薄墨服飾専門学院の理事長、永柄トメ先生は、
夏に、学校の入り口で転んで、
大腿骨を骨折した。
幸いにして、寝たきりにならずに済んだが、
それ以降、周囲が必要以上に用心深くなっている。
院長である娘が、
「少し、自分の年を考えねばだめだえ」と、
こわい顔をするので、
先生は、学校を休み、春まで自宅にいることに決めた。
毎朝、娘夫婦が学校に出かけると、
先生はのんびりと自分の部屋で小布を広げる。
そして、疲れないように、用心しながら、
気ままに縫い物をする。
アサリの殻の中に鈴を入れ、
布でくるんだ貝鈴。
掌にのるようなハイハイ人形。
椿の形の琴爪入れ。
昔、年寄りに教えてもらったものもあれば、
学校で、自分が工夫して作り上げたものもある。
どれも、かわいらしく、思い通りにできた。
やがて、約束の時間に訪問者が見えた。
「まあまあ、永柄先生、お邪魔しあんす」
愛想よく、やって来たのは、
柳屋呉服店の女房。
そして、舅である大旦那の2人組だった。
部屋にあげた2人に、
「はい、今日はこんなのをイタズラしてみあんした」
トメ先生は、はにかみながらも、
縫いためた小物類を、応接間のテーブルに広げて見せる。
「おお、これはめんこい。なんともめんこいもんだ」
大旦那が、眼鏡をかけ直し、目を細めて見入った。
「これこれ、貝に鈴っこが入ったの。
昔、俺のお袋やら婆さまやらが、作ってあんした。
おトメちゃん、あんたもよくこういうの、
ぶら下げていたもんだけなあ」
実は大旦那と、トメ先生は、
同じ町内で育った幼なじみだ。
昔の知り合いに、こんなふうに感嘆されたり、
声張り上げて喜んだりされると、
トメ先生も作り甲斐がある。
「そうであんすか、キッちゃん。
お恥ずかしいような物であんすが」
「なーんも。見事な物だ。さすがおトメちゃんだ」
大旦那は大まじめでそう、褒めそやした。
柳屋呉服店の女房は、
商売とあって、慎重に細部を調べる。
トメ先生が書いてくれた、型紙を調べ、
袋の裏をひっくり返し、縫い方を調べ、
わからない個所は先生にたずねる。
そしてようやく、得心がいくと、
型紙やら作り方のメモ、縫い上げた見本の小物をまとめ、
「はい、したらこれらを頂戴していきます。
縫い子さんに作ってもらいますが、
わからないときは、また教えてもらいに伺いますんで」
そう言って深々と一礼した。
柳屋呉服店で最近売り出している、和装小物は、
永柄トメ先生の商品である。
いくつも縫うは大変なので、縫い手は別に頼んでいるが、
形や作り方は、すべてトメ先生が考え出している。
「いやあ、おトメちゃん。
あんた、こういうのを作らせたら天才的だなあ」
大旦那が仰天するようなほめ言葉を投げかけ、
トメ先生は、キッちゃんにほめられ、
気持ちよさそうに、頬を染めて笑った。
柳屋呉服店で、トメ先生の作るこれらの品々は、
「おとめ小物」と呼ばれている。
客は「乙女小物」だと思われているが、
実は、おトメちゃんの作った小物なのである。
夏に、学校の入り口で転んで、
大腿骨を骨折した。
幸いにして、寝たきりにならずに済んだが、
それ以降、周囲が必要以上に用心深くなっている。
院長である娘が、
「少し、自分の年を考えねばだめだえ」と、
こわい顔をするので、
先生は、学校を休み、春まで自宅にいることに決めた。
毎朝、娘夫婦が学校に出かけると、
先生はのんびりと自分の部屋で小布を広げる。
そして、疲れないように、用心しながら、
気ままに縫い物をする。
アサリの殻の中に鈴を入れ、
布でくるんだ貝鈴。
掌にのるようなハイハイ人形。
椿の形の琴爪入れ。
昔、年寄りに教えてもらったものもあれば、
学校で、自分が工夫して作り上げたものもある。
どれも、かわいらしく、思い通りにできた。
やがて、約束の時間に訪問者が見えた。
「まあまあ、永柄先生、お邪魔しあんす」
愛想よく、やって来たのは、
柳屋呉服店の女房。
そして、舅である大旦那の2人組だった。
部屋にあげた2人に、
「はい、今日はこんなのをイタズラしてみあんした」
トメ先生は、はにかみながらも、
縫いためた小物類を、応接間のテーブルに広げて見せる。
「おお、これはめんこい。なんともめんこいもんだ」
大旦那が、眼鏡をかけ直し、目を細めて見入った。
「これこれ、貝に鈴っこが入ったの。
昔、俺のお袋やら婆さまやらが、作ってあんした。
おトメちゃん、あんたもよくこういうの、
ぶら下げていたもんだけなあ」
実は大旦那と、トメ先生は、
同じ町内で育った幼なじみだ。
昔の知り合いに、こんなふうに感嘆されたり、
声張り上げて喜んだりされると、
トメ先生も作り甲斐がある。
「そうであんすか、キッちゃん。
お恥ずかしいような物であんすが」
「なーんも。見事な物だ。さすがおトメちゃんだ」
大旦那は大まじめでそう、褒めそやした。
柳屋呉服店の女房は、
商売とあって、慎重に細部を調べる。
トメ先生が書いてくれた、型紙を調べ、
袋の裏をひっくり返し、縫い方を調べ、
わからない個所は先生にたずねる。
そしてようやく、得心がいくと、
型紙やら作り方のメモ、縫い上げた見本の小物をまとめ、
「はい、したらこれらを頂戴していきます。
縫い子さんに作ってもらいますが、
わからないときは、また教えてもらいに伺いますんで」
そう言って深々と一礼した。
柳屋呉服店で最近売り出している、和装小物は、
永柄トメ先生の商品である。
いくつも縫うは大変なので、縫い手は別に頼んでいるが、
形や作り方は、すべてトメ先生が考え出している。
「いやあ、おトメちゃん。
あんた、こういうのを作らせたら天才的だなあ」
大旦那が仰天するようなほめ言葉を投げかけ、
トメ先生は、キッちゃんにほめられ、
気持ちよさそうに、頬を染めて笑った。
柳屋呉服店で、トメ先生の作るこれらの品々は、
「おとめ小物」と呼ばれている。
客は「乙女小物」だと思われているが、
実は、おトメちゃんの作った小物なのである。