美しい草原と木道、だが、ことごとく鹿に食い尽くされている
南アルプス南部、聖岳と光岳(てかりだけ)は趣有る静かな山域だ。北アルプスで育った僕にとっては、かなりの異次元感覚があって、山域を構成する地質や植生が大分違うからいつも新鮮な感じがする。ダケカンバのよじれ方や、お花畑や草付きの雰囲気もまるで違うし、深い深い森もまるで違っている。今回は数年ブリにやって来たので、それは、まるで初めて見るもの達のようで実に楽しい。
初日は椹島にとまり、翌日聖平小屋へ。途中も時々弱い雨に降られたが聖平に到着してしばらくしすると雨が強まってきた。予報通り、それはかなり激しい雨で夜中には雷を伴っての暴風雨となった。8月末の大槍ヒュッテと同じだ。「またか」と思う。
三日目、聖岳を登頂の予定だが朝になっても雨は止まず、しばらく様子を見ることに。時々雨は強まり、お客さんも殆ど諦めがちではあったが、ふとした瞬間に僕と小室添乗員の意見が一致した。
「行きましょう」
「はい、そうですね」
もちろんラジオや、テレビの天気予報も参考にして居るのだが、ずっと山に来ていると、雲の流れやちょっとした空気感みたいなもので、「これはいけるな}みたいな感覚を持つことがある。僕が最終的に決断を迫られた時、一番当てにしてるのはこの自分の山カンである。小室さん、そして、同宿の水越ガイドも同じ瞬間にそれを感じたのはまったく不思議だが、よくあることでもある。その地域の独特の気象は、その地域に長く住んで初めて解ることだと思う。今回は結果全員が登頂できて、ものすごくお客さんに喜ばれた。
ミヤマコゴメグサ
ベニヒカゲとタカネンマツムシソウ、タカネナデシコ
ガンコウランと極小ハクサンフウロ(直径2センチぐらい)
茶臼小屋
茶臼小屋へ移動して四日目は光岳への往復である。茶臼岳から仁田岳に掛けては草原とダケカンバの美しい道だ。しかし、ここでものすごく気になることがあった。それは、花が異常に少ないこと。以前はもっと豊かな植生であったと思うのだが、ぽつぽつしか花は見あたらず種類も少ない。よく見ると、草原を形成するイネ科の草の先端がことごとくちぎれていて、ハクサンフウロも、草丈が極端に短く花も小さいのだ。コバイケイソウは花だけが綺麗さっぱりなくなっている。その原因は、もうみなさんお解りの通りだが鹿の食害だ。鹿は夜な夜な現れては、そこら辺の草を食べまくってしまう。毒草で有るはずのコバイケイソウも、その花がよほど美味しいのだろう、一本残らず食べてあるのは驚きだ。ハクサンフウロは一度食べられたあとの二番芽なのだと思う。花たちも必死で命を繋ごうとしている。しかし以前こぼれた種が何年かにわたって発芽をするだろうから、早く対策が施されれば、植生は復活するはずだか、このままでは、お花畑の喪失は避けられない事の様に感じる。以前は居ないとされていた北アルプスでも鹿の目撃例が増えている。上高地でも。僕は最北部の毛勝山でもニホンジカを見かけた。何とか対策を考えなければ、この世界は失われてしまうのだ。遠くで男鹿が切ない声で鳴いている。
富士に日の出
亀甲状土、上河内、光岳周辺 http://www.city.shizuoka.jp/deps/seiryuu/tisitu0831.html
イカす標柱(一辺が30センチぐらいだから、かなりの気合いの入れよう)
これは鹿とは関係ないが、今年の山にはいつもと違う現象が起きている。コバイケイソウの大発生は以前にも書いたが、これは7年ぶりの当たり年。それに対して、ガンコウランは実が一つもついていない、完全な裏年である。お客さんに聞いても、他の山域でもそれは一緒であるという。もう一つ、ハイマツの実が殆どついていないこと。因って、この時期集団で忙しくハイマツの実を取っては食べているはずのホシガラスが殆ど見あたらない。今回もいくつか見かけたが、彼らは今低い樹林帯で、不本意ながらシラビソの実を食べている。
ホシガラスとハイマツは共生関係を築いているのはご存じだろうか?ハイマツは大きな群落を作る。斜面一面に領域を広げるのだが、その松ぼっくりはその場に落ちてしまえば陽が当たらず、発芽は困難になってしまう。そこで、ホシガラスが仕事をする。彼らは、松ぼっくりをそのクチバシでくりくりねじってもぎ取ると、ひとっ飛びしてハイマツ帯の脇へ運び、裸地でそれをつついて食べるのだ。だが、その食べ方は実にいい加減で、食い散らかすというのが当たっている。その実は必ず残るのである。これがやがて陽を浴びて発芽する。この世は上手くできている。
不明
不明
不明 もしかしてキナメツムタケ?
フシグロセンノウ
シャラ つるつるの木肌、不思議な木だ
五日目、疲れも相当なものになる。体力的にも精神的にも。しかし、今回のお客さん達はよく歩いてくれた。誰一人遅れることもなく、最終日の厳しく危険な下りをこなして、大きな怪我もなく、完璧な毎日ツアーだった。雷雨をやり過ごして縦走を成し遂げた喜びは大きい。素晴らしい。
皆さん大変お疲れ様でした。
コアジサイ
ヤマブドウ、うまかった。 サルナシもあったがまだ早くて渋くえぐい
オトコエシ
畑薙大吊り橋 181.7メートル(こわいよ)