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薄墨町奇聞

北国にある薄墨は、人間と幽霊が共に暮らす古びた町。この町の春夏秋冬をごらんください、ショートショートです。

川のかんなぎさん

2020-10-12 22:19:23 | 幽霊・怪異談
むかーしと、今日もはじめる。

昔。
酒川の渡し場で、人々が舟に乗り込んだと。
船頭が櫂を漕いで、対岸めざしたのだが、
川の半ばまで進むと、なぜか舟は先に進まなくなった。

いくら漕いでも、同じ場所で回って舳先が定まらない。
舟が大きく揺れて、乗っている人々も異変にざわつきだした。

船頭は必死で舵をとるが、
流れはどんどん激しくなるばかり。
そのうえ急に日が陰って、川面をなめるように冷たい風が吹き、
きらめいていた水が、見る見るうちに濁ってきた。

こりゃ鉄砲水かもしれんぞ。
早く岸に上がんねばなんね。

騒いでも、舟は川底にぴたりと留められたかのように、
その場で水にもまれくるくると回るばかりだった。

ちょうど舟に乗り込んでいたかんなぎさんが、突然口を開いた。
「こりゃ、川鬼が、舟ば止めてるんだ。舟に乗ってる誰かを食いたがってるのせ」

人々は震えあがり、川鬼が狙ってるのは誰だ、誰を食うつもりだと、
互いに顔を見合わせた。

かんなぎさんは、
「みんな自分の草履を川に投げてみろ。沈めば大丈夫、そいつではない。
草履が沈まないで水に浮いてれば、
それが、川鬼が食いたがってる奴だ、川に落とせ。
急がないと川鬼が怒って舟ばひっくり返すぞ」

その言葉どおり、揺れはどんどんひどくなり、今にも転覆しそうだ。
よし、とまず船頭が、自分の草履を川に投げ入れた。
すると激しい流れにくるくると飲み込まれ、草履はあっけなく消えた。
良かった、助かった、と胸なでおろすのを見て、
乗っていた人々は次々に草履を川に投げ込み、それらもすべて川に沈んだ。

さて。
最後に残ったのが、かんなぎさん。
皆が見守るなかで、かんなぎさんは端然と座っていたが、
「かんなぎさん、あんたさんも草履を川に投げてくんさい」
恐る恐る船頭が声をかけると、いいやと頭を振り、
「俺は神さんのお告げをしたへんで、川鬼が食おうとしてるのは俺でない」

しかし、川は変わらずに荒れ狂っている。
かんなぎさんによる神託だと、まだ川鬼は誰かを食いたがっている。

皆は顔を見合わせ、うなずき合って、かんなぎさんを押さえつけた。
そして、草履をむしり取って川に投げ入れた。
すると、ごうごうと音をたてる濁流に草履が浮かび、
舟と同じように、その場でくるくると回りだした。
まるで川の中で何かが引き留めているようだったと。
川鬼が食いたがっているのは、かんなぎさんだ。

「いいや、ちがう。俺でない。俺は神さんに仕えてお告げを伝えているんだぞ」
叫ぶかんなぎさんの手を持ち、足を持ちして、
皆で舟べりから、ざんぶと落とした。

すると。
荒れ狂った川は一度激しく吹きあがった後で、
徐々に水を減らし、濁りもおさまり、流れもゆるやかになり、
前と同じようなおだやかな酒川になった。
動けなくなっていた舟も、
船頭の手で、やすやすと対岸へたどり着いた。

舟を下りた人々は、
口々に、いや神さんのお告げは、正しかった
かんなぎさんは、すごいもんだと、言い合ったとか。

鷹匠町 開かずの門

2020-08-27 12:15:17 | 幽霊・怪異談
諏訪の七不思議とか、本所七不思議、八丁堀の七不思議など、
世の中には「七不思議」なるものが
数多く存在する。

この町にも「薄墨城の三怪し五不思議」以外で、
どこかに七不思議があるかと、
図書館で調べたり、年寄りに聞いてみたりしたのだが…。
残念なことに、七不思議と称するものはなかった。

だいたいが、薄墨には幽霊や妖怪がのべつ出まくる。
ことさらに七不思議と唱えなくても、
不思議がわんさかあるからだろう。

で、本日もその、珍しくもない不思議をひとつ。


鷹匠町にあった武家屋敷。
ここの門は、開かずの門として有名だったらしい。

男たちが何人もかかかって、
力いっぱい押しても、大扉が開かない。
蝶番を調べ、柱を調べ、潜戸を調べても異常はなし。
それでいて、屋敷の主がこの門の前に立って、
ぽんと手をたたき、「開け」と命じると、
そのときだけ女子供の力でも
やすやすと大扉を動かすことができたそうだ。

なんと忠義な門だと、
人々は感心したという。
これが「鷹匠町の開かずの門」という不思議。

「開け」と命じると開いたのだから、
「開かずの門」ではないようだが、
これには、続きがある。

やがて屋敷の主が隠居して、
息子が家督を継ぐようになると
いくら主が命じても、
この大扉は全く開かなくなった。

大扉は隠居した者には従わない、
御家大切なのだと感心したのもつかの間。

家督相続した息子が手を叩いても、
大声で命じても、
扉はぴくりともせず。
正真正銘の開かずの門になった。

門は、主の隠居に従って、
自分も御役御免を願ったのではないかと、
皆で言い合ったのだと。

今の若い人なら、
建て付けが悪かったとか、
不良品だとかで済ますだろうが
門にまで忠義を持ち出すあたりが
古い時代の<不思議>だ。



餅屋橋の子

2020-08-22 19:12:34 | 幽霊・怪異談
これは昔の話。

薄墨の旧市街。
ある若い嫁が亭主と喧嘩し、
夜中に赤ん坊を抱いて家を飛び出たと。

泣きながら人気のない夜道を歩き、
気づくと、餅屋橋の上。
橋にたたずんでいると悲しさがつのり、
いっそ、この子と川に飛び込もうか、
そう考えたとき、
誰かが帯の垂れを引っ張った。

驚いて振り向くと、
6~7歳のよく肥えた男の子が
愛嬌のある笑顔でこちらを見上げていた。

「なあえ、ここで何してるの」
男の子が、無邪気に聞いてくる。
身投げするところだとも言えず、黙っていると、
なあえ、なあえ、としつこい。

仕方なく嫁は、
「こんな夜中に、わらし一人でおれば天狗にさらわれる。
さ、家に帰りなさい」
その子に言った。

「どっちから来たの」
「あっち」
指さすほうに歩いていくと、
葛籠町の坂で、男の子はわあっと楽しそうに駆け出し、
そのまま暗い路地に姿を消した。
赤ん坊を抱いているので、嫁は追いかけることができない。
様子をうかがったが、
路地の奥に人の気配がないので、
家に入ったのかと、その場を立ち去った。

ちょうどそこへ、
心配して嫁を追いかけてきた亭主と出会い、
なだめたり、謝ったりで、
喧嘩はあっけなく終わったと。

それから何年も過ぎて。

外で遊んでいた子どもが、家に戻って
おかしな話を母親にした、

見知らぬ男の子に会ったと。
その子はにこにこしながら近づいてきて、
「今、楽しいか? 幸せか?」と
何度も繰り返し尋ねた。
そして、楽しいと応えると、
「そうか、それはよかった。川に飛び込まなくてよかったな」
と言ったという。

聞いた母親は、
もう何年も前、
赤ん坊だった我が子と
餅屋橋から身投げしようとしたことを思い出した。

あのとき、止めてくれた男の子が、
今、うちの子に会いにきたのか。
あれはもしかすると、狐狸か、妖怪だったのか。

「その男の子はどんなようすだったえ」
せいて我が子に尋ねると、
息子は
「うん、おらにそっくりだった」と答えた。
「顔もそっくり、髪もそっくり。
しゃべる声も、背丈もおらと同じで、着物も下駄も同じものだった」

突然母親は、気がついた。
あの夜、餅屋橋で出会ったあの子、
あの子は成長した、今の我が子と瓜二つだと。

あれはもしかすると、我が子が、
幼い赤ん坊のときの自分自身を助けたのかもしれない。

炭焼き話・その2

2014-10-15 18:14:34 | 幽霊・怪異談
夢で、娘っこがやって来たとは。
はて、どういうことだ。
女ごの生き霊にとりつかれたのか。
それとも、山の姫さんに目をつけられたか。

いずれにしろ、若い炭焼きには死相が浮かび、
このままでは命も危うい。

「まあ休め。気つけ草ば煎じてやる」
抱きかかえて、驚いた。

若者の背中がぐっしょりと血で濡れている。
「お前、いつ怪我した」
「いや、知らねえす」
痛くも痒くもないと言うが、血の量は半端ではない。
敷いたムシロにまで血が広がっていた。

裸にして見ると、背に1寸ほどの傷があり、
血がじくじくとにじんでいる。

その傷跡をよく調べ、
「はあ、こりゃどこかで見たことがある傷だなあ」
年寄りは首をひねった。

何の傷にしろ、早く手当をしなければ。
傷を洗って、よくよく血を絞り切り、
窯の煙を傷にあててから血止め草の汁を塗って
布で縛った。
気つけ草を煎じ、若者に飲ませると、
年寄りはその日も、忙しく立ち働いた。

さてその夜。

年寄りが寝たふりをしていると。
深夜。

闇の中から
「今夜も来あんした。可愛いあんたさんに、会いたかったのえ」
女の声がして、
草をかき分け近づいてくる気配。

年寄りのとなりで、
若者が息苦しいのかあえぎ、寝返りをうった。

「さあ、今夜も早く」
女のふくみ笑いがすぐそばで聞こえ、
若者は苦しげにうめき、
眠りながらも暴れている。

年寄りは思い切って起き上がり、
窯の炊き口から燃えている薪を引き出して、
あたりを照らし出した。

若者が、横たわっている。
その半裸の胸にぴたりと張り付いている
黒い影。

目をこらして影を見つめ、仰天した。
火に照らされたのは、子どもの腕ほどもある巨大な山ヒルで、
血を吸ってふくれた腹を気味悪くうごめかせていた。

炎を近づけるとヒルは若者の胸から口を離し、
地へ逃れた。
そこへ燃えている薪を突き立てると、
ヒルがつぶれて驚くほどの血が飛び散った。

朝になって、日の下で見る、
つぶされた山ヒルはまだしつこくうごめいている。
気味が悪いので、
年寄りは窯の火口へ放り込んで焼き殺した。


その炭焼き窯から出した炭は、
火をつけるとむやみに臭く、
とても使いものにならなかった。
だが、そのにおいが、
山ヒル避けになるという噂が広まり、
山を歩く猟師や木こりが
わざわざ遠方から買い求めに来たという。

山ヒルの炭で、
年寄りは金をもうけたという話。







炭焼き話

2014-08-30 23:31:46 | 幽霊・怪異談

年寄りと若者と、
炭焼き2人が、山に入った。

窯を築いて材を詰め、焼く用意ができたところで
日が暮れた。
疲れ果てた2人は、早々に眠りについた。

夜更け。
若い炭焼きが、むくりと起き上がって闇の中へ消えていく。
しばらくすると、戻って横になった。
小便でもしてきたか。
目を覚ました年寄りも、また寝直した。

翌日は、窯を締め固めて火入れに入る。
夜なかに若者がまた起き出したが、
年寄りはべつに気にも止めなかった。

それから数日。
窯の煙はなかなか思うような色にならない。
薪くべと風入れで、毎日忙しく
2人ともへとへとになった。
若者が夜ごと起き出したが、
年寄りは一向に気づかず眠っていた。

幾日か経って。
朝に年寄りが起きても、若者は起きようとしない。
「おい、起きろ」
年寄りが声をかけたがぐったりとしている。
「具合が悪いか」
「いやどうもしねえっす」
そうは言うものの、若者の顔は蒼黒く脂汗で光り、
目が異様に窪んでいる。

「お前、そりゃ死相だぞ、何かに取り付かれたんでないか」
年寄りが言うと、
若い炭焼きは首をひねりながらも、
「思い当たることといえば…」と、不思議な話をし始めた。


山に入ってからというもの、
眠るたびに不思議な夢を見る。

見知らぬ娘っこが山道を歩いて、自分を追ってくる夢だ。
足弱なので、なかなか進めず、
「待っていてくんさい、もうちっと待って」
夢で自分に呼びかけつづける。

毎夜半、切なくて目が覚める。
夢の娘が近くまで来たのではと、
歩き回ってみるのだが、姿はない。

「しかし、夢の話だべ」
「はあ、そんですが…」

夢を見るたびに、娘が歩いている道はどんどん山深くなり、
見覚えのある沢や崖道も出てきて、
この窯に確実に近づいているのがわかった。

そして昨晩。
夢のなかで、娘が炭焼き窯のそばに立ち、
「ようやく来ました」
ささやいて、横になっている若者に寄り添ってきた。

「けなげで、めんこくて、俺ぁ夢で娘っこを可愛がったのす」
さすがに照れながら、若者はそう言い終えた。

ふうむ、と年寄りは腕を組んだ。
この夢をいったいどう解けばいいのか、さっぱりわからん。



と、ここまで書きましたが、
話がちょっと長くなりました。

つづきは明日にさせてください。


幽霊小屋

2014-02-27 19:02:29 | 幽霊・怪異談
淡野越えをして
さらにアメリカ岩を横に見ながら県道を
文展方向に進むと、
浜辺のやや入り込んだ場所に、
朽ち果てた茅葺き小屋がある。

それが、地元では「幽霊小屋」と呼ばれているというのを、
つい最近知った。

今では年寄りばかりだが、
以前は、この浜に若い衆もいて、
皆、そろって漁に出ていたそうだ。
茅葺き小屋は、その当時、
漁網をしまっておく網小屋として使われていたという。

ここの網小屋に限らず、
薄墨近辺で見かける網小屋は、
どれも急勾配の高い屋根で、
軒が深い。
壁は板張りだったり、土壁だったりいろいろ。
出入り口は2間ほどと大きく、
網小屋なので窓はない。
当然、中は真っ暗。
物の怪でもひそんでいそうな感じだ。

さて。
この浜の網小屋、
なぜ幽霊小屋と呼ばれているのかというと、
ここで、幼い子どもが死んでしまったからだとか。

浜で干していた漁網を、小屋に納める際に、
近くにいた幼い子どもを、
うっかり巻き込んでしまったらしく、
気づくと、山のように積まれた漁網の下敷きになって
死んでいるのが見つかった。

曳き網はだいぶ重いものだそうで、
可哀想に、幼い子どもは網の下から抜け出せず
圧死したのだろう。

その後。
浜衆が漁前に網小屋に入ると、
小屋の暗がりから、
「助けてけろ、網をどけてけろ」
悲しげな幼女の声が聞こえたという。

なかには、暗がりのなかに浮かんだ、
その子どもの顔を見た者もあったとかで、
剛気な浜衆も皆、いやがって、
結局、網小屋は使われなくなってしまったそうだ。

見捨てられた小屋は、雨風にさらされ、
壁がくずれ、
今ではがっくりと膝を折ったかのように傾いでいる。
葺き直すこともない屋根は崩れて、
中の腐った梁がのぞいている。
なんとも無残な姿だ。

助けを求めながら死んだ幼女の思いを伝えようとするのか、
今ではこの小屋自体が、幽霊になってしまったようだ。

これを取り壊すという話もあるそうだが、
小屋にかくれている女の子の霊は
どうなるのだろうか。
暗い小屋から出て、
明るい海に泳ぎ出てくれればいいのだが。


★★★

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ご協力くだされば有り難き幸せ


狐行列

2013-12-11 20:42:47 | 幽霊・怪異談
庄屋守のキツネたちは、
よく行列をして人々を驚かすのだと、
昔から言われてきた。

たとえば。

満月の秋夜。
月あかりの下で、繰り広げる、
きらびやかな花魁道中。

初夏の夕、
カエルの鳴き声が響く田の畦道を、
延々と通る、
無言の大名行列。

そのほかに、唐人たちの奇妙な踊りの行列や、
立派な僧呂たちによる散華の行列。
冬、とくに年明けによく見られる、
早乙女たちの田植え行列。

雪面にずらりと並ぶ、花笠に赤い手甲脚絆の娘たちは
白一色のこの季節、
キツネのいたずらだとわかっていても、
思わず見とれる美しさだったとか。

ただ、なんといっても一番、美しいのは、
桜の夕に見られる野辺送りの行列だという。

荒坂の大曹寺裏や、大穂の川添いなど、
昔からの桜の名所にキツネたちはあらわれる。

絶え間なく桜が散る下を、
露はらい、提灯役、旗持ち、ろうそく役、供物役など
さまざまな葬式の役がしずしずと通る。
実際に人死にがあった本物の葬送とちがって、
皆、にこにこと楽しそうに笑っており、
花びらを浴びながら笑顔で進む葬列を見ていると、
ぼーっと、酒にでも酔ったような気分に
なってしまうそうだ。

★★★


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ご協力いただければ有り難き幸せ


狐を撲つ

2013-12-09 17:06:49 | 幽霊・怪異談
本日は『薄墨風土記』にあるキツネ話を。

ある村で。
キツネが罠にかかった。

村人たちがわらわらと集まってきて、
もがいているキツネを見て、騒ぎ立てた。

「キツネは人に憑くぞ、早く始末しろ」
「わらしが喰われる、なんとかしてくんさい」
「殴れ殴れ、わっつと殴って殺せ」
「畜生は恩を仇で返すんだ。逃がせばまた来る、殺すべよ」

気の荒い男たちが、薪ざっぽうを手に、
キツネを囲んだ。

だがそのとき、ちょうど村を通りかかった、
旅の僧がいて、
この騒動に気づき、男たちを止めた。

「叩き殺すのはあまりにむごい。放してやってはどうでがんしょう」

だが、村人たちは僧の提案を一蹴した。
それどころか。
「キツネを捕らえたときに、折良く来るとはあやしい奴だ」
「逃がせ逃がせとは、お前、キツネの味方か」
口々に詰め寄った。

そして、
「もしかしたら、お前もキツネでないか」
「そんだ、キツネが坊主に化けて、仲間ば助けに来たんだべ」
取り囲んで責めたて、
化けギツネめ、と次々に薪で殴って、
とうとう旅の僧を殺してしまった。

「さあ、死ねば正体をあらわすぞ」

皆、死体を取り巻いて、見つめていたが
いつまで経っても僧の姿のまま。
これは、本当に旅の僧だったのか。
キツネが化けていたのではなかったのか。

村人たちは顔を見合わせ、青くなったという。

捕らえられていたキツネは、
村人が僧に気をとられているすきに罠から逃れ、
一部始終を見ていたが、
やがて静かに山へ戻っていったとか。

『薄墨風土記』に収められた
「僧と狐を過つこと」という話。

〈狐は悪獣にあらず、賢に近し。人心をうつす鏡なり。〉

話は、そう締めくくられている。

★★★


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ご協力くだされば、有り難き幸せ





荒坂の嫁入り行列

2013-12-07 18:13:46 | 幽霊・怪異談
庄屋守に住まう男が夜ふけに、
町から村へ戻ってきた。
村の石塚にさしかかると、
塚の後ろからささやき声が聞こえてくる。

こったら夜更けに、
さて、いったい誰だ。

聞き耳をたててみると。

「明日が荒坂の嫁入りだな」
年寄りらしき声がして、
「ああ、承知だ」
「荒坂の奴らだば、楽にだませる。うまく丸め込むべ」
「心配ない、ころっとだましてやる」
「ばれる訳ぁない」
いくつもの声が返ってきた。

つづけて、
「お兼っこ、嫁役はお前だ。しっかりやれよ」
「あい、荒坂の本地無しば、だましてやるべ」
女声が応えて、ケンケンケンと妙な笑い方をした。

おう、そんだ、そんだ、と他の者が手を叩き、
押し殺したいくつもの声が互いに注意し合い、
「ではな、明日は頑張るべっし」
と年寄りの声がしたかと思うと、
しんと塚裏が静まった。

耳をすましていても、それ以上、カサとも音がしない。
思い切ってのぞくと、
石塚の裏は、幾重にも折り重なった枯れ草が、
月あかりに沈んでいるだけ。
一瞬で、声の主たちは消え去ったようだ。

翌日、男は考えた末に、
庄屋守のとなり村、荒坂へ出かけてみた。

荒坂に着くと、人々に
今日、嫁取りがないかとたずねて回ったが、
皆、そういう話は知らないと断言した。

やがて夕近く。
山の端が薄紅色に染まりだした。
村を囲む山影から、
ひいやりした冷気がゆっくりと村に流れてくる。

そろそろ庄屋守に帰らねば。

男が荒坂と庄屋守をつなぐ一本道に出たとき。
薄暗い田の間からゆっくりと近づいてくる行列が見えた。

先頭に、松明を掲げた、紋付き袴の宰領。
次に、行李や布団を担いだ荷添い。

かずけ物をのせた三方や、角樽を掲げた土産運び。
魚台や行器(ほかい)を運ぶ、接待役。

幾人も歩む行列の最後から、
黒振袖の花嫁と嫁添いが、
里婆々を従えて、ゆっくりと近づいてきた。

村の人々もこの、見たこともないほど豪華な
嫁入り行列に気づき、
わらわらと集まって、驚いている。

派手やかな行列は、人々の前まで来て、
一礼してさらに進もうとしたのだが。

庄屋守の男が行列を押しとどめた。

「おい、お前ら、どこの誰だ。
 俺ぁ、庄屋守でお前らの話ば聞いたぞ。
 お兼って嫁っこも、ほかの奴らも、
 ここの奴らをだましてやると言ってたな」

男の出現に驚いて、
宰領役が、松明を取り落とした。
途端に、嫁入り行列が乱れ、
見る見るうちに行列の男女がキツネに姿を変えた。

どのキツネも、口にヒサカキの枝をくわえ、
右往左往して、逃げていったという。

★★★


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柿の木長者・はじまり

2013-11-15 20:28:02 | 幽霊・怪異談
昔、貧しい一家があった。
食うや食わずのなかで、親が死んでしまい、
残されたのは3兄弟。

親類は、兄弟の面倒をみるのをしぶり、
それでも、一人だけなら引き取ってやろうと言った。
そこで兄弟は、まだ幼い末弟を親類に託した。

残った2人の、兄のほうは
「俺は町に稼ぎにいく。金を稼いで弟を引き取り、
 親の墓ばたてて、兄弟3人で暮らすべ。
 それまで、お前はここで留守しろ」

すぐ下の弟に命じて、町へ出て行った。

最後に残ったのは真ん中の子。
ほんのわずかの畑を耕し、
草や木の根を煮炊きし、川で魚を捕らえ、
かつかつ暮らしたという。

やがて秋。
住んでいる小屋のわきで、大きな柿の木が、
実をたわわにつけた。
子供は柿をもいで、村や町に売り歩き、
ようやくひと息ついた。
ただし、枝先の実は、もがずに残した。
鳥たちに食わせるためだったとか。

冬になると。
子供は一人ぼっちだったが、
枝に残した柿をついばみに鳥たちが集まって、
寂しさをなぐさめてくれた。
どの鳥も木の枝をくわえて来て、小屋のまわりに落としていくので、
それを燃やして寒さをしのいだ。

ようやく春。
不思議なことに、柿の木のまわりに、
見たことのないような美しい花が次々に咲いた。
小鳥たちの糞に混じっていた花の種子が芽生え、
成長して咲いたものだった。
切り束ねて売り歩くと、人々は珍しい花だともてはやし、
すぐに売り切れたそうだ。

ある日、町で花を売っていると、
町の長者がその美しさに目をとめて、呼び寄せた。
「いったい、どこから花ば持ってきたんだ」
問われて、子供がそれまでの話を詳しく述べた。

聞いていた長者は、
「子供でありながら、
 慈悲忍辱を知っているとはえらい」
深くうなずき、子供に多額の金を与えた。

それまで苦労を重ねた子供は、
この金をもとに、さらに花を売り歩き、
夏は川で鮎をとらえて売り、
秋は柿を売り、
冬は薪を売り、
やがて北国でも名の知れた長者となった。
人々は、彼を
柿の木長者と呼び、うやまったという。

『喜鵲鳴稿』にある、柿の木長者の冒頭話。
柿の木長者には、いろいろな話があるが、
それらはいずれまた。

★★★

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