青城山(せうじょうざん)
都江堰市の南西15㎞、成都からは70㎞のところに位置する。樹木に恵まれた山峰が都江堰市を囲んでいることからこの名がついた。かつては丈人山、赤城山とも呼ばれていた。前山と後山に分けられ、前山は風景が美しく、遺跡や出土品が多い。一方、後山は神秘的な自然に恵まれ、桃園のような原始的な美しさに恵まれている。
中国道教の発祥の地の一つでもある。道教のお寺ではよく三清(上清、玉清、太清)を宮の名前として用いるが、それは、道教で奉られている元始天尊、霊宝道君、太上老君が住む天外仙境であると考えられているからである。老舎の小説『青蓉略記』でも描かれているように、青城山の特徴は「幽」である。
建福宮、天然図画、天師洞、上清宮などの名所旧跡がある。建福宮は唐の時代に建てられた大規模な寺で、現在は2殿と3院が残っている。前方を清流が流れ、古木がうっそうとした幽玄な風景。左側には明の慶府の王妃の遺跡がある。天然図画は建福宮から西に1㎞のところで、清の光緒年間に建てられた閣である。苔むした岩壁に霞がたなびき、緑の美しい風景はまるで絵画のようであるためこの名がつけられた。
天然図画の西に2㎞の場所には青城の主廟――天師洞がある。堂内には「天師」張道陵やその30代目の孫虚靖天子像が安置される。天師洞に現存する殿は清末に建てられたもので、規模も大きく彫刻も精緻だ。主殿である三皇殿には唐朝の石刻三皇が置かれ、殿内には歴代石木碑刻の中でも最も著名な唐の玄宗のことばを記した碑、岳飛の手記による諸葛亮の出兵上奏文などが置かれる。付近には三島石、洗心池、上天梯、一線天などの名勝がある。
天師洞を出て寧橋を渡ると祖師殿で、北には朝陽洞の上清宮がある。上清宮は晋代に建てられたもの。現存する廟は晋の同治年間に建てられ、「天下第五名山」「青城第一峰」等の字が彫られている。
青城四絶とは、洞天乳酒、洞天貢茶、白果炖鶏(ぎんなんと一緒に煮込んだ鶏)、道家泡菜(漬物)。道教では古くから食生活を大切にし、果実や薬草を、道教の伝統秘法で調合、調理したものは、独特の風味がある。
http://www.sctabi.com
都江堰市の南西15㎞、成都からは70㎞のところに位置する。樹木に恵まれた山峰が都江堰市を囲んでいることからこの名がついた。かつては丈人山、赤城山とも呼ばれていた。前山と後山に分けられ、前山は風景が美しく、遺跡や出土品が多い。一方、後山は神秘的な自然に恵まれ、桃園のような原始的な美しさに恵まれている。
中国道教の発祥の地の一つでもある。道教のお寺ではよく三清(上清、玉清、太清)を宮の名前として用いるが、それは、道教で奉られている元始天尊、霊宝道君、太上老君が住む天外仙境であると考えられているからである。老舎の小説『青蓉略記』でも描かれているように、青城山の特徴は「幽」である。
建福宮、天然図画、天師洞、上清宮などの名所旧跡がある。建福宮は唐の時代に建てられた大規模な寺で、現在は2殿と3院が残っている。前方を清流が流れ、古木がうっそうとした幽玄な風景。左側には明の慶府の王妃の遺跡がある。天然図画は建福宮から西に1㎞のところで、清の光緒年間に建てられた閣である。苔むした岩壁に霞がたなびき、緑の美しい風景はまるで絵画のようであるためこの名がつけられた。
天然図画の西に2㎞の場所には青城の主廟――天師洞がある。堂内には「天師」張道陵やその30代目の孫虚靖天子像が安置される。天師洞に現存する殿は清末に建てられたもので、規模も大きく彫刻も精緻だ。主殿である三皇殿には唐朝の石刻三皇が置かれ、殿内には歴代石木碑刻の中でも最も著名な唐の玄宗のことばを記した碑、岳飛の手記による諸葛亮の出兵上奏文などが置かれる。付近には三島石、洗心池、上天梯、一線天などの名勝がある。
天師洞を出て寧橋を渡ると祖師殿で、北には朝陽洞の上清宮がある。上清宮は晋代に建てられたもの。現存する廟は晋の同治年間に建てられ、「天下第五名山」「青城第一峰」等の字が彫られている。
青城四絶とは、洞天乳酒、洞天貢茶、白果炖鶏(ぎんなんと一緒に煮込んだ鶏)、道家泡菜(漬物)。道教では古くから食生活を大切にし、果実や薬草を、道教の伝統秘法で調合、調理したものは、独特の風味がある。
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