原発の現状について、素人はもちろん聞きかじりでしか語れないが、専門家の間でも意見が分かれることが多く、どちらを信用してよいか分からない場面がままある。しかし、いやだからこそ、専門家のニーズは高い。知とは一人の人間が独占するものではない以上、複数の専門家が持ち寄った知を検証して更に質の高い知を目指すのは同然のことである。
それよりも、専門家がいない場面に専門家が必要なケースが多いのではないか。昨日主張した震災からの復興にしても、単純にインフラや産業を復興させると言う観点のみで、少子高齢化の議論をしてないので、せっかく復興しても今のお年寄りの世代がいなくなれば元の木阿弥になることが分かっているのにそういう議論がない。捕鯨の問題にしても日本と反捕鯨国との溝を埋める議論が聞こえない。インターネットの普及で一般市民の遠吠えばっかり聞こえる一方で専門家が黙っているのもまずいな、と感じる。
それよりも、専門家がいない場面に専門家が必要なケースが多いのではないか。昨日主張した震災からの復興にしても、単純にインフラや産業を復興させると言う観点のみで、少子高齢化の議論をしてないので、せっかく復興しても今のお年寄りの世代がいなくなれば元の木阿弥になることが分かっているのにそういう議論がない。捕鯨の問題にしても日本と反捕鯨国との溝を埋める議論が聞こえない。インターネットの普及で一般市民の遠吠えばっかり聞こえる一方で専門家が黙っているのもまずいな、と感じる。
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