
正直、もうこのようなことを書くのはやようと思っていました。
だた会えなくなって、もうこの恋も終わりなのかなって、早く自分でケジメをつけないといけないのかなって思っています。
まだ若かった時は、自分が気が済むまで好きでいました。
相手からフラれても自分が整理つくまで、どんなにヒドイ別れ方をしても、やっぱり好き合っていたときのことを否定したくなくて、その時の彼はわたしのことをちゃんと好きでいてくれたって信じたかったから、ちゃんと「ありがと」って思えるように、彼が別の人と結婚しても「おめでと」って言える自分になろうって、そうゆう女性になろうって、その方が自分も傷つかなくてすんだから。
ただ、その時のフリ方は、許してはいない!ふざけんな!って今でも思ってるけど、もう若かったから笑い話です。
あとから思えば、最後のキスくらいちゃんとすればよかったな、とかね。
彼女がいる人も結婚している人も好きになったこともあります。
昔の彼氏と会ったこともあります。
この歳になって思うようになりました。
一瞬でも、もうムリかなって思うような「好き」でも、「好き」はとても愛おしいもの。
そしてすごく残酷なもの。
とても深く、長い間でも短い間でも、通じ合った何かがあると、いつもでも思い続けてしまいます。
このまま想っていれば、いつかきっと届くのではないのかって。
ただ、もう若くはありません。
去年はそう焦って、したくない婚活も流行っているアプリもしてみました。
「動いてみないとわからない」「現状は変わらない」「自分から空気を動かす」って、そう自分のシリを叩いていました。
けどね、ほんの少しの時間じゃ、わからないことだらけ。
不眠症になって、わたしは本当に大切にしないといけない恋を大切にできなかったのかもしれない。
とてもフシギな出会いをしました。
そして、よくわからないけど、すごく通じ合っていると思える出会いもありました。
たまたま偶然に話しかけてくれた、ちょっとステキなおじさまに言われたんです。
「それは、あまりないことだから、大切にしない」って。
せっかくそんな言葉をもらったのに、わたしは浮かれていたのかもしれません。
ちゃんと信じて、ていねいに言葉を重ねていればよかった。
封印できていた自分を見せてしまって、後悔ばかりです。大きな夢を叶えたいから、もしかしたらこれに耐えないといけないのかもしれない。そう思わないといまは笑顔でいることはできません。嫌われてもいい!その分シアワセをまき散らす!!!!!