コツ、コツ、コツ、コツ・・・・・
静かな邸の中に響く。女性の足音。
彼女は一つの扉の前で立ち止まり、軽くノックする。
「カレンです。」
「入れ。」
返事を受け、女性、カレンは入室する。
部屋の中には、窓辺に置かれた椅子に腰掛け、ゆっくりとドアへ視線を向ける華奢な女性の姿があった。
「久しぶりだな。カレン。変わりはないか?」
「ええ。貴女は?ルルーシュ。」
久しぶりに会う友人にルルーシュは、ゆったりと微笑んで、椅子を勧める。
しかし、カレンはそれを手で断り、彼女の傍に立つ。
「色々と話したいこともあるけど、まずはお仕事をさせてちょうだい?」
「そうだな。今日は泊まっていけるんだろう?」
「ええ。」
「じゃあ、先に面倒なことを片付けて、ゆっくりと話そうじゃないか。カレン?」
ルルーシュを纏う空気が、がらりと支配者の雰囲気に変わる。
悠然と足を組み、傲慢な女王のような笑みを浮かべてカレンを促す。
「はっ、ゼロ。」
カレンも姿勢を正し、持っていた資料をルルーシュに手渡し、報告を始める。
「日本政府内部は、ゼロの指示を受け、いまのところ問題なく機能しています。
詳細はそちらに。それと、以前からブリタニアから打診されていた大使の件ですが、正式にブリタニア側から、新しく在日大使が派遣されることが決定しました。」
「次の大使は皇族か?」
「はい。第4皇女、ユーフェミアです。」
ピクリッと資料を持つルルーシュの指が微かに震えた。
しかし、それはほんの一瞬で、彼女は何事もなかったように会話を続ける。
「なるほど、ユーフェミアか。彼女なら、合衆国日本成立時に立ち会っている。
何より、彼女の騎士は元日本人だ。妥当な人選だな。」
「・・・よろしいのですか?」
「何がだ?日本に友好的な慈悲の姫だ。こちらとしても都合がいい。」
「枢木スザクも同行する、そうですが・・・・。」
その言葉に、ゆっくりとルルーシュは書類から顔を上げて、窓の外を見る。
「そうか。戻ってくるのか・・・・。」
「・・・・ルルーシュ。」
遠い、遠い場所を見つめるルルーシュの横顔をカレンは、
ただ見つめるしかなかった。
―――――――5年前
突然の枢木スザクの騎士侯授与でざわめく中で、ルルーシュはカレンに告げた。
「カレン。俺は『ルルーシュ・ランペルージ』を殺す。」
「ルルーシュ?」
「もう、あそこで『ルルーシュ』が生きるのは無理だ。」
「いいの?それで・・・・。」
「全て偽りだ。捨てたところで支障はない。」
皮肉げに笑う少女に、カレンは、切なくなった。
ルルーシュは、そう言うが彼女があの日常を愛していたことを
カレンは知っている。
それに・・・・
「それに、この子のこともある。あのまま、あそこにはいられないだろう。」
下腹部を優しく撫でるルルーシュに、カレンは視線を揺らす。
(あの箱庭を去るというのなら、その前に。)
「・・・”父親“に、その子のことは、ちゃんと話したの?」
ルルーシュの胎内に宿る命を構成する、もう半分の遺伝子提供者。
なんとなく、「彼」なのだろうと、カレンは確信していた。
ルルーシュがその行為を許した「特別」は、あの男だけだろう。
カレンは知っている、箱庭の中で、ルルーシュが見せたあの瞳を。
「・・・・”父親”は、存在しない。」
静かに、そう告げるルルーシュにカレンは目を見開く。
「なっ!?」
「俺の中で、アイツはもう死んだ。この子のことを告げたかったアイツは、
もうどこにも存在しない。」
「ルルーシュ!!」
「・・・いいんだ。もう。」
宿った命を告げられたときに、一筋の涙を零して喜んだ人が、
悲しくて、寂しい笑顔を見せたその姿に、何も言えなかった。
「彼」に告げるべきだ、全ての真実は無理でも、
その体に宿った命の存在だけでも。
そう、言うことは、カレンにはできなかった。
「彼」が、彼女ではない別の女に忠誠を誓う姿を見て諦めた瞳をした彼女に、「彼」を祝う言葉を告げ、儚く笑う彼女に、
もし「彼」がその体に宿った命を否定したら、
彼女は絶望で壊れてしまうのではないかと、激しい不安に襲われて、
何も言えなかった。
たった数日で、彼女の喜びは絶望に変わった。
大切なものを捨てる覚悟を決めさせるには、十分な出来事が、起こってしまった。
子どもの存在、ランスロットのパイロット、第4皇女の騎士。
それらは、彼女の「日常」を壊すのに十分だった。
たった一人の男の行動で、壊された。何も知らずに、壊した。
何も知らずに笑うあの男が、憎かった。
そして、彼女達を失って、呆然としたあの男を見て、怒りに震えた。
あの男が奪った。殺した。壊した。あの「日常」を。
皆、素顔を隠して、嘘を孕んで、過ごした時間。
でも心の拠り所にしていたあの場所を。
『ルルーシュ・ランペルージ』は、その命を消した。
それをきっかけに世界は目まぐるしく変化を始めた。
エリア11は崩壊し、合衆国日本が生まれた。
ゼロは全てを破壊し、新たな創造の時代を呼び寄せた。
全てが生まれ変わる世界の中で、ゼロは表舞台から姿を消し、
的確な助言を与える日本の影の賢者として、彼女は、その時代に存在した。
本当に大切なものだけを守るために。
静かな邸の中に響く。女性の足音。
彼女は一つの扉の前で立ち止まり、軽くノックする。
「カレンです。」
「入れ。」
返事を受け、女性、カレンは入室する。
部屋の中には、窓辺に置かれた椅子に腰掛け、ゆっくりとドアへ視線を向ける華奢な女性の姿があった。
「久しぶりだな。カレン。変わりはないか?」
「ええ。貴女は?ルルーシュ。」
久しぶりに会う友人にルルーシュは、ゆったりと微笑んで、椅子を勧める。
しかし、カレンはそれを手で断り、彼女の傍に立つ。
「色々と話したいこともあるけど、まずはお仕事をさせてちょうだい?」
「そうだな。今日は泊まっていけるんだろう?」
「ええ。」
「じゃあ、先に面倒なことを片付けて、ゆっくりと話そうじゃないか。カレン?」
ルルーシュを纏う空気が、がらりと支配者の雰囲気に変わる。
悠然と足を組み、傲慢な女王のような笑みを浮かべてカレンを促す。
「はっ、ゼロ。」
カレンも姿勢を正し、持っていた資料をルルーシュに手渡し、報告を始める。
「日本政府内部は、ゼロの指示を受け、いまのところ問題なく機能しています。
詳細はそちらに。それと、以前からブリタニアから打診されていた大使の件ですが、正式にブリタニア側から、新しく在日大使が派遣されることが決定しました。」
「次の大使は皇族か?」
「はい。第4皇女、ユーフェミアです。」
ピクリッと資料を持つルルーシュの指が微かに震えた。
しかし、それはほんの一瞬で、彼女は何事もなかったように会話を続ける。
「なるほど、ユーフェミアか。彼女なら、合衆国日本成立時に立ち会っている。
何より、彼女の騎士は元日本人だ。妥当な人選だな。」
「・・・よろしいのですか?」
「何がだ?日本に友好的な慈悲の姫だ。こちらとしても都合がいい。」
「枢木スザクも同行する、そうですが・・・・。」
その言葉に、ゆっくりとルルーシュは書類から顔を上げて、窓の外を見る。
「そうか。戻ってくるのか・・・・。」
「・・・・ルルーシュ。」
遠い、遠い場所を見つめるルルーシュの横顔をカレンは、
ただ見つめるしかなかった。
―――――――5年前
突然の枢木スザクの騎士侯授与でざわめく中で、ルルーシュはカレンに告げた。
「カレン。俺は『ルルーシュ・ランペルージ』を殺す。」
「ルルーシュ?」
「もう、あそこで『ルルーシュ』が生きるのは無理だ。」
「いいの?それで・・・・。」
「全て偽りだ。捨てたところで支障はない。」
皮肉げに笑う少女に、カレンは、切なくなった。
ルルーシュは、そう言うが彼女があの日常を愛していたことを
カレンは知っている。
それに・・・・
「それに、この子のこともある。あのまま、あそこにはいられないだろう。」
下腹部を優しく撫でるルルーシュに、カレンは視線を揺らす。
(あの箱庭を去るというのなら、その前に。)
「・・・”父親“に、その子のことは、ちゃんと話したの?」
ルルーシュの胎内に宿る命を構成する、もう半分の遺伝子提供者。
なんとなく、「彼」なのだろうと、カレンは確信していた。
ルルーシュがその行為を許した「特別」は、あの男だけだろう。
カレンは知っている、箱庭の中で、ルルーシュが見せたあの瞳を。
「・・・・”父親”は、存在しない。」
静かに、そう告げるルルーシュにカレンは目を見開く。
「なっ!?」
「俺の中で、アイツはもう死んだ。この子のことを告げたかったアイツは、
もうどこにも存在しない。」
「ルルーシュ!!」
「・・・いいんだ。もう。」
宿った命を告げられたときに、一筋の涙を零して喜んだ人が、
悲しくて、寂しい笑顔を見せたその姿に、何も言えなかった。
「彼」に告げるべきだ、全ての真実は無理でも、
その体に宿った命の存在だけでも。
そう、言うことは、カレンにはできなかった。
「彼」が、彼女ではない別の女に忠誠を誓う姿を見て諦めた瞳をした彼女に、「彼」を祝う言葉を告げ、儚く笑う彼女に、
もし「彼」がその体に宿った命を否定したら、
彼女は絶望で壊れてしまうのではないかと、激しい不安に襲われて、
何も言えなかった。
たった数日で、彼女の喜びは絶望に変わった。
大切なものを捨てる覚悟を決めさせるには、十分な出来事が、起こってしまった。
子どもの存在、ランスロットのパイロット、第4皇女の騎士。
それらは、彼女の「日常」を壊すのに十分だった。
たった一人の男の行動で、壊された。何も知らずに、壊した。
何も知らずに笑うあの男が、憎かった。
そして、彼女達を失って、呆然としたあの男を見て、怒りに震えた。
あの男が奪った。殺した。壊した。あの「日常」を。
皆、素顔を隠して、嘘を孕んで、過ごした時間。
でも心の拠り所にしていたあの場所を。
『ルルーシュ・ランペルージ』は、その命を消した。
それをきっかけに世界は目まぐるしく変化を始めた。
エリア11は崩壊し、合衆国日本が生まれた。
ゼロは全てを破壊し、新たな創造の時代を呼び寄せた。
全てが生まれ変わる世界の中で、ゼロは表舞台から姿を消し、
的確な助言を与える日本の影の賢者として、彼女は、その時代に存在した。
本当に大切なものだけを守るために。