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薄墨町奇聞

北国にある薄墨は、人間と幽霊が共に暮らす古びた町。この町の春夏秋冬をごらんください、ショートショートです。

こまれの座敷

2012-02-26 18:40:25 | 幽霊・怪異談
〈こまる〉とは、〈困る〉ではない。
薄墨の方言で、お辞儀をする、頭を下げることを言う。
たとえば、知人などに道で出会うと、
親は子供に、
「ほれ、こまりなさい」と言い、
子供は「こんにちは」と最敬礼する。
これが、〈こまる〉の典型。

もしかしたら〈かしこまる〉の〈こまる〉から
派生した方言かなと思っていたが、
カメキチは、
「うーむ、〈こまる〉は、〈込まる〉でないかなあ」と
独自の説を唱えていた。

何かせまい中に入り込んでしまうのが「込まる」。
たとえば箱などに入り込んでしまえば、
体を小さく折り曲げなくてはならない。
これが、薄墨弁「こまる」のもとではないかという。
ただし、カメキチ説も裏付けがあるわけではなく、
あの爺さまの単なる思いつきでしかないのだが。

さて、本日は、この〈こまる〉に関連した話。

薄墨のさる大家で。
中庭に面した廊下を行くと、
どこからともなく
「こまれ」
「こまれ」
奇妙な声が聞こえてきたという。
誰の声かと見回しても、庭には誰もいない。
廊下の脇は、障子の閉められた部屋ばかり。
障子の奥の部屋に、誰かいるのかもしれない。

細く障子を開けて見ても、
座敷には人影はない。

首をひねりつつ進んでいくと、
「こまれ」の声は次第に大きくなる。

最後は割れんばかりの大声で、
「こまれぇ」と叫ぶ。

不気味になって突き当たりの部屋を、
再度のぞくと。
障子越しの、薄明るい座敷の奥、
畳に頭をすりつけて、「こまっている」一人の人物。

その姿に、見覚えがあるような気がして、
そろりと障子をさらに開き、目をこらすと、
こまっていた人がゆっくりと体を起こし、
顔を上げた。
それが、自分自身だと気づいて、
ぎょっとすると、
部屋の中でこまっていた自分が、
にたりと笑って消えたとか。

★★★★
できれば、ご協力をお願いしぁんす。


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久しぶりで酒っこを飲んだが、うまくありぁせん。
まだ本調子ではないよった。
皆さまも、お気をつけなさんして。



大杉に帰る

2012-02-14 23:27:14 | 幽霊・怪異談
今夜は、八潮とは関係ない話。
天狗の娘の、
めでたし、めでたし、どっとはらいの、
それからについて。

天狗の娘を女房とした男は
子供も生まれ、
よく稼ぐ女房に助けられて
幸せに暮らしていた。

ところが。
ある夜。

子供らが眠ったあと、
女房とともに縄をなっていた手をふと止めた。
「ああ、お前の親父どのにさらわれた、
前のかかあは、今どうしてるんだべなあ」

それまで少しも考えたことがなかったのだが、
口に出してみると、
前の女房が哀れに思えてきたので、
「鬼の女房になって、泣いてねばいいがなあ。
苦労してないか気にかかるなあ」
そうつぶやいた。

男にしてみれば、ちょっと頭に浮かんだことを口にしただけで、
深い意味などなかったのだが。

天狗の娘はその夜、何やら考え込んでいるようすだったが、
翌朝、男が目をさますと、
子供らと共に姿を消していた。

いったいどうしたわけか。
男は、なんとか女房に会おうと
天狗のすみかである、赤岳大杉の場所へやって来た。
梢を仰いで、おーい、と呼びかける。

「おーい、かかあよ。
なして、家ば出たんだ。
わらし等ば連れて、早く帰ってこい」

だが、杉の枝がざわつくだけで、女房の返事はない。
何度呼んでも、天狗の娘は
男のもとに帰るつもりはないようだった。

何がなんだかさっぱりわからないまま、
男があきらめて赤岳から下りかけると、
急に突風が吹き、
風音とともに、大天狗の太い声が

「俺がさらった、お前の、前のかかあは、
今では鬼の嫁になって、鬼と仲良く暮らしてるぞ。
泣いてなんかいないぞ。苦労してもいないぞ」
そう告げた。

男の勝手な感傷は、女をひどく傷つけるものだという
ささやかな寓話。

★★★★
ひとつよろしくお願いしぁんす。


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本日の酒、皇神。
湯で割ると、おっと驚く芳香を放ちます。

八潮の血しぶき

2012-02-09 00:03:38 | 幽霊・怪異談
八潮について。
思い出したことを順に書いてみる。

戦前の木造三階建てというのは、珍しいだろう。
その三階建ての三階、
廊下の突き当たりの部屋に、
血しぶきが残っていた。

「八潮のおばあさん」と、
お袋の親類のことを、私たち姉弟は呼んでいたが、
その八潮のおばあさんが、
三階のその部屋に連れて行ってくれたこととがあった。

客のいない昼日中なのだが、
四方ふすまの部屋は暗い。
料亭というのは夜にぎやかだが、
昼はなんとも陰気なものだなと思った記憶がある。

「ほれ、あの欄間の角っこを見なせ」
おばあさんが指さしたところを恐る恐る見ると、
凝った細工の欄間にあまり目立たない黒いシミが点々としていた。
「それから、天井にも」
仰いで見れば、天井にも黒いシミが並んでいる。
血の跡というので、
真っ赤で、派手なしぶき跡かと思い込んでいたので、
醤油でもはねたようなシミに拍子抜けしたものだ。

なんでも、仲間同士の喧嘩で、
いっぽうが板場から包丁を持って来て、
相手を刺し殺したときのものだという。
すでに色も変わり、乾ききった血の跡だが、
まれに、そこからぽとりと、
生々しい血が滴り落ちる。
「そりゃ、たった今、人の首から出たように、
生ぬるい血だもんだ」
おばあさんが大真面目で言うので、
姉と共に大急ぎで部屋から逃げ出した。



★★★★


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どうかよろしくお願いいたしぁんす。
なかなか温かくなりあせんなあ。

雪わらし行く裏の路地

2012-02-03 00:26:28 | 幽霊・怪異談
薄墨がまだ、旧市内だけの小さな町だった頃。

さる店に、在から
男の子が奉公にやってきた。

子だくさんの貧しい農家の生まれで、
店で一番の年少。
それでも、表を掃いたり、板の間を拭いたり、
命じられるままに休みなく立ち働いていたという。

あるとき。
空腹に耐えかね、子供は芋一切れを盗み食いした。
当然、すぐに見つかり、
女中に怒鳴られ、
番頭から殴られ、こずかれ、
「手癖が悪いと、使いものにならない。
叩き直さなければだめだ」
主人に叱られて、子供は外井戸の柱に縛りつけられた。

泣いて謝っても、誰も助けてくれない。
しばれる冬の夕暮れで、
日も傾き、雪が降り出した。
雪が積もりはじめても、誰もやって来ない。
男の子は泣き疲れ、凍えてぐったりとしていた。

といっても、
店の者たちが、皆、非情だというわけではない。

女中は、手代の誰かが、縄をといただろうと思いこみ、
番頭は、手代が子供を助けたにちがいないと考え、
主人は、番頭が許してやったのだろうと決め込み、
まあ、それくらい子供の存在は、軽いものだったというわけだ。

頭から雪をかぶり、子供が朦朧としていると。

遠くから、子供らしい笑い声が聞こえてきた。
声は次第に近づき、どこから入り込んだものか、
男の子の前に、
同年配の子供が3人、あらわれた。

「さ、さ、一緒に行くべ」
一人の子が言い、男の子の縄をほどいた。
「そんだ、行くべ、餅っこもあるぞ」
「一緒に遊ぶべ。甘酒もあるぞ、ぬくいぞ」
口々に言い、
男の子に手をさしのべた。
「な、おらたちと行かねかい」

雪で真っ白になった男の子は、3人に応えた。
「うん、行く」

そのまま男の子は3人と共に消えた。

店で唯一、男の子を案じ、
こっそり湯を飲まそうと、庭に出て来た下働きの娘が、
一部始終を見ていた。
翌日、主人に報告すると、
そばにいた隠居が、
「ああ、そりゃ、雪わらしになったんだ」
そう言ったという。

灯を消せば雪わらし行く裏の路地   似我


★★★
できればご協力をお願いしぁんす。


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キャットフードの謎

2012-02-01 20:05:19 | 幽霊・怪異談
可愛がっていた猫が、死んでしまったという。

ペット葬儀社で火葬にしてもらい、
骨は庭に埋めたが、
死んでもなお、家中でニャーと鳴く声がしたり、
カーペットでばりばり爪を研ぐ音がしたそうだ。

不気味とか、こわいという感覚はなく、
家族は皆、
「死んでも、ここにいたいんだべ」
「めんこいもんだな」
などと言い合って、
「フクや、フク」と名を呼び、
死んだ猫を恋しがった。

ところが。
いちばん猫を可愛がっていた婆さまだけは、
「いくらこの家が恋しくても、あの世さ行かねばだめだ」
いつまでもこの家にいたら成仏できないと、
フクのことを心配したそうだ。

そのうち。
婆さまは風邪をこじらせ、あっけなく死んでしまった。
死ぬ前、苦しい息の下から
「おらが死んだら、フクもあの世さ一緒に連れて行くからな」
そう、家族に告げたとか。

その婆さまの葬儀で。

棺桶に横たわった遺体が、
キャットフードの大袋をしっかり抱えているので、
親類は皆、仰天したそうだ。
なんでも、フクを連れてあの世に行ったら
エサをやりたいからという、婆さまの遺言だったそうだ。

これは、葬儀場へ出入りしている、女房のいとこ
(例のクレセントホールの噂を教えてくれた
仕出し屋でパートをしているおばちゃん)
から聞いた話。

なんでも、婆さまがキャットフードを抱えて
あの世に旅立ってから、
そこの家で感じられた猫の気配は
不思議に消えたという、おまけもついている。

★★★★

参加しております。できればご協力を。

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今年は雪っこが多いよんですな。
雪わらしが夜ごと、雪の町にあらわれます。




天狗の娘

2012-01-29 23:24:32 | 幽霊・怪異談
鬼の嫁さがしの、話のつづき。

身を切られる雪まじりの風が、
赤岳から吹き下ろしてくる朝。
嫁を天狗にさらわれた男の家に、
若い娘がやってきた。
背の高い、手足が大きい娘で、
髪は赤く、目はお茶っこのような色。
「ご免くんさりぁんして」と、
めんこい声を出したという。

「私ぁ、大杉にいる、赤岳天狗の娘であんす。
こちらへ嫁に参りましたへんで、よろしくお願いしぁんす」

天狗の娘はこうして、男の嫁になった。

男は、新しく来た女房を大事にし、
じきに子供も生まれた。

今度の女房は明るく、気立てもよかった。
おまけに天狗の娘らしい力持ちで、並みの男以上によく働く。
昼は、田仕事、畑仕事。
夜は土間で、縄ない、叺(かます)織り。
田畑ではカラスに子守りをさせ、
夜の土間では、自分の縮れた赤髪を、
ぴんしゃんと鳴らして子供をあやした。

ときどき、カラスを呼んで、
「お父さんに、杉の葉がほしいと伝えてな」
そう命じると、必ず翌朝、赤岳からの強風で、
杉枝が、家の前に山を作っていた。
それを叺につめて山のように背負い、
焚き付けとして町へ売り歩くと、
よく乾いた杉葉は火がつきやすく香りもいいと、
皆、喜んで買い求めたとか。

次第に暮らしが楽になっていくのをやっかんだ、
村の若い衆が数名。
男を待ち伏せて、痛い目にあわそうとしたところ。

気づいた女房が助けに駆けつけ、
亭主を殴りつける若い衆を次々ひっつかんで、
投げ飛ばしながら、
「お父さ、こいつらを痛い目にあわせてけんだ」
叫ぶと、遠くから
「おう、まかせておけ」
声が響いた。

途端に、立っていられない程の強風で、
若い衆たちは悲鳴をあげながら、
吹き飛ばされていったと。

数日後、赤岳で一番の大杉の根元に、
半死半生の若い衆が転がっているのを
木こりが見つけた。
どの若い者の背中にも、
巨大な天狗の手型が赤く残っていたそうだ。

★★★★

ご協力をお願いしぁんす。

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ちっと風邪気味で、燗酒で温もってます。
いや、やっぱりうまがんすなあ。



鬼の嫁さがし

2012-01-26 19:56:47 | 幽霊・怪異談
赤岳のふもとの村で。
物乞(ほいと)が、食べ物をねだって歩いていた。

村はずれの家を物乞がおとずれると、
その家の亭主は優しい心根の男だったので、
「寒かべ、ささ、まずは湯っこでも飲め。
飲んで温(ぬく)たまれ」
そう言って、湯を飲ませてやった、

さらに餅を2つ焼き、
ひとつはそのまま、
もうひとつは、炉端の灰に埋めていた石と共に藁苞に包んで、
物乞に差し出した。
「湯っこ飲んだら、この餅も食えよ。
それから、こっちの藁苞はふところに入れろ。
となり村まで行く間、石が温いし餅も軟らかいままだ」

物乞は何度も礼を言い、
涙を流したと。

ところが。
物乞が餅をもらってその家を出ようとすると、
奥から女房が血相を変えて出てきた。

「やれやれ、甲斐性もないくせに、
良い振りして、物乞に餅っこばやるのすか。
うちには物乞にやるよんた餅っこはない」
物乞から餅を引ったくった。

さらに、
「お前に飲ませた湯っこも、温めた石も、
うちのもんだ。
うちの囲炉裏の温さを盗られるのは業腹だ」
そう言って、
土間の桶の水を、ざんぶと、物乞にかけたという。

頭から水をかけられ、震えだした物乞をせせら笑い、
「さあ、これで、うちの温さは取り戻した。
さっさと出て行け、出て行け」
邪険に追い立てた。

すると。
その途端。

汚いぼろをまとい、
濡れねずみで震えていた物乞が
見上げるような大天狗に姿を変えた。

驚いている夫婦を前に、
大天狗は、
「俺は赤岳大杉の天狗だ。
岳の大岩にすむ鬼に、
嫁っこを見つけてくれとたのまれ、
探して回っていたが、この家のかかあだば、鬼の嫁にぴったりだ。
どれ、かかあを、鬼の嫁にもらっていくべ」
悲鳴をあげる女房の髪をひっつかんで脇に抱え、
腰を抜かしている亭主に、
「お前のかかあを、もらっていくぞ。
かわりに俺の娘を、お前の嫁にするからな」
言うなり、
ひょうと空に飛び上がり、
そのまま、赤岳の頂上に去ったという。

その後、男のもとには
天狗の娘が嫁に来て、男は幸せに暮らしたのだが、
その話は長くなるので、
後日また。

★★★
参加しております。
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いやまあ、寒いこと。
今年の冬は特別のような気がしあんすな。
皆様、どうかお気をつけて。

山下村・油つぎ観音

2012-01-21 18:41:35 | 幽霊・怪異談
冬の薄墨は雪が少なく、
寒風でぎりぎり冷えるのだが、
近郊の山下村は地形的なせいか、雪がよく降る。
馬飼いで栄えた古い村だ。

この山下村の全修寺には、
名水・金華井戸があり、
寒の時期になると、
ここは水汲みの年寄りたちでにぎわう。

全修寺は無人の小さな寺で、庭が広い(ここに井戸もある)。
境内には、村人が寄進したという、
石組みの古い灯明台がいくつも並んでいる。

昔は、願い事がある者がこの灯明台に皿を据えて火をともし、
毎日、油をつぎ足しつぎ足しして、
ひと月燃し続けたそうだ。
30日間灯明を燃し続ければ、心願成就するといわれたとか。
「全修寺の三十日(みそか)灯明」といって、
村では、盛んに行われたそうだ。

で、話は、ここから始まる。

山下村の娘が、
恋しい男と添い遂げたいと、三十日灯明をともした。
朝に昼に、晩にと、寺に出かけ、
灯明油をつぎ足して必死で祈り続けた。
そして、いよいよこれで願いがかなうという、
三十日目の夜。

その夜は大吹雪で、とてもとても、外へ出ることができなかった。
せっかくの祈願がダメになると、娘は泣いたが、
吹雪に巻き込まれて、命も落としかねないとあっては、
泣く泣く、あきらめるしかなかった。

だが。
三十日灯明が無駄になったと泣き明かし、
翌朝、娘が寺に出かけると、
あれだけの大吹雪にもかかわらず、灯明は消えずに燃え続けていた。

だれかが油を一晩、つぎ足し、
吹雪で消えぬように、灯明を守り続けていたようだ。

調べると、寺にあった観音さんの手が
灯明油で濡れていたと。
どうやら、娘の願いをかなえようと、
観音さんが一晩、灯明油をつぎ足してくれたものらしい。

この話が広まって、全修寺は「油つぎ観音」を安置していると、
評判になったという。
現在、油つぎ観音は、一般には公開されていないが、
見たことのある村人の話では、
観音さんの右手が、油につけたように黒ずんでいるそうだ。

★★★★

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今夜はちっと天候が荒れているよんです。
酒の燗を少し熱めにしぁんすべ。

柏の葉かげ

2012-01-19 00:36:44 | 幽霊・怪異談
昔。
冬のこと。
子供が、庭の柏の木に上った。
「落ちると危ない、カズオ、下りて」と子供の母親が声をかけると、
「大丈夫だえ。お母ちゃん」
枯れた柏の葉かげから声が返ってきたが、
なぜか、待っても、子供は木から下りてこない。

不審に思った母親は、
亭主に、木に登ってもらったが
子供の姿はなかったと。

柏の木から一瞬も目を離さなかったのに、
子供は枯れ葉にまぎれて、消えた。

皆は、神隠しだ、あきらめねばと言ったが、
どうしても母親はあきらめられなかった。

だが、春になって、ようやく若芽が出始め、
枝についたままだった前年の葉が落ちると、
突端の枝に、
子の襟巻きがからまっているのが見つかった。
それを見て、
母親は、我が子が本当に消えたのだと実感し、
ようやく、あきらめたという。

それから50年近く経ち、
母親もすっかり年老いてた。

ある冬、
近所の婆さまたちを呼んで、
今は大木になった柏の木が見える縁側で
お茶っこを飲んでいたところ。

「お母ちゃん、お母ちゃんも早く、ここさ来て」
ふいに、柏の枝かげから子供の声がした。

「カズオ、カズオかい」
「あい、お母ちゃん、そんだ。早く来て」

その声を聞くなり、
老いた母は庭に駆け下り、大木となった柏の幹に爪をたて、
死にものぐるいで木を登りだした。
近所の婆さまたちが驚き、見ている間に、
爪をはがし、血を流しながら
「カズオ、カズオやい」
狂ったように子の名を叫びつつ
幹をよじ登り、枯れ葉のなかに姿を消した。

話を聞いた近所の男が
木にはしごをかけて上ってみたが、
母親の姿は見つからなかったという。

50年前のせがれと同じように、
お袋のほうも神隠しにあったのだと
皆で言い合ったと。

柏の木は、冬でも枯れた葉を落とさない。
春になって、若葉が出始めて、
はじめて枯れた葉を枝から落とす。

枯れ葉をいっぱいにまとった冬の柏は、
さまざまな不思議を、
抱えているように見える。

★★★

相変わらず寒がんすなあ。
風邪にお気をつけてお過ごしあんせ。

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ご協力お願い致します。

窯の中の一夜

2012-01-15 17:54:18 | 幽霊・怪異談
ツグミ捕りで山に入った勝オンジが、
思いがけなく手間取って、
帰る途中で日が傾いてしまった。

道を間違えたとみえ、いくら歩いても村に下りることができない。
しんしんと冷えて、このままでは凍え死ぬかと不安になったとき、
幸い、炭焼き窯が見つかった。
炭を出して間がないと見え、
中はほの温かい。

やれ、ありがたや。
この窯にひと晩泊まるべ。

勝オンジは、ぬくもりが残っている窯の中に這い入った。

ほっとして、窯中でカスミ網を体に巻き付けて眠り、
ふと目を覚ますと、外で荒い息音がした。
そっとのぞいてみると
窯のそばにいたのは、大小の人影。

こんな冬の夜中に、
山にいるのは
物の怪か、それとも山人だ

ようすを伺っていると、
小さいほうの影が、
震え声で何か言い、泣き声をもらした。

こりゃ不憫だ、
ワラシはきっと寒いごった。

勝オンジは窯から顔を出し、驚いている二人に、
「入れ。中はぬくいぞ」
手招きしたと。

せまい炭焼き窯の中で。
ぎゅうぎゅう詰めで。
オンジは炭粉を集めて火をつけ、
小枝を燃やした。
それからツグミやアトリをとりだして、
羽をむしり、火であぶった。

うまそうなにおいを漂わせ、
脂をしたたらせて焼けた鳥っこを、
「ほれ、食え。うまいぞ、熱いうちに食え」
男ワラシに差し出した。
ワラシはおずおずと口にし、
そのうまさに、にっこりした。
それはもう、なんとも言えない、
めんこい笑顔だったとか。

三人は鳥を焼いて食べ続けた。
山人も、
男ワラシも、
まあ、よく食べる食べる。
勝オンジの捕らえたツグミを一羽残らず食べたそうだ。

朝、ようやくあたりが明るくなった頃。
山人とワラシは、窯を出た。
何も言わず、頭も下げず、
外で小便でもするのかなと思っていたら、
そのまま消えてしまった。

数日後、
村の勝オンジの家の軒に、
鹿の脚が1本吊してあった。
それが山人のお礼らしい。

「あの晩はおもしろかったなあ。
また山人と鳥っこば食いたいもんだ」
勝オンジは死ぬまで、そう言い言いしたと。

★★★★
少し間があきました。すみません(孫がなだれ込んで来ました)。
できましたら、ご協力をお願いしあんす。

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今日も寒いので、お気をつけあんして。