アジア映画巡礼

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再び輝く『シティ・オブ・ジョイ』①光る演技のインド人俳優たち

2022-02-03 | インドを描く映画

インドのカルカッタ(現コルカタ)を舞台にした映画『シティ・オブ・ジョイ』が、30年ぶりに4Kデジタル・リマスター版として蘇りました。『シティ・オブ・ジョイ』が日本で初公開されたのは1992年5月30日でしたが、サタジット・レイ監督がアカデミー賞名誉賞をカルカッタの自宅ベッドで受賞したあと亡くなったのが1992年4月23日で、これらのニュースが日本の各メディアでも伝えられた直後だったため、インドに関心が寄せられていた時でした。『シティ・オブ・ジョイ』は当時は日本ヘラルド映画の配給で、今ではいずれもがリニューアル等で姿を消した、日本劇場(有楽町マリオン11F)、新宿文化シネマ1、池袋ジョイシネマ2などで公開されました。その後同年11月28日には、岩波ホールでサタジット・レイ監督の遺作『見知らぬ人』が公開される(30年前は、岩波ホールでしかインド映画の上映がなかった時代でした)など、ベンガルの風が日本に吹いた1年が1992年でした。

『シティ・オブ・ジョイ』はインド映画ではなくフランスとイギリスの国際共同製作映画(1992年の公開時はなぜか「アメリカ映画」と紹介されていました)で、フランスのジャーナリスト兼ノンフィクション作家であるドミニク・ラピエールの書いた「歓喜の町カルカッタ」が原作となっています。日本でも1987年に河出書房新社から上下2巻で翻訳が出て、後には文庫本にもなっており、今も古本として検索すれば手に入れることができます。ドミニク・ラピエールの名はインドに関わる者にとってはお馴染みの名で、インド・パキスタン分離独立を扱った「今夜、自由を:インド・パキスタンの独立」(上下巻/早川書房、1977)を、私もサスペンス小説みたいにドキドキしながら読んだ記憶があります。また近年では、インド中部ボーパールでのユニオンカーバイド社有毒ガス発生時件について書かれた「ボーパール午前零時五分」(上下巻/河出書房新社、2002年)という著作もあります。筆の力のある人で、長い原作にあるすべてのエピソードを映画に入れ込むことは不可能なため、『シティ・オブ・ジョイ』もエピソードを整理してありますが、『キリング・フィールド』(1984)のローランド・ジョフィ監督は映画的な処理を施しつつも、原作の持つ意図をくみ取って映画化しており、見応えある作品に仕上がっていると言えます。映画のデータは次の通りです。

CITY OF JOY © 1992 - LIGHTMOTIVE LIMITED - PRICEL.

『シティ・オブ・ジョイ』 公式サイト 
 1992年/フランス、イギリス/英語/143分/原題:City of Joy
 監督:ローランド・ジョフィ
 主演:パトリック・スウェイジ、ポーリーン・コリンズ、オム・プリ(オーム・プリー)、シャバナ・アズミ(シャバーナー・アーズミー)、アイーシャー・ダルカール(アーイシャー・ダルカル)、アート・マリク
 <cinetama注>( )内はインド人名を正しく音引きを付けて表記したものです
  提供・配給:キング・レコード
2月11日(金)
より「未体験ゾーンの映画たち」(ヒューマントラストシネマ渋谷)にて上映

CITY OF JOY © 1992 - LIGHTMOTIVE LIMITED - PRICEL.

今日は、ここに名前を挙げたインド人俳優たちのことをちょっとご紹介しておこうと思います。『シティ・オブ・ジョイ』では、いずれもが素晴らしい演技を見せてくれます。

オーム・プリー Om Puri (1950.10.18-2017.1.6)

CITY OF JOY © 1992 - LIGHTMOTIVE LIMITED - PRICEL.

『バジュランギおじさんと、小さな迷子』(2015)のパキスタン人モゥラーナー(モスクの導師)役で印象的な演技を見せた人、と言えば、インド映画ファンならすぐにわかると思いますが、インド映画と共に欧米作品にもいろいろ出演した俳優で、『マダム・マローリーと魔法のスパイス』(2014)、『ぼくの国、パパの国』(1999)等が日本でも公開されています。パンジャーブ州のアンバーラー出身で、幼い時から苦労をして育ち、俳優を志してデリーの国立演劇学校(NSD)に入学。その後プネーの映画TV研究所(FTII)でも演技を学んで、1975年に映画デビューを果たします。当時はインディアン・ニュー・シネマと呼ばれるアート系作品が勃興中で、やがて『おとぎ話』(1980)や『傷つける者の叫び』(1980)等の主役で頭角を現したオーム・プリーは、インディアン・ニュー・シネマの中心的俳優となっていきます。その後、娯楽映画というかいわゆるボリウッド映画からも声がかかるようになり、ヒンディー語映画の名脇役となって映画に出続け、2017年に心臓発作で亡くなるまでに約320本の映画に出演しました。『シティ・オブ・ジョイ』でも、もう1人の主人公と言えるハザリ(ハザーリー・パール)の役を堂々と演じ、難しい人力車引きも見事にこなして存在感を発揮しています。

CITY OF JOY © 1992 - LIGHTMOTIVE LIMITED - PRICEL.

 

シャバーナー・アーズミー Shabana Azmi (1950.9.18-)

CITY OF JOY © 1992 - LIGHTMOTIVE LIMITED - PRICEL.

父親は詩人で作詞家のカイフィー・アーズミー、母は有名な舞台女優で映画にも出演したショウカト・アーズミー、という教養ある両親に育てられ、女優を志してプネーの映画TV研究所へ。卒業と同時にインディアン・ニュー・シネマの旗手と言われたシャーム・ベネガル監督作『芽ばえ』(1974)のヒロイン役に抜擢、その成功で一躍「ニュー・シネマのトップ女優」と目されるようになります。以後、故スミター・パーティルとニュー・シネマでの人気を二分しますが、同時にボリウッド映画からもお声がかかり、清純な容姿を生かした娘役として、アミターブ・バッチャンやヴィノード・カンナーなどトップスターの相手役を務めました。日本公開作はサタジット・レイ監督作『チェスをする人』(1977/下写真)や、ゲスト出演した『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』(2007)などあまり多くないのですが、これまでに160数本の映画に出演しています。『シティ・オブ・ジョイ』ではハザリの妻カムラを演じていますが、その美しさにはパトリック・スウェイジ演じるマックスならずとも惹かれてしまうというもの。シャバーナー・アーズミーが一番美しく撮られた作品と言ってもいいのでは、と思います。

 

アーイシャー・ダルカル Aisha Dharkar (1977.3.16-)

CITY OF JOY © 1992 - LIGHTMOTIVE LIMITED - PRICEL.

『シティ・オブ・ジョイ』ではハザリの娘アムリータ(カタカナ表記間違いで、正しくはアムリター)を演じたアーイシャー・ダルカルはムンバイ生まれ。詩人でドキュメンタリー作家の父と、ライターであった母に育てられたアーイシャーは、10歳のマニカという女の子を演じた『マニカの不思議な旅』(1989)でデビューを飾ります。日本でも公開されたこの作品に続き、『シティ・オブ・ジョイ』が、さらには2002年には『マッリの種(原題:The Terrorist)』(1999)が公開されます。その後は活躍の場を欧米映画に移し、『スター・ウォーズ・エピソード2』(2002)等に出演したり、舞台劇『ボンベイ・ドリームス』の主役を務めたりしました。現在もイギリスをベースに、テレビや舞台で活躍しています。

 

アート・マリク Art Malik (1952.11.13-)

CITY OF JOY © 1992 - LIGHTMOTIVE LIMITED - PRICEL.

左側のオートバイに乗っているこの人を、インド人俳優と言ってはちょっと語弊があるかも知れませんが、3歳か4歳の時に外科医である父がロンドンで勤務先を見つけたため一緒に渡英、以後イギリスで育った人です。本名はアタル=ハク・マリクで、出身がパキスタンのバハーワルプール(パンジャーブ州)なので、パキスタン系イギリス人と言った方が正確かも知れません。前にもちょっと触れたように、日本で公開されたインド映画『ミルカ』(2013)でミルカの父親役をやっていた人で、「えっ、『シティ・オブ・ジョイ』にも出てたの!?」とビックリした次第です。『シティ・オブ・ジョイ』では、地元の顔役である父親を継いでコワモテのボスになろうとするアショカ(正しくはアショーク)を演じていますが、血も涙もない悪役として描かれています。『ミルカ』ではシク教徒のいいお父さん(下写真)で、印パ分離独立の時にイスラーム教徒に殺されてしまう役だったのに。30年前から演技力には定評があったので、憎まれ役に起用されたのかも知れません。

 

というわけで、名優揃いのインド人側キャスティングを、ぜひ大画面でご確認下さい。他にも、『ミルカ』でコーチ役を演じたパワン・マルホートラーがスラムの住人の1人として、また、1980・90年代はベンガル語映画のアート系作品主演俳優として活躍し、現在は監督およびミュージシャンとしても活動しているアンジャン・ダット(オンジョン・ドット)が、スラムの診療所を助ける若い医師として出演しています。予告編を付けておきますので、上記の人々を確認してみて下さいね。

シティ・オブ・ジョイ 【4Kデジタル・リマスター版】

 


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