アジア映画巡礼

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アスガー・ファルハディ監督作『英雄の証明』と現代イラン(下)

2022-03-30 | イラン映画

前回、こちらでご紹介したイランのアスガー・ファルハディ(アスガル・ファルハーディー)監督作『英雄の証明』が、いよいよ明後日、4月1日(金)から公開となります。ストーリー等は前回ご紹介したので、今回はあの映画の舞台となる街シーラーズ等について、ちょっと書いてみたいと思います。念のため、もう一度映画のデータを付けておきますね。

『英雄の証明』 公式サイト 
 2021年/イラン、フランス/ペルシア語/127分/原題:قهرمان Ghahreman/英題:A Hero
 監督:アスガー・ファルハディ
 主演:アミル・ジャディディ、モーセン・タナバンデ、サハル・ゴルデュースト、サリナ・ファルハディ
 配給:シンカ SYNCA
 提供:シンカ、スカーレット、シャ・ラ・ラ・カンパニー、Filmarks
4月1日(金)Bunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテほか全国順次公開

©2021 Memento Production - Asghar Farhadi Production - ARTE France Cinéma

まず、この映画はペルシャ語の作品となります。「ペルシャ語」は原語では「زبان فارسي/ザバーン・エ・ファールシー⇒ザバーネ・ファールシー」と言いますが、「ザバーン」は「舌、言語」という意味です。ヒンディー語にも「ザバーン」または「ズバーン」で入っていますので、インド映画の好きな方にはお馴染みの単語ですね。「ファールシー」は「ファールス(地方)の」という意味で、ファールス地方とは古くからイラン南部の呼び名となっていました。現在はファールス州という州があり、その州都が本作の舞台となる街シーラーズ(本作でのカタカナ表記は「シラーズ」)なのです。詳しく知りたい方は、上の「ファールス州」から日本語版Wikiに飛べますので、ご覧下さい。

 

このWikiにもあるように、ファールス州にはイランで最も有名な古代遺跡ペルセポリスがあります。上の写真は、1977年12月に撮ったペルセポリスの写真です。ペルセポリスは非常に広大で、当時は個人で行ったため、紀元前331年にアレキサンダー大王によって破壊されたこの遺跡をただぶらぶらしただけでしたが、今度この遺跡に行く、と言った時、ペルシャ語の先生が勧めて下さったのが、ペルセポリスの近くにある遺跡ナクシェ・ロスタムでした。そうです、『英雄の証明』で始まってすぐに出てくる、刑務所から休暇をもらった主人公ラヒムが、義兄(姉マリの夫)のホセインを訪ねて行く場所です。

©2021 Memento Production - Asghar Farhadi Production - ARTE France Cinéma

ホセインはこのナクシェ・ロスタムで、遺跡の修復作業に従事しているのですが、映画の設定では刑務所はシーラーズ郊外にあるようで、刑務所⇒遺跡⇒シーラーズ市街、という行き方が順路にあたるようです。上の写真からわかるでしょうか、ナクシェ・ロスタムは岩山に彫られた墓所で、4つのお墓が並んでいます。1つは紀元前486年に没したダレイオス1世の墓だとわかっているそうで、あとはクセルクセス1世、アルタクセルクセス1世、ダレイオス2世の墓だと言われているとか。詳しく知りたい方はWiki「ナクシェ・ロスタム」をご覧下さい。「ナクシェ・ロスタム=ナクシュ・エ・ロスタム」は「ロスタム(王書=シャー・ナーメの英雄)」の「ナクシュ(絵)」という意味で、「ロスタム/ルスタム」も「ナクシャー(地図、絵、姿)」もインドではお馴染みの単語です。下は1977年12月に行った時のナクシェ・ロスタム遺跡です。

  

『英雄の証明』では遺跡の前を立派な道路が通っているのですが、1977年当時はのどかな農村風景というか原っぱが広がっているだけで、ペルセポリスと違って観光客は誰もいませんでした。この作品を見て立派な観光地になっているのにびっくりさせられたのですが、それ以上にイラン・イスラーム共和国になってからも丁寧に修復作業が行われている、ということに驚かされました。ホメイニ師の主導によるイラン・イスラーム革命が起きたのは1979年4月1日。遺跡はイランでは破壊されていないと知ってはいても、ほったらかしなのでは、と思っていたため、嬉しい驚きでした。アスガー・ファルハディ(アスガル・ファルハーディー)監督も、古代遺跡に関するイラン政府の保存・修復施策を見せるために、わざわざナクシェ・ロスタムをロケ地にしたのかも知れません。冒頭に出て来ますので、よく見ておいていただきたいのですが、この映画の原題は「ガフルマーン(英雄)」。古代の英雄たちと、現代のマスコミやSNSで作られた英雄との対比も意図したのでしょうか。

©2021 Memento Production - Asghar Farhadi Production - ARTE France Cinéma

ナクシェ・ロスタムのシーン以降、シーラーズの街はごく普通の風景として登場するだけですが、1箇所、これはどこだろう?? と思ってしまったロケ地がありました。主人公のラヒムは、離婚した妻の兄バーラムに借金をし、それが返済できなくて義兄だったバーラムから訴えられ、刑務所に入れられたのですが、そのバーラムの店があるバーザールがモダンでとても素敵なのです。バーラムが20歳前後の娘と共に経営している店は、印刷と紙関係の店のようで、大型コピー機も備えられています。他には、絵画、額縁、国旗、伝統楽器などを売っている店があり、どの店もガラス張りというかアクリル板のような透明な壁で仕切られていて、とても開放的です。ここでラヒムはひと悶着起こすのですが、その後に訪れた時はバーラム父娘の姿を遠目に見ながら去って行きます。それに、楽器店の店主が演奏するサントゥールの音がかぶさったりして、ここ、行ってみたいなあ、と思わせられてしまいました。このマーケットの名前をご存じの方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えて下さいね。

  

シーラーズはイランの有名な詩人で13世紀に活躍したサアディーと14世紀に活躍したハーフェズ(ハーフィズ)の墓所があることでも知られています。上の左が「ゴレスターン(バラ園)」で有名なサアディー、右が今も詩集が恋占いなどに愛用されているハーフェズの墓所ですが、これからもわかるようにシーラーズは芸術の都と言ってもいい街です。主人公たちも、看板屋、遺跡修復人、印刷業者、言語療法士など、芸術的、知的な職業の人たちです。その中で起きた、ちょっとした小細工からこじれていく事件。禍福はあざなえる縄のごとし、ということわざを思い出してしまいましたが、ハッピーエンドをほのかに感じさせてくれるラスト近くの映像に、ホッと胸をなでおろした『英雄の証明』でした。

©2021 Memento Production - Asghar Farhadi Production - ARTE France Cinéma

本編映像がいくつか解禁されているので、予告編と共にそれも付けておきます。明後日、ぜひスクリーンでご覧下さいね。

映画『英雄の証明』予告編

 

映画『英雄の証明』本編映像解禁第一弾<「正直者の囚人」チャリティ協会の舞台に息子と登壇>

 

映画『英雄の証明』本編映像解禁第二弾<SNSで拡散されたウワサで人生が一変!>

 


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