行う必要があるのか、と疑問を持つランダルだったが、取引先の意向や、彼の友人や父親が牧師という縁もあり、仕事を受けることになった。

 新しい聖書の内容とは、近年発見されたイエスの生涯に関する文章だった。それまで聖書内でほとんど記述されていなかった、イエスの生涯や布教活動が綴られており、これが世間に発表されれば、とてつもない反響が起こるのは間違いない。
 この「ヤコブ福音書」―イエスの実兄ヤコブが、人間イエスの生様を綴った書―の原稿を読んでランダルはいたく感動し、決意を新たにする。と同時に、この新しい聖書プロジェクトを妨害する何者かが動き始める。手始めとして、ランダルは夜の街を出歩こうとした瞬間、いきなり襲われてヤコブ福音書の原稿を奪われそうになったのだ。そして機密であるにもかかわらず、彼をしつこく追ってくる新聞記者。史上最高の規模と機密の下に進行する新しい聖書プロジェクト、そこでのランダルの仕事が始まる…。

 日本人にはあまり馴染のない聖書だけど、聖書自体冷静に分析してみると割合ツッコミ所が多いというか、メインキャラであるイエス自身の人となり自体はあまり記述されていなくて、そういった事柄よりも伝説や神話的な側面が大々的にフューチャーされている(と、作中では指摘している)。まあ聖典である以上、あんまりリアルな描写は必要ではないのかもしれないし、仮に作中のようなイエスの布教活動の記録が発掘されたとしても、現実的にはそれほどセンセーショナルな事になるとは考えづらいかな、と。
 そんな感じで、色々と聖書にまつわるトリビアが散りばめられているので、馴染のない読者でも聖書への理解を深めることができる。

 やはり見るべきところは、このとてつもなく大きな案件に挑みかかるランダル社長の仕事っぷりだろう。まさに時間単位でヨーロッパ中を駆け回り、プロジェクトの面々と打ち合わせを行う。デキるビジネスマンって感じで、見ていて気持ちいいですね。
 後半からはランダルの目的はちょっと外れて、もしかしたらこの新しい発見は本物ではないのではないか…?というミステリーに突入する。なかなかスピーディだし、聖書とか宗教的なモノ一辺倒だけじゃそろそろ退屈してきただけに、いい展開だと思う。
 まああとは、書かれた年代が年代(1972年)だけに、現代の感覚だとセキュリティ意識が低すぎるよな…と思う場面が多々あったり(そうでもしなきゃ事件やイベントは起きないんだけどさ)、ラストでどうにもうさん臭い団体に肩入れしようと決意してるところが興醒め。やっぱり俺らが、西欧のキリスト教的な考えを理解することは難しいんだろうか…?って思っちゃう。

眠い

2015-07-11 15:16:31 | 最近読んだ本
・プリオンの迷宮/マルティン・ズーター

 新聞記者のファビオは、病院の中で目覚めた。聞けば、頭を殴打されて50日間程記憶を失ったまま入院しており、今、ようやく退院できそうな状態にまで回復しつつあるのだった。
 社会に復帰したファビオの生活は一変していた。それまで付き合っていた彼女とは別れて、今は別の彼女といて、煙草も吸うようになっている。銀行の暗証番号も変わっている。なぜか新聞社を辞めたことになっていて、そのかわりに、同僚の友人が編集長になっていた。
 自分の中から抜け落ちた期間に、一体何があったのか?一体何が自分を変えてしまったのか?とにかく友人が怪しそうだった。自分と会いたがらないし、彼女を奪ったのも、仕事をやめたのも、きっと彼のせいに違いないと。ファビオはリハビリを続けながら、その謎を解いていくのだが…。

 いかにも色々波乱がありそうなミステリって感じに見えるんだけど、どことなく想像していたのと違うというか、抜け落ちていた記憶や、その期間に主人公が調べていた事実(特ダネ)って最終的にはあんまり重要ではなかったりするんだよね。(なぜなら、途中で友人が自殺してその辺りがうやむやになってしまうから。)そういう意味では結構期待外れだったかな。

 そういったミステリ部分よりも、むしろ主人公と友人との友情という部分にフォーカスが当てられており、やっぱり色々あったけど友人はファビオのことを思っていた、それゆえの行動だった、という事実がラストにつれ明らかになっていきます。彼女とも復縁して、元通りになっておしまいという感じの。
 じゃあ記憶を失っている間の、別人のような生活をしていたのは何だったのか?という問いについては、作中でカウンセラーが「潜在的に、人は自己とは正反対の自己を持っている。そして、その正反対の自己がある時姿を現すときがある」といったことを言っていて、それがすべてを説明しているような感じなんだけど…うーん、まあ、そうですね…みたいな。何となくもやもや感は残る。

1日1タスク

2015-06-25 16:01:58 | 最近読んだ本
ギャングスター/ロレンゾ・カルカテラ

 アンジェロはニューヨークへ向かう移民船の中で生まれた。故郷イタリアのマフィアに追われ、新天地アメリカでより良い暮らしを手に入れようと画策したアンジェロの父親だったが、生活はとても苦しく、上向く見込みはなかった。すでに妻と子供を亡くし、低賃金の仕事をしながら、すっかりしょぼくれている父親。そんな父親を見て育ったアンジェロは、彼のようになりたくない、より良い暮らしを手に入れたいと、自然とマフィアを目指すようになった。父親が最も嫌う、マフィアに。
 街の悪ガキだった親友パッジとコンビを組み、二人はみるみる頭角を現していく。望みである、良い暮らしも手に入れた。最高の妻も手に入れた。しかし最愛の妻はある日突然、敵対ギャングの襲撃に遭い、死んでしまった。それ以来、アンジェロは心を閉ざしてしまい、冷徹な、本物のギャングスターとなって、闇の世界の王として君臨していくのだった…。

 1900年代初頭の恐慌、禁酒法などがあった、マフィアが経済を牛耳っていたある意味ロマンの時代。そこに生きるマフィアのボス・アンジェロの生涯が、語り手の私によって語られる。
 とはいえ、中々のほほんとしているんだよな。古き良き時代というか、血なまぐさいところも残酷なところも、あまりない感じ。悪いことをしたい、という動機じゃなくて良い暮らしがしたい、ここから這い上がりたい、というまっすぐな気持ちを誰もが持っているから、そこに人種差別とかそういったものはなくて、まあ平たく言うと、任侠もの独自のノリっていうか。

 前半がアンジェロの台頭と妻を失うまで、後半は語り手の私がアンジェロに出会うところ。後半からはアンジェロがずっと年を取った後の話で、彼はもはや昔の時代のギャングとなっている。そんな中で、新しい若い世代にどう立ち向かっていくのか…という、彼の最後の戦いが描かれている。こういった「滅びの美学」ともいうもの…それもまた任侠ですよねっていう。
 あと、この作者は著作の多くが映画やドラマ化されているらしくて、訳者があやかりたいとかうらやましいとか書いてるのもどうなのかな、と思うけどね。

2014-07-03 23:24:11 | 最近読んだ本
「わたしが眠りにつく前に」/SJ・ワトソン

 夜中にわたしは目を覚ました。隣には、知らない男。まったく覚えがないが、この男と寝たのだろうか。バスルームに行って鏡を覗き込む。鏡の中のわたしは、少し年老いていた。わたしはもっと若かったはずでは…?しかしわたしは、何も思い出せない。
 男がわたしに説明するには、自分は記憶喪失にかかっているという。この男、ベンはわたしの妻。わたしは47歳。こうして眠りから覚めるたびに、以前の記憶がきれいさっぱり消えてしまうタイプの、珍しい記憶喪失なのだという。あまり釈然としないが、ベンを信じるしかなかった。毎日彼は、記憶を失うたびに忍耐強く説明してくれるのだ。きっと大変なことだろう。

 日中、夫が仕事に出かけてしまうと、不意に電話が鳴った。ドクター・ナッシュ、カウンセラーだ(わたしは覚えていないが)。彼はクローゼットの中の日記帳を読むよう指示した。ドクターが言ったように、そこには日記帳があった。わたしが眠りについて記憶を失ってしまう前に、日々あった出来事、今まで思い出したことを書き綴るよう、カウンセリングの中でドクターから言われていたのだ。
 ページを開いてすぐ、わたしは最初に大きく書かれていた文字に目を奪われる。「ベンを信じるな」。夫を信じるなとは、どういう事だろうか?わたしは、わたしが書いた日記を読み始める…。

 導入部分がとてもスムーズで、どんどん読ませてくれる作品。真っ暗な中、記憶喪失で…というシチュは初めて読む読者にとっても入りやすい。それから日記形式。夫やドクターが語る、わたしの断片。こういうのも読みやすいですよね。そういった中で、本当のわたしは何なのか、今まで思い込まされていた虚偽、その裏側のストーリー、そういったものが少しずつ明らかになっていく。
 そしてひととおり過去の記憶を読んだところで現在に戻り、ああやっぱり夫ベンはいい人だったんだ、これからはもっとこの人を愛そう、というところに、ノートの冒頭に書かれた「ベンを信じるな」という不吉な言葉。この人はわたしに嘘を言い通そうとしている。そこまで事実を隠そうとする、夫の本心は何なのか…?

 というところで終わってしまうと、なんだか夫が女々しいヤツだなあという印象で完結してしまうけど、ストーリーは意外な結末に。なかなか鮮やかではあるんだけど、もうちょっと何か欲しかったかな…という物足りなさがあったかな。

久しぶりに

2014-05-09 12:34:56 | 最近読んだ本
月と6ペンス/サマセット・モーム

 私がチャールズ・ストリックランドという男に出会ったのは、ストリックランド夫人のパーティーを通じてだった。夫人は、私のような若い作家を集めて、たびたび社交的なパーティーを行っている。彼は、証券取引所の仲買人の仕事をしていた。私はそのパーティーで少しだけ彼と話をしたが、その当時の彼は、話下手で、面白くのない、退屈な人間だと感じた。
 そんなある時、彼は突然妻も子供も捨ててパリへ行ってしまったという話を聞いた。きっと浮気でもして駆け落ちしたのだろう。夫人は、私にパリへ行って彼を説得してほしいと頼んできた。パリで見つけた彼は、浮気などはしておらず、汚い安い宿に泊まり、絵を描いていると言った。
 話をしているうちに、彼には戻る気はなく、その話を聞いた夫人もついには夫をあきらめ、彼の事はもう知らない、と、復縁するつもりもないらしかった。

 あれから5年。ストリックランド夫人はタイピストの事務所を構え、社会的にも経済的にも自立していた。私のほうは作家的な行き詰まりを感じ、パリへ移住しようと考えていた。そこで私は、チャールズ・ストリックランドという画家の噂を聞いた。いつの間に彼は有名な画家になっていたのか。私は画家の友人を通じ、ストリックランドに久しぶりに会いにいくことにしたのだった…。

 家庭も、安定した収入もある40歳の男が、なぜ突然すべてを捨てて絵を描き始めたのか。そんな謎めいた男の人生が、作家である私の視点で語られる。まあ男というものは、ときに自分の趣味世界だけに没頭したいという時もあるだろう。もちろん、できることなら仕事や家庭も捨てて、ただひたすらに何かに打ち込みたいという欲求が。そういうのって、べつに分からなくもないですよね。

 彼に再会して分かったことは、彼は描いた絵を誰に見せることもなく、ただ自分のためだけに作品を作り続けているという。そんなことってありえるのだろうか?主人公の私が作家だからこそ、その感情はよく理解できる。『世間に認められたいという欲望は、おそらく、文明人にもっとも深く根差した本能だ。…』
 とてもシンプルな事なんだけど、こうやって文章に表されると、なるほどなと実感させられてしまう。元々の作家の作風というのもあるんだけど、現代語訳されたこの本は全体的に読みやすくて、やっぱり古典は新しい翻訳で読むに限ります。

 反社会的で自分を顧みず、ひたすらに破滅的な人間であるストリックランド。その災いは、彼の友人にも害を及ぼしていく。友人の奥さんを寝取ったり、挙句にその奥さんは自殺してしまったり。そういったパリでのひと悶着のあと、彼と別れてしまい、それが最後に見た彼の姿となってしまう。

 小説の最後の部分は、ストリックランドがタヒチで過ごした晩年。彼の死後私はタヒチへ行き、ストリックランドの最後の数年間の断片的なエピソードを聞く。
 どうやら彼は、タヒチにようやく心を落ち着けられる場所を見つけたらしい。誰にも干渉されず、思う存分に創作に没頭できる場所。タヒチに渡った時点で、彼は画家としていくらかの名声を得ていたらしい。けれども、相変わらず世間の事はまったく感心にないといったストリックランド。その身体がハンセン病を患っているのも気に留めず、ただひたすら、自分の芸術のために描き続けた壮絶な人生…。

 それとは対照的に、彼の知人や私の友人は、皆口をそろえたかのように「ストリックランドの絵にそんな価値があるなんて知らなかった。持っていれば、今頃お金持ちだったろうなあ」と、すごく俗っぽいことを話す。あるいは、別のたとえもある。優秀な医師としてのキャリアを期待されていたが、ある日突然アレクサンドリアへ行ったきり、戻らなかった私の友人。彼が去ってくれたおかげで、ナンバー2だった医師は今や大病院の院長。
 つまりは、個人が感じる幸福と社会的な(相対的な)幸福は異なっている、ということですね。
『…彼は本当にしたいことをしたのだ。住み心地のいい所での暮らし、心の平静を得た。それが人生を棒に振ることなのだろうか。成功とは、立派な外科医になって1万ポンド稼ぎ、美しい女と結婚することだろうか。成功の意味はひとつではない。人生に何を求めるか、社会に何を求めるか、個人として何を求めるかで変わってくる。…』

相変わらず最悪だ

2012-04-26 05:43:42 | 最近読んだ本
・「悪魔の赤毛」/デイヴィッド・コーベット

 男は麻薬の密輸で生計を立てていた。名前はアバタンジェロ。麻薬を扱っているが、銃や暴力はなし。犯罪組織と関わるのもなし。そんなポリシーで、彼は細々とやっていた。彼はそのうちツケが回ってくると思っていた。彼の予感は間もなく当たった。港で便が届くのを待っていたところを逮捕された。彼は同業者の仲間に配慮してすべての罪をかぶり、10年間投獄された。
 アバタンジェロには、しばらくの間一緒に仕事をしていた女がいた。名前はシェル。ラスベガスで行きずりで出会った、赤毛の女。彼は10年間の服役の中で、シェルを大切な人だと思うようになった。刑務所を出たら、シェルに会いたい。それだけが、彼の生きる目的となった。
 一方でシェルもアバタンジェロのことを思い続けていた。彼女は3年間服役した後、今は別の男と暮らしている。フランクという麻薬中毒者の男で、不幸な境遇を持つフランクをシェルは放っておけなかった。彼女はフランクの世話をしながら、貧しい生活を送っていた。
 こうして、晴れて娑婆へ出ることのできたアバタンジェロ。手には、ずっと大切にしていたシェルからの手紙がある。もちろん、危険なことだとわかっていても、シェルにもう一度会いたい。シェルの彼氏・フランクが地元のギャングとトラブルを起こして不穏な空気になっていることも知らず、アバタンジェロは彼女へ近付いていくのだった…。

 久しぶりに、読んでいて夢中になれる本に出会った感じ。全体的に漂う退廃的な雰囲気がいい。登場人物は皆疲れた人間だ。ダメで、退廃的で、とても疲れている。だからこそ、シェルのダメ人間を放っておけない性格が、男たちにとって女神に思えてくる。シェル自身もダメ人間と関わってくるからだんだん不安定になってきて、図らずも破滅を招いてしまうという寸法。つくづく人間の本質ってこういうもんだと思うよ。お互い不安だから、依存して、ダメになっていく…という。
 物語はシェルの彼氏のフランクが引き起こす、地元ギャングやメキシコ人マフィアとのいざこざがメイン。そこへ主人公アバタンジェロが介入してくる。まあこのフランクのダメ人間の落ちっぷりも十分ひどいんですけどね。妻と子供を殺され、容疑をかけられた彼は精神を衰弱してしまい、麻薬中毒者となってしまった…という過去を持ち、それ故どこか憎めない。
 その他でいえば、終盤シェルが誘拐されて、シェルが逃げるのを手伝う男がいるんだけど、そいつも一緒にいる時間が長いだけに印象深いです。彼もまた逃亡の途中で毒づいたりシェルに昔話を聞かせたりするんだけど、結局最後は(何故か)逆ギレしてアバタンジェロに殺されてしまう、という。まあそこらへんは主人公とヒロインの再会、というところに焦点を当てているので、どうしてもご都合的な展開になっちゃってる雰囲気が…。まあ全体でいえば面白かったですよ。