너와 나 YOU&I 

너와 나…매일 너무 감사하고 있어. 네가 있어서. 가슴에 울리는 노래를 들려줘...영원히...

ゴニルくんの挨拶

2013-12-31 02:37:27 | ゴニル インスタグラム













2013年 最後の日



すべての出会いに感謝して


心を整えて


良い新年を迎えてくださいね。






来年も


よろしくお願いします。



[ホットデビュー日記] MR.MR テイ ②

2013-12-31 02:12:18 | TEY
2013年9月のヘラルド経済のMR.MRテイくんの記事を訳してみました。(翻訳機+意訳)

続きです。

★元記事はこちら


[ホットデビュー日記] MR.MR テイ ②
"小さいこと一つに感謝するまで"


ミスターミスターの[ホットデビュー日記] その四回目の主人公はテイである。
子どもの頃は明るくて陽気で、歌うことがとても好きな子だった。
教会の聖歌隊を初めに、音楽の魅力にはまり「歌手」になるという夢を抱いた。
一人の力で芸術高校に進学した後 目標に向かってさらに力強く走った。





▶高1、時間が惜しいという考え

望んでいた学校に入学したから一生懸命頑張りました。先生からも褒められました。奨学金も受けました。
校内でCCMを歌うようになりましたが、それも実力の成長にとても役立つことが多かったです。
望んでいた学校に来たという事実に満たされていたということが大きかったのか、1年生の時は友だちと一緒に遊ぶことも
たくさんしました。でも、ふと友だちと遊び場で話をしている時に「時間がもったいない」という気がしたんです。
高1の後半には、大切な時間になぜ僕はゲームをしているんだろう?と自分に問うようになったんです。
だからまた一つの目標を立てました。行きたい大学、それを達成するためにまた最善を尽くしました。

高2のときは友達たちとも会わなかったです。ひたすら大学だけを目指して考えてました。1年中鬼のように練習をしました。
兄が歌の先生をしている塾にこっそり入って練習室で歌を歌いました。 歌の塾をでて、ちょっと不足したと思えば
家の近所の教会の牧師様に了解を得て、また練習をしました。 それを1年間繰り返したので実力もどんどん増えていきましたよ。
音域がかなり高くなり、整えられました。 高3の時は、変わっている、やわらかくなっているということを
さらに明確に分かりましたよ。 本来はとても厚い声でした。 訓練を経て作られていったのです。






▶練習の虫、機会が訪れてくる

高2の時でした。こっそり練習室で練習をしていると、院長が塾を訪ねてこられたんです。僕を院長室に呼ばれて行ってる間、
「どのくらい怒られるんだろう」と心配が山のようでした。でも院長が歌ってみろと言われたんです。なので、
イ・ジョク先輩の「하늘을 달리다(空を駆ける)」と、フィソン先輩の歌を歌いました。そしたら、院長が
「明日会社に出てこい」と話しをされて。そのあとから、本格的な歌手としての道を歩くことになったようです。
院長が新しいエンターテイメントを作ろうとされていて練習生をさがしておられたんです。運良く僕を気に入って下さって、
一週間で契約をしました。

▶ミスターミスターの名前を取得するまで

それから4年間の練習生時代を経ました。初めはソロとしての話が出ていたんですが、グループに流れました。
チャンジェ兄さんが入ってきて続々と一人ずつ練習生として入ってきました。
信頼が強かったです。子どもの頃からそうでしたが「できる」という自信も大きかったし、また、それだけ運がついてきました。
でも、大学に進学して1年生頃、自ら怠けていったんです。 休学を決めて、4年間練習生しているという現実が
もどかしかったんですよ。 家に少しでも助けになりたいと考えて、アルバイトを始めました。 それを会社には知らせないで、
練習室も行かなかったんです。

「いつデビューするのか」という周囲の軽い言葉がみなストレスでした。両親はやはり期待が大きかったですが、
4年間何の成果もないので気に障られたでしょう。 そして交通費や、食事代を大きくなってまで両親にもらうのが
申し訳ありませんでした。いつまでもデビューを待つだけではだめだという考えに3ヶ月の間会社と連絡を切って
仕事を始めました。友だち同士でインディーズバンドを組んで、ホンデで歌を歌ったりしたし、アルバイトも一生懸命しました。
練習生時代に経験してないお金を稼ぐということもできました。初月給でお母さんに財布をプレゼントしました。
胸がいっぱいで、喜んでくれる姿をみたら、とても幸せだったんですよ。






そうして3ヶ月が流れていってたのですが、チャンジェ兄さんとジン兄さんが家を訪ねてきたんです。
一緒に頑張ろうと説得してくれて、お互いの力を合わせましたよ。もう一度してみようと意気投合した瞬間でした。
僕もやはりメンバーがありがたかったです。そうして僕はまた練習生に戻りました。

男兄弟なので、僕が娘の役割をしていました。今も母とショッピングに一緒に行き、マッサージ、キスもします。
愛しているという表現もたくさんしますし。家族との絆が厚いですが、その中でも祖母が私を最も大切にしてくれていました。
歳をとるにつれて、動くことも不便になってきていたから、僕は毎晩そんな祖母を助けてトイレに一緒に行きました。
子供心に面倒くさいときもありましたが、今考えてみたら本当に申し訳ないです。誰より僕のデビューを待ってましたが、
それを見ることなく亡くなりました。 デビュー2週間前ぐらいに...考えただけでも涙があふれます。

デビューの日が決まって、忙しくなり家によく帰ることもできなくて、電話だけで祖母に「もうすぐテレビにでるから
待っててほしい」と言ったのですが見てもらえませんでした。葬儀にはメンバーたちと一緒に行きました。
祖母を失ったという悲しみに ある日は地下鉄の中でずっと泣いていました。何もしてあげられなかったことだけが
思い出されて、時には宿舎で祖母の料理が食べたくなる時が多いです。思い出一つ一つがすべて思い出されます。
祖母が僕を愛してくださったおかげで、僕も他の人々に愛を与えることができる人になったと思います。
感謝するという言葉、ぜひ伝えたいと思います。






ついに、MR.MRのテイになりました。舞台の上に上がるということ自体に感謝してます。
これからが始まりです。もっと熱心に、最善を尽くすことだけが残ったと思ってます。
期待したほどではなく、失望する時もありますが、「また他の道をもう一度行け」という注意を受け入れて、
心がけを楽に受け入れることができました。 もうすぐミュージカル舞台にも立ちます。
夢に向かって一歩一歩、進む姿に 僕を信じてくれるすべての方々に報いるでしょう。

[ホットデビュー日記] MR.MR テイ ①

2013-12-31 01:06:42 | TEY
2013年9月のヘラルド経済のMR.MRテイくんの記事を訳してみました。(翻訳機+意訳)

★元記事はこちら

[ホットデビュー日記] MR.MR テイ ①

"いたずらっ子、'歌'に会う"


一日が遠い、そんなことを言いながら新しいアイドルグループがどんどん出てきてるこの頃だ。
ある人は“あまりにも多すぎて誰が誰なのかわからない”と言うが、隅々まで見てみるとみんなそれぞれの魅力があり、
情熱も格別だ。彼らが費やした努力と音楽への愛情は比例する。
昨年は特に多くのアイドルグループが溢れた。だから当時デビューしたグループはみんなデビュー時を思い出して
首を左右に振る。
そしてとても貴重な経験をした。一生懸命に全力を尽くさなければ生き残ることができないことを身をもって体験したのだ。
MR.MRも昨年歌謡界に入門した男性アイドルグループの中のひとつだ。リーダージンを筆頭にテイ、リュウ、チャンジェ、
ドヨンの5人で結成されたMR.MRは2012年10月デビューシングルアルバム「Who’s That Girl」で最初の一歩を踏み出した。
もうデビュー1年を迎えるホットな新鋭だ。
歌と踊りの並々ならぬ情熱で得た「歌手」という夢。 長期間デビューのために汗と涙を流した。
MR.MRになるまでメンバーにはどんなことがあったのか、[ホットデビュー日記]を通じて聞いてみよう。





ミスターミスターの[ホットデビュー日記],その四回目主人公はテイだ

本名:ハンジヒョン
出生:1992年6月18日
胎夢: 巨大な山にドングリが四方に散らばっている夢。
兄弟関係:4歳上の兄
テイの胎夢はお母さんが直接見た‘山を覆ったドングリ’の夢だ。明るく陽気な性格だった彼の幼少期。
いたずらもたくさんして、笑い声も多かった。手先が器用で、美術大会に出て入賞もした。

▶特に明るく手先が器用な子ども

幼い時は、とても陽気で問題児でした。友だちたちといたずらして遊んでいたら、前歯が折れるほどやんちゃでした。
レゴ作りに夢中になっていて、決められたのを作ることを拒否して、自分が考えたものを作りました。
また、美術コンテスト創作部門で金賞を受けたこともあります。
小学4年生の時から祖母と一緒に住むことになりました。祖母は僕にとってとても特別な存在ですよ。
母、父が共稼ぎで忙しいから、祖母と一緒にいる時間が多かったんですよ。祖母が僕の話をよく聞いてくれました。
また、4歳上の兄もいます。両親ではなく兄にたくさん叱られました。(笑)幼い時は兄をちょろちょろ追っていました。
生まれた場所はアニョンで、そのあとにソウルのアヒョンドンで暮らして、シンリムに引っ越しました。
そして、トボンドンに引っ越して、今まで住んでいます。





転校するたびに適応するのに時間がちょっとかかりました。5年生の時から心を開いて以前のように友達とイタズラをしながら
また明るい性格を取り戻しました。幼い頃から教会に通っていたのですが、聖歌隊で活動していました。
歌を始めることにした原動力でもあります。本当に聖歌隊を一生懸命しました。童謡大会にも出て、金賞を受賞しましたし。

▶聖歌隊で育てた音楽的才能

週末ごとに教会に歌の練習をしに行きました。そうしたら、少しずつ実力が増えてましたよ。さらに、聖歌隊をしてみると
和声を聞いて またハーモニーを合わせるということも学び、習得することができたんです。
今考えてみると、財産とかと同じみたいです。楽しくしていましたが、その時は「歌手になる」という夢はありませんでした。





中学に進学してから兄の影響をたくさん受けたみたいです。実用音楽を専攻した兄のおかげで、僕もやはり歌に接する機会が
多かったからです。中学の学祭のとき、アメリカのジャズの巨匠と言われるジェームズ・ブラウンの 「 I Feel Good 」 を
歌ったのですが、反応が爆発的だったんです(笑)聖歌隊をしてたから、人の多いところに出て行くことに対する気兼ねは
全くなかったです。特に、歌ってダンスするには平気でした。兄にジェスチャー、表情をたくさん習って多く研究をしました。

▶一人で成し遂げた成果

きちんとやってみたいと思いました、歌を。でも、当時の家庭の事情がそれほど豊かではなくて、レッスンに通わせてくれと
言うのはできない状況でした。だから部屋を閉めて歌の練習をしました。
目標は韓国芸術高校!入学するために本当に努力しました。
オーディションがあるから一日中ご飯も食べないでエリック・ベネイの「The Last Time」で試験を受けるため
ずっと練習だけしていました。もちろん、兄が、難しいと思う、他の曲を選択するように助言してくれましたが、
屈せずこの曲で試験を受けたんです。





僕は自信があったんですよ。最終的にこの曲で韓国芸術高校に近づきました。人生初の面接だったのでとても緊張しました。
でもめげずに「もっとうまくできます」と堂々と話し自信があるのを見せました。一ヶ月後、合格通知書をもらい、
行きたかった高校に進学することになったんです。





母、父はもちろん、祖母も感心だとほめてくれました。肯定的な性格が役に立ったと思います。
レッスンは受けることはできなかったが、夢へのアイデンティティ、目標が明確だったので
「やればできる」という心構えでした。もちろん教会の影響が大きかったんですよ。当時も歌に対するプライドがありました。
高校に進学してからは本格的に夢のために走りましたよ。



▶芸術高等学校に入学したテイの話は'ホットデビュー日記'②で

20131229 超新星 Twitter

2013-12-30 01:39:30 | 超新星


추운데. 고마워요 우리 밀키들:) #milkyway
寒いのに ありがとう 僕たちのミルキーたち:) #milkyway






연말투어, 4주년이벤트까지 오늘로써 2013 모든 스케줄을 무사히 마쳤습니다. 모두 MW 덕분이라고 생각합니다.
한 해 동안 정말 감사했습니다. 남은 2013년 잘 보내시고 또 만날 수 있기를...


年末ツアー、4周年イベントまで、今日で2013年すべてのスケジュールを無事に終えました。すべてMWのおかげだと思います。
一年間本当にありがとうございました。残りの2013年もよく過ごして、またお会いできますように...








ありがとう

また 会いましょうね        




MR.MRオフィシャルグッズ販売決定

2013-12-29 21:23:04 | MR.MR
LIVE ARCH サイトよりお知らせです。


1月8日(水)に開催される「LIVE ARCH vol.3 」スペシャルゲスト:MR.MRにて、
MR.MRオフィシャルグッズの会場での販売が決まりました。




■公演日:2014年1月8日(水)
■会 場:赤坂BLITZ
■開場・開演:1回目 13:00開場・14:00開演/2回目 18:00開場・19:00開演 ※終演後にハイタッチ会を行います。
*販売は開場時間の1時間前より行います。
*各公演とも数に限りがございます。予定販売数に達し次第販売終了となりますので、
予めご了承下さい。




画像がちいさいので^^;


ミストのカフェからお借りしてきました。












ペンラとスローガンタオルは記念に欲しいなぁ。

数に限りか・・・

買えたらいいのだけれど。。。