全く風など吹いていないのに、
木の、あるひと枝だけが、
激しくゆれ、
葉が吹きちぎられそうになびいている。
あるいは、
見渡す草原はおだやかなのに、
ある個所の草だけが、
風にもみしだかれたかのようにざわついている。
そういう現象を、薄墨では「つぼ風」という。
「つぼ」は、「坪」なのか「壷」なのか。
定かではない。
一坪ほどの、
ごくせまい場所に巻き起こった風という意味か。
あるいは
壷の中のような、思いもよらない場所に
生まれた風という意味か。
いずれでも正解のような気がする。
要は、掌(たなごころ)の風だ。
薄墨でも夏が終わる。
薄曇りの空の下、
廃屋をおおったクズの葉が数枚、
つぼ風に激しくはためき、
赤紫色の花を道にこぼしている。