山岳ガイド赤沼千史のブログ

山は旅だ。歩いたら歩いた分だけ新しい世界が見えるよ。少しの勇気を持って
自由自在に歩こう。

安曇野山岳フェスタ2018

2018年07月06日 | ツアー日記


突然ですが、明日明後日と安曇野市穂高会館にて安曇野山岳フェスタが開催されます。
今年は私が所属する有明登山案内人組合の創立百周年も取り上げてくださり、記念のサコッシュ(小さなポーチ)と手ぬぐいの販売を行います。
私は両日とも会場にいる予定です。
8日午後1時からは有明登山案内人組合創立百周年記念公演として、世界的海洋冒険家白石康次郎氏と私との対談がございます。私の話など取るに足らぬものですが白石さんの話は是非お見逃しなく。
恥ずかしながら多数の方のご来場をお待ち申し上げております。

こちらの画像をクリックしてHPにどうぞ ↓↓↓

 

 

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駒ヶ根風ソースカツ丼

2018年07月04日 | 安曇野の暮らし

作った食事の写真を撮る場合、夕食時は食卓の照明の光で撮ることになるのだが、どうしてもイマイチ美味しそうには撮れない。
やっぱり自然光の元が一番美味そうに見える。
だから昼メシがよいのだが、仕事もしなきゃならないのに夕食みたいにこったモノを作ってる場合じゃあないし、ビールを飲みたくなってしまうのも困る。
そのまま飲みモードに入ってしまったら一日は台無しだ。
ああ、不条理はどこまでも僕につきまとう。

さて、本日の一人昼飯は厚み3センチの駒ヶ根風ソースカツ丼。
本当はビールをやりながらトンカツを半分頂いて、残りの半分で御飯を食う!と言うのがソースカツ丼の正式な食べ方だと思うのだが、涙を呑んで我慢した。
ああ、不条理!

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渦巻き天津飯の謎

2018年06月25日 | 安曇野の暮らし
近所の中華屋で渦巻き天津飯を頼んだら見事に渦を巻いたフワフワ天津飯が出てきてびっくり。
そこでネットで調べてみたりしたのだが、ドレスドオムライスというモノはあるのだけど、卵焼きがあのように渦を巻いて御飯に巻き付いているものの作りかたを紹介しているものはない。
それは丼にこんもりと盛られた御飯にまるで湯葉を巻き付けてあるかのような天津飯。
あー、どうやって作るのだろう?
そのふわふわさ加減もさることなのだが、なんというあの美しさ。

それからというもの、チャンスがあれば天津飯を作っている。
たっぷりの油をぐるぐる回しながら卵を入れてみたり、もしかして甘酢あんかけの中で作るのかなあとも思いやってはみたが、ことごとく失敗。
未だにその謎は解明されていない。

そして今日低温の中華鍋で思いつきで作った天津飯がフワフワトロトロで、なんとなく渦巻き?になってきたような。
んーーーーーーー、違うなあ。
やっぱちがう。
でも美味かったのでまあいいか。
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安曇野水鏡Ⅱ

2018年05月23日 | 安曇野の暮らし

うちのお隣さんの朝の佇まい。
隣の兄さんは稲作りが上手で、代掻きは完璧で田植えの作業もぬかりなくビシッと真っ直ぐに条を揃える。
こうするには最初の田耕しの時から代掻き作業時の水加減やらなにやら丁寧な作業が必要で、それをひとつでもいい加減にやると絶対こうはならないのです。
日本の美しい風景は、こうしたまるで庭師の様な職人気質の農家たちによって出来上がっているのだなあ。

それに引き替え我が家の田植えはほんと雑で、とても写真でお見せすることが出来ない程のグニャグニャ加減なのです。

でも米は同じに採れます、きっと。

さあて、暫くしたら田植機が植え損じたところに植え直しという作業をします。

残しておいた苗を手作業で植えて回るわけです。

腰をかがめ泥田を根気よく歩き回るのですが、五月晴れの温んだ泥の暖かさと匂いは、ふと子供の頃の事を思い出させてくれます。

 

 

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安曇野水鏡

2018年05月22日 | 安曇野の暮らし

 

ウユニ塩湖とはいいませんが、代掻きがおわって水が張られた無風の田には今夜、星が写っていました。
バンド練習をしていたのですが、田の水を止めるのを忘れていたことをふと思い出して、変な汗をかきながら慌てて止めて回ったらこんな風景に出会いました。
それじゃあと、こんどはカメラを取りにまたまた急いで、夜中の田の畦をバタバタ走る怪しい男。
急ぐ必要もないのにねえ。

安曇野は今水鏡の季節ですよ。

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正月も二日の白湯醤油ラーメン

2018年01月02日 | 安曇野の暮らし

朝からテレビで箱根駅伝を観る。

大学生達がひたすらに芦ノ湖を目指して走り続けたすきを繋ぐ。

最近の中継は中継車が何台も出て、トップだけでなく下位の攻防も写してくれるので立体的にレースが把握出来てなかなかエキサイティングだ。

しかし球技なんかに比べると派手な動きはないので退屈と言えば退屈なのだろうが、ただただ人が走る映像をじっと見つめるのが僕は好きだ。

なぜかなあ?小学生の頃フランク・ショーターなんかがが走るマラソンレースを観て楽しくてしかたがなかった。

エチオピアの英雄アベベの事を調べたり。

きっとそんなランナーへの憧れがあったんだろうな。

それからなのか、その前からなのか僕は長距離走が得意で、中学の時は陸上部にもはいっていた。

しかし結果は出せず僕の陸上人生は敢えなく終わりをつげたが、未だにそんなランナーへの憧れは息づいているのかも知れない。

本日の結果は東洋大の返り咲き往路優勝、少し遅れて常勝青山学院大順当と言えば順当だが、法政大青木君の9人抜きもエキサイティングだった。s

明日の復路がまた楽しみだ。

 

さて正月も二日となれば、正月料理にも飽きてくる。

正月用にぐつぐつ煮出した白湯スープでラーメンを作った。

普段絶対に買う事は無い「なると」があったのとほうれん草、作り置きしてあったチャーシューをのっけての白湯醤油ラーメン。

うまかった!

さて午後は高校サッカーだ?!

 

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新年あけましておめでとうございます

2018年01月01日 | 安曇野の暮らし

新年あけましておめでとうございます。

2017年は私にとってはなんやかんや激動の一年でありました。

大けがで命拾いして、5時間の手術、そして二ヶ月の入院からコルセットもつけっぱなしでの生活もようやく一区切りつきました。

さあて、ユルユルと動いてみようかと、チャリにのったり、そこら辺の里山を登ってみたり。

そこそこ歩く事は出来るのですが、転倒が怖くてやはり下りは慎重にならざるをえません。

そんな僕ですが年末の蕎麦だけはと打ってみました。

お世話になった方々のお礼にもと思い始めたんですけど、そうなると打たねばならぬ数はどんどんふえて、最終的に180人前を打ってしまったのです。

流石に大晦日には腰が悲鳴を上げて、ヤバイかなとも思ったのですが、一夜明けてみると快復してるようでホッとしています。

まあ多分、今まで動かさなかったところを動かしているから起こった事だろうと思います。

今年は粗挽き粉を中心に打ってみました。

本来つながりが悪くとても打ちにくい粗挽き粉ですが、割と普通に打てたのが僕の腕が上がったのか?笑

風味豊かな蕎麦が打てました。

 

友達に言われました。

「新しい赤沼さんになったんだよ」

そうか、そうなんだな。

へこたれず、ボチボチとリハビリをして新しい自分の生活を見つけて行こうと思います。

みなさん、これからもお世話になります。

 

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餅つき

2017年12月29日 | 安曇野の暮らし

 餅つきをした。

12月29日に餅をつくというのは「苦モチ」と言って一般的にはいけない事されている。

しかし我が家ではあまりそんな事は気にしなくて29は「福モチ」だからと勝手な理屈をつけて毎年この日に正月用の餅をついている。

餅つきといえば前日から餅米を洗い、当日は朝も早くから重たい臼と杵をゴロゴロ引っ張り出してかまどに火を入れ米を蒸す。

寒い時期だけに大変なのだが、その寒さのお陰で盛大に上がる蒸気がイベント感抜群である。

大変と言えば大変なこの行事ではあるが、我が家の身内達は餅つき器にやらせたり買ってくる訳にはいかないと頑なに思っているのだ。

とは言え、今年の僕は大けがのせいでふがいなくも弟と義兄にほとんど杵をふってもらった。

少しやってはみたものの、外野が「やめといたら〜」とか「むりすんなよ〜」の声にちょっと憤慨しつつもその優しい言葉に甘える事にした。

どこまで自分が出来るのかまだまだわからないのだ。

仕方がないのでうちわをパタパタと煽っては火の番が僕の仕事だった。

トロトロ燃える炎を囲んで四方山話しに花を咲かせて、餅米の蒸し上がるのをまつ。 

今日は冬晴れの穏やかな餅つき日和だ。

フッカフカに蒸し上がった餅米は甘く香ばしくとても良い香りがする。

突く前にそれを手でちぎってつまみ食いするのもこの時ならではの楽しみだ。

つき始めてまだ粒が残っている半殺しもまた美味い。

うちでは一回に三升のもち米をつく。

つき手一人でひと臼つきあげるのは結構体力的にはキツイのだが、義兄がやってくるまで弟が随分頑張ってくれた。

都合三臼を突いた。

年末と言えばなんとなく気ぜわしくちょこちょこと動き回って落ち着かない時期だ。

正月ってほんとは明けては暮れる普通の1日のはずなのだが、日本人にとっては特別な数日間なのだろう。

何かをリセットしたり、今年の目標をそれぞれが心の中で密かに思ったりする。

めんどくさいなとも思いつつ、そこら辺を少し片付けてみたり、松飾りを飾り付けたり、蕎麦をうったり、もちを突いたり着々と大晦日を迎える準備をする。

あーめんどくさい、、、、、けど来年は少し頑張ろう。

 

見守るハナちゃん

 

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志津川蛸

2017年12月12日 | 安曇野の暮らし

東北に仕事に行っていた友人から贈り物が届いた。

大迫力の志津川蛸の足一本である。

その友人曰く「三陸の蛸はアワビ喰ってるからアワビの味がするんだよ」

え!マジかよ

と疑いつつも刺身とマリネをこさえた。

さてそのお味は?

丁寧に茹でられた為だろうか、弾力がありながらも柔らかいその身、ジュワッとあふれ出る肉汁は甘くコク深い。

アワビの味とか言われてもアワビなんてここのところ食ってないから忘れてしまったが、絶品の蛸である事は間違いない。

普段モーリタニア産の蛸ばかりをゴリゴリ食べているから志津川蛸のうまさが身に染みる。

 

震災の2年後志津川を訪れた。

多くの死者を出した志津川病院と、鉄骨しか残っていない防災庁舎以外には何にもなくて、復興工事のため頻繁に行き交うダンプカーでやたら埃っぽかった。

ここにはかつて街があって人々の暮らしがあったなんて想像も出来ない荒涼たる被災地。

今あの志津川はどうなっているんだろう?

そんな事をふと思いながら蛸をかみしめた。

 

 

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怪我のこと

2017年12月07日 | ツアー日記

久々の投稿です

実は僕は五月の末にシュルンド(雪渓に出来た穴)に落ちて二ヶ月の入院を経て自宅療養をしていました。
診断では第一腰椎の破裂骨折とのこと。
4メートル墜落すればタダでは済まないですね。
かろうじてシュルンドから自力で脱出出来たのですが、出来なかったら僕はもしかしたら低体温症で息絶えていたかと思うとぞっと致します。
潰れた第一腰椎を出来るだけ膨らませてから、健全な上下の脊椎とプレートとボルトで繋ぐという手術は五時間近くに及びました。
ついでに骨盤の一部を削り取った骨片で補強もされているんだそうです。
すごいですよね

そして術後半年の12月5日、この日の検診にて異常は見られず、風呂に入る時以外ずっとしていたコルセットをいよいよ外すことになりました。
ずっと僕の痛めた背骨を護っていてくれたコルセット、来る日も来る日も一緒でしたから、最初ちょっとした不安がありましたが、しばらくすればそれ以上にしっかりと僕の体を支えてくれてる背骨の確かさを感じるようになりました。
怪我をする以前と変わらない感じで僕は歩けているんじゃないかと思います。

脊椎の強度はまだこれから徐々に上がっていくそうです。
ですから、まだ道半ばと言うところですが、衰えた筋力を鍛えつつ完全復活を目指します。
ご心配下さった皆様誠にありがとうございました。

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