ついに村ごと移転開始、永久凍土融解で、アラスカ
完全な移転には数年かかる見通し、まだまだ課題も。住民に心境を聞いた
彼らは衣服を箱に詰め、ボートに乗り込み、隣人たちに別れを告げる。ただし、別れはつかの間だ。
2019年10月、米アラスカ州ニュートック村の住民がついに、新しい町への移住を開始した。北米ではほとんど例がない気候変動による移住である。
ニュートックは、ベーリング海からほど近いニングリック川沿いにある人口約380人の村。ここに暮らす先住民族ユピックたちは、20年以上前から移住の準備を進めてきた。永久凍土の融解と浸食が原因で、洪水のリスクが高まり、家の周りの地盤の沈下や崩壊も生じている。ごみの埋め立て地は押し流され、燃料貯蔵タンクは危険なほど傾き、崩壊の恐れがある一部の住居はすでに取り壊された。(参考記事:「永久凍土はもはや永久ではない、何が起きるのか」)
そのため、20年以上前から移住計画と建設工事が進められ、10月に入ってようやく、新しく村がつくられるマータービックへの引っ越しが始まった。マータービックはニュートックから約16キロ南東のネルソン島にある。ユーコンデルタを襲った強風と大雨の合間を縫い、18家族がマータービックに引っ越し、エネルギー効率の良い住居で新生活を開始した。
ニュートックの先住民管理者であるアンドリュー・ジョン氏は「文字通り、嵐と嵐の合間を縫って引っ越しています」と話す。
10月中にあと数家族が引っ越す予定だが、全住民の新居が完成するのは2023年以降になる見通しだ。全員の移住が完了するまでは、海に隔てられた2つの拠点で村を運営することになる。
ニュートックの移住を支援するアラスカ先住民医療共同体の開発責任者ギャビン・ディクソン氏は「これから大変になりますが、ニュートックはとても強いコミュニティーです」と述べている。
広大な永久凍土の融解
20世紀初頭までの数千年間、ユピックは季節ごとに野営地を移動し、アザラシやヘラジカ、ジャコウウシを捕まえたり、ベリーや野草を集めたりしていた。現在も自給自足の生活を送っているが、1949年、米内務省のインディアン事務局が住民たちに意見を求めることなく、現在のニュートックに学校をつくり、村全体が定住を余儀なくされた。(参考記事:「アラスカ先住民 解け出した氷の下の歴史」)
その後、気候変動によって地球の温度が上昇。極北の2300万平方キロ超に広がる永久凍土が融解し始めた。その結果、道路やパイプライン、建物の基礎が崩壊しているだけでなく、融解した凍土から温室効果ガスが放出され、地球の温度がさらに上昇している。しかも、海氷が減少し、沖合に移動した結果、高潮が川を逆流するようになり、河岸の浸食、村への浸水が起きている。海面上昇はこのような浸食を加速させる。(参考記事:「北極圏の温暖化による経済損失、最大7500兆円」)
ニュートックの住民たちは、これらの影響をずっと目の当たりにしてきた。かつて安定していた土壌はニングリック川に削り取られ、多いときには年間約25メートルのペースで家々に迫っている。2000年代初頭に発表されたある論文は、早ければ2027年、村の大部分が水没すると予想している。(参考記事:「気候変動 瀬戸際の地球 沈みゆくキリバスに生きる」)
しかし、ほかのアラスカの孤立した村がそうであるように、新居と移住資金の確保には長い時間がかかる。しかも、ニュートックの場合、一時的な定住地であるという理由から、当局はインフラへの投資に消極的だった。そのため、住民たちはこれまでの数十年間も、水道のない暮らしを送ってきた。飲み水をタンクに貯め、下水道はなくし尿層を使ってきた。衛生状態の悪さは、特に乳幼児の健康問題につながっている。
2003年、連邦議会はついに、ニュートックより高い場所にある火山性の土壌に新しい村をつくることに同意した。新しい村となるマータービックへの移住と引き換えに、ニュートックの土地は返還され、ユーコンデルタ国立野生生物保護区の一部となる。
2003年以降、少しずつではあるものの、道路やコミュニティーセンター、ごみの埋め立て地、発電所の建設費が州と国から支給されるようになった。数週間後にはマータービックで水処理施設が完成し、11月には新しい学校での授業が始まる。滑走路もつくられる予定だ。
しかし、60ほど必要な住居は、わずか3分の1の20軒ほどしか建設されていない。建設済みの住居も電気は通っているが、上下水道は利用できない。コミュニティーが最も望んでいるのは、できる限り多くの家を建て、移住することだ。上下水道の整備費が支給されるまでには何年もかかる可能性がある。
そのため、しばらくの間、古い村を維持しつつ、約16キロ離れたマータービックで新たな村を築くことになる。
人々の心境は複雑
しかし、これは決して簡単なことではない。コミュニティーの職員たちはマータービックとニュートックに分かれて暮らし、両方の学校に校長と教員を置くことになる。ビデオを使った授業も行われる予定だ。
生徒も40人と60人に分かれる。先住民医療共同体のディクソン氏は「友達の半分が16キロも離れた場所にいるのです」と語る。
さまざまな変化が起こり、人々は複雑な気持ちを抱いている。マーサ・カサイウリさん(19歳)が暮らしていたニュートックの家は解体され、家族はマータービックに引っ越したが、カサイウリさんはあと数カ月ニュートックに残り、友人たちと過ごすつもりだ。カサイウリさんは現在の心境を詩で表現している。その一部を紹介しよう。
移住を望まない気持ちが大きくなっている。
でも、ここに残っても楽しいことはない。
私たちは知らない場所に移ろうとしている。
でも、年月がたてば、この場所は空っぽになるのだろう。
「多くの人はこの場所しか知りません。その場所を離れることがうれしいはずがありません」とディクソン氏は言う。その一方で、人々はより良いサービスを受けられる場所にようやく移住できることを喜んでもいる。
先住民管理者のジョン氏は、ホッとしている人もいれば、不安を感じている人もいて、一部の人はすでに分離不安障害の症状が出ていると話す。冬の食料を調達することに忙しく、考える暇がない人もいる。
これまで狩りをしてきた場所が少し遠くなる住民もいるが、「彼らが得られる安心と安全に比べれば、大した代償ではありません」とジョン氏は断言する。
「私たち民族の最も大きな特性は適応力だと思います。私たちは事態に柔軟に対応することで道を切り開いてきたのです」
カサイウリさんも次のようにつづっている。「私たちはこの場所を離れることを望んでいないかもしれないが、私たちの物語はより良い結末へと向かっている」
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自然が消えていく寂しさ・・・・・・