共有スペース

少し前に引っ越した先のマンションがちょっと変わった造りになっている。フロアを2軒で共有するのだが、エレベーターホールがある玄関とは別に戸口があり、もう1軒と一緒に共有できるスペースが奢られている。鍵の字になった廊下を介して2つの部屋が用意されている。1部屋は鰻の寝床のような幅の狭い書斎タイプ。もう1部屋は子供を遊ばせられるような12畳程のラウンジタイプで、簡易キッチンまで備えられている。トイレが両方の部屋の間に用意されているのはありがたい。
廊下の突き当たり同士がお互いの家の裏玄関になっており、開けてすぐに相手側の家の扉が目に飛び込んでこないように工夫されているのはありがたい。
新築だったことも手伝って、隣の家は暫くの間は空いており、共有スペースは我が家で自由に使わせて貰っていた。ラウンジには子供のおもちゃが散らばり、書斎には自分の雑誌が積み重なるという具合に。

先日会社から帰ると、嫁からその日の午前中に隣の家に人が入ったことを教えられた。嫁は慌てて散らかった荷物を片付けたという。隣が埋まったからには共有スペースはようやくその名の通りに共有スペースと化す。知らぬ同士で利用するわけだから、お互いのルール作りが必要となる。とはいえ現代的といえば現代的で、引越しの挨拶があるわけではないので、顔を合わせる機会をみて話をすればよいと考えていた。
子供らは学校から帰ってくると広いラウンジで遊びたがり、自分は家族が寝た後に落ち着いてテレビを見れるように遅い時間に書斎を利用したい。その程度のことなのだが。

数日が経つも嫁から顔を合わせる機会が無いことを知らされる。ラウンジには現れる様子も無いのだという。その日、引越し後控えていた夜の書斎利用を始めようと、足を運ぶと隣の家の裏玄関が開きっぱなしになっているのが眼に飛び込んできた。ラウンジ側からはうちの裏玄関が見えるのと同様に、書斎の入り口からは隣のそれがすぐそこにあるわけだ。空いた裏玄関からはリビングが丸見えで、寝そべってテレビを見ている隣の家の主人らしき男の背中が眼に映る。
いつも裏玄関が空いているので、書斎が利用し辛い。トイレにしても流す音が気になるので、わざわざ家のトイレに戻る始末だ。そうこうしている間に足が遠のいてしまった。ラウンジについても同様で、子供が学校から帰ってくる頃になると赤ん坊の泣き声が聞こえるので、利用し辛くなったという。

どうにかしないといけないな。と思い始めていた週末の朝、嫁に言われて共有スペースのトイレの掃除に向かった。相変わらず隣の家の裏玄関は開け広げてあり、奥からテレビの音が聞こえている。ふとそこに顔を出した隣の主人の顔を見て驚いた。仕事相手である商社の営業マンだった。自分よりひとつ年齢が上の草野球を趣味とする彼は実に気持ちの良い性格の持ち主で、自分が勤める会社でも好かれた存在である。お互いに驚いて挨拶を交わす。トイレ掃除のお礼をされる。週単位で交代することに決めた。
その夜、図書館から借りた本を読もうと書斎に。時間も時間なので、開いたままの裏玄関に気を使いつつ、静かに書斎の扉を開ける。所狭しと飾り棚が並べられており、壁には商品陳列棚のような金具が這わされ、壁一面にブリスターパックに収まったままのフィギュアが飾られている。自分が置いたテレビは元々備え付けのデスクの上からドアの脇に追いやられていた。
驚愕と怒りとで身を震わせて、ラウンジに向かう。幼児を遊ばせる遊具で溢れているのではと思いきや、大きなクローゼットが4棹程壁に沿って並べれらている始末。
嫁を呼んで、ことの顛末を説明する。いくらなんでも公私混同も甚だしいということで、苦情もといある程度の交通整理をしないといけないということで、隣の家に向かうところで眼が覚めた。

時計を確認し、2度寝をしたところ、思いがけず続きをみることが出来た。隣の家の裏玄関を覗くと、商社マンの嫁が血を流して倒れていた。夢の中で夢と分かっているので、驚きもせずにその後の展開はどうなるんだと思った矢先に目覚ましに叩き起こされた。

夢の内容を書いていて思うのだが、夢というだけあって自分が思い描いていることが登場するのだろう。家族に邪魔をされないで自分の時間を過ごせる書斎。ブリスターパックに入った、壁や飾りだなに所狭しと並べられたフィギュア類。放っておいても子供を安全に遊ばせておける場所。着る暇もないほどの洋服。全部、自分が欲するものだったりする。
商社マンはたまたまその日に電話で話したので登場したのだろう。彼にはフィギュアなんぞの趣味はなく、洋服にしても着れればいいというようなタイプの人間だ。その嫁役の殺されてしまう女性の顔がいまではまったく浮かんでこないのが残念だが、深層心理中になにか思うところでもあるのだろうか．．．。

今晩は出張のためホテルで寝ることになる。続きをみれると嬉しいのだが。