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薄墨町奇聞

北国にある薄墨は、人間と幽霊が共に暮らす古びた町。この町の春夏秋冬をごらんください、ショートショートです。

人魚の神さん

2012-09-06 23:37:38 | 幽霊・怪異談
薄墨からやや離れた摂取村。

昔、この村に、老いた母とその息子が住んでいた。

ある夕。
突然嵐に襲われ、漁に出ていた人々は
慌てて戻ってきたのに
せがれの舟だけが、戻って来なかい。

じき、日が暮れて、
荒れた海では村に戻れなくなる。
そうなれば、
命を落とすのは目に見えていた。

来月には嫁取りが決まっており、
この先、嫁が来て、
孫も生まれて
せがれ頼みで安楽に暮らすはずが、
肝心のせがれが死んではすべて台無しになってしまう。

老いた母親は、なんとかせがれが戻るようにと、
神さんにすがることにした。

村のはずれ、
眉が浜近くには、
人魚を祀った犀気神社がある。
海で遭難しても、この神社で祈れば、
人魚が助けてくれると摂取の人々は信じていた。

夜、風が強いなか
母親は闇を突っ切って犀気神社に行き、
一心に祈り続けた。

どうかどうか。
なにとぞ、なにとぞ、
うちのせがれが無事に戻って来れるように、
お願いいたしぁんす。
せがれのためなら、命を捨てます。
命なんぞはこれっぽっちも、惜しくありません。
なにとぞお願いいたしぁんす。

生温かい強風にもまれながら
どれほど祈ったことか。

「もうし」とふいに声がして、
母親は驚いて目を開けた。
ごうごうと波音が響き、
強風の海がうっすらと見える闇のなか、
白く光る娘が立っている。

娘は母親に、こう告げた。
「私は、人魚の神さんのつかいの者でぁんす。
我が子のためにと祈る気持ちに心打たれて、
神さんは、お前さまのせがれば、
助けてやると申しておりぁんす」

そうか、我が子が助かるのか。
母親は喜びのあまり、むせび泣きながら、
娘の前にひれ伏した。
だが、娘は続けて、
「したんども、せがれの命と引き替えに、
お前さまの命を貰い受ける、と、神さんは言っておりあんすえ。
それでも良がんすか」

「はあ、もちろん。
こったら婆々の命なんか、なんぼのもんでもない。
せがれが助かるなら、命なんか惜しくありぁせん。
いくらでも差し上げますへんで」

応えると、娘はちらりと、
小意地の悪い表情を見せた。

「したら、お前さまが死んで、
引き替えにせがれは助かる、
それで良がんすか。
助かったせがれは、すぐに嫁っこをもらって、
嫁は姑に使えることなく、気ままに過ごす。
夫婦睦まじくしてれば、親のことなんぞは思い出しもしなくなる。
そのうち、赤ん坊が生まれて、
誰も、お前さまが命を差し出したことなんか忘れ果てて、
幸せに暮らす。
それでも構わないんすか」

娘の言葉に、母親は呆然と立ちすくんだ。

せがれが助かればと、その一心だけで、
助かったその先を、考えてはいなかったのだ。

「さて、それで構わないんすか」

再び娘がたずねたが、
母親の舌は硬くこわばったままで、
「構わない」のひと言が、どうしても出なかった。

娘は皮肉な笑みを浮かべ、
「したら、せがれの命を助けるのは
無理でぁんすなあ」
言うなり、
ふっと姿を消した。

それきり。
息子は海から戻らなかったと。

★★★


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ひとつよろしくお願いいたしぁんす。
今宵の焼酎は「小鹿本にごり」。コクがあり、結構気に入ってます。




高妙寺の梵鐘

2012-09-04 23:37:56 | 幽霊・怪異談
酒川上流の丘陵地、湧泉の高台に、
小さな寺があった。

高妙寺というその寺には、
昔、近在でも知られた梵鐘があり、
なんともよい音色を朝夕響かせていたと。

ところが、
戦時中の回収令で、寺の鐘は供出となり、
それっきり高妙寺には梵鐘がなくなってしまった。

だが、鐘がなくなっても、
この寺では、時折、誰もいない鐘楼で
姿のない梵鐘が鳴り響いたとか。
深みのある音が、遠く遠くまで響き渡ると、
湧泉の人々は、
「ああ、高妙さんに鐘っこが帰ってきた」と
目を細める。
鋳つぶされ、姿を消してしまっても、
鐘は、寺に戻ってきたのだろう。

今ではすでに高妙さんは廃寺で、
跡地はススキに埋もれているが、
それでも、たまに鐘が鳴るらしい。

ちょうど、今頃。

秋の気配がようよう感じられ、
一面の田で稲がなびく頃。
鐘が一番よく鳴る季節だとか。

今年も、湧泉では
そろそろ梵鐘が聞こえるはずだ。

★★★

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できればひとつお願いいたしぁんす。
今宵の酒は「復刻白金の露」 非常に涼やかな味です。

妙見さん健在!

2012-05-10 23:05:44 | 幽霊・怪異談
前に書いた、下駄割り坂の妙見宮。

これは、すでになくなり、
今では市の土地になっていて、市役所分室が建っていると、
前に書いた。

ところが、仰天。

このブログを読んだ、薄墨市役所のさるお方から、
意外な話をうかがうことができた。
なんと、なんと。
下駄割り坂に建つ、
総務情報管理室、広報統計室が入った
3階建てビルの屋上に、
妙見宮がちゃんと遷座されているのだという。

昔、遷座を実施した薄墨市役所の庶務さん、
ありがたい。
やるではないか。

希望があれば、前もって申し入れると
参拝もできるそうなので、
今度、カメキチを誘って行ってみようと思っている。

この話を教えてくださった市役所の方からは、
そのほかにも、
妙見さんにまつわるおもしろい話を聞くことができた。
それも、後ほどご披露していきたい。

★★★


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本調子でないため、更新でおそく、
申し訳ございません。
なんとか頑張って参ります。
なによろ、どぞよろ。



下駄割りの妙見さん

2012-05-03 19:43:28 | 幽霊・怪異談
下駄割り坂の脇には
小さな妙見宮があって、
妙見菩薩さんを祀っていたとか。

夜、坂を下りる途中、
ふと空を見上げると、
驚く程の星々が、いっせいに流れ、
この妙見さんを目がけて降ってくるときが
あったとか。

最初、この話を聞いたとき、
お宮さんなら祀っているのは、神さんではないか。
菩薩さんを祀るのはおかしいと、思ったが、
カメキチに言わすと、
「なんも。そったらのは珍しくない。
明治に神仏分離でごっちゃになったんだ」とのこと。
神さんであろうと、
仏さんであろうと、
人が頭を下げ、
祈る対象であることに変わらないという。

で、その、下駄割りの妙見さんがあった頃。

夜、坂を通ると、
たまに大きな人影に出会うことがあり、
いったいこったら夜更けに、
こいつは何をしてるんだべ、と、
その人物の顔をのぞき込むと。

髪を後ろになでつけて、美しい胸甲を身につけ、
右手に七星剣、
左手に宝珠。
若く美しい男が、
にこりと微笑んで消えたそうで、
これこそ、妙見菩薩だと、
大騒ぎになった。

そんな、いい話が残っていた宮だが、
後に、ここいらの土地は薄墨市役所のものとなり、
今は役所の分室が建っている。

残念ながら、今では、
美しい妙見さんの姿を見ることができない。

★★★
お手数ですが、ご協力を。


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皆さまお元気でぁんすか。
どうかお身体にお気をつけてくんさりあんせ。
私はちょいと、へたっております。

桜童子

2012-04-25 19:05:59 | 幽霊・怪異談
昔は、下駄割り坂の脇に、
大きな山桜の木があったそうだ。

春、
花の時期。

坂を通ると、たまに男の子がいて、
通行人に
「なあし、いいもんば見せてやるべ」
そう言って、するすると桜の木にのぼる。
そして身軽に、枝へぶら下がって
ゆさゆだと揺する。
桜の花びらをちらちらと散らして、
「どおだ、きれいだべ」
そう叫んだそうだ。

「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」といって、
桜は下手に枝を折ったり切ったりすると、
そこから腐り込みやすい。
昔から、桜は枝を折らぬよう、大事にしたものだ。
だが、その子はそんなことなど頓着せず、
乱暴にぶら下がって揺すったが、
桜の枝はいっこうに折れず、
気持ちがよいほどしなって、
見事な花吹雪を見せたとか。

狐狸の類か、あるいは本物の人間か。
他の季節には見かけない、
年にほんの数日間、
桜の時期だけに姿をあらわす子供だったという。

東京のほうでは、染井吉野が散ったそうだが、
薄墨はこれから。
今年も、花々でもの狂いする季節だ。


山深くすめるこころは花ぞしる
やよ いざ櫻ものがたりせむ



狐狸か人間かと書いたが、
今、気がついた。
案外それは、桜の精だったのかもしれない。

★★★


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目下、事情があって、あまり頻繁に書けません。
申し訳ございません。
御寛恕くださいますよう。






役者ダヌキ

2012-04-15 21:53:18 | 幽霊・怪異談
下駄割り坂には、タヌキかムジナキツネが棲んでいて、
さまざまな悪戯をしたといわれている。
これから、そのいくつかを書かせていただく。

私が聞いたなかで、最も気に入った話。

暗い下駄割り坂を上がっていくと、
坂の上のほうが、何やら明るい。
そして、何やら三味線の音が聞こえてくる。

不思議に思いながらさらに進むと、
坂の半ばで、上から人が駆け下りてくる。
人影はたたたっと勢いよく下りて来て、
見ている者の前でぴたりと止まり、
手を振り上げて見得を切る。

その姿は、
傘を持った助六であったり、
鳴神上人であったり、
弁慶であったり。
ときには、八重垣姫であったり、
先代萩の千松のような子役であったり。
そのとき、そのときで、
姿はちがう。

驚いている間に、
見得を切った役者もどきは、ぱっと消える。

拍手すると、受けたのがうれしいのか、
消えてはまた、坂上から駆け下りてきて、
また消えては、現れ、
姿を変えながら、幾度も幾度も
見得を切って見せるとか。

あまりしつこいときは、
拍手を止めて、
「はあ、もういい」と言うと、
それぎりで、姿を消して二度と現れない。

下駄割り坂の役者ダヌキが犯人だとか。
タヌキ好き私にとっては、
こたえられない話だ。

★★★
お手数をおかけしますが、よろしければご協力ください。

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記事にも書きましたが、動物ではタヌキが好きです。
あと、好きなのは、マレー熊とシフゾウ(四不像)。





地蔵岩・船幽霊

2012-03-21 19:23:03 | 幽霊・怪異談
文展(ふみひろげ)の先にある
地蔵岩近くの崖上に立つと、
たまに、漁船の幽霊を見ることができるそうだ。

地蔵の形、というより、
魚雷のような形の
地蔵岩を見下ろす高台で。

見渡すと、
錆鼠の海。
灰青の空。

その海のはるか沖合から、
1年前のあの津波で、破壊され、沖にさらわれていった船が、
持ち主のもとに戻りたくて、
文展にやって来るのだとか。

双眼鏡で見ていると、
無人の船はまっすぐに船首を陸に向け、
ゆっくり、ゆっくり、波をかき分けて近づいてくる。

船体はどこも壊れた形跡がなく、
新しいペンキできれいに塗装され、
船名が黒々と書かれている。
大漁旗をひるがえしたり、
集魚灯が輝いていたり、
すでにこわれ、沈んでしまった船なのに、
津波前よりずっと美しい姿になって、
音もたてずに、
地蔵岩のまわりを、ぐるりと大きく回る。

だから。

去年、船をなくした浜衆たちは、
時折、この崖上に立って、
自分の船と会う。
ときには、
「元気でいろよー」
「また来いよー」
泣きながら叫び、
手を振る男もいるとか。

もうすでにこの世にない船は、
主に会うと安心するのか、
また水平線のむこうに去っていく。

船も、
戻りたかったのだろう。

悲しい海の怪異談だ。

★★★
よろしければ、ご協力をお願い致しあんす。

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彼岸の雪は、あっけなく溶けるもんですが、
今年はなかなか溶けません。
春までもうひと息です。



下駄割り坂

2012-03-19 22:56:04 | 幽霊・怪異談
もとの裁判所裏にあるのが下駄割り坂。
今は石段で上り下りしやすいが、
昔は、その名の通り、
下駄先が割れるほど急勾配の坂だったという。

この下駄割り坂を、
昔、若い衆が数人上がっていると、
坂上から提灯を持った娘がやってきた。
夜でもあり、
男たちは数をたのんで、ふざけ半分、
娘に
「あねっちゃん。どうだ、一緒に飲みに行かねかい」
「俺らと行くべ、酒っこに付き合えじゃ」
酒の勢いもあって、からかった。

下りてくる娘は後戻りするでもなし、
何も言わず、近づいてくる。

「めんこいんでないか、いい女ぶりっこだ」
男の一人が声をかけたとおり、
提灯の明かりに照らされた顔は
白く、人形のように整っていたと。

娘と男たちは、次第に近づき、
やがて坂の途中ですれ違おうとしたとき、
「さあ、俺らに付き合え、遊びに行くべ」
一人が娘の手をつかみ、
強引に引き留めた。

悲鳴をあげ、娘が逃げるかと思ったが、
意外なことに、黙って足を止めただけ。
そして、うつむいた顔をいっそう下げた。
提灯の灯で顔が熱くなるのではないかと思えるほど、
灯に顔を寄せたかと思うと、
白い娘の顔が見る見るよじれ、
赤く色を変え、
男たちが見ている前で、めらめらと燃えあがった。
紙人形を燃やすように、
あっという間に、火は娘の体を包み、
大きな火柱となり、じき燃え尽きた。

驚愕で突っ立っていた若い衆らは、
火が消えた途端、悲鳴をあげて逃げ出した。

翌朝、恐る恐る見に行くと、
娘が燃えたと思われる場所には、
黒く焼け焦げた、子どもの頭ほどの石がひとつ、
ごろりと転がっていたという。

下駄割り坂には、こうした怪異が多い。

★★★★
相済みませんが、ひとつご協力を。


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ご無沙汰であんす。
事情があって、少し休んでおりました。詳細はそのうちに。

漆原 望ノ池

2012-03-08 23:01:24 | 幽霊・怪異談
ほい、ひとつ忘れていた。

前に書いた、空飛ぶ和尚さんのいた川内村の漆原。
あの漆原地区には、望ノ池(もちのいけ)という池がある。

もともと、川内村は馬飼いが盛んな高原の村で、
そのはずれにある漆原地区は、ひなびた、静かな山里だ。
車で通ると、道端にいる年寄りたちが皆、
律儀に、車へ会釈してくれる。

漆原の集落から歩いて10分ばかりの、
公園の奥、雑木林のなかに池はある。
池の周囲は1~2㎞程度だろうか、
水深もあまりなく、
とりたてて特徴のない、よくある自然池だ。

よく晴れた満月の夜。
夜更けに月が高く上がると、この池の水面に丸く小さく月が映る。
ところが、池に映った満月は
明るく白く、光を強めながら、
ゆっくりと大きくなり、望ノ池の水面すべてが白く光る。
池が月でいっぱいになる。

じっと見ていると、池に映った月は、
波紋をつくりながらゆれはじめ、
じきに砕けて、消える。
その後は、暗い水面。
再び、小さく映る、天空の月。

漆原の望ノ池でしか見られない、ふしぎ。

★★★★
できればひとつ、お願い致しあんす。


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今夜飲んでいるのは、「皇神」。
うますぎて困ります。








空飛ぶ和尚さん

2012-03-04 17:46:01 | 幽霊・怪異談
川内村の漆原に、
昔、小さな寺があったという。
寺の名前も、そこの方丈さんの名も
伝わっていない。

さて。
この漆原の和尚さんはなんとも声がよくて、
朗々とお経を唱えるたびに、
寺にやって来た婆さまたちは、
いつもうっとりと聞き惚れていた。

和尚さん自身も自分の声が自慢で、
ことあるごとに、お経を読んでは
己の声に感心している。

そのうち、読経する我が声に夢中になり、
無我の境地で唱えだし、
いつしか、読経しながら体が空中に浮くようになってきた。
今ふうに言えば、
トランス状態での空中浮遊というわけだ。
村人らは
「さすが和尚さんだ、えらいもんだ」と
褒め称えたとか。

そして、あるとき。
墓所に法事で集まった村人の前で、
和尚さんはお経をあげることになった。
人々が固唾を呑んで見守っているなかで、
和尚さんはおもむろに、読経をはじめた。
その声のよいこと、よいこと。
漆原の木々に、草々に、ありがたい理趣経や観音経が降り注ぎ、
年寄りたちは、これこそ仏さんのご加護だと
手を合わせた。

和尚さんはいっそう声を響かせ、
朗々とお経を上げていたが、
皆が気づくと、体が宙に浮き出している。

驚いた村人たちが騒ぎ出したが、
和尚さんは気づく様子もない。
気持ちよさげに、声を張り上げ、
人々が見上げるなかで、お経を唱えながら、
ゆっくりゆっくりと空の高みにあがって、
早春の雲の中に消えていったと。

己の声に淫した罰か。
あるいは、
仏の功徳なのか。
はてさて、どっちか、
どっとはらい

★★★

できればひとつお願いしぁんす。


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ぱっとしない天気であんすな。
お身体に気をつけあんして。