長くブログが更新できず、4月から心機一転でまた始めようと思っていた矢先。
13日・・・神戸で地震があった夜に叔母が亡くなりました。
4月1日叔母が緊急入院する事になり、容体が思わしくなく医師からは「呼ぶ人がいたら呼んで下さい。」と言われたと伯父から連絡がありました。
昨年叔母とは喧嘩別れしてから、連絡も会う事もありませんでした。
それでも毎日気がかりでしたが、伯父からの知らせで病院へ。
前回の手術の後、「どんな事があっても手術はしたくない。」
「もう死んでもいい。」と言ってました。
でも、伯父から「まだ死にたくない。」「手術してもらう。」と言って今手術中と聞きました。
あんなに嫌がっていた手術・・・生きたい そう本人が希望したのなら、手術が成功して生きてほしいと願いました。
手術を待つ間、伯父達は「体力が持たないからダメだろう」と手術が成功すると考えてなかった。
ずっと叔母が亡くなってからの事ばかりを話ししていた。
喧嘩別れしても、叔母と色々あり憎いと思った事もあるけど、生きている間にもう一度会いたかった。
長い手術でした。
医師からどういう状態だったか、これからどうなるか・・・いろいろ話をされました。
ギリギリまで痛さを我慢していたようです。
ガンが大きくなって大腸が破れていました。
今回の手術が成功しても安心できない状態。
深夜にやっと叔母の顔を見る事が出来ました。
伯父から私が来ていると聞き、私の顔を見た瞬間「もう生きてる間、会われへんと思ってた。来てくれてありがとう。」そう言って泣いてました。
生きている間に会えて良かった。
今までの蟠りも無くなりました。
手術後は元気で、よく喋ったり、座ったりしていたのが・・・2日後急変。
夜中病院からの連絡で駆け付けると、ずっと血を吐いてばかり。
治療するにも出来ない状態。
何とか胃に開いた穴は塞いだものの、ガンは他にも転移しているようでした。
でも主治医は手を尽くしてくれていたけれど、本人が延命治療を拒否したと連絡が。
輸血や点滴・・・様々な器具を全て外しました。
1週間持つかどうか・・・
生きたい と言って頑張ったのに、結局 死 を待つ事を選んだ。
辛かっただろう・・・
怖かっただろう・・・
いろんな想いが今込み上げてきています。
息を引き取ってからは、悲しむ間がないくらい忙しかった。
葬儀を終え1週間過ぎてやっと、悲しみを実感してる。
失ってみて、自分にとってどんなに大切な存在かがわかる・・・というけれど本当ですね。
叔母は私にとって普通の叔母と姪の間柄ではありません。
精神面で母親の役目をしてくれました。
私という人間のココが好きと言ってくれる所があったとしたら、それは祖母と叔母が創ってくれたといっても良いくらいです。
母以上に母の役目をしてくれました。
今では後悔ばかりです。
大切な存在を亡くした時、いつも後悔しかない。
先日担当ケアマネさんと話をして、伯父達よりも本当に叔母の事を理解してくれていた人がいた。
その事が嬉しかった。
10年以上担当してくれたヘルパーさんとケアマネさん。
叔母への思いを分かち合えた事が嬉しかった。
ふと思い出し泣いてしまったり、夜悲しくて眠れなかったりします。
死 というものを改めて考えてます。