好きだったらしい。自分は彼のことが。
だから、あの日、抱かれた。同情だけじゃなかった。
好きだったから、触れられて泣きたくなったのも、朝隣に誰もいなかったことに、心が痛んだのも。
この子の存在も、嬉しかったんだ。彼と確かに繋がった証だから。
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藤堂を黒の騎士団に向かえ、粗方の仕事を終えて、ようやく、クラブハウスに帰宅する。
部屋に戻り、視界に入るのは、あの夜、スザクに抱かれたベット。
もう匂いも何も残っていないそのベットにダイブする。
何も残っていない。
自分の記憶と自分の胎内にあるこの命以外、あの夜を示すもの
など、どこにもない。
あの夜が夢だったのだとしたら、こんなに心は痛まなかったのだろうか?
夢であれば、よかったのだろう。自分にとっても、彼にとっても。
でも、自分には、小さな命が宿った。夢じゃない証、彼のぬくもりの証。
忘れたくない、あのぬくもりも。自分が抱いた彼への思いも。
でも、忘れなくてはいけない。ゼロには不要な思いだから。
だから・・・・・
瞼を閉じて、小さく彼の名を呼んだ。
「・・・・・スザク」
一筋だけ、涙が零れた。
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「どうするつもりだ?」
あの夜が明けて、何事もなかったように支度をしているルルーシュの背にC.C.は問い掛ける。
ちらりと視線を向けて、一言答え、ルルーシュは、何事もなかったように手を動かせる。
「別に。どうもしない。」
その様子に小さくC.C.は溜め息をついて、いつもどおりの声音で続ける。
「馬鹿なやつだな。なぜ、告げない。奴に教えてやればいい。その子の存在を。」
「報せて何になる。子どもで縛り付けるのか?別の女を選んでいる男を。」
皮肉気に顔を歪めながら、答えるルルーシュにC.C.は真面目な顔で答える。
「そうだ。」
「愚かだな。それに、縛ることなどできないさ。子どもなんて堕胎させてしまえば、いいだろう。今ならたやすいさ。あいつにとっては、邪魔なんだから。」
C.C.は小さく溜め息を吐きながら、ルルーシュの前に立つ。
「確かにな。それでは、お前はどうするんだ?」
「何がだ?」
ルルーシュは不思議そうに首を傾げる
「父親であるはずの男は別の女を選んだ。ならば、その子を堕すのか?」
「まさか。堕すなんて選択肢は存在しない。私はこの子に会いたいからね。」
C.C.の言葉に肩を竦め、そして、優しく母親の顔で笑って、ルルーシュはそっと下腹部を撫でる。
「それに父親など必要ない。」
その表情とは裏腹な、冷徹にいい捨てる。
ルルーシュにとって父親は存在しない。
確かに、あの男の血を自分は引いているが、今、自分があの男を肉親として見ているかと言われれば、答えはNOである。
むしろ、倒すべき敵だ。
あの日、自分達を切り捨てた。それでも、自分達は生きてきた。
母に愛された記憶だけを支えにして。
今、ルルーシュの胎内に宿る命も、父親である男からは切り捨てられたと言っていいのかもしれない。
存在を告げていないのに、そう言うのは、ルルーシュの被害妄想か、傲慢かもしれないが、告げて、存在を否定されるよりも、そう思いこんでいたほうが幸せだと思っていた。
この子にとっても。自分のように、目の前で父親に捨てられるよりも、初めから存在しないほうが、幸せなのかもしれない。否定されることがわかりきっているなら。
C.C.は無表情に問いかける。
「いいのか。それで。」
「ああ。」
「そうか。」
C.C.は静かに瞳を伏せる。
彼女は決めてしまった。
大切な何かを捨ててしまったルルーシュが、哀しくて、代わりに彼女の中に宿った、たった一つの小さな命が、別の何かを与えてくれることを祈るしかなかった。
この優しくて哀しい少女が、少しでも救われるように。