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薄墨町奇聞

北国にある薄墨は、人間と幽霊が共に暮らす古びた町。この町の春夏秋冬をごらんください、ショートショートです。

大黒まつり・ポスター完成

2010-04-29 20:47:47 | 大黒舞い
商工会議所裏にある、新興印刷のデザインルームで、
ロッパとゴエモン、それにカメキチが、
Macのモニターをのぞき込んでいる。

モニターには、大黒衣装のカメキチの写真。
打出小槌を振り上げ、福々しいようすだ。

「はあ、さすが素人の撮る写真とはちがうなあ。
あったらに緊張しまくって、笑わなかった先生がよ、
一瞬笑ったところを、こったらにうまく撮るとはな。
さすがプロだ」
ロッパが感心してつぶやくとおり、
カメキチの写真は、にっかと笑い、
なんとも楽しげだ。

「確かに、亀掛川先生、
あのときかなり緊張してたから、
どうなるかと心配した」
ゴエモンもそう言った。
カメキチは、何も言えない。
事実、撮影では緊張の極地で、
笑えといったって、顔が動かなかったのだ。

カメキチの写真の上部には、
墨痕淋漓といった感じの、
肉太の「薄墨三商会 大黒まつり」という
特大文字。
「ちょっと古風な感じにしたかったので、
このフォントにしたんですよ。
いいでしょう」
デザイナーがうれしそうに説明した。

大黒姿のカメキチを囲むように、
「福入れ!」「福入れ!」「福入れ!」という
赤い文字が散っている。

「ゴエモン、いいんでないか、このポスターで。
なにより派手で、目立つぞ」
ロッパが言い。
ゴエモンも「そうだな、これでOKにするか」
うなずいた。

「あのなあ、もうちっとでいいから、
俺がな、目立たない写真にしてくれんか」
カメキチがおずおずと申し入れたが、
ゴエモンはデザイナーと話し出して、
聞いてくれない。
「ま、ま、いいんでないか、先生。
ゴエモンのためだ、我慢してくれい」
ロッパが、無責任にカメキチをなだめ、
それで大黒まつりのポスターは決定となった。

造り物のキラキラした小判や鯛、
金銀の短冊などを背景に、
満面の笑みで小槌を振る
カメキチ扮する大黒様。
「福入れ!」の文字が踊り、
なんともめでたいポスターだ。

「俺は、なんでこったらに、
楽しそうに笑ってるんだかなあ」
カメキチが、モニターの自分の笑顔を見て、
不思議そうに言った。
「俺はこったらに笑ったおぼえがないんだがな」

「なに言ってるんだ、カメキチ。
先生はよ、いっつも笑って、
いっつも楽しそうだ。
そこがカメキチのいいところでないか。
見てるこっちまで、おもしろくなるんだ」
教え子ロッパが、大まじめに言った。
ゴエモンも、デザイナーとの話を止め、
振り返って、うなずく。
「そうですよ、先生。
先生はいつも楽しそうですよ」

そうか、とカメキチは納得した。
楽しそうか。
したら、それでもいいか。

三商会の大黒まつりの準備が
こうして、整った。
ゴールデンウィークの、
薄墨春まつりも始まる。

薄墨は、桜にいろどられ、
陽気なときを迎える。

大黒まつり・ポスター撮影会

2010-04-15 23:33:33 | 大黒舞い
駅前にある石沢写真店のスタジオで。

まぶしいライトに照らされて、
カメキチは、ひとりですくんでいる。

「亀掛川先生、笑ってください」
ライトの向こうから、そう声がかかったが、
緊張して、顔がこわばるばかり。
「カメキチ、だめだ、
いつもみたいにニッカと笑えじゃ」
ロッパの声に、怒鳴り返す余裕もない。

ライトを当てられたカメキチの姿はというと。

白小袖と朱色の単衣、
刈安色の狩衣、
樺色のくくり袴。
金襴の大黒頭巾。
大きな袋をかつぎ、
片手には打出小槌。

「思っていたとおりだ。
先生、よく似合いますね」
かつての教え子、
今は三商会会長のゴエモンが、心底感心したように
つぶやいたが、
カメキチはちっともうれしくなかった。

米俵(中身は発泡スチロール)を積んだ上に、
袋をかついで座らされている。
背後には、桜の造花、
紙製の小判や鯛、曲玉、
宝袋や金銀の短冊などが、
テグスで吊ってある。

「ほら、カメキチ、笑え」
ロッパが吠える。
「馬鹿たれ、そったらに器用に、
俺が笑えると思ってるのか」
カメキチは蚊のなくような声で文句を言った。

「したんどもよお、
先生が笑ってくれねば、ポスターが撮れんのよお。
たのむへんで、笑ってくれ」
だが、カメキチは笑顔にならない。
さっき、若い美容師によって、
たっぷりとファンデーションを塗られた額から、
汗がしたたり落ちてきた。

困ったなあ、とカメラマンがつぶやき、
どうしようか、とゴエモンが首をひねり、
そんだ、こうするべ、とロッパがぽんと手を叩いた。

ロッパは大黒唄を歌い出す。

さても さても
めでためでたの大黒舞いをよ
この家の旦那様のお末を寿いで
松のひと踊りをお目にかけましょうかよい
はあ
いやさかの さてもよい

ひと節歌うと、はったとカメキチを見据えて、
「ほい先生、福入れだ。福入れをやれー」と叫んだ。

反射的にカメキチは、
俵の上で、小槌を振り回す。

それ
福入れ
福入れ、
皆に福入れ

春で、平和で、皆健やかで、
いつまでも薄墨に幸せがあふれているように。

福入れを繰り返すうちに、
緊張が薄れてくる。

福をたっぷり入れようと、
カメキチが満面の笑顔で「福入れ」と謳いあげるたび、
カメラのシャッター音が響き、
ゴエモンがうれしそうに「ほお、やるなあ」と感嘆し、
美容師の若い娘さんが拍手した。

思い切り小槌を振って、
つい、調子にのりすぎた。

カメキチが乗っていた、
俵が、ぐらりとゆれた。
ありゃーっと悲鳴を上げながら、
カメキチは俵から、転がり落ちる。

「先生、大丈夫ですか」
「カメキチ、けがないか」
教え子2人が駆け寄ると、
「あん、大丈夫だ」
カメキチは床にひっくり返ったまま、
のんびりと返事した。

その3人の背後から、
「はい、お疲れさま。
撮影、終了です。いい笑顔撮れました」
カメラマンの声が響いた。

大黒舞い・カメキチ引退

2009-05-29 22:50:03 | 大黒舞い
薄墨春まつりも終わって。
カメキチはここ数日、放心状態でいた。

今年は幸いにして、
間抜け面の写真が新聞に掲載されるようなことはなかった。
薄墨新聞に載ったのは、どれもワラシ芸をこなす、
元ミス薄墨の3人組の写真ばかり。
あとは、ロッパの大黒舞いが1枚載ったが、
タドコロ氏とカメキチの鶴太夫、亀太夫は影も形もない。

もちろん、それはそれでいいのだが。
内心、少々さびしさがある。

「あったらに、頑張ったのになあ。誰も見てなかったのかな」
「善」のカウンターで、女将相手にカメキチはそう言って、子どものように口をとがらせた。
「善」の女将は、カメキチをなぐさめるように、
「そんなことありませんよ、先生、頑張ってらっしゃった。私も見ていて、よくわかりましたよ」と相手する。
「そうか、あんたも見ててくれたか」
「もちろんですよ、先生と小林さんが踊るんだから、応援しなきゃ」
「そっか、そりゃよかった」
口をとがらせていたダダっ子が、すぐ機嫌を直し、
「今日は冷やでいくかな」と身を乗り出した。

フキと高野豆腐、海老の煮合わせ。
鯵の酢のもの。
新タマネギのべっ甲煮。
しゃもの塩焼き。

くきっと歯茎が鳴りそうな、冷や酒でそんな肴を平らげていると、戸が開いて、どやどやと客が入ってきた。

「おお、先生。やっぱりここにいた。いると思ったんだ」
無粋な胴間声を張り上げたのはロッパ。
背後に、顔見知りの商工会議所の連中が男女入り交じって8人ばかりいた。
皆、座敷に上がってわいわいと飲み出す。
しばらく騒いでいたが、ひょいとロッパが席を立ち、
カメキチのいるカウンターへやって来た。

「なあ、先生よお。実はなあ、あそこにいる連中が、来年大黒舞いをやりたいって言ってるのよ」と声をひそめて言う。
「ほお、あの連中か」
「ああ、去年、今年と俺らが踊るのを見ていて、自分らもやりたくなったと言うのせ。それにな、今年のミス薄墨のおねえちゃんたちもな、来年ワラシ芸をやらせてくれと言ってる。カメキチ、どう思う?」
うーん、とうなり、カメキチは冷や酒をちびりと飲んだ。
それから、
「まあ、やりたいならやってもらえばいいんでないか。タドコロ君がちゃんと指導してくれるべ。俺でも踊れたくらいだから、あの連中でも踊れる、大丈夫だ」
そうか、とうなずくロッパに、カメキチはさらに言う。
「ただな、俺は来年は止めだ。去年、今年とお前に付き合った。したんども、もうお前と一緒に踊る仲間ができたんなら、俺はもう来年は、勘弁してもらうべ。引退する」
「なんでだ、先生。来年も一緒に踊らないか、カメキチだって今年も楽しかったべ」

さらに言いつのろうとする昔の教え子を、カメキチはやんわりと押しとどめた。
「まあ、そう言うな。商工会議所の連中がそろって踊れば、見ばもいいぞ。俺は外部の人間だ、そろそろ手を引く。それにな、ロッパ、大黒舞いもどんどん人が増えると、俺は楽しさが薄れる気がする。去年、今年は、なによりお前とタドコロ君と、3人だったから楽しかったんだ。お前はがんばれよ、あの連中を指導せいよ」
そうか、とロッパは肩を落とし、それ以上何も言わなかった。

ロッパが皆のいる卓へ戻ると、「善」の女将がカメキチの前にやってきた。
「先生、来年踊らないのなら、私と一緒に春まつりを見物しませんか、どうでしょう」
そっとささやかれ、
「そんだなあ」
カメキチはうれしそうに応えた。

大黒舞い・桜散る

2009-05-27 23:05:01 | 大黒舞い
やんやの喝采のなか。
大黒舞いが、つづいていた。

パレードの先頭でボードを掲げて歩く、商工会議所青年部の連中が、ときおり振り向いて、
「よぉ、小林さん、がんばれ」
「大黒舞い、最高!」などと声をかける。
鷹揚な態度で、扇子と小槌を振りながら、ロッパはその声援に応える。

カメキチはもう、やけくそで踊り狂っている。
目が回るし、往来からしょっちゅう差し入れられたビールの酔いが回って、足がふらつく。
それでも、もう少し、あと少しと踊りを止めない。

それを見守るタドコロ氏は、ときどきわずかに踊りを交えながら、
カメキチの背後を歩いては、ふらつくのをさりげなく支えてくれる。
(なんとも、実に、いい男である)

大黒舞いの3人のふところには、バナナやせんべい、おひねり、むき出しの千円札などがわんさと突っ込まれている。
どうして、薄墨の年寄りたちはこんなにバナナが好きなんだろう、とロッパは不思議でならない。
尼塚の交差点から、保健所前を通り、ようやく市役所前広場が見えてきた。

桜が散り、あまりの花びらの量に、沿道の人がかすむ。

盛んにこちらに手を振る見物人のなかに、
吉田似我さんがいて、
ラッタさんがいて、
軍鶏やすがいて、
水守の婆さまがいて
そのほか、すでに死んでしまった薄墨の人々がいりまじり、
皆で笑いながら、見物している。

通りすぎたカメキチが、ふっと足を止め、
はて、今のは誰だったかと首をひねったが、
その疑問もすぐに桜のなかにまぎれて散り去る。

どどん、とのろしが上がり、
ようやくパレードは市役所前広場に到着した。

さてもさても。
まぶしく、にぎやかな
薄墨の、
春の祭りだった。


大黒舞い・花下のけんか

2009-05-26 21:49:17 | 大黒舞い
ロッパとカメキチとタドコロ氏が交互に演じる大黒舞い。
それから、
3人娘のワラシ芸。
演じる者が変わり、芸も変わるためか、
今年の大黒舞いは変化に富んでいて、
声援も拍手も去年以上だった。

夏のような日差しの下で、
頬に赤丸を描いた暑苦しい姿で、
みんな汗だくになってパレードをつづける。

ロッパの踊りは豪快だ。
手足の動きが大きく、道化ぶりも派手派手しい。
「まあ、あいつにこったら才能があるとは思わなかったなあ」
カメキチがタドコロ氏にそうささやいたくらいだ。

後見・鶴太夫役のタドコロ氏のほうは、飄々とした踊り。
30代後半だが立ち居振る舞いが落ち着いているせいか、老成した、爺さまのような雰囲気だ。
腰のかがめ方、ひょいひょいと足を抜くように歩くさま。
軽く、すがれた味わいが印象的で、皆、馬鹿笑いせずうっとりと見物してくれる。

それに対して亀太夫・カメキチはというと。
「先生、ちっとリズム音痴でないか」とロッパが言うように、
今ひとつ、歌に乗りきれていない。
いつも歌が始まってから、どたどたと慌てて動き出す。
いつも混乱して、きりよく終わらない。
俳句でいえば、字たらず、字あまりのような踊りだ。
それでいて、本気で慌て、動揺が顔に出るので、
妙に受け、絶え間なく笑いがわき起こる。

「先生はよ、きたない手を使ってるんでないか」
カメキチが妙に受けるのがおもしろくないロッパは、そう文句を言った。
「なに、俺がどったらきたない手を使ったっていうんだ」
ぜいぜいと息を切らせながらカメキチ。
「したってよ、受けねらいで、わざと失敗してるぞ」
「ロッパ、この馬鹿たれ、俺がそったら姑息な人間だと思うか」
そういきりたつカメキチを、ジロリとにらんでロッパは、
「あん、思う。先生ならそのくらいやりかねない」と意地悪く言った。
「なに、お前、この俺を、お前の恩師のことをそったら風に言うのか」
「ああ、何度でも言う。先生は昔っからそったらところがあった。昔、俺の弁当を食ったこともあったくらいだ」
「あれは、お前、早弁していたお前が悪い」
「くそ、だからって俺の弁当食うことがあるか。弁当返せ」

なにしろ2人とも疲れて気が立っている。
パレードの真っ最中に喧嘩を始めたロッパとカメキチを、タドコロ氏がまあまあと押しとどめた。
「ほれ、もう少しですよ。小林さんも亀掛川先生も頑張って。さあ、最後のひと踊りだ」

ロッパとカメキチ、
肩をぶつけ、相手の足を踏んづけてはにらみ合いながら、
妙に殺気あふれる大黒舞いをつづけた。
やがて、中央通りからゆるいカーブを描いた坂を下り、桜の散る城下の掘通りに入っていく。
ようやく、次の交差点。
尼塚の信号で「これはこれは見事な御庭で…」と3人娘による松の舞の口上が始まった。

やれやれ。
息を整えながら見上げると、
ちろちろと輝くような花吹雪だ。
ふたりとも、ほうっと放心したように桜を見上げている。
「ロッパよう、お前の弁当食って、悪かったなあ」とカメキチ。
「なんもだ、昔の話でないか、先生」とロッパ。

桜は怒りを鎮め、人を虚けにする。

松の舞の口上を聞きながら、
桜の花びらを全身に浴びながら、
ふたりは子どものように口をぽかんと開けて立ちすくんでいる。



大黒舞い・輪っこ切ってさいさい

2009-05-23 19:29:33 | 大黒舞い
辻の守交差点。
稲荷橋交差点。
そして。
今度は、新辻の守交差点で、ミドリさんの金輪切りが始まった。

3つめのワラシ芸は、口上ケイちゃんとアイちゃん。
金輪切りはミドリさんと、担当が別れる。

さすが、昨年のミス薄墨。
度胸がある。
ミドリさんはためらいもせず、にこやかに交差点の中央に立った。

「さあて お立ち会い
 ここにあります6つの輪が ずらり並んで五条の大橋」
つながっている6つ輪を両手でのばし、
ミドリさんは愛嬌よく笑顔を見せる。

「ひとつ切れたら5つの輪っこ だらり垂らせば那智の滝」
手早く輪をひとつはずして垂らし見せた。
そして、
「遠く見えるは夜半の月」で、
離した輪を左手で空に掲げ、振り仰ぐ。
一瞬。
ほんの一瞬だが。
音高く流れ落ちる那智一の滝と、
その上に煌々と照る満月が、心に浮かび、
ほお、とロッパは小さく声をあげた。

「ふたつ切れたら4つの輪で 上にのばせば上り藤
下に落とせば下がり藤 それ見て蝶々がやってくる」
ミドリさんは、切り離した2つの輪を重ねて左手で握り、
蝶々のように輪をずらして、ふわふわと飛ぶようすを演じた。

子どもだましの、ささやかな芸だが、
皆、真剣に見入っている。
それくらい、ミドリさんの手際がよく、演技も堂に入っていた。

「3つ切れたら3つの輪っこ 下向いて軒端のしのぶ草」
3つの左手の輪は、ちょんと頭に乗せる仕草で、
「順徳さんが流された」

ロッパは首をひねりながら、となりにいるカメキチに聞いてみる。
「なあ、先生。今、輪っこを頭にのせたのはなんだ、笠のつもりか」
さあ、とカメキチも首をひねって、
「順徳院は、あの口上の通り佐渡に流罪だ。旅の笠かもしれん。あるいは頭に焼石をのせて死んだんで、その石っこの意味かもしれん」
そんな、恐ろしいことを言った。
ひえっとロッパはのけぞる。

むさい男2人の会話をよそに、ミドリさんの芸はつづく。

「4つ切れたら残りはふたつ 春にはおぼろのかすみ月
夏には涼し明けの月 秋には見事な望の月」
切った輪を、順に高く掲げながら、
四季の月のさまを見せていく。

「5つ切れたら最後の輪っこ 南無阿弥陀仏(なんまいだ)の数珠持って
33カ所寺詣り 観音さんのご霊場」
両手に3つずつ輪をかけて、合掌する姿は、
とても29歳(だとロッパは知っている)とは思えない可憐さだ。

わっと拍手がわき、後方で停まっていたフロートから、
今年のミス薄墨たちが、
「中野ミドリさーん、すてき!」と声援がとんだ。
いや、本当に、とロッパとカメキチもうなずき合う。
「だてに年とってないな、あのメラシ」とロッパが言う。
カメキチは、ただひたすら感心して、
拍手拍手だ。

ケイちゃんとアイちゃんが、
声をそろえて何度も何度も繰り返す。

さいのやれこりゃ 輪っこ切って さいさい

大黒舞い・花ざる

2009-05-21 22:25:33 | 大黒舞い
大きな十字路にさしかかるたびに、ワラシ芸が行われる。
辻の守の交差点で、松踊り。
次の、稲荷橋の信号で花踊り。

道の中央に3人並んで、花ざるを掲げ、
「ほーれほいとして、花まいて東西」
甲高い声を揃えると、やんやの喝采だった。

「いや、このメラシ(娘)んどは、なかなか上手だな」
ロッパは見惚れている。
タドコロ氏は、幟に体をもたせかけながら、小声で3人娘の口上に唱和している。
「指導者としては、まだ心配だかな、ん?」
カメキチがそう問うと、苦笑しながら、
「いやまあ、心配ではないけど、何かあったら助けねばならんですからね」
なかなか、細やかな配慮をしているようだ。

日はずいぶん高くなり、花ざるの桜の造花が、5月の風に揺れる。
ザルをくるりと両手で回し、頭上にかざした途端、さっと道に風が流れ、
ケイちゃんの花ざるが、稲荷橋の欄干ぞいに転がった。

ミドリさんとアイちゃんは、さりげなく口上をつづけるが、
ざるを失ったケイちゃんは、立ちすくむ。
「ほい、早く拾ってこねば、川に落ちる」
タドコロ氏が慌てて花ざるを追って駆けだした。

カメキチはその後ろ姿を、汗をふきながら、のんびりと見送っている。
そうだ、こんな光景なのだろうなと、
梁塵秘抄の有名なあの歌を思い出しながら。

君が愛せし綾藺笠
落ちにけり落ちにけり
賀茂川に 川中に

5月のよく晴れたこの日。
稲荷橋の下、
酒川はきらきらとまぶしい。

大黒舞い・松の舞

2009-05-19 22:58:35 | 大黒舞い
市役所前広場から、警察署前のロータリーを通る。
そこを右折すると、中央通り。
沿道は、いったいどこからやって来たのかと驚くほどの人だかりだ。

中央通りへ曲がる辻の守交差点。
そこで3人娘は、足を止めた。
カメキチが、山谷袋から松の扇子を取り出して、
素早く、3人に手渡す。

彼女たちは扇子2本を腰の両側にさし、
もう2本を両手に持って、口上を始めた。

これはこれは見事な御庭で
旦那様、奥方様、皆々様にお目にかけますは
めでためでたの松の踊りでごあんす。

タドコロ氏の厳命どおり、思いっきり声を張り上げる。
「いいすか、このワラシ芸は声を張らなきゃダメだから、それだけ心得て」
その指示を忘れず、3人は、
甲高い声を響かせた。
「ごあんすう」の声に合わせて深々とお辞儀をすると、
わっと拍手がわいた。

ロッパもカメキチも汗をぬぐいながらそれを見ている。

素早く3人は、次の口上にかかる。
手に持っていた扇子を足指と腰前にはさみ、
新たに腰に差していた扇子を開いた。
1人で4本、3人で12本の松の扇子がきれいだ。

山に行っては峰の松
海に行っては浜の松

3人の声がきれいにそろう。
皆でずいぶん練習したらしい。

「ねえちゃん、いいぞ、めんこい」
「がんばれ」
「扇落とすなよ」
そんな声援が飛ぶ。

左足だけで立ち、曲げた右足の先に扇子をはさんだまま、
3人はケンケン跳びでぐるりとその場で回った。

十返りの花っこがせい 見事咲きあんした
鶴亀遊ぶ松の踊りでごあんす。

ワラシが見せれば、それは愛らしいだけの芸に過ぎない。
だが、年頃のきれいなメラシ(娘)が、
外聞も見栄も捨て、
頬に紅をつけた道化姿で真剣に演じると、
陽気でありながら、そこはかとなく哀れさが漂った。

カメキチはうっとりと娘3人を見守る。

おうち円満 商売繁盛
陸は豊作 海は大漁

そう言いながら、今度は後ろ首と、腰の後ろに扇子を差し替え、
両手の扇子も後ろに向けて、
またゆっくりとその場で回った。

松の齢が千代に重なり 千秋萬歳
めでためでたの 松の踊りでごあんす

四方に「松の踊りでごあんすう」と言いながら深々と礼をして回ると、
やんやの喝采。
タドコロ氏も感心したようすで、拍手している。

その喝采の中心で、
ミドリさんと、
アイちゃんと、
ケイちゃんと、
緊張していた3人が、ほっとしたのか抱き合って泣き出した。

なんとも愛すべき、メラシ芸であった。


大黒舞い・さてもよい

2009-05-16 17:47:18 | 大黒舞い
幟をかついだ、カメキチ。

道の中央に進み出ると、ぐいっと腰を落として踊り出す。
ロッパは剽げた踊りだったが、いや、こっちは真面目にいくべ。

ゆっくり左右に手踊りし、小槌を振ろうとして、
「あ、こりゃいかん」
カメキチは小さく叫んだ。
ロッパから小槌を受け取ってない。
小槌なし、扇子もなしだ。
「ロッパーっ、小槌くれい」
呼んでみたが、馬鹿たれのかつての教え子は、
後方でまた見物人からビールをもらって飲んでいる。

仕方ない。

山谷袋から、ワラシ芸の松の扇子を取り出して、パスンと広げ、
ついでに小槌のかわりに、まだ残っていたバナナを1本手に持ち、
カメキチは本格的に踊り出した。
チャンチャカチャンチャカチャンで、右に踊って、
チャンチャカチャンチャカチャンで、今度は左。
両手のバナナと松扇子を振り回しながら、
今度はチャンチャカ、チャンチャカ、チャンチャカチャンチャン、チャンチャン。
右と左と、正面と。
そして、

はあ いやさかの さてもよい

バナナを振り回すと、皆が腹を抱えて笑う。

カメキチが大真面目にやればやるほど、笑いが大きくなる。
や、こりゃまた。
ほい、なかなか俺もやるんではないか。
うまくなったもんだ。

じつに気分よく、カメキチは踊りつづけ、だん、と最後に歩みを止めて、
「おい、ロッパ。福入れだ、来てくれい」と叫ぶと、
「よし、きたあ」
勇ましい返事と共に、馬鹿たれロッパが駆け寄ってきた。
バナナを見物人にぽーんと放り投げ、小槌を受け取り、
カメキチは気持ちよく、空に向かって叫ぶ。

福入れ
福入れ

薄墨のやつらに、
俺が知り合った全ての人に、
一人残らず、さても さあ
福入れ

ロータリーの桜が散った。
見物人がどっと笑った。
薄墨は暑い。

弥栄の さてもよい

大黒舞い・カメキチ踊りだす

2009-05-15 19:55:10 | 大黒舞い
わきあがる歓声のなかに、ロッパは飛び出していった。

さても さーても
めでためでたの 大黒舞いをよ
この家の旦那様のお末を寿いで
松のひと踊りをば お目にかけましょか よい
はあ
いやさかの さてもよい

道の中央でぐるりと回り、
一歩踏み出しては、くいっと見栄を切る。、
袋をかつぐ仕草をして、にっかと笑い右へ左へ。
そして正面へ。

小槌を振りながら左右に動き、
それから後ろ首に差していた扇子を手にし、
両手の小槌と扇子を振りながらいよいよ派手に踊りまくる。

腹を突き出し、左右に体を揺すりながら踊るロッパを見ながら、
「はいやあ、ロッパの奴、今年はまたうまくなったなあ」
カメキチは感心してつぶやいた。
タドコロ氏が喝破したように、道化の真髄は心のゆとりにあったようだ。
前年の経験、慣れが、ろっぱをぐんと上達させている。

夏を思わす日差しのもと。
白丁姿のカメキチが、幟をかつぐのは昨年と同じ。
しかも今年はそれに追加して、首から大きな山谷袋も下げている。
袋の中身は、ワラシ芸の3人娘が使う松踊りの扇子だ。
(幸いにして、かさばる花盆はタドコロ氏が持ってくれた)

やれやれ、今年もこれから踊るのか。
さんざん笑われた昨年のことを思うと、少々憂鬱なのは否めない。
しかし、まあ今日一日。
なんとか頑張るべ、と。
カメキチがそう自分に言い聞かせているところに、
「カメキチ、おう、これ持ってくれ」
すでに汗をかいているロッパが、大きなバナナの房を持って駆け寄ってきた。
「なんだ、このバナナは」
「福入れしたら、お礼だってそこの婆さまがくれた。まさか持って歩けんからなあ」

バナナの房を渡されて、困惑したカメキチは、仕方なく山谷袋に房を入れた。
ずしんと袋が重くなり、首にかけたひもが食い込んで痛い。
こったら重いものを首にかけて歩くのは、たまらん。
こりゃ何とかしないば、ならんな。

仕方なく、カメキチはバナナを取り出して、食べだした。
少しでも腹に収めて、軽くしなければならない。
自分で食べながら、1本ずつ房からちぎって、沿道の人にも手渡す。
これも何かの道化芝居だと思い、人々は笑って受け取る。
そして。
バナナのお礼にと、せんべいを渡す人。
缶ビールをくれる人。
せっかくの好意を断るのは申し訳なく、カメキチはこれらを受け取り、
これもすぐに、必死で腹に収める。
ともかく、袋を軽くせにゃならん。

「カメキチ、なんだ、食ってばっかりでないか」
ロッパがわめきながら、駆け寄ってきた。
「俺がこったらに踊り回ってるのに、その後ろで苦労しらずでせんべい食って。くそっ、それが教師のやることか」
「おい、ロッパ。俺はもう教師でないぞ」
カメキチの反論は弱々しい。
ロッパは目をむき、
「何言ってる、カメキチはいくつになっても俺の先生だべ。それがなんだ、教え子が汗まみれで踊ってるのに、自分はせんべい食って、ビール飲んでるんでないか」と言った。
「いや、ロッパ待て、これにはわけがある」
カメキチが説明しようとしたが、ロッパは聞こうとしない。
カメキチの手にある缶ビールを「俺にもくれい」とひったくると、
「俺は少し休む、かわりに踊ってきてくれや」
言うなり、どんと恩師の背を押した。
ロッパの馬鹿野郎、
昔からちっと乱暴な奴だ。

幟をかついだカメキチが、ひょろひょろと道の中央に出る。

わっと、大きな歓声がわき、背後から、
「カメキチ先生、頑張ってー」と3人娘が声援を送ってきた。

こうなったら仕方ない、
よし、やるか。
幟でとんと地をたたき、
カメキチも踊りだした。