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薄墨町奇聞

北国にある薄墨は、人間と幽霊が共に暮らす古びた町。この町の春夏秋冬をごらんください、ショートショートです。

水石の魚

2013-07-27 22:17:29 | 幽霊・怪異談
大ケヤキがある川内村の、
さる旧家に
水石という宝があったという。

大人の握りこぶしぐらいでゴツゴツしており、
固まった溶岩のような感じだったらしい。

石には、小さな穴があいており、
傾けると、この穴から糸のように水が出てくる。
1回に出てくる量は、椀で半杯分ぐらいだが、
1刻もすると、また水がたまって再び流れ出てきた。

水石から出た水はわずかなにごりがあるが、
それ以外は井戸水と変わらず、無味無臭。
飲んでも、身体に害もなかったと。

いつでも、どんなときでも。
水石さえあれば、一家が渇きに苦しむことがない。
この家の人々は、常々そう言って
石を神棚に上げて大切に守ってきた。

ところで。
この家の跡取りがもらった若い嫁は
水石が不思議でならなかった。
人がいないときに、そっと石にさわってみたりしていたが、
そのうち、中がどうなっているのか知りたくてたまらなくなった。

そこで、ある日思い切って、
こっそり石を下ろして、
小づかで穴をがりがりと削って石の中心部を見ようとした。
水石は硬く、なかなか穴は大きくならなかったが、
夢中で削っていると、
やがて、穴から細かく泡立った粘液があふれ、
糸を引いて垂れだした。
さあ、どうしようと、
嫁が慌てている間も、
とろとろと粘液が流れ、
その液体にまじって、
親指の頭ほどの、白くて目のない魚が
穴からつるりと飛び出した。

見ていると、
地に落ちた魚は、ぴたぴたと暴れたが、
すぐに土のくぼみから、土中へもぐり、姿を消した。

それきり。
嫁が穴をうがった家宝の水石からは、
1滴も水が出なくなってしまったという。
そして、
水石の水を涸らした嫁は、
じき、里に帰されたと。

★★★★


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お手数おかけしますが、できればご協力を。



魂分かれの道

2013-07-02 23:19:51 | 幽霊・怪異談
赤岳で道に迷った男がいた。

笹の生い茂った細道をいくら進んでも、
頂上にたどり着かず、下りることもできない。

このままでは、山中から出られない。

笹をかき分けて行くと、道はまたふたつに分かれた。
一方は上に、もう一方は下に。

さて、この道のどちらを行くべきか。

男は上へ登る道を選び、斜面を上がりだした。
だが、進めば進むほど、
この道でよかったのか、
もう一方の道がよかったのではないかと、
迷いがつのった。

逡巡しながら歩いていくと、道が今度は左右に分かれた。
右か左か。
今度も悩んだが、右の道を選んだ。

こうして、その後も何度か道は分かれ、
そのたびに男は迷い、悩み、ときには後悔し、後戻りもして、
山中を行った。

やがて日が暮れ夜になり、
山は見事な満月に蒼く照らされた。

月明かりの道を行くと、
上から人影が下りてくる。
山人か、夜に山を駆ける山伏かもしれない。

誰でもいい、助けてもらおうと、
男が、下りて来た人に近寄ると、
それは、目をぎょろつかせ、汗でびしょぬれになった
自分自身だった。

驚愕ので立ちすくむ男に目もくれず、
もう一人の自分はそのまま道を下っていった。

恐ろしさで、その場を逃げ出した男は
少し行くと、また、自分の分身に出会った。
今度の自分自身は、足を傷めているらしく足をひきずり、
唇を噛みしめ、一歩一歩よろめきながらやって来る。

思わず、声をかけたが相手は聞こえないようで、
男のすぐ脇を、気づかず通り過ぎていった。

その後も、男は自分自身に何度も会った。

会うたびに、呼び止めようと声をかけ、
腕や肩をつかんで引き留めようとしたが、
いくら呼んでも相手には聞こえず、
引き留めようと伸ばした手は、
相手の腕や肩をすりぬけてしまう。

気が狂いそうな夜がようやく明け、
男は山中で、小屋に泊まり込んでいた木こりに助けられ、
ひと夜の自分の体験を話した。

赤岳に生まれ育った木こりは、男の体験にうなずき、
こんな話をした。

満月が見事な晩。
赤岳では。
二手に分かれた道で、どちらの道を選ぶか悩みためらっていると、
どちらにも行きたくて、魂がふたつに分かれてしまう。

分かれた魂は、人の姿で山中をさまよい、
さらに分かれ道に来ると、また2つに分かれる。
そのうち、十人以上に分かれた自分が、
ふらふらとすれ違い、行き違い、
追い越したり追い越されたりする。

朝になると、分かれた魂はひとつになり、
分身は消えるが、
ひどい疲労感で当分、寝つく者が多い。
木こりはそう男に教えた。

この現象、現代ふうに言えばドッペルベンガー。
赤岳近くの人々は、魂分かれと呼ぶ。

山中の、奇妙な幻だ。

★★★


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ひとつよろしくお願い致しぁんす




泥の鬼

2013-05-12 23:25:28 | 幽霊・怪異談
あるかんなぎさんが、
弟子に手を引かれて夜道を行くと、
次第次第に道がぬかるんで
足が重くなってきた。

ひと足ごとに
ずぶりずぶりと泥中にめりこみはじめ、
ぬかるみは、最初、草履裏を汚す程度だったが
くるぶしほどに至り、
足がっすっぽり泥に埋まり、
やがてふくらはぎから、
へたをすると、ひざまで埋まりそうな深さになってきた。

「親方さま、こったら泥道は歩けぁせん」
弟子のめらしっこが悲鳴をあげると、
かんなぎさんは泥の中で足を止め、
大声でこう唱えたと。

とうだいさま とうだいさま
宿への夜道で迷ったら
隠れ鬼やら待ち鬼やら
とって食われぬその前に
照らせば消えろ
照らせば消えろ

その途端、泥が波立つようにむくむくと動いて
底から何かが出てきそうに見え、
弟子がわっと悲鳴を上げたが
「なーに、かまうことはない」
かんなぎさんがそう言う。
弟子が恐る恐る進むと、今度はひと足ずつ
泥が浅くなり、
じきふつうの乾いた道になった。

翌日、用を言いつけられた弟子が
昨夜の道を通ると、
道の両側に、泥がうず高くつくねられ、
固く乾いていた。
誰がこの泥を積み上げたのか、
人に聞いてもわからずじまい。

「こりゃらうまい泥人形を作ったもんだなあ」
通行人のひとりが感心して叫んだように、
乾いた泥の山は、
うずくまった鬼の形をしていたという。

★★★★


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夜道の死人~黄金サラサラ

2013-04-17 19:05:52 | 幽霊・怪異談
久しぶりに谷崎の『陰翳礼讃』を読み返したところ、
頭注として、おもしろい記載があるのに気づいた。

中世日本の雑学資料集とでもいいたい『拾芥抄(しゅうがいしょう)』。
この本には、呪文や厄除の歌が載っている。
『陰翳礼讃』ではこの拾芥抄から、
夢を見たときの呪文、
夜路で死人に逢ったときの歌、
人魂を見たときの歌、
鶴が鳴いたときの歌、
などを紹介している。

このなかで、私は
「夜路で死人に逢ったときの歌」というのに、引っかかった。
次のような歌だ。

タマヤタカヨミチ我レ行クオホチタラチタラ待チタラ黄金チリチリ

国会図書館などが、ネットで『拾芥抄』の画像データを公開しているので、
現物を見ることができるが、
確かに本の諸頌部第十九というページに、
このとおりの歌が載っている。
(片仮名表記もそのまま)

「タマヤ」は「魂や」、
「タカヨミチ」は「高夜道」、
「オホチ」は「大路」ではないかと思ったのだが、
それだと、
魂や高夜道 我れ行く大路たらちたら 待ちたら黄金ちりちり
と、五七五七七のリズムにのらない。

では
霊屋たか 夜道我れ行く大路たら ちたら待ちたら 黄金ちりちり
こちらだろうか。

こんなことを考え出すと、何日でも
あれこれと楽しめるのだが
ここではまあ、内容は、はしょってしまう。
多分、古典の先生がすでに、
黄金チリチリの歌意を解明なさっていることだろう。

私が引っかかったのは、
このような歌が本にあるからには、
昔(拾芥抄は鎌倉時代のものらしい)、夜道で死人に出会う体験が、
頻繁とまでいかなくても、
さほど珍しくはなかったのではないかという点だ。

『拾芥抄』を読んだ人々のうち何人かは
その後、夜道に転がった死体を見つけ、
「タマヤタカヨミチ…」と歌を唱えたのではないか。

もしも、ふらふらと夜道を歩いていて、
思いがけずに死人と遭遇したら、
私も高らかにこの歌を吟じようと、
バチ当たりなことを考えたりもするが、
さて、そうしたことが今の世にあるかどうか。

いやいや、それより、
最近めっきり忘れっぽくなったジジイが、
それまで、「黄金サラサラ」を憶えていられるか。
そのほうが問題だ。

これに関連してもう少し書きたいので、
夜道の死人のつづきは次回また。

★★★


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お手数ですが、できればご協力をお願い致しぁんす。




猫食いの桜

2013-04-16 23:23:20 | 幽霊・怪異談
また本日からはじめますので、
よろしくお願いいたします。

と、いうことで。
さっそく。
山下村近くにあった猫食いの桜について。

薄墨から山下村へ向かう途中に、
昔、大きな屋敷があった。

この屋敷には山桜の巨木があり、
季節になると、他ではまず見られないほど大きな花をつけるので
評判だったという。

村だけでなく、薄墨にまで広く知られるほど、
見事な花つきにするためには、
ひとつには、この屋敷の下男が剪定の名人で、
入念に枝を選別して、見事な花姿を作り上げたため。
そして、もうひとつ。
桜に精をつけるために、毎年根元に猫の仔を1匹埋めて、
樹に食わせたからだったとか。

屋敷では猫を何匹も飼っており、
春に生まれてきた仔猫の1匹が、桜の樹のえさとなる。
それがわかっているのか、
子を産んだ母猫はひどくこの桜をきらい、
決して木に近づかなかったと。

そのうち屋敷の主が死に、
薄墨に出ていた若い息子が跡を継ぐために屋敷に戻ったが
新しい屋敷の主は、桜に猫を食わせるのをきらい、
下男が木の手入をするのも止めさせた。

その翌年から。
あれだけ見事に咲き誇っていた桜は、
花が小さく、花数も減った。
村人や屋敷の使用人のなかには、
猫食い桜の巨大な花が消えたのを惜しむ者もいたが
息子は気にかけることがなかった。

それから数年。

突然、桜が驚くほど巨大な花を、
枝がしなるほどつけた年があった。

はて。
どうしたものか。

不思議に思って主が桜の根元を掘らせてみると、
いくつかの小さな仔猫の骨とともに、
まだ新しい赤ん坊の骨が一体出てきて
皆、仰天したという。

誰が埋めたものか。
誰の子どもか。


猫食いの桜は、人の子を食ったのがたたったのか、
その後次第に弱り、
やがて枯れ朽ちたという。

★★★

相済みませんが、ご協力くだされば幸甚です。


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手のない女中

2013-03-16 19:12:54 | 幽霊・怪異談
旧市内にあった老舗での話。

その店の奥まった離れに、
婆さまがひっそりと暮らしていた。

朝昼晩と、店から食事が運ばれるが、
婆さまは庭に下りることも、
店に出ることも滅多になく、
離れにこもって、音もたてぬように過ごしていたという。
だから店の者たちは、
ほとんど婆さまの顔を見たことがなかった。
奥庭をたまに通るとき、
離れを、遠くから眺めるだけだったと。

噂によると、婆さまはまだ小娘だった頃に、
在から奉公に来た女中だったという。

先々代の主がこの婆さまに多大な恩を受け、
それに報いるために、
離れを建てて住まわせたというが、
恩とはどういうものかも、主家族以外はわからなかった。

世話を命じられていた奥女中が言うには、
婆さまはいつも着物の袖でかくしてはいるが、
実は左手の手首から先がないのだという。
何かの事情で片手をなくしてしまったらしいとか。

左手のない婆さまは、
やがて老いて寝ついてしまい、あっけなく死んでしまった。
小娘の頃に店へ奉公に来たきり、
宿下がりすることもなく、店で一生を終え
遺骨は店の主の墓所に葬られた。

ところで。

婆さまの死後、
女中が離れを片づけていると、
棚の奥からきれいな蒔絵箱が出てきた。
何気なくそれを開けて仰天。
中には、なんと干からびた人間の左手が入っていた。
慌てた女中が、
手を見つけたと店の主に告げると、
主は顔色を変え、
手が収められた蒔絵箱を受け取ったそうだ。

死んだ婆さまは、
なぜ、手を切断したのか。
なぜ、手を保管していたのか。
使用人たちには見当もつかないままだったと。

★★★


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ひとつよろしくお願い致しぁんす。





雪の野

2013-01-18 18:41:56 | 幽霊・怪異談
今頃の季節、暗くなってから野を歩くと、
ざっくざくと、大きな音がするのに
驚くだろう。
昼に溶けた雪面が、
夜になって再び凍るためだ。

昔、町へ出ていた男が、
夜おそく村へ戻ってきた。
しばれるので早く家に帰ろうと、
雪におおわれた野を、つっきって歩いていた。

息を荒げ、白い息を吐きながら進むうち、
ふと、雪面を踏み破る足音がふたつあることに気がついた。
誰かが、自分の背後をつけて来るような気がする。

はて、誰だべか。

足を止め、振り向いてみると、
雪が光って野がよく見渡せる。
遠くの林が暗いが、
雪の野はどこまでも白く広がって、人影などひとつもない。

だが、また歩き出すと、たしかに
後ろから自分と同じ歩調で、ざっくざくとだれかの足音。

狐狸のしわざかもしれん。

男はしんと白く光る野に向かって
「ついてくるなー」
叫んで、勢いよく走り出した。
背後の足音も走り出し、そのざっくざくの音が大きくなり、
後ろ首に何者かの息がかかり、
こりゃ取って喰われるかと
死にものぐるいで家にたどりついて、
わっと悲鳴をあげながら転がり込んだので、
留守をしていた女房はどんでんした。

その翌朝。
女房と共に男が恐る恐る外に出てみると、
雪面に男の足跡が点々とついている脇に、
誰のものとはわからぬ巨大な足跡が残っていた。

巨大な足跡は、家の前から脇にそれ、
雪面をさらに進んだようだが、
何もない白い野の真ん中でぷっつりと消えていたと。


★★★


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ちり穴

2012-11-16 22:58:35 | 幽霊・怪異談
ちり穴とは、茶室の軒先に掘られた、
しっくい固めの穴。
もともとは、名前どおり、ちりを捨てるのが目的の穴だった。
穴の口には、のぞき石という石が据えられている。

※※※※

昔。
(と、今日も始める)

旧市内の大店で、ひとり娘が突然熱をだし、寝込んでしまった。
やがて手当のかいあって回復したが、
子どもは床上げしてから、
世話係の女中に、こんな話をしたという。

病で寝ついている間に、
おかしな夢を何度も見た。
見る夢はいつも同じ。

女の子が家の奥庭から中門を通り、
露地を、茶室めざして進んでいく。
やがて茶室が見えてきたが、
突然、巨大な穴に落ちてしまった。
「お母ちゃん、早く助けて」
「おキヌや、おキヌ、おらば助けてけろ」
いくら叫んでも、誰も救いに来てくれない。
穴底で泣いていると、今度は上から大石が落ちてきて、
苦しくて、苦しくて、
もう死んでしまうのかと、夢でもがき続けたのだという。

奇妙な夢の話が、女中は気になった。

大店なので庭は広く、茶室も確かにあるのだが、
そんな大きな穴は見たことがない。

そこで女中は奥庭へ行き、
子どもが語った夢のとおりに、
露地をたどってみることにした。

こっそり中門をくぐり、
燈籠を見ながら飛石を渡り、
つくばいの脇を通って茶室に近づいた。
だが、大きな穴は、もちろんない。
ぐるりと茶室を回り、ふと足元を見ると、
そこに、ちり穴があった。

これも穴といえば穴だと、
恐る恐る中をのぞいてみると、
穴底に4~5寸の小蛇が見えた。
何かの拍子に外れたとみえ、
穴の口に据えてあるはずの、のぞき石が落ちてしまい
石に頭を押さえられて蛇がもがいていたという。

石につぶされたという子どもの夢は、
もしや、これを意味していたのか。
こわごわ女中が石を取りのけてやると、
小蛇は素早く身をくねらせて
穴から這い出て、茂みに消えた。

なんともおかしなものを見たと、
女中が首をひねりひねり、子ども部屋に戻ると、
皆が大騒ぎをしている。
聞くと、突然子どもが倒れ、
身をくねらせながら、
「助かった、助かった」と叫んだのだという。

これはやはり、小蛇が
女の子についていたのだと、
女中は、子どもの夢やちり穴の蛇の話を
主人夫婦に告げたという。

店の主はそれを聞き、
弁天様のつかいの蛇がついていたのなら、
うちの娘は一生弁天様に守られるにちがいないと、
庭に、小さな祠を建立したと。
秋田弁財天堂から勧請したという、
この薄墨の弁天様、
朔日町の裏のほうにあったそうだが、
残念、
今はその店も祠もなくなってしまった。

※※※

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間があいてすみません。
少しずつ、書いて参ります。




土くれ降る

2012-10-14 18:49:45 | 幽霊・怪異談
明治の頃だと思う。

ある村に突然、ばらばらと土くれのようなものが降ってきた。
黒くて湿っており、
腐った苔に似ており、
酢のような、鼻を突くにおいがしたとか。

村の人々は不思議がったが、
何かわからないまま、放置した。

すると、
土くれが降って2日目の朝。

家や田畑、道から野まで、
うっすらと積もっていたその土くれが
突然発火して、燃え上がった。
降った量がそう多くなかったので、
道や野は少々草が焦げた程度ですんだが、
茅葺きの家は、屋根が燃え、
なかには全焼した家もあったという。

何か恐ろしいことの前ぶれではないかと、
人々は恐れおののいたそうだが、
幸いそれ以上の異変はなかった。

それから数年して、
焼けた村の近くに同じように土くれが降ったが、
以前の噂を聞いていたその村では、
すぐに黒い物体を、土中に埋めてしまい、
火事はまぬがれたという。

父方の祖父が、父親から聞いたという話だ。
話してくれた私の曾祖父にあたる人物は、
隣県の郡部出身なので、
多分、そのあたりの山村に発生した怪異だろう。

「厄介な物、気味悪い物、変な物、
おかしいのはなんでも土に埋めるのがいいんだ」
祖父は、自分の父親から教えられた教訓を、
大真面目で、孫の私に伝えてくれた。
昔なら、それで済んだのだろう。

今ではそうはいかないが。

★★★★


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よろしければ、お願い致しあんす。


酒が人を呑んだ話

2012-10-11 20:06:38 | 幽霊・怪異談
明治のはじめ。
大酒会が催されたことがあったと。

だれが一番、酒を飲むか。

会には、酒量自慢の人々のほか、
普段は思うように酒を飲めないので、
この会で思い切り飲もうというさもしい連中も集まり、
大変なにぎわいになったそうだ。

場所は、朔日町にあった釜屋。
犬の幽霊が出たので、〈犬の釜屋〉と呼ばれた店だ。
大座敷に酒樽を積んで、女中たちが総出で酒を運んだという。

見物人の声援に応え、
大酒会に参加した者たちは、大きな杯を次々に干していく。
やがて、時間がたつにつれ、
参加者は酔い、座敷は乱れてきたが、
最後の最後まで平常と変わらなく飲み続ける男がいた。
皆が酔いつぶれ、吐き戻し、ひどい有様になっても、
その男だけは一切乱れることなく、飲み続ける。

これで、大酒会の優勝は決まりだと、
皆が思い、飲んでいた男自身も思ったらしく、
見物人の盛大な拍手のなか、
最後に男が大杯になみなみと酒を注いで、
悠々と飲み干した、
その瞬間。

ぱちんと弾けるような音がして、
男の体が消え、
そこには男の着物と帯、
それから驚くほど大量の酒だけが残っていたと。

大酒会は大騒ぎでうやむやになり、
人々は消えた男を捜したが、
結局消えたまま、二度と姿をあらわさなかった。

当時、この騒ぎを耳にしたある僧が、
こう言ったとか。

人が酒を飲むのなら、人のままでいられる。
だが、酒量が、飲む人の体の容量より多くなれば、
酒のほうが多いのだから、それはもう人とはいえない。
酒の一部に人が混じっているだけだ。
あの大酒会では、酒が人を飲んだのだと。

『薄墨風土記』にある
「酒が人を呑んだ話」である。

★★★


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最近酒を断ってます。つまらんです。