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薄墨町奇聞

北国にある薄墨は、人間と幽霊が共に暮らす古びた町。この町の春夏秋冬をごらんください、ショートショートです。

すすき原

2013-11-10 22:40:01 | 幽霊・怪異談
花魁道中のほかに、
狐はさまざまな幻を見せる。

タヌキの場合は、
たとえば、たぬき小屋や、
野芝居
下駄割り坂の役者だぬきのように、
単純ないたずらだが、
狐が作り出す幻影は、
それよりずっと凄みがあり、
結果として人に、被害を与える場合も少なくない。

前回書いた、狐の道中も、
一説によると、狐たちは特別の力によって、
崖上の空中を渡り、
道中のあとをついていった人を、
無理矢里、念力によって引き寄せて、
谷底に落としたともいう。

悲鳴をあげながら落ちていく人間を見て、
狐たちは口々にはやしたてたと。
これでは全く、可愛げがない。

などと勝手なことを言ったついでに、
本日も狐話を、ひとつ追加。
赤岳の山裾にある、大槙に伝わる話だ。

晩秋から初冬にかけて。
山裾一面のススキ原で。

風になびく銀色のススキの上を
一艘の船が、帆をふくらませて通っていくのが
見えるときがある。

船には古代の衣装に珠を光らせた女たちが乗り、
しきりに比礼(ひれ)を振って
人を呼んでいる。

惚けて見とれている者には、
周囲のススキが、
大波のように幾重にもかぶさってきて、
最後は息ができずに、
死んでしまったりするとか。

船上で面白そうに女たちが笑う、
その声は、モズの高鳴きのよう。

覆いかぶさっているススキの下から
必死で這い出すと、
船は消え、
ススキが風になびいているだけ。

たいてい、ススキ原のむこうに狐がいて、
じっと見つめているそうだ。

全く。
この季節のススキ原では
どんなことが起きるか
わからない。

★★★


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狐の道中

2013-11-08 22:28:26 | 幽霊・怪異談
最近は日が暮れるのが早い。

この時分、薄墨周辺の山村では、
暗くなる前に山を下りねば、狐の道中に遭う、と言って
山仕事を急いで切り上げる。


日が暮れた山道を歩いていると、
細い道の向こうから、何やら明るい光が近づいてくる。

もしや、物の怪かと用心して
身構えていると、
まず最初に姿を見せるのが、提灯を持った男衆。
提灯には、火炎宝珠が描かれているとか。

それから、まだ若い振袖新造や、
仕着半纏の若い衆が闇のなかからあらわれ、
次々にせまい山道を近づいてきて、
道脇でたたずんでいる村人に次々と愛想よくお辞儀して、
通りすぎていく。

禿が振袖の鈴をチリチリと鳴らして小走りに行き、
これまた深々とお辞儀してから
くすくす笑い、駆け去る。

そして。
しばらく間をおいてから、
典雅な香のかおりを前ぶれに、
高下駄で悠々と八文字を踏む花魁がやってくる。
花魁は、呆然としている村人へ艶然と微笑んで
これまた闇の中へ去っていく。

これが、薄墨近辺の山で、
昔、見られたという、狐の道中。

狐が繰り広げる、花魁道中で、
これに化かされ、ふらふらとあとをついていくと、
知らぬ間に道からはずれ、
崖から落ちることが多かったとか。

狐の花魁は、それはそれは美しく、
見た者は酒に酔ったような心持ちになったそうだ。

たとえ、化かされて道中のあとを追わなくても、
村に帰ってから2~3日は
悪酔いのような状態で
寝込むことが多かったと伝えられている。


日暮れが早く、風が冷たくなるこの季節が生んだ、
薄墨の山里らしい幻影だ。

★★★★


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寿司屋の幽霊

2013-11-02 19:17:37 | 幽霊・怪異談
昔、朔日町に、小さな寿司屋があったという。
料亭・八潮の、すぐそばだとか。

年配の夫婦が営んでいたが、
亭主のほうが、急死してしまった。
残されたのは、かみさん一人。
気丈な質だったので、
使っていた、まだ若い寿司職人と共に
そのまま寿司屋を続けていた。

それが、いつからか。
かみさんと職人が
深い関係になったそうだ。

女は還暦近く。
男はまだ30歳代。
親子ほどの年の差で、
誰も予想だにしなかったが、
男が奥に泊まり、
いい年のかみさんが目につくほど若作りして、
二人の仲はすぐに知れた。

あきれて遠去かる馴染み客もいたが、
にぎやかな飲み屋街のこと、
寿司屋は変わらず繁盛していたらしい。

だが、浮かれていたかみさんが体調を崩し、
入院してしまった。
男のほうは店奥に住みついて、
仕入れから客あしらいまで、すべて一人でこなす。

そして、
おかみさんから店の権利を譲り受けた、
店はこれから自分がやっていくからと、
客に愛想よく挨拶しだしたのには、
町内の人々も仰天したらしい。

親方の恩を忘れ、かみさんを丸め込んだのは、
こうして店を手に入れるためだったのか。

いったい、どんな甘言をつかったのか、
いやいやおどして権利譲渡させたのでは、と
皆、若い職人のしたたかさを噂し合ったという。

ただし、話はまだ終わらない。

念願だった自分の店を持ち、張り切っていた職人が、
ひと月ほど後に、死んでしまった。
店で寿司をにぎっていて、頭が痛いと倒れたそうだ。
脳梗塞のようなものだったと思われる。

店は閉じられ、それっきり。
しかし主のいなくなった寿司屋に、
夜中、職人の幽霊がでるようになったという。

深夜、電気の止まった寿司屋のなかで、
付け場(カウンターの内側)のあたりが
ぼーっと光る。
そして薄い光のなかで、
死んだ職人がふらふらと身体をゆらしながら
寿司をにぎっているのだとか。

あれこれと策を弄して
やっとの思いで店を手に入れたのに、
それを残して死ななければならない無念さで
成仏できなかったのだろうか。

実はこれ、私の子供時代に、
料亭・八潮にいた「八潮のおばあさん」が、
うちのお袋に話していた幽霊譚。
ふたりのそばで私は、
無邪気に遊ぶふりをしながら、耳をそばだて聞いていた。

当時の朔日町では、ひどい奴だ、
バチが当たったのだと散々悪くいわれたようだが、
なりふり構わず、店を持つ夢を追った寿司職人が、
私には哀れにも思えてくる。

店の名は、ひさご寿司といったそうだ。

★★★


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お久しぶりです。ご協力いただければ有り難き幸せ。






神楽滝

2013-10-15 21:37:01 | 幽霊・怪異談
町内の若い衆が、いつもどおり
「伝助」で飲んでいる。

「そろそろおでんば食いたいなあ」
「コンビニでもう売ってるっすよ」
「コンビニおでんでなく、俺が食いたいのは薄墨のおでんよ」
カズオとトーゴが、らちもない会話を交わしている。

「あー、わかる。凍み豆腐が入って、大っきい昆布巻きが入ってるやつ」
「そう、昆布巻きの芯に煮干しが入ってるのな」
「つぶ貝が入って、貝のだしが効いて…。うまいっすよね、薄墨のおでんは」

確かに、おでんが恋しくなるほど、
肌寒い夜だ。

「よし、したら来週からおでん、始めるか」
話を聞いていた「伝助」の親父が宣言した。
「そのかわり、おいそこの二人、責任をもって食いに来るように」
やったー、
食うぞーと、
来週のおでんで騒ぐ二人のわきで、
キッチが、千葉ちゃんに、
「おい、この連休にカズオと神楽滝さ行ったって?」と聞いた。

虎伏山・仏台近くにある神楽滝。
夏は涼を求めて滝見客がよく訪れるし、
秋は紅葉スポットとしてこれまたにぎわう
いい滝だ。

「ああ、行って来た。紅葉にはまだちょっと早かった」と千葉ちゃん。
「そういや神楽滝って、心霊スポットだっていうよな」
キッチが焼き鳥(カシラ・タレ焼き)を横ぐわえしながら言った。
「滝の前で写真撮ると、死人が写るって聞いたことがある」

キッチの話を耳にはさんだカズオが、
「なーんもだ。俺も期待して、滝の前でわざわざ撮ってみた。
 したんども、霊なんか全然写ってなかった。な、千葉ちゃん」
そう口をはさんできた。

薄墨おでんには青のりをかけるかどうかで、
もめているトーゴと「伝助」の親父の論争にカズオが戻り、
今度は焼き鳥(ナンコツ塩)をかじっているキッチを横目で見ながら、
千葉ちゃんは黙って
チューハイを飲んでいる。

神楽滝を背にして立った千葉ちゃんを、カズオが撮ってくれた。
にっかと笑ってVサインをしている写真。
その背後に、ちょうど通りかかった
おっさんと婆さまが写っていた。

千葉ちゃんが小学生のときに死んだ祖父と、
一昨年死んだ祖母。
まちがいない。

ふたりは千葉ちゃんのほうを振り返り、
うれしそうに笑っていた。

神楽滝は、この台風が過ぎたあたりから、
紅葉が始まるだろう。

★★★


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すみません、ご無沙汰致しておりぁんした。
ご協力くだされば、幸甚に存じます。

柿の木長者

2013-09-11 19:24:14 | 幽霊・怪異談
一代で財を築いた長者がいた。

親に死に別れ、兄弟とも生き別れ、
散々苦労を重ねたせいか、
信心深い篤実な人柄だったという。、

この長者が、さる用で山越えをした。
供の者に馬を曳かせて、
一方が切り立った岩壁、
もう一方がはるか下に川が流れる断崖という、
けわしい道にさしかかった途端、
馬が歩かなくなった。

いくら叱っても馬は頑として動かない。
しきりに首を振り、
岩壁を見上げいななく。

不思議に思い、長者が伸び上がってみると、
岩で半ばかくれているが、
切り立った斜面に白いものが見える。

あれは何か。
長者は知りたくてたまらなくなった。

幸い岩壁には、手をかけ足を踏ん張れる窪みが、
点々とある。
そこで供と馬をその場に残し、
長者は窪みをたよりに、岩壁を登ってみた。

覆いかぶさるような大岩を苦労して上がると、
真新しい白木の四阿(あずまや)があり、
そこから、これまで一度たりとも忘れたことのない、
父母兄弟が顔をのぞかせて、
しきりに手を振っていたと。

両親は死ぬ前のまだ若い姿。
兄弟もまた、共に暮らしていた頃の
幼いまま。

長者と家族は、我が子よ、我が親よ、兄弟よと
手を取り、涙を流して喜び合った。

人の目にふれることのない、
岩上の小さな四阿で、
長者は、これまでの半生を詳しく語り聞かせ、
皆はその苦労をねぎらい、
よくぞここまで身を立てたものだと、
褒めそやした。

だが、供の者が心配して、
しきりに長者を呼ぶ。
用があって、いつまでも山にいるわけにもいかない。

長者は、家族に事情を説明し、
用がすみ次第、またここへ来ると約束して、
岩を下りた。

山を越え、用をすませると、
町で、家族のための品や酒、料理を買って、
長者はまた山道を戻ってきた。

だが。
確かにここだと憶えていた岩場を登ったが、
そこに四阿はなく、
見送ってくれた家族もいない。
わずかな平地に、長者が忘れていった頭巾が
落ちているだけだった。

薄墨だけでなく、
東北地方北部の伝奇話を集めた
『喜鵲鳴稿(きじゃくめいこう)』に載っている、
柿の木長者の話から。

原文の最後は、
「仙境はるかなり」という
しみじみとした一行で
結ばれている。

★★★


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ご協力いただければ有り難き幸せ






石割りのブナ

2013-09-09 19:10:40 | 幽霊・怪異談
禅地区にある三の峰で。

禅の猟師が歩き回っていると、
突然空がかき曇り、見る見るうちに暗くなってきた。

これはいかん、ひと雨来る。

見回すと、大きな石が重なり合っており、
その石と石のすき間で雨宿りできそうだ。
そこで男はここへ身をすべり込ませ、
雨をしのぐことにした。

ぽつりぽつりと雨粒が落ちたかと思うと、
突然、たたきつけるような激しさになり、
あたり一面、真っ白に見えるほどの、
すさまじい豪雨。

雨は山肌を削りそうな勢いで、
生い茂った草木を押し流さんばかり。
やがて、大粒のヒョウまで落ちだし、
冷風まで吹いてきた。

ところが、そんな天候のなかで。

童子(わらし)がひとり、どこからともなくあらわれ、
下で雨宿りしている男に気づかないまま、
石の上によじのぼっていった。
そっと男がのぞくと、
「やれ嬉し、やれ嬉し」
雨やヒョウをものともせず、
石の上を跳ね回り、歌い踊っている。

そこへまた、同じような童子が次々集まり、
「やれ嬉し、やれ嬉し」
これまた両手を振り回して、踊りだす。

ひとしきり踊っているうちに、
雨が止んであたりは静かになった。
山は残暑がぬぐわれたように消え、
たっぷりの雨であらわれた草木が光っている。

猟師がおそるおそる石の下から這い出てみると、
歌い踊っていた童子たちの姿は消えている。

猟師が石の上にあがってみると。
大石と大石のわずかな間から、
小さなブナの木がひょろひょろと
人の手指ほどの幹を伸ばし、小さな葉をつけていた。

こんな土もろくにないような、石の間で、
まあよく生き延びているものだ。

猟師は感心し、
そしてはたと気がついた。
あの童子たちは、このブナの木と一緒に、
雨が降ったのを喜んでいたのかもしれん。

山の神か。
物の怪か。
どちらにしても、めんこい神か
めんこい、めんこい物の怪だったと。

三の峰にある、石割りのブナにまつわる話だ。

★★★★


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ご協力くだされたく、御願い奉り候




くしけずる娘

2013-09-01 19:32:58 | 幽霊・怪異談
「髪流しってのは、映画の貞子と同じっすね」
このブログを見た若い奴から、
そう言われた。
なんのことかわからなかったが、
封切られる角川映画「貞子3D」の
貞子とそっくりなのだそうだ。

というので
映画の広告を見てみたが。

馬鹿もーん。
なーんだ、こりゃ
髪流しとはちがう。

髪流しはもっと女らしく、しとやかだ。
貞子のように、恐ろしくない。

昔。
山に娘が住んでいた。
同じ山里の男が、町から土産の櫛を買って来て渡すと、
相手を憎からず思っていた娘も
それを受け取り、
二人はやがて慕い合うようになったと。

それからしばらくして。
男が再び町へ出ることになったが、
けわしい山道で足を滑らせて
深い谷底に落ちてしまった。

今日帰るか、明日帰るかと、
娘は男を待ちながら淵に立ち、、
水鏡に写して、土産の櫛で
髪をすきつづけたが、
いつまでたっても男は戻らない。
何日も何日も、
娘は水辺で髪を垂らして、
少しでも自慢の髪が長く黒くのびるようにと
くしけずっていたが、
男は帰らず、
娘もそのまま命が途絶え、
姿だけが水辺に残った。

これが「髪流し」。

恋しい男のために、
命が絶えても水辺で髪をすき続けた
娘心が、妖しとなったのだ。

まがまがしい貞子とはちがう。

たいていは
人のいない山奥で、髪を水に垂らしているが、
ときに、恋心がつのると、
その姿のまま、山を下り、
町のあちこちにもあらわれる。


もし、あなたが薄墨の町へいらして、
髪流しを見かけたとしても、
どうか怖がらないでいただきたい。
石を投げたり、カメラを向けたりせず、
そっと、
見て見ぬふりをしていただきたい。

心ゆくまでくしけずると、
髪流しはじきに山に戻っていくので。

★★★


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ご協力くだされば、ありがたきしあわせ





髪流し

2013-08-29 22:46:42 | 幽霊・怪異談
前回、餅屋橋で見かける不思議なもののなかで、
髪を垂らした女について少し書いたのだが。

じつは、これ、
昔の薄墨では町から赤岳にかけて、
さまざまな場所で見かけた
怪しのものだといわれている。

深山へ釣りに出かけた山衆が、
けわしい岩場を伝い歩き、
人のいない渓流へようようたどり着くと、
巨岩の上から身を乗り出して、
女が流れに髪を垂らしていた。

雨の田で、用水路にかがんで、
長い髪を流れる水につけていた。

どこかわからないが、
大きな屋敷の庭の、
池にもあらわれた。

にぎやかな旧市内でさえも。
夜明け前、
稲荷橋に立って、
酒川に髪を下ろしていた。

黙って、そっとしておけば、
いずれ姿を消す。
だが、騒いで邪魔をし、ときに石を投げたりすると、
怒って、水に毒を流して
魚を死なすこともあるそうだ。

場所はさまざまだが、共通しているのは、
身体を深く折ってうつむいているので、
顔がわからないこと。
そして、白い着物姿だということ。

薄墨にひっそりと棲まう、この怪し。
「髪流し」という。

★★★


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ご協力いただければ、この上なき幸せ

餅屋橋

2013-08-27 22:29:06 | 幽霊・怪異談
薄墨旧市内にある、
朔日町のとなりが葛籠町(つづらまち)。
ジグザグのゆるい坂に添った町なので、
「つづら折り」から、この町名がついた。

この葛籠町にある餅屋橋に立つと、
ときどき、不思議なものが見えたものだという。

そのひとつ。
橋の上から川を見下ろしていたところ、
水のなかからぽかりと犬が顔を出し、
悠々と泳ぎだした。
水中をよくよく見たら、
顔は犬だが、胴から下は魚。
巨大な鯉のようだったと。
犬はのぞいている人を見上げて、
尾を振るように、魚尾をくねらせ水をはね上げたとか。

もうひとつ。
早朝、この橋を通ると、
欄干から身を大きく乗り出している若い女がいた。
こりゃ落ちてしまうと心配して、そばに寄ると、
女は髪を長く垂らしている。
髪は片方の肩から長く長くのびて川に達し、
さらに水中を流れてゆれ広がり、
川下を真っ黒に埋め尽くしていたと。

さらにもうひとつ。
満月の夜、葛籠町で
にぎやかな三味線が聞こえるときがある。
そんなとき、橋まで行くと、
三味線に合わせ、欄干の上で、爺さまと婆さまが踊っている。
ふたりは愉快そうに笑い、
とても年寄りと思えない、
それはそれは軽やかななし身ごなしで、
欄干を飛び回って踊るそうだ。

あとひとつ。
葬式帰りの者がこの橋を通ると、
橋の下からおーい、と声が聞こえた。
不審に思って、川をのぞいてみると、
先程、葬式を行った年寄りが、
橋脚にすがっている。
「爺さま、あんた、死んだはずだべ」と言うと、
死者は、
わざわざ俺の葬式に来てくれて、ありがたかった、
一言、お礼が言いたかったとわけを話し、
「いや、どうもありがとがんした」
そう言って、水中にトプンと沈んだ。

今60代、70代の連中がまだ子供の頃。

老いた町衆が、
孫やその友だちに、
薄墨の不思議や怪しを、山ほど教えてくれた、
そんな頃の話。


★★★

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雨夜の話

2013-08-07 17:46:22 | 幽霊・怪異談
夏の雨夜に。

裏道を歩いていると、
向こうから知り合いの男がやってきた。
「おや、お晩でがんす」
挨拶されて、見ると、
傘をさした相手の背後に、
ぴったりと爺さまが張り付いている。

相手の男よりも爺さまは背が低く、
肩越しに顔だけのぞかせて、
こちらをじっと見つめていた。

その爺さまのはげた頭、
骨張った顔、
ぎょろついた目元には見覚えがあった。

子供時代に見知っていた、その男の祖父だ。
近所の子供たちが悪さをしていると、
遠慮会釈なしに叱りつける頑固な爺さまなので
記憶に残っている。

とうに死んだ祖父が、
孫息子の背中に張り付いていたのだ。

「はあ、ども」と返し、
「今晩は蒸しぁんすなあ」
「そんだなあ」
そんな、らちもない会話を交わして早々に別れた。

数歩行って振り向くと、
歩み去る男の背にくっついた爺さまが、
こちらに顔だけ向けて、
バイバイと子供のように手を振っていた。

空気がじっとり湿り、両肩が重い。

もしかしたら。
私の背にも、
誰かがすがりついているのではないか。


★★★


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