第三弾は、世界遺産の石見銀山です。
厳密には、先に紹介した温泉津も世界遺産なので、残る大森地区と銀山地区の紹介です。
温泉津から、乗り合いタクシーで大森地区の入口、大森代官所跡にやってきました。
中は、銀山資料館となっています。明治まで採掘していたんですね~、びっくり。
ここからは、龍源寺間歩(坑道のことを間歩(まぶ)と呼びます)まで、片道約3kmを歩きます♪
大森地区はレトロな街並みが続きます。
なんか、うれしくなりますね、この店構え^^
郵便局も風情があります。大判型のハガキを買い、双方の実家に出しました(奥さんが)。
神社やお寺、加えて自然に癒されます。
勝手口に竹筒(正式には何と呼ぶのでしょうか?)をおいて、花を生けている家が多いです。
このような風情って、いいですね~。家に帰ったらやろうか、とその時は思いました(まだ、やっていません)^^;
「代官所地役人 旧河島家」昔の武士の暮らしが紹介されています。意外や、見ごたえアリ!
二階は、”仕舞う”をテーマにした展示になっていて、非常に興味深いです。
いい感じの街並みはまだまだ続きます。
猫が寄ってきました。慣れた猫で撫でさせてくれるものの、決してカメラの方を向きません。
「写真撮られるの、うんざりなんだよ」とでも思っていそうな。。。
飲み物の自販機にも、街並みの印象を壊さぬよう、気を遣っているようです^^;
一旦、道をそれて、五百羅漢を見ることに。
「羅漢寺 五百羅漢」鉱山で亡くなった方の供養、鉱山の安全を祈願して作られたとか。
残念ながら中は撮影禁止。案内の放送を聴くと、500体はないらしい^^;
兵馬俑と同じく、それぞれの姿形、顔、表情、仕草がユニークなんですよね。それぞれモデルがいたのでしょうかね?
対面の羅漢寺の弁財天。お金を洗って、お賽銭。
さて、街中の通りに戻って、ここからは銀山地区(レトロな街並みは終わりです)。
ここからは遊歩道を歩いていきます。木陰がうれしい♪
(ホント、天気に恵まれすぎ^^;なんで、ここまで暑いのか。。。)
しばらく歩くと、「清水谷精錬所跡」
明治時代に、”もう一発当てよう”して、うまく行かなかったようです。
暑い中、さらに歩いて、そろそろ最終目的地の「龍源寺間歩」というところで、だらけた猫発見^^;
で、「龍源寺間歩」です。期待が高まります!
入口を入ると、、、
寒!!!すごく寒いというか、空気が冷たい。で、真っ暗。。。
でも、実際の坑道跡は、ほんのちょっとで、200mはないな。しかも、上の写真みたいな状態が続くだけ。
何を期待していたのか、自分でもわからないけど、、、これだけ?って感じです^^;
実際の坑道跡からは、観光用に掘られた通路を通って出口へ(こっちの通路の方が長い)
さてと、では、戻りますか。と、ここまでは、暑い、疲れた、喉渇いた、お腹空いたと文句たらたらな奥さんでしたが、下りの足どりは颯爽としていました^^;
帰り道で見かけた”竹筒”、このアレンジも素敵です。
景観を重視するので、電話や電気の線は、埋められています。で、こんな風に、家屋に引き上げられています。うまく、竹で隠していますね。
大森地区で、行きは、まだ時間が早くて開いていなかった「熊谷家住宅」へ。
「旧河島家」同様、こちらも見ごたえ十分にアリ!でした。
これはお酒を一升瓶に詰めていた機械みたいです。へ~、驚き。
こんな風に生活していたんですね。
こんなタンドリ釜が、、、違った、竃があったらな~♪
そして、スタート地点の代官所跡に戻ってきました。すでに午後一時をまわっており、JR太田市駅行きのバスの時間は二時頃。
遅めの昼食です。出雲大社の仇をとりたかったので、”代官そば”なるものを、土産物屋さんの食堂で注文。
奥さんはおろしそば、私はとろろそば。↓は、とろろそば。
これが、旨かった♪お腹が空いていたものあるけど、その条件は出雲大社も一緒。
こちらは、挽きたて、打ちたてかどうかは分かりませんが、茹でたて感は十分にあり、腰があって、ホント美味しかったです。よかった、美味しいそばが食べられて♪
もちろん、ビールも飲んで、バスに乗り遅れることもなく、JR大田市駅へ。
次は、本日のお宿、玉造温泉です。(まだ)つづきます^^;