▼「ハードロック」のヒントは鳥居の楔(くさび)
前回のブログに書いた「緩まないナット『ハードロック』」誕生のヒントは神社の鳥居だったという。
鳥居には横につなぐ貫(ぬき)と柱が交差するところに楔(くさび)が差し込まれている形が多い。
ハードロック社の若林克彦社長は大阪、住吉神社の大鳥居を見ていたときに、この楔からヒントを得て緩まないネジのアイデアを考えついたという。
「ハードロックは」は商品名で、「偏心テーパー二重ナット」の正式名称が示すように、 一口で言えば偏心ナットの楔効果で軸方向にも力が加わり緩み止めをしている構造である。
すばらしい着想だと感心するが、考えてみれば楔は、てこ(梃子)から発してネジや滑車、歯車と親戚のような関係にある。楔を緩み止めに利用するのは理の当然ともいえる。しかし結果論として、そう言うのは、バカのあと知恵というものだ。凡人には「観れども見えず」のヒントが天才的な人には見えたということなのだろう。
▼Nejilaw「L/Rネジ」のユニークな発想
前回のブログで触れたもうひとつの“緩まないネジ”「L/Rネジ」は右ネジと左ネジのダブルナットがぶつかり合うという意外な構造である。Nejilaw社の道脇裕社長が考え出したものだ。右ネジと左ネジを使う複雑さもあって開発途上の製品のようだ。それにしてもこのような意外性の高い構造は天才的なセンスがなければ生まれてこないと思う。
▼ ピーニング(かしめ)の話
緩み止め方法の中で、少し特別な場合だがナットの縁を叩きつぶして固定してしまうことがある。「かしめる」(ピーニング)という。
話は少し唐突のようだが、敗戦後、日本の電力復興は傾斜生産(重点生産)の対象となり、アメリカ技術の積極的導入が行われた。 第一段階でアメリカの発電ユニット一式を直接輸入する。第二段階ではアメリカの設計図を使って日本の工場で生産する(ノックダウン方式)。この段階では設計図の書き込みや仕様書を日本語に翻訳する必要があった。第三段階からは設計図面の作成も製造も日本が行う。
そんな状況の中で、私も体験者の一人だったトラブルの話である。
昭和31年、当時新鋭だったある火力発電所のタービン発電機で異音が聞こえてので停止して分解点検をした。タービンを分解する作業はおおごとなのだが、その結果「水塞衛帯」という部分の締め付けナットが緩んで外れていることが分かった。
大事故には至らず、関係者は安堵したが、原因が分かって驚いた。そのナットは「ピーニング(かしめる)」対象に指定されていたのだが、翻訳担当者がたいしたことではないと思って省略し、翻訳しなかったのだという。つまり手抜きをした。このため作業員は「かしめ」を行わずに組み立ててしまった。その結果タービン運転中の振動でナットが緩み、外れてしまったのだ。
もう60年ほども前の話だが模倣から始まったアメリカ技術導入のほろ苦いエピソードである。
▼ 人工衛星のナットが緩んで、打ち上げ失敗
これもだいぶ古い話だが人工衛星が盛んになった頃、一部のナットの締め付け不十分で打ち上げが失敗したことがある。損害数十億ということだったように記憶している。この事故のあと記者会見した打ち上げ責任者の某教授が「原因は現場作業の初歩的ミスである」と発言した。我々専門家には関係ないトラブルだというニュアンスで話していた。
一方アメリカのNASA(航空宇宙局)でも人工衛星打ち上げに失敗していた。
そのときの責任者であるNASA局長の部屋の壁にはドットが一点、ぽつんと書かれた大きな額が掛けられたという。失敗の原因はコンピュータープログラムのドット一点の打ち間違いだったのだ。緻密なシステムもドット一点のミスで全てがだめになるという教訓にしているのだという。
この話を知って、日本の教授の科学技術認識の浅薄さにがっかりしたのと、ひいては日米の科学技術システムにおける底力の違いを思い知らされたように感じた。
▼たかがネジされどネジ
ネジはありふれた機械部品のひとつとしてだれも気にもとめない。
緩み止め「ダブルナット」もたいていの人は知っているが、厚いナットと薄いナットのどちらを上にするか、となると知らない人がいる。「厚いナットを上にする」のが正解だが、その理由はとなると機械作業に携わる人でもきちんと説明できる人は少ない。
我々はハイテク時代のブラックボックスに囲まれて暮らしている。
そんな周囲感覚の中で鳥居の楔に着目した「ハードロック」ナットと右ねじ左ネジをぶつけることで緩み止めを考えだした「L/Rネジ」は、いずれもユニークな技術開発の例である。
日本の科学技術の裾野の広さ、高い成熟度を示す象徴的な出来事だと思う。
少々大げさかも知れないが、欧米の科学技術の模倣ばかりしてきた昭和一桁生まれの技術屋としては、感慨深いものがある。
「緩まないネジ」で安全性が向上した北海道新幹線が来るのが一段と楽しみだ。
(2015/12/18)
前回のブログに書いた「緩まないナット『ハードロック』」誕生のヒントは神社の鳥居だったという。
鳥居には横につなぐ貫(ぬき)と柱が交差するところに楔(くさび)が差し込まれている形が多い。
ハードロック社の若林克彦社長は大阪、住吉神社の大鳥居を見ていたときに、この楔からヒントを得て緩まないネジのアイデアを考えついたという。
「ハードロックは」は商品名で、「偏心テーパー二重ナット」の正式名称が示すように、 一口で言えば偏心ナットの楔効果で軸方向にも力が加わり緩み止めをしている構造である。
すばらしい着想だと感心するが、考えてみれば楔は、てこ(梃子)から発してネジや滑車、歯車と親戚のような関係にある。楔を緩み止めに利用するのは理の当然ともいえる。しかし結果論として、そう言うのは、バカのあと知恵というものだ。凡人には「観れども見えず」のヒントが天才的な人には見えたということなのだろう。
▼Nejilaw「L/Rネジ」のユニークな発想
前回のブログで触れたもうひとつの“緩まないネジ”「L/Rネジ」は右ネジと左ネジのダブルナットがぶつかり合うという意外な構造である。Nejilaw社の道脇裕社長が考え出したものだ。右ネジと左ネジを使う複雑さもあって開発途上の製品のようだ。それにしてもこのような意外性の高い構造は天才的なセンスがなければ生まれてこないと思う。
▼ ピーニング(かしめ)の話
緩み止め方法の中で、少し特別な場合だがナットの縁を叩きつぶして固定してしまうことがある。「かしめる」(ピーニング)という。
話は少し唐突のようだが、敗戦後、日本の電力復興は傾斜生産(重点生産)の対象となり、アメリカ技術の積極的導入が行われた。 第一段階でアメリカの発電ユニット一式を直接輸入する。第二段階ではアメリカの設計図を使って日本の工場で生産する(ノックダウン方式)。この段階では設計図の書き込みや仕様書を日本語に翻訳する必要があった。第三段階からは設計図面の作成も製造も日本が行う。
そんな状況の中で、私も体験者の一人だったトラブルの話である。
昭和31年、当時新鋭だったある火力発電所のタービン発電機で異音が聞こえてので停止して分解点検をした。タービンを分解する作業はおおごとなのだが、その結果「水塞衛帯」という部分の締め付けナットが緩んで外れていることが分かった。
大事故には至らず、関係者は安堵したが、原因が分かって驚いた。そのナットは「ピーニング(かしめる)」対象に指定されていたのだが、翻訳担当者がたいしたことではないと思って省略し、翻訳しなかったのだという。つまり手抜きをした。このため作業員は「かしめ」を行わずに組み立ててしまった。その結果タービン運転中の振動でナットが緩み、外れてしまったのだ。
もう60年ほども前の話だが模倣から始まったアメリカ技術導入のほろ苦いエピソードである。
▼ 人工衛星のナットが緩んで、打ち上げ失敗
これもだいぶ古い話だが人工衛星が盛んになった頃、一部のナットの締め付け不十分で打ち上げが失敗したことがある。損害数十億ということだったように記憶している。この事故のあと記者会見した打ち上げ責任者の某教授が「原因は現場作業の初歩的ミスである」と発言した。我々専門家には関係ないトラブルだというニュアンスで話していた。
一方アメリカのNASA(航空宇宙局)でも人工衛星打ち上げに失敗していた。
そのときの責任者であるNASA局長の部屋の壁にはドットが一点、ぽつんと書かれた大きな額が掛けられたという。失敗の原因はコンピュータープログラムのドット一点の打ち間違いだったのだ。緻密なシステムもドット一点のミスで全てがだめになるという教訓にしているのだという。
この話を知って、日本の教授の科学技術認識の浅薄さにがっかりしたのと、ひいては日米の科学技術システムにおける底力の違いを思い知らされたように感じた。
▼たかがネジされどネジ
ネジはありふれた機械部品のひとつとしてだれも気にもとめない。
緩み止め「ダブルナット」もたいていの人は知っているが、厚いナットと薄いナットのどちらを上にするか、となると知らない人がいる。「厚いナットを上にする」のが正解だが、その理由はとなると機械作業に携わる人でもきちんと説明できる人は少ない。
我々はハイテク時代のブラックボックスに囲まれて暮らしている。
そんな周囲感覚の中で鳥居の楔に着目した「ハードロック」ナットと右ねじ左ネジをぶつけることで緩み止めを考えだした「L/Rネジ」は、いずれもユニークな技術開発の例である。
日本の科学技術の裾野の広さ、高い成熟度を示す象徴的な出来事だと思う。
少々大げさかも知れないが、欧米の科学技術の模倣ばかりしてきた昭和一桁生まれの技術屋としては、感慨深いものがある。
「緩まないネジ」で安全性が向上した北海道新幹線が来るのが一段と楽しみだ。
(2015/12/18)
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