アジア映画巡礼

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日本初のチベット語映画『草原の河』公開中

2017-05-11 | 中国映画

現在、日本で初めて公開されるチベット語映画『草原の河』が、岩波ホールで上映中です。チベット語は中国のチベット自治区や青海省などに多く住むチベット族の言葉ですが、近年チベット語での映画製作が盛んになり、本作の監督ソンタルジャや、彼が撮影監督として作り上げた『静かなるマニ石』(2005)や『オールド・ドッグ』(2011)のペマ・ツェテン監督などが国際的にも注目されています。日本でも、アジアフォーカス・福岡国際映画祭でソンタルジャ監督の『陽に灼けた道』(2010)が、そして東京国際映画祭では本作が『河』のタイトルで上映されたり、東京フィルメックスでペマ・ツェテン監督の『タルロ』(2015)が最優秀作品賞を取ったりと、映画祭での紹介は多かったのですが、一般公開されるのは本作が初めてです。では、まずはデータからどうぞ。


『草原の河』 公式サイト

2015年/中国/チベット語/98分/原題:河/英語題:River
 監督:ソンタルジャ
 主演:ヤンチェン・ラモ、ルンゼン・ドルマ、グル・ツェテン 

 配給:ムヴィオラ
※4月29日(土)より岩波ホールにて公開中

©GARUDA FILM 

冒頭、酔っ払った若い男が友人のバイクに乗せてもらい、野原を走っています。途中から自分で運転しようとした男はバイクごとひっくり返ってしまい、顔をすりむく羽目に。この情けない男グル(グル・ツェテン)が、本作の主人公である6歳の女の子ヤンチェン・ラモ(ヤンチェン・ラモ)のお父さんです。グルの父、つまりヤンチェン・ラモの祖父は、村からずっと離れた場所に1人で住んで、仏教の修行をしています。実は祖父は元々僧侶だったのですが、文革の間に還俗を強要され、妻子を持ったものの、文革が終熄して世情が落ち着くと、また僧侶に戻りたいと家を出ててしまったのです。そんな父を許せないグルは、みんなから「行者様」と尊敬されている父が現在体調を崩し、病気であることを知りながらも、見舞いに行こうとしませんでした。ヤンチェン・ラモの母ルクドル(ルンゼン・ドルマ)は、見舞いに行くよう夫をせき立てるのですが、見舞いの品を持たされてしぶしぶ父の住居近くまで赴いても、グルは見舞いを娘ヤンチェン・ラモに任せ、自分は行こうとしませんでした。

ヤンチェン・ラモは小柄ながらしっかりした女の子で、家の手伝いもよくこなし、祖父のお見舞いもちゃんと1人でやってきます。でも、お母さんに赤ちゃんができたとわかると、複雑な心境になってしまって不機嫌になったり、同じ村の男の子たちにいじめられて悔し涙を流したりと、つらいことにもいろいろ直面します。男の子たちから、お前のお父さんは親の見舞いにも行かない悪い奴だ、といじめられるヤンチェン・ラモ。お父さんはなんでお祖父ちゃんのお見舞いに行かないんだろう、お父さんはお祖父ちゃんが嫌いなのかな....。ヤンチェン・ラモが大きくなっていくに従って、彼女の世界は少しずつ別の色を帯びていきます....。

©GARUDA FILM 

何よりもまず、主人公のヤンチェン・ラモに惹きつけられる作品です。それもそのはず、本名をそのまま主人公名にしてあるヤンチェン・ラモは、ソンタルジャ監督の遠い親戚の子(ヤンチェン・ラモの伯父さん=父親の兄=が監督の妹の夫なのだとか)で、この子を主人公に、と監督が思ったところから本作が立ち上がったそうです。映画の中では様々な表情を見せてくれるのですが、表情もセリフも行動もごく自然で、子役にありがちなこまっしゃくれたところが全然見られません。ヤンチェン・ラモが草原に立っているだけで、見ている観客は心満たされるという、本物の名演技です。さらに、ちょっと世をすねた風なお父さん、しっかり者のお母さん、達観したようでいながら家族への愛情がいっぱいのお祖父ちゃんと、どの登場人物にも暖かな存在感があり、見ていてどんどん物語の中に引き込まれていきます。

©GARUDA FILM 

現在では、冬の間は定住生活をする家屋に住み、夏の間だけ草原にテントを張ってそこで暮らし、羊たちに思う存分草を食べさせる、というのがチベット人たちの放牧生活だそうで、これには驚かされました。いつから草原での放牧生活を始めるか、という見極めも大事で、それを誤ると、ヤンチェン・ラモのお父さんのように大きな損害を被ることになります。また、草原を流れる河は、ちょっと雨が降ると水かさがすぐに増すため、無理に渡ろうとせず水が引くまで待つこと等々、草原に生きるための知恵も随所に垣間見られて興味深いです。

©GARUDA FILM 

また、不思議な「天珠」という物も出て来ます。お父さんが草原で見つけた、陶器の管玉のようなもので、それが見つかったからお母さんに赤ちゃんができた、と説明されています。調べてみると、この「天珠」信仰は古くからあるようで、神様や仏様からの下さり物と考えられており、瑪瑙(めのう)等の貴石が一般的ですが、隕石だったりすることもあるようです。こういった伝統的な考え方に依拠する一方で、いろんな面での近代化も迫られているチベットの人々の姿が、ドキュメンタリー映画かと思うほど自然な形で描かれていくのが、本作の大きな魅力になっています。俳優たちはいずれもプロの演技者ではなく、みんな初めての映画出演で、演技にはどこかぎこちなさも漂います。ですが、そんな素人臭さが登場人物たちのちょっと不器用な人間関係にぴったりとマッチしていて、見ている側はだんだんと彼らを愛おしく思うようになってきます。

©GARUDA FILM 

日本でここ数年、チベット語映画の紹介がどんどんなされるようになった背景には、前述したように中国でのチベット語映画製作が盛んになったことが挙げられますが、もう一つ、東京外大AA研(アジア・アフリカ言語文化研究所)の星泉先生を中心とするチベット文学研究会の皆さんの活動が後押ししている面もあります。星先生は、今回の『草原の河』のパンフレットにも解説を執筆しておられるのですが、それを読むとチベットの人たちの生活と考え方がとてもよくわかり、映画を見る目も違ってきます。岩波ホールでご覧になる時は、ぜひパンフレットをお求め下さいね。チベット文学研究会では、ペマ・ツェテン監督の小説(シュールレアリスムの作品もあったりして面白いです)の翻訳や、「チベット文学と映画制作の現在SERNYA」という研究誌を発行するなどしています。詳しくは、こちらこちらをご参照下さい。

©GARUDA FILM 

最後に予告編を付けておきます。なお、「ヤンチェン・ラモ」というのはよくある名前だそうで、チベット人の女性歌手にもこの名前の人がいます。「音楽の女神」という意味で、サラスワティー女神のことを指すのだとか。この機会に、「ヤンチェン・ラモ」というチベット名もぜひ憶えて下さいね。

『草原の河』予告編

 



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