むかーしと、今日もはじめる。
昔。
酒川の渡し場で、人々が舟に乗り込んだと。
船頭が櫂を漕いで、対岸めざしたのだが、
川の半ばまで進むと、なぜか舟は先に進まなくなった。
いくら漕いでも、同じ場所で回って舳先が定まらない。
舟が大きく揺れて、乗っている人々も異変にざわつきだした。
船頭は必死で舵をとるが、
流れはどんどん激しくなるばかり。
そのうえ急に日が陰って、川面をなめるように冷たい風が吹き、
きらめいていた水が、見る見るうちに濁ってきた。
こりゃ鉄砲水かもしれんぞ。
早く岸に上がんねばなんね。
騒いでも、舟は川底にぴたりと留められたかのように、
その場で水にもまれくるくると回るばかりだった。
ちょうど舟に乗り込んでいたかんなぎさんが、突然口を開いた。
「こりゃ、川鬼が、舟ば止めてるんだ。舟に乗ってる誰かを食いたがってるのせ」
人々は震えあがり、川鬼が狙ってるのは誰だ、誰を食うつもりだと、
互いに顔を見合わせた。
かんなぎさんは、
「みんな自分の草履を川に投げてみろ。沈めば大丈夫、そいつではない。
草履が沈まないで水に浮いてれば、
それが、川鬼が食いたがってる奴だ、川に落とせ。
急がないと川鬼が怒って舟ばひっくり返すぞ」
その言葉どおり、揺れはどんどんひどくなり、今にも転覆しそうだ。
よし、とまず船頭が、自分の草履を川に投げ入れた。
すると激しい流れにくるくると飲み込まれ、草履はあっけなく消えた。
良かった、助かった、と胸なでおろすのを見て、
乗っていた人々は次々に草履を川に投げ込み、それらもすべて川に沈んだ。
さて。
最後に残ったのが、かんなぎさん。
皆が見守るなかで、かんなぎさんは端然と座っていたが、
「かんなぎさん、あんたさんも草履を川に投げてくんさい」
恐る恐る船頭が声をかけると、いいやと頭を振り、
「俺は神さんのお告げをしたへんで、川鬼が食おうとしてるのは俺でない」
しかし、川は変わらずに荒れ狂っている。
かんなぎさんによる神託だと、まだ川鬼は誰かを食いたがっている。
皆は顔を見合わせ、うなずき合って、かんなぎさんを押さえつけた。
そして、草履をむしり取って川に投げ入れた。
すると、ごうごうと音をたてる濁流に草履が浮かび、
舟と同じように、その場でくるくると回りだした。
まるで川の中で何かが引き留めているようだったと。
川鬼が食いたがっているのは、かんなぎさんだ。
「いいや、ちがう。俺でない。俺は神さんに仕えてお告げを伝えているんだぞ」
叫ぶかんなぎさんの手を持ち、足を持ちして、
皆で舟べりから、ざんぶと落とした。
すると。
荒れ狂った川は一度激しく吹きあがった後で、
徐々に水を減らし、濁りもおさまり、流れもゆるやかになり、
前と同じようなおだやかな酒川になった。
動けなくなっていた舟も、
船頭の手で、やすやすと対岸へたどり着いた。
舟を下りた人々は、
口々に、いや神さんのお告げは、正しかった
かんなぎさんは、すごいもんだと、言い合ったとか。
昔。
酒川の渡し場で、人々が舟に乗り込んだと。
船頭が櫂を漕いで、対岸めざしたのだが、
川の半ばまで進むと、なぜか舟は先に進まなくなった。
いくら漕いでも、同じ場所で回って舳先が定まらない。
舟が大きく揺れて、乗っている人々も異変にざわつきだした。
船頭は必死で舵をとるが、
流れはどんどん激しくなるばかり。
そのうえ急に日が陰って、川面をなめるように冷たい風が吹き、
きらめいていた水が、見る見るうちに濁ってきた。
こりゃ鉄砲水かもしれんぞ。
早く岸に上がんねばなんね。
騒いでも、舟は川底にぴたりと留められたかのように、
その場で水にもまれくるくると回るばかりだった。
ちょうど舟に乗り込んでいたかんなぎさんが、突然口を開いた。
「こりゃ、川鬼が、舟ば止めてるんだ。舟に乗ってる誰かを食いたがってるのせ」
人々は震えあがり、川鬼が狙ってるのは誰だ、誰を食うつもりだと、
互いに顔を見合わせた。
かんなぎさんは、
「みんな自分の草履を川に投げてみろ。沈めば大丈夫、そいつではない。
草履が沈まないで水に浮いてれば、
それが、川鬼が食いたがってる奴だ、川に落とせ。
急がないと川鬼が怒って舟ばひっくり返すぞ」
その言葉どおり、揺れはどんどんひどくなり、今にも転覆しそうだ。
よし、とまず船頭が、自分の草履を川に投げ入れた。
すると激しい流れにくるくると飲み込まれ、草履はあっけなく消えた。
良かった、助かった、と胸なでおろすのを見て、
乗っていた人々は次々に草履を川に投げ込み、それらもすべて川に沈んだ。
さて。
最後に残ったのが、かんなぎさん。
皆が見守るなかで、かんなぎさんは端然と座っていたが、
「かんなぎさん、あんたさんも草履を川に投げてくんさい」
恐る恐る船頭が声をかけると、いいやと頭を振り、
「俺は神さんのお告げをしたへんで、川鬼が食おうとしてるのは俺でない」
しかし、川は変わらずに荒れ狂っている。
かんなぎさんによる神託だと、まだ川鬼は誰かを食いたがっている。
皆は顔を見合わせ、うなずき合って、かんなぎさんを押さえつけた。
そして、草履をむしり取って川に投げ入れた。
すると、ごうごうと音をたてる濁流に草履が浮かび、
舟と同じように、その場でくるくると回りだした。
まるで川の中で何かが引き留めているようだったと。
川鬼が食いたがっているのは、かんなぎさんだ。
「いいや、ちがう。俺でない。俺は神さんに仕えてお告げを伝えているんだぞ」
叫ぶかんなぎさんの手を持ち、足を持ちして、
皆で舟べりから、ざんぶと落とした。
すると。
荒れ狂った川は一度激しく吹きあがった後で、
徐々に水を減らし、濁りもおさまり、流れもゆるやかになり、
前と同じようなおだやかな酒川になった。
動けなくなっていた舟も、
船頭の手で、やすやすと対岸へたどり着いた。
舟を下りた人々は、
口々に、いや神さんのお告げは、正しかった
かんなぎさんは、すごいもんだと、言い合ったとか。