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薄墨町奇聞

北国にある薄墨は、人間と幽霊が共に暮らす古びた町。この町の春夏秋冬をごらんください、ショートショートです。

乙女小物

2009-12-02 00:17:41 | 永柄トメ先生
薄墨服飾専門学院の理事長、永柄トメ先生は、
夏に、学校の入り口で転んで、
大腿骨を骨折した。
幸いにして、寝たきりにならずに済んだが、
それ以降、周囲が必要以上に用心深くなっている。

院長である娘が、
「少し、自分の年を考えねばだめだえ」と、
こわい顔をするので、
先生は、学校を休み、春まで自宅にいることに決めた。

毎朝、娘夫婦が学校に出かけると、
先生はのんびりと自分の部屋で小布を広げる。
そして、疲れないように、用心しながら、
気ままに縫い物をする。

アサリの殻の中に鈴を入れ、
布でくるんだ貝鈴。
掌にのるようなハイハイ人形。
椿の形の琴爪入れ。

昔、年寄りに教えてもらったものもあれば、
学校で、自分が工夫して作り上げたものもある。
どれも、かわいらしく、思い通りにできた。

やがて、約束の時間に訪問者が見えた。

「まあまあ、永柄先生、お邪魔しあんす」
愛想よく、やって来たのは、
柳屋呉服店の女房。
そして、舅である大旦那の2人組だった。

部屋にあげた2人に、
「はい、今日はこんなのをイタズラしてみあんした」
トメ先生は、はにかみながらも、
縫いためた小物類を、応接間のテーブルに広げて見せる。

「おお、これはめんこい。なんともめんこいもんだ」
大旦那が、眼鏡をかけ直し、目を細めて見入った。
「これこれ、貝に鈴っこが入ったの。
昔、俺のお袋やら婆さまやらが、作ってあんした。
おトメちゃん、あんたもよくこういうの、
ぶら下げていたもんだけなあ」

実は大旦那と、トメ先生は、
同じ町内で育った幼なじみだ。
昔の知り合いに、こんなふうに感嘆されたり、
声張り上げて喜んだりされると、
トメ先生も作り甲斐がある。
「そうであんすか、キッちゃん。
お恥ずかしいような物であんすが」
「なーんも。見事な物だ。さすがおトメちゃんだ」
大旦那は大まじめでそう、褒めそやした。

柳屋呉服店の女房は、
商売とあって、慎重に細部を調べる。
トメ先生が書いてくれた、型紙を調べ、
袋の裏をひっくり返し、縫い方を調べ、
わからない個所は先生にたずねる。

そしてようやく、得心がいくと、
型紙やら作り方のメモ、縫い上げた見本の小物をまとめ、
「はい、したらこれらを頂戴していきます。
縫い子さんに作ってもらいますが、
わからないときは、また教えてもらいに伺いますんで」
そう言って深々と一礼した。

柳屋呉服店で最近売り出している、和装小物は、
永柄トメ先生の商品である。
いくつも縫うは大変なので、縫い手は別に頼んでいるが、
形や作り方は、すべてトメ先生が考え出している。

「いやあ、おトメちゃん。
あんた、こういうのを作らせたら天才的だなあ」
大旦那が仰天するようなほめ言葉を投げかけ、
トメ先生は、キッちゃんにほめられ、
気持ちよさそうに、頬を染めて笑った。

柳屋呉服店で、トメ先生の作るこれらの品々は、
「おとめ小物」と呼ばれている。
客は「乙女小物」だと思われているが、
実は、おトメちゃんの作った小物なのである。

地蔵院のクリスマスリース

2006-12-21 00:00:08 | 永柄トメ先生
薄墨服飾学院に、隣の地蔵院の知客さんがたずねてきた。
永柄トメ先生が応対に出ると、知客さんはなんとも困った表情で、手にしていたものを差し出した。
「お宅さんの生徒さんが、うちの地蔵さんにこれを飾ってくれやんした。ただ、申し訳ないんども、お返ししておきあんす」
それを見て、トメ先生もびっくりした。
生徒がお地蔵さんに飾ったというのは、クリスマスのリースだった。
ツルを輪にして、派手な赤と緑のリボンと、金色のベルがついている。
「まあ、お寺さんにクリスマスリースでやんすか」
「うちの地蔵さんを大事に思ってくれるのはわかりあんすが、一応うちは曹洞宗の寺でやんすからな。クリスマスはちょっと、ご辞退しておきあんす。飾ってくれた生徒さんによろしくお伝えください」

これは多分、例の娘たちだろう。
いくらなんでも、これはやりすぎだ。
少し、叱らなければならない。
「どうも申し訳ないことしました。うちの生徒にはちゃんと注意しておきます。和尚さまにおわび申し上げてくだしゃんせ」
先生が頭を下げると、知客さんはあわてて、手をふった。
「いやいや、先生、私は文句を言いに来たわけじゃありません。薫風自南来といいますがな、生徒さんたちの気持ちは、なんともありがたいと、うちの和尚さんも喜んでおりあんした。本当はそのまま飾らせてもらいたいくらいです。ただ、どうも、まあ…檀家さんが見たらなさ、ちょっと、まあ」
知客さんの言いたいことは、先生にはよくよくわかった。
だから、それ以上言わず、黙って頭を下げた。

帰りがけに、知客さんは、
「あの地蔵さんのよだれかけも、生徒さんたちの作ですか」
そうたずねた。
「ええ、多分」
多分、あれも例の娘たちだ。
そうすか、と知客さんはうなずき、
「じつに優しい生徒さんたちですなあ」と言ったので、
「ええ、本当に。みんな心根の優しい、いい子ですのえ」
トメ先生は、胸を張った。

メリークリスマス
神からも、地蔵菩薩からも

薄墨の住人みんなに祝福を。

マフラー地蔵

2006-12-15 22:29:02 | 永柄トメ先生
さあ、いよいよ今年も残り少なくなってきた。(少し、早いか)

薄墨服飾学院の理事室で、永柄トメ先生は、ようやくアイロンを置いた。
もうひと月も前から、地蔵院のお地蔵さんの頭巾を縫いつづけてきたが、年のせいか、根を詰めて作業ができない。
おまけに、風邪をひいたり、血圧が上がったりで、やむを得ず中断したこともあり、完成がずいぶん遅れてしまった。
しかし、これで38体のお地蔵さま全部の頭巾が仕上がった。
どれも布を接ぎ合わせ、温かそうに仕立ててある。
アイロンで形を整え、あとはかぶせるだけだ。

お茶っこ飲んでひと休み。
それからトメ先生は、頭巾を入れた袋をぶら下げて学校を出た。
さあ、お地蔵さま、今年もぬくくして差し上げやんすよ。
そう独り言を言いながら、地蔵院に行って、そこでトメ先生は仰天した。

ありゃ、まあ。
ま、なんと、まあ。
これは、まあまあ、まあ。

ずらりと並んだお地蔵さま38体は、みんな揃って、派手なフェルトのよだれかけを首にぶら下げている。
(顔を寄せてよく見ると、おそろしく粗い縫い目で、スパンコールつきという革新的なしろものだ)
しかもそのよだれかけの上からは、ほわほわとやわらかく編んだ小さなマフラーを首にひと巻きしてある。
よだれかけ38枚。
マフラー38本。
誰が奉納したのか知らないが、その心根がありがたいではないか。

マフラーによだれかけをかけたお地蔵さま。
その1体1体に、先生は頭巾をかぶせて回った。
今年の冬は、お地蔵さまもちっとも寒くないごった。
よかった、よかったこと。

日が傾き、うそ寒くなった地蔵院で、トメ先生は満ち足りた、幸福感を味わった。

地蔵院の冬支度

2006-11-07 18:36:23 | 永柄トメ先生
薄墨服飾学院の永柄トメ先生は、最近、理事長室に端切れを広げて、縫い物に忙しい。
地蔵院のお地蔵さまたちに、冬用の頭巾を縫っているのだ。

朝晩かなり冷えるようになって、お地蔵さまも寒いにちがいない。
そう思って、毎日せっせと針を動かしている。
しっかりした厚手木綿を中表で筒に縫い、いっぽうの側をぐし縫いにして縮める。
表に返し、いせ込みながらかぶり口を始末すれば、ベレー帽のような形に仕上がる。
ときには布を接ぎ合わせたり、頭巾の頭頂部にポンポンをつけたり、ひとつひとつ楽しみながら作っていた。

春になれば汚れて捨てることになるのだが、毎年冬には新しい頭巾をかぶせて差し上げたい。
それがトメ先生の、昔からの気持ちだ。

お地蔵さま、もうちっと待っててくんしゃりあんせ。
私も、昔のように手早く縫えませんのす。
もう年とって、手ぼけになりやんした。
そう心の中でつぶやき、それでも手だけは休めない。

しかしトメ先生は知らない。
例年の先生の頭巾作りを知っている職員たちが、皆でお地蔵さんに小さなマフラーを編んでいることを。
編み物を教えている教員が、皆に指編みを教えたのだ。
皆、わいわい騒ぎながら、小さなふわふわのマフラーを何本も何本も編んでいる。
トメ先生の頭巾が仕上がったら、このマフラーもお地蔵さんのところに持っていこうという趣向だ。
もうひとつ。
いつも騒ぎを起こす4人娘たちは、フェルト布にリボンを縫いつけた冬用のよだれかけを作っている。
スパンコールをつけたり、ハート型のアップリケをしたりのおっそろしく派手なよだれかけだ。
「お地蔵さんのクリスマスプレゼント」だそうな。

今年の冬、地蔵院のお地蔵さまたちは、温かく過ごせるはずだ。

初ゆかた

2006-07-30 18:19:59 | 永柄トメ先生
薄墨服飾専門学院は今日が終業式。
生徒たちが下校した夕方の校内は、しんと静かだった。
学院長の永柄トメ先生が部屋にいると、ばたばたと足音がして、
「院長先生、お願い、助けてください」
娘たちが駆け込んできた。
4人ともゆかたを着ている。
おやまあ、この子たちか、とトメ先生はにっこりした。
以前、教室で煮ぞうめんを作って食べ、教員に叱られた4人組だ。
4人は口々に窮状を訴える。
着ているこのゆかたは和裁の授業で縫ったものだという。
今日は学校近くの広陵神社の縁日なので、ここでゆかたを着て、そのまま広陵さんに出かけようとした。
けれども皆、帯をうまく締められない。
「先生、帯を結んでもらえませんか」と言う4人を先生はまじまじと見つめた。
「あんたたち、帯をの前に、そのゆかたを脱ぎなさい。そりゃ左前だ、仏さんの着方だ」
左前にゆかたを着て、腰ひもをぎりぎりと結んだ姿は、じょんぎりと突っ立った木偶人形のようだった。
先生は大汗をかき、4人にゆかたを着付けた。
衣紋は抜かず、襟元はきっちりと。
裾はゆったり。
帯は心持ち低めにして、貝の口に。


紺地にテッセンを白く抜いたゆかた。
淡い水色にピンクの撫子柄のゆかた。
紺地に団扇と蛍が散ったゆかた。
それから(昔なら考えられないが)生成地に巨大な薔薇のもようのゆかた。

着付けると、色気のかけらもない娘たちが、見違えるほどしとやかに、娘らしく見えた。
「さあ、よし。気をつけて行きなさいよ、あんまり手をふりまわさないでなさ。それから大股で歩いたらダメだえ」
注意を与えると、4人はきゃあきゃあ騒ぎながら、部屋を出ていった。
ほんとに、めんこい娘たちだこと。
今の娘たちは昔に比べると、たしなみも分別もないと嘆いていたが、なんも、若さは昔も今も同じだ。
トメ先生は満足して思った。

薄墨 煮そうめん

2006-06-26 23:32:34 | 永柄トメ先生
薄墨祭の町内顔合わせの日、旧市内では、昼食に煮そうめんを食べる習慣がある。
薄墨服飾専門学院では、永柄トメ先生も張り切って理事長室横の小さなガス台に向かった。
煮干しだしに酒と醤油でしっかり味をつけて、油揚げと細切りのなすを煮る。
ここにゆでておいたそうめんを加えて煮汁をからめればできあがりだ。
見た目ははっきりいってよくないが、汁を吸ったそうめんは、薄墨の町衆にとってはなつかしい味わいだ。
トメ先生は、小皿に少々とりのけてから、残りをゆっくりと味わいながら食べた。
それから、小皿を持ってとなりの地蔵院に出かける。
生徒たちを守ってくれるお地蔵さんに、毎年欠かさず煮そうめんをお供えしているのだ。
さて今年はどのお地蔵さんへおあげするべかなと考え、えっちらおっちら行って、トメ先生は驚いた。
お地蔵さんの前にずらりと紙皿が置かれ、山盛りの煮そうめんが供えてある。
背後から「理事長せんせいー」と声があがり、振り返ると教室の2階の窓から生徒たちが身を乗り出し、割り箸を振り回していた。
「理事長先生、こっちに来て煮そうめん食べませんかあ」
なんとなんと、まあまあ。
生徒たちは何をどうやったのか、教室で煮そうめんを作って、お地蔵さんにも供えたのだ。
卓上コンロでも持ち込んだのか、まったく何をやらかすものやら。
トメ先生は、苦笑しながらお地蔵さんたちに深々と一礼した。
お地蔵さま、うちの生徒たちも、なかなかやるもんです。めんこい娘がそろっておりやんす。
それからくるりと回れ右して、窓から落っこちそうな恰好で手を振っている生徒たちに、あいよと返事をした。

地蔵院のよだれかけ

2006-06-07 19:53:36 | 永柄トメ先生
薄墨服飾専門学院は、蔵坂の地蔵院のとなりにある小さな専門学校で、理事長の永柄トメ先生が一代で作り上げたものだ。
まだ若いうちに寡婦になり苦労した体験から、先生は手に職をもつ大切さを、常に生徒たちに言ってきた。
しかし、最近は勉強ぎらい、遊び好きの生徒が目立ち、途中で辞めていく子も多い。
生徒がまた辞めたという報告を聞くと、トメ先生は心底がっかりしてしまう。
それでも、気を取り直して、理事長室の戸棚にしまってある箱を開く。
実は先生は、生徒たちが入学すると、まず最初の授業で、赤いメリンスで全員にお地蔵さまのよだれかけを手縫いさせることにしているのだ。
どのよだれかけも不格好だが、皆熱心に縫いあげ、墨で名前を書いてある。
辞めた生徒の縫ったよだれかけを探し出すと、えっちらおっちら先生はとなりの地蔵院に出かけ、そしてずらりと並んだお地蔵様のなかの一体に、よだれかけを結びつけた。

どうぞどうぞ、お地蔵様。
このよだれかけを縫った子を、この先ずっと見守ってくださいませ。
本当なら、これは卒業式に、全員分をまとめてお納めするはずのもんです。
でも、これを縫った子は卒業できませんので、代わって今私がお納めします。
へたくそですが、心をこめて縫ったものです。
この先、その子を見守って、なにとぞなにとぞ、お助けくださいませ。
お願いします。

学校の講師も職員も、こうしたトメ先生の祈りを知らない。
もちろん学校を辞めた子も、自分の未来を祈ってくれている人がいるなど夢にも思わない。