goo blog サービス終了のお知らせ 

薄墨町奇聞

北国にある薄墨は、人間と幽霊が共に暮らす古びた町。この町の春夏秋冬をごらんください、ショートショートです。

掌の風

2011-08-23 17:10:41 | 山野草

全く風など吹いていないのに、
木の、あるひと枝だけが、
激しくゆれ、
葉が吹きちぎられそうになびいている。

あるいは、
見渡す草原はおだやかなのに、
ある個所の草だけが、
風にもみしだかれたかのようにざわついている。

そういう現象を、薄墨では「つぼ風」という。
「つぼ」は、「坪」なのか「壷」なのか。
定かではない。

一坪ほどの、
ごくせまい場所に巻き起こった風という意味か。
あるいは
壷の中のような、思いもよらない場所に
生まれた風という意味か。
いずれでも正解のような気がする。

要は、掌(たなごころ)の風だ。


薄墨でも夏が終わる。

薄曇りの空の下、
廃屋をおおったクズの葉が数枚、
つぼ風に激しくはためき、
赤紫色の花を道にこぼしている。



なずなの花

2011-04-18 22:30:39 | 山野草
カンゾウを採ろうと、
村の山に出かけた和婆さま。

例年カンゾウが生える、
牧場の跡地に行って驚いた。

これまでなかったことだが、
朽ちかけた柵に囲まれた牧草地に、
一面、なずなが生えていた。
見渡す限り、白い粟粒のような、
なずなの花っこ。

その、陽光にぬくもった花が、
突然、風もないのにゆれ始め、
しゅわしゅわと白く泡だったように見えたとか。
幻惑に酔ったような気持ちになって、
婆さまは、思わずその場にしゃがみこんだ。

しゃがみこんだ和婆さまを包み込むように、
なずなの花っこはちろちろとゆれつづけ、
ふっと気づくと、地までゆれ、
木もゆれ、
葉がざわめいていた。

「それがえ、地震だったのす。
ほれ、この前の東日本大震災。
私ぁ、ぺんぺん草の花っこがゆれるのに気ぃとられて、
地面がゆれるのにしばらく気がつかなかったのえ」
和婆さまは、こっそり、そう話してくれた。

地震やその後の津波で、多くの人々が亡くなったのに、
自分はのんびりなずなの花に見とれていた。
それが申し訳ないと、
和婆さまは、毎朝仏壇で手を合わせ、
亡くなった人々のために線香をあげ、
お茶を供えているそうだ。


おおいぬのふぐり

2009-03-20 23:02:55 | 山野草
黒森村のヒデ爺さまは、病院の窓から外を眺めている。
持ち山のりんご園は、遠くて見えない。
枝寄せして、こざっぱりしたりんご園では、
ちゃっこい、めんこい青い花っこが咲いているだろう。

まんず、ありゃいいもんだ。

青い花っこと共に、ひとりの娘も思い出す。
若い若い頃の思い出だ。

★★
大庭のヒデッコと呼ばれていた。
ヒデ爺さまは15歳。
りんご畑で枝接ぎをしていると、低い枝をくぐりながら、娘がやって来た。
同じ大庭地区の千代だ。

背籠をしょって、鍬を手にしていたので、
「千代、どこさ行く」
聞くと、
「ヒロッコ掘りに来たのえ」と応えた。
リンゴの根元には、ノビルの細葉が茂っている。
「したら、そっちの陽が当たるほうがいいべ」
指さした場所に娘はしゃがんで、ノビルを掘り出した。

千代のほうは14歳。
日の照るりんご畑で。
ヒデッコは枝接ぎ。
千代はノビル掘り。
遠くで鳥が鳴いていた。

やがて、籠にノビルを詰めた千代がそばに来て、ほれ、と中身を見せる。
籠をのぞき、千代の顔を見た彼は、
相手が何を考えているか悟った。
黙ったまま手を出すと、娘は身をすりつけてきた。

町衆に比べ、浜衆や百姓は早熟だ。
15歳の小僧っこと、14歳の小娘とが、リンゴの木の下に転がった。
鳥が鳴き続けるなかで、
ふたりでオオイヌノフグリの青い小花をつぶした。

★★
ヒデ爺さまに、孫が
「爺っちゃん、そろそろ帰るか」と声をかけた。
「婆っちゃんには、また会いにくるべよ」
うん、とヒデ爺さまはうなずいて、背後のベッドに近寄る。

おとがいを上げて、口を開けて。
千代婆さまは、眠りつづけている。

「おい、千代やい」
ヒデ爺さまは、70年間連れ添った女房の耳元でささやく。
「りんご畑に青い花っこが咲いてるぞ。見にいくべよ。早く目覚ませ」

千代婆さまは、のどをコウコウと鳴らして、眠るだけ。

サイカチのさや

2008-12-08 22:57:27 | 山野草
子どもの頃。
近所の長屋に、年寄り夫婦が暮らしていた。
爺さまはどこかの下働き。
婆さまは一日中、家で縫仕事。
6畳のたたみ部屋と、台所の板の間だけのせまい長屋。
外に共同井戸と共同便所があった。
今の人には想像もつかない、つましい暮らしぶりだった。

お袋はなぜか、この老夫婦と親しく、料理をときどき届けていた。
持っていくのは姉か私かのどちらかだ。
小鍋に新聞紙をかけて持っていくと、
「そんだか。したら御馳走(ごっつおう)になるべ」
婆さまは遠慮なしで中身を丼にうつし、汚れたままの鍋をじょっきり返して寄こす。

届けた料理は、その晩の菜になったはずである。
うちの好意で、ひと片食(かたけ)が助かった。
それなのに、「ありがとう」もない。
当然のような婆さまの態度は、子ども心に少々面白くなかった。
もうちょっと、お礼を言ってもいいのではないか。
そんなことを考えたりした。
全く私は、いやな子どもであった。

あるとき、家の縁側に何やら不気味なものが置かれていたことがある。
聞くと、例の長屋の年寄り夫婦が持ってきたものだという。
からからに乾きねじれた、茶色い長いさやがひと山。
長さはそう20数㎝ほどのものか。
藤棚にぶら下がった藤豆を乾かしたような感じだった。
「知らないべ、これはサイカチのさやなのえ」とお袋が教えてくれた。
サイカチの木の実が入ったさやには、サポニンが含まれているので、昔はこれを洗剤がわりにした。
といっても、それは石鹸もあまり出回らない、かなり昔のこと。
当時でも、サイカチでものを洗う家庭などなかった。

「山に行って、お爺さんとお婆さんが集めてきたそうだ、うちにも分けて持ってきてくれたのえ」

長屋の年寄り夫婦は、石鹸を節約するために、サイカチのさやを集めて使っていたのかもしれない。
そして、その一部をいつものお返しにと、我が家に届けたのではないか。
貧しいなりに、そうした心づかいをする爺さま、婆さまだと知って、不満を抱いていた私は恥じ入った。

「まあまあ、珍しいのをこんなに」
お袋がうれしげに、さやを手にとって眺めていたのをおぼえている。

乾燥したサイカチのさやは、水に浸してやわらかくし、よくもむと泡が出てくる。
私と姉はおもしろがって手を洗ったりしたが、やはり汚れ落ちはずっと石鹸のほうが上で、すぐ使わなくなった。
だが、お袋はそのサイカチがなくなるまで、ずっと使っていた。
本当は洗いにくかったと思うが、婆さまの心づかいを無駄にしたくなかったのだと思う。

それっきり、この年になるまで。
サイカチのさやを見たことはない。

黄釣舟

2008-09-03 22:26:13 | 山野草
キツリフネの花を見ると。
古めかし装いの芸者を連想する。

江戸褄の黒い座敷着。
模様は老松に波。
つぶし島田に、落っこちそうに浅く挿したかんざし。
キツリフネの花に似て、ちろちろと絶え間なく揺れるかんざし。

幼い頃、料亭の赤茶けた灯りの下でかいま見た、幻。

あれは。
白狐が、キツリフネの咲く秋の野で見せた、一瞬のだまし絵ではなかった。

おいらんそう

2006-08-25 22:38:06 | 山野草
オイランソウという名は、おいらんの白粉の香りがするところからついた名だというが、あれはちがうのではないか。
白粉のにおいがするのなら、芸者草でも花嫁草でもいい。
あの花序の形。
三枚櫛。
前笄六本に後ろ笄が六本。
松葉と玉簪二本ずつ。
おいらんの立兵庫の髷を思わせる花形だ。
花火の色に似た、どこかなつかさを感じさせる濃紅色。
炎天下でもけろりとして咲いている意外な図太さ。
熱風にゆれるさまは、さながら外八文字の足どり。

もろき人にたとへむ花も夏野哉  芭蕉

竹煮草

2006-07-11 23:07:52 | 山野草
青田の畦に、4~5歳の女の子がふたり、
こちらに背を向けて立っている。

湿った、夏の午後の風。
顔を寄せ合って、なにやら話している竹煮草。
子どもたちのくつくつ笑いが聞こえてくる。
つばめが低く飛ぶ、雨が近い一刻だ。

鳴子百合

2006-06-02 12:16:41 | 山野草
神社の巫女さんに、御幣でなく鳴子百合を持たせたらよく似合うような気がする。
しなやかな茎の動きにつれて、白緑色の小さな花が、ちろちろと鈴のように鳴るのではないか。
あの細身の葉が、白小袖や千早に淡い影をおとすのではないか。
林の中でこの花に出会うと、いつもそう思う。

極めて汚も滞りなければ穢事はあらじ
内外の玉垣清浄と白す

ヒツジグサ

2006-05-25 13:14:35 | 山野草
継泉寺の回廊から、ヒツジグサの咲く池を眺めていたら、葉の間から、赤ちゃんがぽっかり顔を出した。
まるでお面を、水に浮かせたようだ。
色白のよく太った赤ちゃんで、あどけない表情で、濃緑色の水から顔を出して、空を見つめている。
機嫌よく、口を動かしていたが、ふっと回廊から見下ろしているこちらに気がついた。
あっと小さく開けた口のなかに、ぽつりと生えかけの小さな歯がひとつ。

驚いたのか、あかちゃんはべそをかき、ぷくんと池の中にかくれてしまった。
あとには浮き葉と、かすかな水輪。
その後何度か、ヒツジグサの咲く頃に、継泉寺を訪れたが、赤ちゃんは二度と現れない。

山芍薬

2006-05-22 12:09:20 | 山野草
茶道具を包む袋物を、仕覆というのですがね。
表はうんと贅沢な白縮緬で、裏は白羽二重の仕覆があると、まあそう思ってください。
で、口元の紐は鮮やかな鬱金。そう、黄色です。
仕覆の紐をそっとほぐして中を見ると、数粒あずきが入っている。
そんな花です。
ちょっとかげった林の斜面などで、おっそろしく贅沢に咲いている。