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薄墨町奇聞

北国にある薄墨は、人間と幽霊が共に暮らす古びた町。この町の春夏秋冬をごらんください、ショートショートです。

道しるべの花

2013-03-19 21:07:14 | 薄墨の花
お母さに言われて、
山にバンカイを取りに行った清っこが、
道に迷ってしまった。

遠くでカラスの声がするだけで、
山中に人の気配は全くない。
日が沈み、
当たりはどんどん暗くなっていく。

このままでは帰れなくて、山で一晩過ごすことになる。
へたすると、
山の化け物に食われるかもしれない。

あせった清っこが、薄暗くなってきた山の斜面を
つんのめるようにして駆け下りて、
ひょいと前方を見ると、
薄闇のなかに、何かが白く光っていた。

おそるおそる白い光に近づいて見たところ
それは満開のコブシの花だったと。

暗くなると、コブシの花は
白く光るものだと、
お母さに聞いていたけれど、
あれは本当だった。

コブシの木のそばに細い道が見つかった。

その道をたどり、
1本のコブシから、次のコブシへと、
淡い白光を目当てに道をたどって、
清っこはようやく村へ帰ることができた。

「あとでお母さに聞いたんども、
ワラシが山で迷子にならないように、
村では代々、道しるべのかわりに、
コブシの木を植えていたそんだ」

コブシに救われて、無事に家へ帰れた。
あの木々を植えた村の人たちの心づかいが
なんともありがたかった。

赤岳のふもとにある、
コブシが満開の村で。

お清婆さまは、そんな話をしてくれた。

★★★


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どうかよろしくお願い致しぁんす。
薄墨もようやく春が近づきました。





ラッパ水仙

2011-04-08 23:58:43 | 薄墨の花
山下の啓爺さまは、去年の秋から
市内にあるせがれの家で暮らし始めている。
本当はずっと村にいたかったが、
婆さまが死んで、
「お袋みたいに、どーんとアタったらどうする」
そうせがれにおどされ、渋々従ったのだ。

今朝、
茶っこが飲みたいと台所に行き、
「おい、お茶っこ」と言ったら、
刻みものをしていた嫁が、
「おじいさん、ポットはそこだよ、自分でいれて」
せがれも、
「なんでも人に頼ってれば、早くボケる。自分でやらないとダメだ」、
孫のカズヤまでが、
「お茶っこくらい、自分でいれてもバチは当たらないぞ」
そんなことを言うので、啓爺さまはかっとなった。

婆さまが生きていたときは、いつも
「おい、お茶っこ」と言えば、
「あい、今すぐ」といれてくれた。
それを3人に非難されたので、
「もう、いい。いらねえ」
腹が立って立って、自分の部屋に戻った。

しばらくして「おじいさん、お茶はいったよ」と嫁が呼んだが、
飲む気は失せてしまった
爺さまはジャンパーを着て、財布だけをリュックに入れて、
どっかどっかと廊下を踏みならして玄関を出る。
思いっきり力を入れ、ドアをどーんと閉めたら、
胸がすっとした。

村に行くかと思いついたのは、
外を歩き出してすぐだ。

団地入り口の停留所から、十三日町行きのバスに乗る。
朔日町でおり、市民病院行きのバスに乗り換え。
市民病院の売店でパンを買い、
1時間おきに出る、山下村の村営マイクロバスに乗って、
やれやれ、とため息をつき、
「あれ、田中のおじいさん、珍しいこと」
隣の席に座った近くの婆さまと話ながら、パンを食べた。
車がないと、薄墨の町から山下村へ行くのは一仕事だ。

午後になって、
やっと村の家にたどりついた。

数ヶ月空けただけで、
家はずいぶん荒れていた。
裏に回ると、墓所の日陰にはわずかだがまだ雪が残り、
しんとしている。
線香も何も持ってこないことを悔やんだが、仕方ない。
啓爺さまは、モグラよけの目的で墓所にぐるりと植えてある
ラッパ水仙を、数本折りとって、墓に供えた。

この花は死んだ婆さまが好きで、よく仏壇に供えていたもんだ。
そんなことを思い出し、
あ、こりゃ薄墨に移した仏壇にも供えねばならんな、と
爺さまは考えた。

あっという間に午後の陽は傾く。

これから薄墨に戻らねえばならんのか。
戻りたくねえなあ。
ここに泊まるべかなあ。
ためらっていると、
「おい、じっちゃん」と、背後から声がかかった。
孫のカズヤが立っている。

「俺と一緒に帰るべよ、じっちゃん。
母さんも父さんも心配してるぞ。俺もあちこちさがしたぞ。
もう母さんを泣かさないで、さ、暗くなる前に帰るべ」
今朝の小生意気な態度とはちがい、
昔と変わらない、
めんこい孫だった。

「あん、わかった」
啓爺さまは素直にうなずき、
思いついて、あたりのラッパ水仙を急いで次々と摘み取った。
「じっちゃん、何してる」
「うん、土産だ」

バイクの後部シートで。

ぶっ飛ばす孫の胴にしがみついて。
ヘルメットを目深にかぶって。
背中のリュックにラッパ水仙をわんさか詰めて。

啓爺さまは
幸せだった。


紫木蓮

2010-04-16 23:25:24 | 薄墨の花
鷹匠町の林家といえば、
旧市内ではよく知られた、
薄墨で指おりの素封家だ。

この林家の隠居の、新一郎爺さまは、
もう長いこと、隠居所で寝込んでいる。
座敷の障子を開けると、広い庭が見渡せ、
春めいたにおいをかぎながら、
日がな一日、うつらうつら寝て過ごす。

今日も。

昼食を食べさせてもらい、ふくふくの布団に埋もれて、
眠りかけた爺さまの額を、
そっと誰かがやさしくなでた。

はて。
半ば眠りに沈みかけながら、
新一郎爺さまは思う。

この手の感触には憶えがある。
軽くやさしい指先、
なめらかな手のひら。

幼いときによく額髪をかき分け、
汗ばんだ顔をなでてくれた、お袋の手か。
あるいは、年若くして死んだ、
若くきれいだった叔母の手か。
それとも、
いつも「新ちゃん」と呼んで、ほっぺたをすりつけてきた、
子守のキヨっこの手だったか。

そのどれもが当たっているようであり、
どれもが少し、
ちがうような気もする。

爺さまの額を、手は静かになで、
そっとまぶたに下りて、
ひくひくと動くまぶたの下の眼球を
優しくなだめた。

お袋も叔母も、キヨっこも。
3人とも、今はいない。
さて、このなかの誰の手か…、
そこまで考えたが、それ以上は、
おぼろになり、
爺さまは深々とため息をついて、
眠りに落ちていった。
もうじき3人に会えそうだ。
なんとなく、そんな感じがする。

爺さまに寝返りをうたせようと、
婆さまと上の娘が部屋にやってきて、
あれ、まあ、と2人、小さくつぶやいた。

眠る、新一郎爺さまの顔の上に、
どこから舞い込んだのか、
紫木蓮の花びらが1枚。
そっとのっていた。


冬の仏花

2010-02-15 22:34:17 | 薄墨の花
昔は温室栽培の花は高価で、
冬場、仏壇や、墓に供える花は少なかったようだ。

薄墨の寺通りには、
昔は何件か小さな店があり、
線香や、落雁のようなささやかな菓子、
そして供花を商っていた。
店前に水をはった樽を置き、
墓参用の花束を投げ入れて売っていたのだが、
温室栽培のない時代、
さて、あれらは、いったいどんな花だったろう。

春はネコヤナギ、水仙、菜花。
夏は鶏頭や門徒の花、溝萩など。
秋は菊のオンパレード。
葉ばかり茂った小菊が多かった。
そして、冬。
冬はさて、どんな花だったかと考えていて、思い出した。

冬の墓用の花。
それは赤紫色の千日紅だった。

もともと水気のない千日紅の花。
これをしっかり乾燥させる。
墓用には、このドライフラワーにした千日紅を
4~6本束ね、まとめた茎にワラを巻き付け、太くしてある。

多分、夏の間に、
冬の墓花用として乾燥させ、ワラで巻く細工をしているのだろう。
鮮やかな赤紫色が、なんとも美しかった。

今では、墓に行っても、
もう見ることがない。

鈍色の空。
真っ白の雪。
そんな薄墨の冬をいろどった、
枯れない花の思い出である。


門徒の花

2009-08-22 20:09:02 | 薄墨の花
モントブレチア

まずはこの花名で検索し、どんな花か見てほしい。
(申し訳ない、手元に画像がありませんので)

多分、ほとんどの人が見たことがあるだろう。

独特のオレンジ色で、野趣の強い花。
東京あたりは6月末から咲くらしいが、
薄墨では7月末から8月いっぱいぐらいが、盛りだ。

このため、盆の花や食材などを売る
盆市で、よくこの花を見かける。
リアトリスと並ぶ、
盆花の代表だ。

ところで、このモントブレチア、
名のとおり、外来種だが、
薄墨の年寄りは、日本古来の花だと思っている。
そして、モントブレチアではなく、
「門徒の花」と呼ぶ。

門徒宗、すなわち浄土真宗のための花というわけだ。

じつは、
私の家も門徒であるが(本笠寺は、住職と親しいが檀家ではない)、
年寄りたちが、モントブレチアを、
「これは門徒のための花だへんで」と言って、
盛んに墓に供えるのをよく見てきた。

年寄りたちの言う伝統というのも、
こんなものだ。

親鸞さんも、きっと苦笑していることだろう。



鶏頭

2009-08-13 23:34:45 | 薄墨の花
作家の武田泰淳は、百日草の花が好きだったそうだ。
夫人・武田百合子の『富士日記』に、
そんな記載がある。

夏の日差しに負けない、頑強さと、
野趣と、明るさを持ち合わせ、
あっけらかんと咲く。
そんなところが好きだったらしい。

同じような理由で、
私は、夏の田舎道で見かける、
鶏頭の花が好きだ。

道沿いで、土ぼこりをかぶって、
ふてぶてしく咲く花。
最近は槍形の鶏頭が多いが、
本当はもっと平たい、
名前の由来である、鶏のとさか状の花に惹かれる。

夏休みに遊びに行った田舎での、
小川の水遊び。
蚊取り線香のにおい。
あまり甘くなかったスイカ。
麦飯とめざしの昼食。

そんな子ども時代を思い出させる花である。


貝母の花

2009-03-24 23:09:24 | 薄墨の花
「今の若い者は体力がないなあ。それに比べて年寄りは元気だ」
本笠寺で、バイモが咲いたと聞き、寺を訪れたところ。
住職がこう言った。

寺の裏山にある墓地で、ひったくり事件が数件起こったという。
墓所にはふだん人の気はない。
訪れるのは、墓参りの年寄りばかり。
婆さまが坂道を下りているとき、犯人は背後からバッグをひったくる。
そのまま一気に坂を駆け下りて、姿を消す。
あっという間のことらしい。

したんどもな、と住職はつづけた。
「うちの檀家にすごい婆さまがいたのよ。知ってるべ、水泳の佐山の婆さまだ」
「佐山の婆さま」と呼ぶのはこの坊主だけ。
一般には「佐山の女先生」で通っている、もと中学の体育教師だ。
マスターズ水泳に参加して、よく薄墨新聞でニュースになっている。

女先生もバッグを引ったくられたが、大声でわめきながら犯人を追った。
坂道も平気で駆け下りる。
毎朝ランニングを欠かさない健脚だ。
(薄墨新聞にそう書いてあった)
しかも声がでかいときている。

泥棒! ひったくり!!

叫びながらいつまでも追いかけてくる先生に、犯人は動転したのか。
転倒し、足を折ってしまった。

知らせを受けて住職が墓所に駆けつけると。
パトカーがすでに来て、
女先生がてきぱきと、骨折した犯人に応急処置を施していたという。
「まあ、あったら元気でしっかりした婆さまは見たことない」

救急車に乗った犯人に、
先生は「心を入れ替えなさいよ」と大声で呼びかけた。
佐山の女先生は、退職しても老いても、いつまでも教師だった。

住職とともにバイモの花を眺めながら。
私は、以前見かけた佐山の女先生を思い出した。
年をとっても背筋の伸びた、毅然とした感じの婦人だ。

バイモの花は下向きで、ひかえめ。
だが、くるりと巻いた葉のなんと精緻なことか。
淡い白緑色の花色が、上品で美しい。

佐山の女先生は、
バイモの花のような人だ。

辛夷の花

2008-04-03 17:40:38 | 薄墨の花
山歩きをする人になら、
わかっていただけると思うのだが。

山中を歩いていて、足を止め、遠くを見渡す
すると、不思議なことに、
いつでも隣りの山が、やたらと魅力的に見えてくる。

なめらかな山肌。
人に荒らされていない苔むした岩場。
隣りの山の頂上には、温かい日が照り、
鳥が鳴き交わし、さわやかな風が通る。
そんな、別世界が隣の山上にあるように思え、
発作的に隣山に駆け上りたくなる。

山がもたらす、ある種の物狂いだろうか。

いつでも、どんな所でも。
隣りにある山は、美しい。


さて。

木こりが山を歩いていると、隣りの小山の上に、女がちらちらと見え隠れした。
白い衣裳を着て、しきりに白いものを振っている。
よくはわからないが、それは、まるでひれを振る古代の女のように見えた。
薄く透けるようなひれを風に遊ばせ、こちらを招いているかのようだ。

木こりはそれに見入った。
それからとりのぼせたように、駆け出し、隣山に登り始めた。
人が通る道などない斜面を、倒けつ転びつ進む。
この山の上で、女がおらを呼んでいる。
そう思うと、身体が熱くなるようで、がむしゃらに上がった。
途中に岩場があり、小滝があり、日もささない茂みがあり。
それを乗り越え、山肌に爪をたてるようにして頂上に登ると。
まぶしい日射し。
やわらかな風。
遠くのさえずり。
そして。
頂上に1本。
コブシの花が、枝をゆらして咲いていた。

木こりはその花を抱きしめて、ひと夜その場で過ごしたとか。

ミツマタの花

2008-03-23 19:25:08 | 薄墨の花
薄墨に出てきた馬喰が、町でいっぱい飲んで、村へ戻ろうとした。
夜道をふらりふらりと歩く。
温かな夜風に、ふわりといい香りがまじる。
はて、なんの香りだべ。
あたりを見回すと、女わらしが7~8人。

「あいや、馬喰さん。いいご機嫌でないか」
「本当だ、気をつけてお帰りなさんして」
「足っことられて、転ばないように」
10歳ばかりか。
小生意気な娘んどが、口々に声をかけてくる。
こりゃ、キツネかタヌキだな。
そう思った馬喰が、こらーっと怒鳴り、ちょうど足もとに転がっていた大きな石を力まかせに投げつけると、きゃあと叫んで、小娘らが消えた。
やっぱりこりゃキツネだったと、納得して馬喰は家に帰った。

翌日。
もしかしたら、キツネが死んでるかもしれんと思って、馬喰は道を調べてみた。
すると、道ばたの娘っこらがいた場所には、大きな、ミツマタの木。
その根本に、昨晩投げつけた石が転がっていたと。
黄色い手毬のような、可憐な花が、馬喰を笑うかのように、いっせいに揺れていたと。

竹煮草

2007-08-18 22:50:57 | 薄墨の花
夏野に突っ立つ竹煮草を見て思うこと
末摘花に似た
花とはいえない花

美しくないという自覚さえないまま
かっと照る陽を、ふらりふらりといなしている

滑稽さと鷹揚さ
残酷と
それからいささかの居直り

竹煮草の太い茎と茶色に乾いたしたたかな花を
焼けつく空き地で、じっと見つめる女がいた

妙に大きい防空頭巾と
よれよれのもんぺ
なぜかバケツを、ハンドバッグのように腕にぶら下げて

戦後すぐの光景だった